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初恋。  作者: 冬鳥
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罠に牙を剥く白狼


杉田奈緒子はここまでされていたというのか。

あまりに酷いではないか。彼女は。まだ。

中学生なのに。




俊介はそう思わずはいられなかった。



おれは。


怒りに身を任せ走り出してしまった彰を どう止めればいいというのだ。



どう言えば奴は脚を止める?


もう車輪は止められないのか。

ブレーキを見つけられないのか。



こうなった以上はこれから起こるであろう衝突事故を最小限に食い止めることが最善なのか。



俊介は彰の背中を追いかけながらも冷静に物事を順次整理していこうと考えた。

彰をどう止めるかの急用課題だ。



まずは。


このまま彰が走って行った場合の行き着く場所を考えてみる。


俊介の脳裏には

答えが簡単に出てくる。



これは。




罠だ。




おそらく人数をまとめた佐野が待ち受けている。


場所はまえにも二年生と揉めた場所。


連絡通路だ。



おそらく罠は厳重に仕掛けられている。



向こうは彰の強さを知ったうえでの罠だ。



10人はいるのかもしれない。


いくら武道を使う彰でもせいぜい三人を同時に相手するのが精一杯だろう、それに向こうも喧嘩慣れした奴らだ。



しかし。


俊介にも珍しく冷や汗なるものが滲み出ていた。あれは衝撃的な二枚の写真だった。



彰の机のなかに入れられていた、杉田奈緒子をいたぶる場面を写した写真。





いったい誰が?いつ彰の机に入れることができたのだ?



彰の席の場所を知った奴が教室に忍び込んで入れたことになる。


体育の時間の一年A組の教室は無人だった。生徒は皆体育館でバレーボールをしていた。バレーボールならば誰も教室には帰らない。しかし先週の体育の授業でやった器械体操ではおれはつまらなくて教室にいたのだ。



二年生が南校舎に来て誰もいない一年A組教室に入っていくことは決して不可能ではない。


だがやはり。


目立つだろう。


他のクラスの誰かや教師に見られる確率はつきまとう。


写真を入れたのは素直に二年生だとする。


となるとこれは完全な罠となる。



憤慨した彰が二年生の教室に乗り込んでいく。


それを待ち受ける。


単身吹奏楽部に乗り込んだのだ。彰の奈緒子への気持ちも推測できることだろう。


だが…。


俊介はなにか腑に落ちないでいた。



一年生のなかにあらゆる情報を提供する者がいるのかもしれない。


彰の席の場所に体育の授業内容。


二年生に汚染された一年生の誰かがたえず彰を見張っているのだろうか。




次に考えねばいけないのは事の性急さだ。



俊介は写真を一目見てすぐにわかった。杉田は間違いなく脅されることによってされるがままになっているのだと。普通ならば拒否をするはずだ、抵抗するはずだ。女ならば命を賭けて守るべきことだ。


無理矢理キスをされ胸を揉まれる。


おそらく奈緒子にとっては初めての口づけだろう。



それはあまりに尋常なことではない。


奈緒子を貶めるもの。


それは大好きな彰によってなのだ。


一週間まえに彰が吹奏楽に乗り込んだことによって二人の関係が佐野等に知られてしまった。


杉田奈緒子は大橋彰を好いているのだと。



それは奈緒子にとっては災いとなり、佐野等には格好な餌となったわけだ。




大橋を集団で殺す。


殺されたくなければ言う通りにしろ。誰にも言うな。


そのようなことを言われているのだろう。



彰に危害を加えると脅された奈緒子はされるがままになっている。

この一週間地獄を味わっているのは確かなことだ。



これが。


恋の側面にある脅威というものなのか…。



杉田の馬鹿が。


彰がそんな簡単にやられるわけないだろ。


あいつが習得した武道は

跳ね返す強靱さがある。


好きになった男の強さくらい見極めろ馬鹿。




しかし…彰は走りだした。

あの写真だ。



写る二人の男を俊介は知っている。

小学生のときからの顔見知りの一学年上の山下と宮崎という男だ。


二年生リーダーである佐野の家来集二人が杉田奈緒子に無理矢理キスをしていた。

突き出した舌を奈緒子の頬に当てる宮崎と、奈緒子の唇を貪る山下の唇。


悍ましい写真だ。


二人はけだもの以外何物でもない。


カメラを撮った奴はおそらく佐野になるのか。三人の男が奈緒子をいたぶる光景は見るに耐えられない。だが何故主犯である佐野が写ってないのだ。


もう一枚の写真は 山下が後ろから奈緒子の胸に触れているショットだ。

だが一枚目とは明らかに違う部分があった。教室のなかにいる二人を廊下側から隠れて撮ったように被写体が小さく写っていた。



その二枚が意味するものは。


宮崎は一人ではなにもできない小心者だ。


対して山下のほうは少々厄介な男だ。

キレたらなにをやらかすかわからない。二年生のNo.2などと言われている。



そしてもう一つ。


奴らは何故そこまで杉田奈緒子にこだわる?。


何故そこまで時間をかけてまでいたぶるのだ。



情報提供者となった二年生の吉川からは、杉田はすでに小学生のときからイジメを受けていたと聞いた。


中学生になりクラスが変わっても奈緒子を付きまとう魔物。


本来ならば。

俊介が見るに杉田奈緒子は決してそんな不幸な学生生活を送る顔立ちではない。


いまはイジメにより奈緒子の顔立ちには影が支配してしまっているが、一度光が当たれば友達に囲まれ利発そうな瞳のままに日々を楽しむ女子生徒の顔にしか見えないのだ。



俊介にはそう見える。



多くの男性達を引き付ける可愛さが彼女には備わっている。そんな彼女をいまとことん貪れる男達はさぞかしたまらない気持ちだろう。



奈緒子を性的にいたぶるのは彰を挑発しているようにも思える。




奈緒子へのイジメには疑問が山ほどある。




俊介は目の前にある現在に思考を戻した。


いま廊下を走っていく彰は。



相手に計算され導かれる行程をただ走らされているように思える。



彰。



相手から見れば俺達はネズミだ。



ゴールなき道をただエンドレスに走らされるのだ。


なにか強大な力が圧倒している。


俊介には杉田奈緒子と大橋彰を完膚なきまで弱らせ陥れるなにかがあるようにしか思えなかった。


いま痛烈な肌寒さを皮膚に感じていた。






「待て!」




北校舎へ繋がる連絡通路の手前曲がり角でなんとか追い付いた俊介は彰に頭から突っ込んだ。まるでタックルをするようにして彰の脚を無理に止めさせた。


「待て彰!」


彰は倒れないように咄嗟に両脚に力をいれて俊介を受け止める。



そして俊介の肩をドンと強く叩いた。



「帰れ!」



俊介が目を合わすと、

まだ彰の瞳は濡れてみえた。


決して悲しみで泣いてはいない

彼はみなぎる怒りで泣いているのだと俊介は思った。


そして

俊介は彰から殺意を感じた。


殺意が彰の全身を覆っているようにみえた。



「彰。怒りはわかるがとりあえずいまは戻ったほうがいい」



彰の握られた右手のなかにはくしゃくしゃに丸められた写真の一部分がみえた。



「奈緒ちゃんをよくも…許さない」




「彰!これは罠だ」




「関係ない。来るな!」



彰はもう一度俊介の肩を殴るように拳を使い強引に突き飛ばしてから再び走りだした。



向こう側へ。




罠にかかりにいくために狼が牙を出しながら駆けていく。


あまりに無残。



俊介も心を決めた。


敵はおそらくすぐ先にいる。


おれが必ず止める。







北校舎と連絡通路の境目には両側から支える二本の柱があった。その隅で隠れるように身を伏せていた山下が 同じく隣りで身を屈める巨漢の佐野に嬉しそうに笑いかけた。


「大橋が来たらリンチだ半殺しだ」



山下は50cmほどの鉄パイプを手にしており佐野も同じようなパイプを手にしていた。


授業中に完全に仕留めるならば連絡通路しかない。


それが

”あの人” からの指示だった。



「いいか。足をまずやれ。あいつは蹴り技がすげえらしいからな。とにかく足を狙え。わかったな」


佐野は小声で周りにいる男達に知らせてから通路を隔てた向こう側の柱にいる男達にもサインを送る。



足を狙え。スネを狙え。



佐野に向かって10人の男達が一様に頷いた。


宮崎はこの場にいない。


それも指示の一つだった。


そしてもう一つの指示は、

山下は乱闘の最後に投入しろ。






彰が連絡通路に足を踏み入れたときになにかが後ろから飛んでくるのがわかった。



彰は咄嗟に上半身をひねり腕を上げて防御姿勢に入る。


そしてなにかが腕に当たったときに突然怒号が沸き起こった。



「彰!」



足元に乾いた音をたてて落ちたのは黒いケースだった。眼鏡ケース?



突進してくる俊介。


彰は瞬時に戦いの姿勢をとった。



半身になり踵を浮かす。



「しつこいぞ!俊介!」



彰の声は唸るように低い声だった。



目の前に迫ってきた俊介に対して封印した左足を解放するかのように上げはじめた。


俊介に向かって蹴れるのか。



彰は戸惑いのなか反射的に左膝をあげはじめていた。


踏み込み蹴りあげたつま先がうねりをあげて俊介の顎に向かっていく。

俊介は彰の動きを予想していた。瞬時に身を屈めて左足の上段蹴りをかわすと彰の右足にしがみついた。



「馬鹿が。お前、力抜いただろ。ふざけた蹴りだ彰!お前はそういうところがまだだめなんだよ!」



俊介が彰の右足を抱え上げて床に倒そうとする。



それに対して彰は体勢を崩されながらも左膝を俊介のこめかみ部分にぶつけにいった。



「ぐふっ」



猛禽の目のわきへの衝撃が瞬時に脳内まで伝わっていく。


彰の左膝蹴りがまともに俊介のこめかみに命中した。


だが俊介は衝撃と痛みを抱えたまま、持ち上げた右足を決して離さなかった。そのまま二人は床にもつれるように倒れていく。



「シュン!」



俊介の下敷きになった彰が叫んだときだった。



俊介は彰の唇に自分の唇を押し付けていた。


「う…」



仰向けに倒れた彰の上に乗り掛かり俊介は強く唇を合わせた。


俊介は彰の香りを感じた。

彰の厚い唇からは体温を感じた。


温かく甘い香りがした。



「うぅ!シュ、シュン!」


藻掻く彰の両腕を抑え俊介は唇を当て続けた。


二人は粘膜を交換しあう。


「うぅ…」



必死に抵抗する彰に俊介は無我夢中に唇を合わせ続けた。


「シュ、シュン!」


もう一度名前を呼ばれたときに唇を離した俊介はそのまま彰の胸元を締め付けた。



「いいか良く聞け彰。お前がいま行けば杉田奈緒子はもっとひどいことされるんだ。いまはまだこれで止まってる。間違いない。それ以上はない。せいぜい胸を揉まれるくらいだ」



「言うな離せ俊介!」



俊介は胸元をもつ手に力をいっそうに加えた。こめかみからの痛みが全身を走っていくのがわかった。



「いいか彰。まだキスとせいぜい胸を触られるくらいだ。それ以上したなら奴らはそれを必ず写真に撮るはずだ」



連絡通路の入口で俊介は馬乗りになっている。


彰がその気になれば俊介などすぐに飛ばされるだろう。藻掻く彰の力は少しずつ弱くなっていた。


彰もわかっていたのだ。


吹奏楽部に乗り込んだことへの代償を。



俊介は彰の右手を解放させる。

彰は動かなかった。


そのまま俊介は右手指先で彰の唇に触れた。



「すまないキスなどして。お前も穢された。おれがお前の唇を汚した。同じだよ彰。杉田と同じだ」



彰の濡れた唇に人差し指を当てて拭き取っていく。


「杉田はお前をネタに揺すられてる。だから無抵抗なんだ。杉田は…お前のことが好きで好きで仕方ないんだ。だからお前に危害をくわえると言われたら杉田は言いなりになる」



「……」



「いま行ってどうなる?杉田がますますいたぶられるだけだ。残る手は一挙に片付けるしかない。壮太にも助けてもらう。まとめて粉砕する一網打尽だ」



彰は急に泣き出した。

ひどく泣き出す彰を俊介は我を忘れて強く抱きしめていた。

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