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初恋。  作者: 冬鳥
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体育館裏の劇場


丸太のように太い腕だった。そしてその腕の先にあるのはグローブのように大きな拳だった。


対する山下も決して弱い男ではない。

二年生の間ではNo.2と認識される男だった。


一対一の喧嘩。


他の者は手だし無用。


ここにいるすべての者が僅かな明かりに照らされる二人の男の一挙一動に注目していた。


壮太が地面に脱ぎ捨てた上着は風によって小さく揺れている。



「手加減はしねえぞ」



壮太は拳を握り直した。腕まくりしたカッターシャツから覗く二本の腕は筋肉の密度の高さが一目瞭然にわかった。


握り締めた拳で相手を殴る。


その本能のままといえる戦う形に上乗せされた技術がある。



人によって作られる

輪の外で佇む佐野の目には見えていた。



―遠藤壮太の拳と心には怪物が宿っている―。



その怪物が



迷うことなく口を開け獲物を狙った。



佐野にはわかる。


山下なんかが勝てる相手ではない。

次元が違うのだ。



山下よ。十分楽しんだか?奈緒子の体で。

おれも楽しんだよ。


佐野は地面に唾液を垂らした。



それも今日で終わり。



すべては演劇なのだ。



脚本家が遠藤壮太で


演出家は遠藤賢治にでもなるのかな。



俺達はあの兄弟に躍らさているだけ。


でも。

楽しんだだろ?山下よ。


俺達脇役が主演女優とキスを何度もできたんだ。


山下おまえは奈緒子の胸にしゃぶりついたんだろ?


お前はこの後苦しいだろうがいままで楽しんだよな。


「行くぞ!」



壮太が山下の目の前まで殺到して振り上げた右拳は直線的に呻りをあげて振り落とされる。



「ぐあぁぁ」



山下の悲鳴と同時に左頬へと減り込んでいく。


それなりに喧嘩慣れした山下も抵抗はしたのだ。

両手を添えるようにして壮太のパンチを防ごうとした。


だが。


開口した怪物は山下がいままでに培ってきた常識を凌駕していた。


ガチンという鈍い音が耳に聞こえてきた佐野は思わず目を閉じた。


山下の両手は弾き飛ばされその勢いのままに左頬へと衝突した音は佐野に戦慄を覚えさせた。



遠藤壮太は空手をやってると聞いたことがある。そして部活動では剣道をやっている。恵まれた体格に追随する武道。本能を追尾する技術だ。




「まだまだ。そら行くぞ!」



一撃によって明らかに戦意喪失した山下にむけてすぐさま二発目のパンチが飛ぶ。


宿る剛腕を的確に動かしていく壮太に迷いや躊躇いなど一切なかった。


まるでボクサーがミットに打ち込むように、ただの物を強く叩く。

一瞬のうちに山下は地に手を付いてうずくまった。


呆気ないものだった。


受け手となった山下は壮太の拳を防いでからの攻撃を考えていた。


だが

相手の力は山下の想像を遥かに超えていたのだ。



一撃で決まる。



壮太は

強い男だった。




―多少おれも怪我しないとな。じゃないと奈緒ちゃんに怪しまれちまう。だろ?遠慮するな。二年生総出でおれをやらせろ。おれは怪我したい、わかるだろ?―。




佐野は数時間前に言われた壮太の言葉を思い出した。


身震いする自分がいた。


ここから


自分は演じなければいけないのだ。




「山下がやられた!タイマンは終わりだ皆でやれ!やれ!」



佐野が大声を張り上げた。


「遠藤を潰せ!お前らこのまま一年に舐められていいのかよ!遠藤さえ潰したら他の一年なんぞ皆ザコだ」



動きが止まっていた人の輪は佐野の怒声によって目覚めたかのように各々が働きはじめた。





一人が壮太の後ろから角材で後頭部を殴り付けたときから再び戦いが始まった。


一対複数の喧嘩は形勢を一気に逆転した。



「ぐぉぉぉ!」


壮太の唸り声が響き耳元からは血が出始めていた。




「やれやれ!殺せ!一年に舐められたら終わりだぞ!」




「遠藤をやれ!」



明らかなる多勢に無勢。



暴力は急激な早さでエスカレートしていく。


弱者となった者の血を見たときに、人間達の悍ましい集団的残虐性が開化する。



佐野は身震いしながらもう一度大声を張り上げた。



「遠藤をぼこぼこにしろ!」



壮太は角材で叩かれた後頭部の痛みを必死に堪えながら、斜めから迫る相手の腕を掴み脇腹にえぐるようなパンチを放った。



「怯むな!やれ!そいつはリンチだ」


佐野は壮太を囲む男達の何歩か後ろから叫び続けていた。


壮太の後ろに振り上げられた角材は激しく背中に当たる。

壮太は苦悶の表情を浮かべたまま佐野を睨み返した。


変わる目つき。



阿修羅のような目。


その眼差しに佐野は圧倒される。




「や…や…やっちまえよ!は、早く!」



いいのか?もっと続けていいのか?この辺りでストップなのか?



わからない…。



佐野は涙を流し泣きたくなった。




また後ろから遠藤の背中へ鉄パイプを打ち付ける。骨を鳴らす鈍い音が体育館裏の狭いスペースに鳴り響いた。


壮太は咄嗟に鉄パイプを握り持ち相手に頭突きをくらわす。




「うぉぉぉぉ!」




雄叫びをあげながら鉄パイプを引っ張りあげると隙となった男の腹に空手の技である前蹴りをだそうと浮かした片足は地に戻った。


そのまま体重を前足に乗せて頭突きを放った。



前蹴りは彰の得意技のひとつだった。壮太はその技を消しさったように見えた。




「よぉぉ!おまえらぁ!どんどん来い!」




「うぎゃぁ」


男は額から血を流し倒れ込む。



「俺が!」


壮太が憤怒の形相のまま叫ぶ。



「俺が!!!」




「奈緒ちゃんを守るからよ!」



壮太の熱い想い。



佐野はこのときすべてか解った気がした。


遠藤壮太は杉田奈緒子を手にいれるまでずっと…ずっと奈緒子を苦しめてきたのだ。


それは

作られた救世主を気取るためだ。



なんという…奈緒子への想いなのだ。


そしてなんという…悍ましさなのだ。



複数の男に徹底的なまでに奈緒子とキスまでさせて。奈緒子が小学生のときからイジメを扇動し孤立させ恐怖を植え付けさせそして地獄の一歩手前まで落として。




「や…やれよ!やれ!」





佐野の怒声が再び響いた。


二年生の集団が壮太を襲い続けていた。


鉄パイプで足を打たれ壮太の膝の力が抜けたところに、二年生の一人が蹴りを放った。


それは坊主頭の側頭部に命中した。



「ギャハハ決まったぁ命中」


シンナーを吸って朦朧とした男の笑い声が佐野の耳に聞こえてきた。


何十年来の荒れ学年といわれた二年生の残虐性が頂点に達していく。




「もっとやれやれ!こら遠藤!お前は一年のくせに生意気なんだよ!」



「おい!鼻を折っちまえ!」


狂いだした男達。

集団性暴力は単調なまでに暴力を増長させていく。

判断力はすでに麻痺していた。



誰かが騒ぎながら倒れた壮太の顔面を蹴る。


何度も蹴る。


角材で叩き鉄パイプで叩く。


混じるのは血の匂い。


鈍い音が皮膚を裂き肉を打つ。


必死に頭を守るだけの壮太を容赦なく痛めつけていく。


「ウヒョー!気持ちいい!あの遠藤をボッコボコだぜ!」



沸き上がる歓声。



ひきつった笑顔を浮かべる佐野。



そんななか、おどおどした宮崎が佐野に近づいていく。


「佐野君…。あ、あの…遠藤君…このままじゃ…やばくないっすか。も…もう止めたほうが…」


佐野の横に来た宮崎は顔を青ざめさせている。



「どうする…どうすればいいんだ」



壮太は打たれながらも歯を食いしばり立ち上がろうとする。そして佐野に向けて。



壮太は。





笑った。





それを見た佐野は全身がぶるぶると激しく震えだした。





これは後日の話しになる。

山下はこの乱闘騒ぎで左頬骨を骨折した。それから一ヶ月後に夜の街を歩いているときに突然集団で暴行を受けて両目に接着剤をかけられ失明。三年生になる前に引っ越していった。


奈緒子にキスをした男達は転居又は登校拒否となった。佐野は三年生の一学期が終わり夏休みに入ったと同時に遠くの街へと引っ越していった。奈緒子にキスをした男のうち最後までこの街にいた宮崎は三年生の二学期に飛び降り自殺をした。



話しを元に戻す。



「な、なんなんだよこいつは!」


「早く倒せ!」


10人以上の男にめった打ちにされながらも壮太は目に涙を溜めながら立ち上がろうとする。


手に持つ拳大の石を壮太の間近で投げつけた男が勢いよく手を掴まれ引っ張られる。



「ギャアッ!」


頭突きをした壮太はそのまま勢いよく立ち上がると力いっぱいに声を張り上げて咆哮をする。


「うぉぉぉぉ!」



「た…た…たった一人なんだぞ!やれ!」


佐野が叫ぶように言った。



このとき異変が起きた。


壮太の背中をまた角材で打ち付けようと、男が振りかざしたときに、何か強い力によってその男は倒されていた。


倒れる男のすぐ後ろにもう一人の男がいた。



「壮太!」



その男は足を曲げたかと思うと素早く放った蹴りを前にいた男の脇腹に刺すように突き入れた。


「大丈夫か!壮太!」




「彰…」


唖然とする壮太の眼差しの先にいるのは。


大橋彰だった。



そこにいたのは彰だった。

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