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初恋。  作者: 冬鳥
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歯止め役


「吉川…」


廊下からこちらに向けて大きく手を振る吉川の無様にしかみえない姿を見つけた俊介は瞬時に状況を把握してまずは小さなため息をついた。そしてポケットからチョコを一つ取り出して外装を彰の机に置いて口へと運んだ。



吉川が今日ここで出現か。

俊介はなんとも目まぐるしい日になったものだ。と思った。



Xデーを今日行うのか。



相手はなにを焦っている。



彰と壮太も教室前の廊下に現れた異分子に気付いて顔を向けていた。



「あれ二年だな」


面識があるかどうかはわからないが壮太が吉川を知っているのは確かだ。そしてどんな情報を抱えて来たのかも理解している。


彰は何もしらない。



彰にも言うべきだろう。


今日Xデーをするならば一年生を組織して全力で止める。そしてその場にいる奴ら、つまりは全貌を明らかにした大蛇の首をはねる。


一年生には好戦的な衣川真一や硬派不良一筋の松田裕吾もいる。俊介が見るに喧嘩の強さでは一年生の五本の指に入る男達だ。


二人が口を揃え佐野が怖いといっても目障りな対象者なのは確かなはずだ。

壮太が動けば必ず動く。


他の一年生達も立ち上がる。


10年に一度の荒れ学年といわれる二年生に押し込められ続けてきた一年生達の鬱憤を一緒に解き放つ。


一年生対二年生の不良達による全面戦争に持ち込めば。



壮太は個々を組織にする力がある。大蛇にする統率力があるのだ。



そうなれば佐野のバックに誰がいようと怖くはない。




俊介の思考はあるものが動き出したことでストップした。



すぐ隣りにいた

壮太の大きな身体が揺れはじめたのだ。



嫌な揺れかただった。


そばにいるだけで彼の強い体力、腕力、支配力に統率力。それら一切の揺るぎないパワーを体温や感覚で感じる動きであり物体だった。



壮太は吉川のもとに向かう気だ。



俊介は眉をひそめた。



「ち…っ」


舌打ちは俊介からだった。


しかしよりによって吉川はいま現れるものかね。




「壮太待て。あいつは俺を呼んだ。ちょっと行ってくる。あれは二年だが、気にするな。たんなるクズだ」



俊介が壮太の肩に触れてからスリッパの底を鳴らして廊下に向かっていくと、


吉川は周りにいる一年生の女子に「やぁ」と手を上げて白い歯を見せウインクをしていた。


気楽なものだ。



俊介は女のことだけを考え生きてる吉川の気楽さが羨ましくも思えた。


人を好くことに苛む苦しさがない。


ただその道をいけばいい。

こいつはこれから一生をかけていい女を抱いて抱いて、そして死んでいくだけでも満足できるのだろう。


底辺の愛情に惑わされたまま歳をとっていくのだ。


それが幸せな生き方なのだろう。



スリッパで床を擦りながら俊介が近づいていくと吉川は「やぁ」と馴れ馴れしく話しかけてきた。




「やぁ沢村君」



猛禽の瞳を吉川に向ける。


「お前は相変わらず目障りな現れかただ。タイミングがまた悪い」



俊介は鋭い視線を廊下の床に下ろしてその先を予測した。背後には壮太の気配をひしひしと感じている。




「取っておきのインフォメーションだよ」




人差し指を立て口をすぼめる不細工としか思えない顔をこれイケてるだろとしてみせる吉川を見て俊介は殴りたい衝動を必死に抑えながら顔を突き合わせた。彰の膝蹴りが当たったこめかみから眼底まで至る部分には小さな疼きが伴ったままだった。



左上段蹴りを予測して軸足の脚を掴み倒そうとしてもあいつは体勢を崩されながらも右膝をこめかみに当ててきた。

類い稀なる運動神経が成せるものであり、そしてとても華麗で美しい技だった。




「早く言え」




吉川は俊介の鋭さに後退りしながらも話しはじめた。


「さ、沢村君、あのね、いよいよだよ。Xデーはたぶん今日だよ」




「今日だと?」



明らかに敵は。

佐野は焦っている。


何故だ?



「これは間違いないインフォメーション。佐野君は今日動くよ。ついに奈緒子はやられちゃうみたい」




「馬鹿」



俊介が後ろに近づく巨大なパワーをひしひしと感じるなか、吉川の話しを止めさせようと頭を抱えこもうとしたときに強い力が横を抜けていった。



「ぎゃっ!」



躊躇ない動きだった。

壮太が吉川の胸倉を掴んでねじりあげた。



低い声が俊介に届く。



「おいまずシュンに聞く。いま彰はこちらを見ているか?見ていないか?どっちだ」


俊介は言われるままに教室に顔を向けて彰の席に瞳を動かした。



「こちらを見ている」



「シュン。いまから彰のところに行け。絶対にこっちに来させるな。あいつはこれ以上巻き込みたくない。おまえもだ。おれ一人で佐野を殺す、奈緒ちゃんを救う」





とても低い声だった。それは心にある恐怖へと繋がる弁を開けさせるような音だった。

俊介には巨大な熊が人を襲うまえの威嚇のようにも聞こえた。


否定はできない。


決して。



はったりな言葉かそうでない決意があるかは六年生のときから幾度となく喧嘩をしてきた俊介だからわかる。



俊介はこう思わざるをえない。


彰と壮太では

あまりに器が違う。


こいつは本気で佐野を。



殺すつもりだ。





「わかった」




吉川と壮太を残して教室に戻ろうとしたときに樹里を発見した。



教室に入り廊下よりにいる樹里に無理矢理作りあげた微笑みを向けた。



「須田。彰が呼んでる」




「彰君が?」




視界の隅で壮太が吉川の胸倉を掴み半ば持ち上げたままの状態で廊下の角へと引きずっていくのが見えた。



「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!さ、さ、さわむらくん、た、だすげで!」


叫び声に近いものが俊介の耳まで届いた。



他の生徒たちは皆が吉川から目を離した。



遠藤君に何かされちゃうならきっと吉川先輩は何か酷いことしちゃったんだよね。


廊下にいた他のクラスの女がひそひそと話している。



―これがリーダーというものか―





「何してもいい。彰を絶対に席から立たせるな」



「な、なによそれ」



眼鏡のブリッジに指を当てもう片方の手を腰に当てる樹里の耳元まで近づく。




「いいか。これはあいつのためだ。あいつを守りたいならおまえのすべてをかけて彰を席から立たせるな」



樹里は顔を赤らめた。



「わ、わかった。彰君のためなら私何でもするよ。絶対に立たせないんだから。ほんとになにをしてもいいのね」




「頼むぞ」




何でもするか…。


せいぜい彰の手を握るか須田。



杉田奈緒子がされてることを無理矢理できるか?



おれは…


した。



杉田といい須田といい。


そして俺も。


彰のために何でもして何でも受けいれるのか。



怖いものだ。



人を好くというのは。



彰を樹里に任せると俊介は再度廊下へと身体を出した。



「詳しく聞かせてもらうぞ。何が今日行われるというんだ?おい二年生!」



壮太の発した低い声と、強大な力によってひきずられていく吉川の光景は、これから起きる出来事を暗示させるかのように背後は暗い闇が支配していた。



レールの上で歪み音を出しながら暗闇へと突き進むトロッコ列車に俺達は乗っている。


俊介はしかめっつらのまま二人の後をついていく。


それは自分が暗闇に向かう列車のブレーキを効かす役目を担うために。


ちょうどいい場所でおれが歯止めをする。

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