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初恋。  作者: 冬鳥
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壮太の涙

大音量のチャイムがにわかに鳴り響いていく。

その音の発信源である校舎の屋上を見上げた真一と裕吾はその奥に満月が浮かんでいるのを発見した。

オレンジ色に浮かぶ満月は綺麗な月とも不気味な月ともいえた。


予兆なく起きた物事に対してハイスピードで整理していくのが不良の真髄ではないか。


二人は月を見上げたまま拳を握りしめた。


いかに硬派に生きるか。


真一と裕吾はそればかりを日々呪文のように心で唱えた。


男子たるもの硬派に生きてなんぼのもの。



チャイムを鳴らしたスピーカーの震えと心の震えが協調しあうのに気付いた二人はお互いに笑顔を見せあった。


真一の

片頬の火傷跡は幼い頃に負った傷だ。そのとき身体だけでなく心まで痛むものだと知った。

五年生のときには転校生の沢村俊介をイジメたこともあった。


目指す粗暴さが空回りすることがあった。


裕吾は


盛り上がった前髪に触れた。リーゼントスタイルはいつものように気持ちを落ち着かせてくれる。



おれは硬派だと謳ってきたにも関わらず須田樹里に恋をしてしまい焦った日々もあった。

売られた喧嘩は必ず買ってきた。


佐野は危険人物だ。

だがこうなった以上、俊介のシャープさに付き合おうではないか。


裕吾は大きな前歯を出して笑う。


二人はそれぞれの特徴的な部分を確認しあうように見合いそして頷いた。



「俺達は硬派だよな」



「正解」


「シュンにはさ、あれだけ佐野のクソブタの相手はするなって言ったのによ。俺は最近、公園でそう言ったよな?」



「それも、正解」



いま真一が、ぶるぶると震える振動を感じているのは果たして体外からなのか体内からなのかわからなかった。




愚案だ!


もう追求するな。


そんなものは

あやふやなままでいいんだ。


いま動く。



「あのさ裕吾。俺達は馬鹿で不良でどうしようもないクズだけどよ、仲間が勇気を片手に握りしめて目の前走っていったら。俺達も走るしかないだろ。どう思うよ?いま、もし…もし逆方向へと逃げたらさ。…俺達は馬鹿でクズで弱虫で…友情すら持てない最低野郎になるよな?」



裕吾は盛り上がった前髪を根本から慎重に両手で整えていく。


「真一。行こうぜ。俺はすべて承知!」



裕吾の大声はチャイムに連動していた。



二人は真顔になると同時に駆け出す。



「何かおかしいと思ったんだ」


走りながら真一が話す。


「この時間に二年生のワル共を全く見かけないからな…。おかしいと思ったんだ」



想像される修羅場。おそらくいま遠藤壮太は一人で戦っているのだ。




「あいつもいるかな…」



裕吾の頭のなかには大橋彰のスマートな外観が浮かんだ。



「あいつもいたら五人…。おいおい、一年のベストメンバーになるな」




「よしゃ!こうなったら全面激突!生きてることに感謝だ」



真一と裕吾の目は、前を見る。


いま俺達がここで。


この時から。

全力で走り出したことによって変わっていくであろう自分の未来。


それは大きな分かれ道か、すぐに合流する迂回道路か。



まず考えられるのは…付いてまわる恐怖と忿懣(ふんまん)が蔓延る結果だろう。




震え上がる毎日の未来がきっと待っている。



だがそれは結果だ。


そんなものはいま考えるな。



いま俺達が考えなければいけないのは目の前にある過程なのだ。




校舎を横切る砂利混じりのアスファルトの道。

二人の走る両足は力強く踏み締めていく。


命懸けで親友を守る。

そして一緒に苦しむ。


純粋な心と軽快な音が二人を包み込んでいった。






チャイムが鳴る。



彰と壮太は荒い息を繰り返しながらチャイムの音を耳に届かせていた。


二人の重なる背中。


彰の後頭部が壮太のうなじに位置するほどの身長差だ。




「大丈夫か?」



彰が言うと壮太は「当たり前だ」 と野太い声ですぐに返す。



壮太の両肩は激しい呼吸に合わせて上下していた。


彰にはわかる。

おそらく腕を上げていることすらもう苦しいのだろう。


壮太のスタミナは限界まで来ている。




「彰。お前さ相変わらずカッコつけやがって」




「壮太。お前こそ」





二人は背中合わせに囲みの中にいた。

素手で戦う二人。


どちらも激しく息遣いをして血を流していた。彰は角材で打たれた足の痛みがひどく壮太は前歯が二本無くなっていた。



倒した相手は七、八人はいるのだが、いまも多勢に無勢に変わりはなかった。




「彰。渡辺先輩が前に言ってたの覚えてるか?もし複数に囲まれたらってレクチャーしてくれたよな」




「たしかグループの統率者をやれ。だろ?」




「ああそうだ。俺にやらせろよ彰。絶対あいつのとこまで行ってやる」



壮太は離れた場所にいる佐野を睨みつけた。



「やれよ!たった二人だろうが!」



佐野は叫び続けている。




そこに俊介が走っていく。

佐野の後ろから現れた俊介は走る勢いのままに飛び蹴りを佐野の後頭部に放った。


「うぎゃぁ!」


俊介の蹴りによって巨漢の佐野は前のめりに倒れ込んだ。





「シュン!」




「二人とも大丈夫か!」



「当たり前だ!」



壮太の怒鳴り声を聞いた俊介は安堵の表情をする。



「シュン!後ろだ!」




俊介の背後に気配を感じた彰が叫んだ。




振り返って身構えた俊介の前に現れたのは裕吾と真一だった。




「裕吾…真一…やはり来てくれたか」




俊介は二人を見て微笑んだ。



「お前らも馬鹿だな」



「シュン。お前ほどじゃないぜ」



「さあて、祭り!」





真一が倒れた佐野の隣りにいた宮崎の鼻頭を思い切り殴り付けた。



お、おい。あいつらは…。

助勢する男三人を見た二年生の男達は驚愕した。



あれは一年の村田川だ!。


場慣れした三人の助っ人の登場は一変させた。



俊介は身軽な身体を駆使して得意の飛び蹴りを放ち、真一と裕吾は相手から武器を奪うと容赦なく打ち据えていった。



集団的残虐性は圧倒的優位が傾斜した場合、急激に衰えていく。


暴れ回る三人の仲間を見て唖然とする壮太。



「…誰も来るなって言ったのによ…」




後ろにいる彰は、鼻血を袖で拭きながら壮太の背中に軽く肘を当てた。




「仕方ないだろ。みんな引き付けられていく。それが壮太だよ」




彰はそう言い残し真顔に戻ると、相手の懐に向かって行った。



五人は戦う。

それぞれの思いを胸に。




「あー!真一!後方!」




裕吾が怒鳴る。



その声を聞いた真一は振り向き様に相手の顔面を鉄パイプで殴りつけた。



「おりゃあ!」




壮太が肥満体の男を強引に投げ飛ばし、彰が背の高い男のこめかみに後ろ回し蹴りを放つ。


俊介は小さな身体を猫のように走らせて縦横無尽に駆け回っていく。



「す、すげえ…!すげえよこの喧嘩!」


真一が裕吾の近くまで行き頭を軽く小突いた。



「壮太君も大橋の野郎もほんと強いぜ!シュンも頑張ってるし!おい、おい!裕吾!痛いけどよ!すげえ楽しいよな!」



「満悦!生きてることに感謝」



裕吾も前歯を出しリーゼントに触れながら満面の笑顔になった。



そのなか佐野は固まっていた。

戦うことも逃げることもできなかった。

少量の小便を漏らしその温もりと臭いを感じながらただ立ちすくんでいた。




呆然と立ちすくむ佐野のところに無表情の大男が走り寄っていく。壮太だった。


表情を消したまま佐野の目の前に現れると、憔悴しきった剛腕に最後の力を詰め込んで大きく振り上げた。


「てめぇぇぇ!」


壮太の手が佐野の襟首を掴む。


「おりゃぁ!」


そのまま地面へと投げ飛ばし、悲鳴とともに仰向けに倒れた佐野の上に素早く馬乗りになった。



「おい…お前…杉田奈緒子になにをするつもりだった?」


顔面を殴る。


佐野はまたも悲鳴をあげた。


「…これでよかったんですか…」


壮太はまた顔面を殴る。

佐野の鼻頭が潰れ血が吹き出す。



「…遠…藤君…」



「杉田奈緒子になにをするつもりだった!」



壮太は佐野が口を開こうとするとすぐに殴りつけた。


「なにをするつもりだった?言え!」



殴る。殴る。


壮太の振り下ろす鉄槌にためらいはなかった。


俊介は頭突きを食らわして眼前の相手を倒すと、佐野の上に馬乗りになる壮太に視線を移した。


やばいな…。


俊介は走りだした。

そして素早く後ろから羽交い締めにする。



「壮太!もうやめろ!死ぬぞ!」



「離せ!」



俊介を突き放してまた佐野を殴る。振り下ろす拳からも血が吹き出していた。彰も異変に気付き壮太のところへと走りだす。



「奈緒ちゃんに何を!てめえ!奈緒ちゃんによくもぉぉ!言え!言えよ!」



佐野の口元がわずかに動く。痛みで顔中が麻痺しているかのように小さくパクパクと口を開いては閉じる。。



「…ごめん…なさい…」



壮太はまた殴りつけた。

鈍い音がする。



「他の奴らは関係ねえ!やるなら俺だけだろうが!」




喧嘩は終わろうとしていた。二年生達は負けを認めていた。立ち上がり戦いを挑む者はすでにいなかった。周りにはうずくまる者や体育館の壁にもたれ掛かり座り込んでいる者だらけだった。

リーダーである佐野を助けに行く者は誰ひとりいない。


戦いは終わった。



「壮太!もういいだろ!」


彰は壮太の上にのしかかり太い首に腕を回し、厚い胸板を軽く叩いた。



「もうやめろ。な。もういいんだ…。もういいから…。お前の気持ちはわかったから……」



被さる彰の温もりを感じた壮太は、我に返ったように動きを止めた。


「彰…」



「彰…。俺は奈緒ちゃんが…好きだ…俺は…小さいときからずっと…ずっと奈緒ちゃんのことが好きだ…。だから許せねえ…こいつを絶対に許せねえんだ…おれは守る。必ず奈緒ちゃんを守る。なにがあっても」



壮太は泣いていた。

一滴の涙が目尻からこめかみを伝った。




「壮太…」





彰は壮太からそっと手を離した。

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