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初恋。  作者: 冬鳥
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孤独な勇者


彰の背中を支え起き上がらせた俊介はその美しさに見とれた。

真実の美しさというのは脆弱さが追尾してこそのものだというのを俊介は知った。



彰を起き上がらせながら俊介はその涙を共に抱きしめる。


杉田奈緒子を救うには空手の力だけでは決して乗り越えられない大きな壁が立ちはだかっている。それを知った彰を抱きしめて慰めてやりたかった。



俊介は理解していた。

彰には自信があったのだ。吹奏楽部に単身乗り込むほどの勇気と空手の修練によって備わった強さ。それらが奈緒子のイジメに対処できる不動なる自信となっていた。


空手を通して日々の向上心と、出会うべくして出会った大人達。成長や交流によって彰は同年代の中学生が起こす鼻先の出来事をどこか子供じみたものとして捉えていた。



おれにはわかるよ。

お前がいま泣いている意味が。


いくらお前のその空手で習得した両足の蹴りが、白狼の牙のごとく一瞬にして相手の皮膚を切り裂く鋭さがあるとしても、それはただ鬼畜共の皮を切りそして流れ出る血を見せるだけ。




お前はいま自分の幼稚さに気付き泣いている。


周りがそうじゃない。自分がただ幼稚だったのだと。


違う。



違うんだ。



お前は

あまりにも。



あまりにも勇敢なる孤狼なんだ。



向こうは巨大な組織だ。

巨大な蛇だ


お前の空手によって局地的に破壊して血を流させても、大蛇が猛り狂うだけの行為であり一層に狙った獲物を執拗なまでに捕食するのだ。


彰がいま感じているその未熟さたるもの。



その無力たるものに。


奈緒子を救い出せない弱さに。


打ちのめされたその心に。



俊介は彼を痛烈なまでに抱き寄せたくなった。

強く強く彼の叫びを受け止めたくなった。


髪を撫でつけ大丈夫だよと、お前は弱くなどないと。励ましたかった。



一緒に戦おうと手を取り合いたかった。



おれはお前を必ず守る。もう泣かせないからと彰のまえで誓いたかった。




長い睫毛を濡らしながら頬を滴る涙をこの手で受け止めたかった。人差し指で拭ってやりたかった。


彰の唇はしっとりと濡れていた。先程の口づけによって自分の唾液が彼の唇を濡らしているのだ。


それを見て血液が煮えたぎるように熱くなっていくのがわかった。





幅四Mほどの二つの校舎を繋ぐ連絡通路二階。

二人以外には誰もこの世界にいないという合わせ鏡のような広がりの空間に。



俊介は身体を動かした。


そして彰を抱きしめた。



本能の赴くままに彼の頭を優しく撫で付け、抱きしめる両腕に力を込めた。




「おれが守る。だからもう泣くな」




俊介が一生忘れないだろう彰との口づけ。そして涙と抱擁。



このとき俊介は愛する人を守りたいと願った。


彰の涙はもう見たくない。と。


この気持ちを俊介は永遠なる温もりとしたのだ。



鋭い眼差しのなかにはいつもこのときの記憶が内包されていた。


その記憶は俊介の虚しさを埋めつづけた。


この空間は、俊介がすべてを賭けて彰を守ると決めたそのときだった。




彰の想いは


杉田奈緒子に向けられている。

とても強く



彰は奈緒子を想っている。



俊介は彰を抱きしめながらいま出来ることを急速に思案しはじめた。


そして行き着いた思考は、まずは彰を立ち上がらせ早急にこの場を立ち去ることだった。







「とりあえず保健室にいこう、それでいいよな。おれも頭がガンガンしてきたし。お前の膝蹴り効いたよ」



抱きしめていた両腕の力を緩ませる。むせび泣く彰を立ち上がらせて元来た道を戻ろうと歩きだしたときに俊介は背中の先になにかしらの気配を感じた。それは一人の気配ではなく多くの人の殺気立つ気配だった。



俊介は自分の経てた仮説に納得せざるを得なかった。


やはりあの先の壁を越えたところに伏せていたか。


やはり北側校舎と連絡通路の境目に罠は仕掛けられていたのだ。



彰もその殺伐なる気配に気付いたのか振り返り連絡通路の先を見た。



「気にするな。行こう」



俊介は彰の手を取り半ば強引に来た道を戻りはじめた。


「近い日に杉田は集団でやられる」



俊介は階段を下りながら彰の反応を待たずして話しを進めていく。



「その情報は必ず事前に掴む。必ずだ。おれを信じろ彰。そのときにまとめて奴らを葬るんだ。一網打尽にできる。蛇の首から寸断する。壮太にはおれから話す」



「写真…のことも言うのか?」



ゆっくりと階段を下りていく俊介のすぐ後ろを肩を下ろしてついて来る彰が聞いた。


「言ったほうがいいだろ。もうお前一人で抱え込むな。それにあいつはお前の親友だろ。杉田の幼なじみだろ」




「ああ…そうだな。壮太にも言わないとな…ありがとう…シュン」




「よしまずは保健室だ」


一階まで下りて左に曲がると保健室は目の前にあった。


俊介がドアを開けたときに彰は小さな声でなにかを呟いた。俊介にも聞こえない小さな小さな声だった。




―全員殺してやる―




彰の内部に”そのもの”

が宿ったときだった。



”そのもの”は怒りと嘆きを食い物にする寄生生物と同じだ。


増殖を繰り返してはいつしか宿主を乗っ取っていく。



「とりあえず授業終わるまでゆっくりしていこう。先生。階段でこけた」


保健室にいた大人に俊介は青白くなった右頬を見せた。





ここから数ヶ月あとの話しになるが、二年生になった彰が頬を多少赤らめながら隣りにいた俊介に話しかけた。




「シュン。おれのファーストキスだった」



「は?なんだそれ」


俊介は彰の言葉の意味がすぐにわかったがとぼけて聞き返した。



「シュンとのキス」



「ああ。あれはお前を穢したかっただけだ。杉田奈緒子と同じ想いにさせたらお前の怒りも少しは静まるかなって」



俊介は彰の唇を見た。

濡れた唇。



俊介は下半身が疼くのがわかった。


平穏に甘える疼きだった。



話しを戻す。




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