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初恋。  作者: 冬鳥
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加勢

彰が駆け付けて来たときには体育館裏はすでに修羅場と化していた。


だがここにいる二年生の多くは相手の領域を超えた強さに動揺を覚えていた。

獰猛な獣のようにとてつもない破壊力と頑丈さを持つ男との戦いは言い切れぬ不安がつきまとっていた。

なかには

シンナーを吸い朦朧とした男もいる。

そこから歯止めを抜いた一方的な暴力をしかけていた。


一人が背後から打ち付けた角材は彼の側頭部に当たった。

そして壮太の頭から滲む赤い血がここにいる人間達の眼前に飛び込んできた。

その純潔な赤みは集団的残虐性を急激にエスカレートさせたのだ。



そうだよ、奴は俺達と同じ人間なんだ。と。


怖がるな。遠藤壮太を。



その名前は二年生の間でも神格化されていたと言っていいだろう。


一年生の間では絶対的なカリスマとなっていた男だった。



二年生の不良達はこの名前を聞くとやたらにでかい不動なる壁を連想させた。


固く太く強靱な壁。


たった一人の男の存在によって、二年生の言いなりになりきらない下級生達。


二年生の一部では見当外れを思い知らせたのだ。



二年生は入学当初の一年生で警戒すべき相手は沢村俊介、衣川真一、松田裕吾の三人くらいだと思っていた。


それが違った。


遠藤という巨大な星が一年生の頭上に輝いたのだ。


いまも一年生の多くはでかい壁に守られているという安心感を抱き続けている。




壮太は佐野だけではなく、二年生の不良達全員の目の上の瘤だった。



数十年来の荒れ学年。

いまの二年生は、ちまたではそう呼ばれていた。


バイクで校庭を走り回り、夜中に窓ガラスを割る。教師への暴力も数え切れないほどあった。

三年生は二年生に道を譲り、教員の誰もが二年生の担任を嫌がった。

他校でも有名になるほどの悪の集まり。



集まったのは二年生のリーダーである佐野が、杉田奈緒子を辱める光景を見られる期待感だった。

奈緒子の美貌は有名だった。

男なら誰もが奈緒子を抱きたいと思った。

しかも毎日イジメを受け続ける孤独な女。少し脅せば簡単にヤレる女だと思った。


不良達から守ったのは佐野だった。


佐野の女。



誰もがそう思い手出しができなかった。



C組の一部の男が佐野と一緒に奈緒子とキスしている。


その情報はすぐに不良達のなかを駆け巡った。



羨望や狡さ。そんな思いが不良達のなかで錯綜した。


想像するたびに膨らんだ興奮を必死に抑えこんだ。



そして今日。ついに生贄が披露されることになった。


だが奈緒子は姿を現さなかった。


山下の抜け駆けが原因だと佐野がいった。


ここにいる

二年生達全員がなにかに振り回されていた。


とにかく奈緒子は来なかった。


その鬱憤や日々の一年生への怒りがいますべて壮太に向かっていたのは事実だった。


いままでは、喧嘩での脅しのために見せるだけだった凶器。それがいまは強く握りしめられ狙う相手に打ち噛まそうと振り回される。


遠藤壮太の鋼のような身体にそれらは食い込んでいった。


修羅場と化しつつあるこの場所だった。



そこに忽然と現れた大橋彰。


この常識から逸脱した世界に、颯爽という言葉を付属させても良いほどに彼はここに現れた。


素人では決して避けることも捌くこともできないだろう迅速に繰り出された空手仕込みの蹴り技。

長年の修業で習得した彰の武道が、周りにいる男達を的確に捉えていくのだ。


たちどころに形勢が変化していくのがわかった。


壮太はただその光景を唖然としながら見送っているように見えた。


数的に見れば絶望的な戦いが続くのに変わりはないが、彰の華麗な足捌きは相手の肝を瞬時に冷やしていった。


剛腕を上段に構えたまま立ち尽くしたように動きを止めていた壮太。

全身に張り巡らした非常線が少しでもたるめばすぐに忍びよる脅威だ。


背後に迫る。



「壮太!後ろだ!」



陰湿で殺伐としたこの地を一瞬に浄化していくかのような透き通る声が壮太の脳髄へと訴える。


彰の声は壮太の耳にしっかりと届いていた。



「だぁ!わかってるよ彰!」


壮太の勢いよく振り回した腕は、後ろに迫っていた男の胸元に当たり吹き飛ばした。



「おい彰!どうしてここに来た!」



怒鳴りながらの壮太。

すぐに目の前にいた男の頭を両手で鷲掴みにして持ち上げる。


「ぐぅぅぅ!や、やめて!い、痛い!」



相手の苦悶を無視するかのように足を浮かせてしまうほどまで怪力のままに持ち上げていた。



「彰!どうして来た!」



壮太がもう一つ出来上がっていた人の輪の中心に視線を送る。


問い掛けに反応するかのように彰は躍動をする。

武道家ならずとも誰もが目撃すれば、見事だと喝采するような後ろ回し蹴りが彰の左足から繰り出された。それは見事に相手のこめかみに命中した。



蹴られた男は遠心力が加味された強力な蹴り技によって薙ぎ倒されそのまま地面にうずくまった。


相手が一斉に怯んだ。



「な、なんだこいつは!」



「お、おい…こいつ大橋だぞ!」



「ちっ!あの大橋か!まとめてやっちまえ!」



彰は隙を狙って輪を掻い潜り、壮太のもとに走り寄るとそのまま背中合わせになった。



彰は背中越しに壮太の体温を感じた。



「だぁ!彰!どうしてここに!」



壮太の声は彰の背中に旋律となって響いてくる。


重厚なる音色は優しさを堪えず忍ばせる。



いつもそうだ。

昔からそうだ。


壮太の声は彰を落ちつかせる。


彰は顔だけを横に向けた。

付き合わす背中。





「シュンに聞いた。ったく!壮太!きちんと俺に言えよ。こんな状態じゃいくらお前でもやられるからな!。その血は大丈夫なのか?」



頭から滴り落ちる血は額を流れ頬から顎へと落ちていた。


「ふん!シュンめ!俺は大丈夫だ!後ろからの攻撃にちょっと手こずっただけだ!」




「よし。こっからは俺に後ろは任せろ」



彰が言うと壮太も


「お前の後ろもな!任せろや!」



そう言い合うと二人はどこか可笑しくなったのか微かに笑い始めた。それは小波のように二人の肩を揺らし始めた。



「彰。わかると思うが少々こいつらはやばいぞ。向こうは本気だ」



「見ればわかるよ。で、向こうのリーダーはどれ?」


「あいつだ。あのクソデブ」


人の垣根の向こう側の場所でこちらを見つめる佐野。



「俺は必ずあいつのとこまでいってボコボコにする。あのデブが奈緒ちゃんを泣かせる張本人だ。いいな彰!。あいつは俺がやるからな。お前は絶対手を出すなよ!」



「俺が行けたら俺がやる」



「ふん!」



彰と壮太を囲む二年生は誰が最初に手を出すかを見合っていた。


二人の背後から攻めれなくなったことが二年生の攻撃を停滞させた。



彰と壮太は背中を付き合わしながらお互いに口を開く。


「しかし多勢に無勢だな。相手は武器持参。一つのミスが致命傷になるな」



「彰。お前。怖くないのか小さいときは毎日泣きべそ野郎だったのによ公園に上級生が来たら、俺の後ろに隠れていやがったくせに」


壮太の言葉に彰は鼻で笑っていた。



「怖くない。壮太と一緒ならなにも。さて奈緒ちゃんを助けよう」



彰の言葉に壮太は悲しげに頷いていた。



その顔は彰からは見えない。



佐野は彰の登場によって顔色を変えた壮太をはっきりと確認できた。


あの人の予想外な出来事がいま起きている。



佐野はあの人が怒り狂うのが怖かった。



いま大橋の出現は。


あの人がいままでしてきた舞台をすべて台なしにさせる事ではないのか。




一年A組の教室。


杉田奈緒子は俯いて机の上に涙を溜め込んでいたが、意を決したように立ち上がった。



「やっぱり私行きます!」



教室を飛び出していこうととする。




「先輩ってほんと馬鹿ね!止まれ!」



と須田樹里がすかさず大声で怒鳴りつけて奈緒子の足を止めた。


「でも……私が体育館裏に行かないと…」



「先輩。待ってください。体育館裏か。やっぱりな。私は最初からあそこが匂ってた。そうだ先輩。体育館裏で大橋君が怪我をした猫を助けたのって知ってますか?」



樹里は奈緒子を行かせないようにゆっくりと扉のほうへと歩いていく。



「彰…君が猫を?」



「そう。大橋君が体育館裏で野良猫を助けたんです。目の前で車に轢かれちゃって。こう…血だらけになりながら猫を抱いて…」



行こう!須田!案内してくれ!まだ!まだこの猫は生きてるんだ!



樹里は思い出していた。ライトを救った彰の眼差しを。彼の大きな瞳は私達が見るもっともっと先を見ていた。



「動物病院に走って連れていったんだけど…猫は結局死んでしまいました。大橋君は大粒の涙を流してこう言いました。ごめん助けれなくてって。先輩…。もし大橋君と遠藤君になにかあったら…なにかあったら…私…。先輩を絶対に許さない。あの二人は私の友達なの。大切な親友なの…だから、許さない。いままで先輩は戦わなかった。その反動があの二人に向かった…」



樹里は扉の前に座り込んで両手を握りしめると涙目を暗い廊下に向けた。



奈緒子はその場にまた座り込んで額を床に擦り付けた。




「シュン!」


沢村俊介が彰の後を付いていく最中に名前を呼ばれた。

俊介は突然後ろから呼び止められて速度を緩めた。

彰は全力疾走で体育館裏に向かっていく。


俊介は息を切らしながら振り返ると見慣れたリーゼント頭と火傷跡の頬が視界に入ってきた。



俊介は思案した挙げ句に脚を止めた。



「おお!シンにマツじゃねえか。そうだ。お前ら壮太見なかったか?壮太だよ!」



俊介の鋭い瞳はただごとではないなにかを映しこんでいるように二人にはみえた。


長い間俊介を見てきた二人はそれを敏感に察知した。



「なに?壮太君?俺は見てないな。なぁ裕吾は見たか?」



「え、壮太君?まったく絶無!」



「まあいい。いま壮太はどっかで佐野とやり合ってんだ。決戦だよ。あとは体育館裏か…。ああ、お前らは気にするなよ。佐野とは関わらいほうが賢明なんだからな。それは弱いという意味ではない。だろ?おれは助けにいくよ。あいつは俺達のリーダーだから。じゃあな!」



「お、おい!シュン!」



俊介は体育館のほうに走っていく。

どんどんと小さくなっていく背中。



真一は片頬にある火傷の跡にそっと触れる。裕吾はリーゼントの先端に指を置いた。



「なぁ裕吾。もしいま俺達が行けばシュンと壮太君はちったぁ助かると思うか?」



裕吾は頭を撫でながらフッと笑った。




「まぁ俺達はそれなりに強い。真一。行くか?いまから疾走」




「佐野の報復は必ずあるぞ」




でも…親友だしな。


ああシュンはいまは俺達の親友だ。



壮太君は?



俺達のリーダーだ。



佐野のクソは?


あんなのは全然怖くねえ


俺達はいっぱしの硬派だ。


「全然怖くねえ!」



「おう!全然怖くねえ!」



二人は声を揃えると顔を引き攣らせながら笑って見せあった。




「行くか?」




「ああ!行く!」




二人は全力で走りだした。俊介の背中を追い掛けるように。



友達と同じ苦しみを味わうがために。



走りだした。

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