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初恋。  作者: 冬鳥
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急加速していく車輪



俊介は思わずにはいられなかった。

回転する車輪は急加速を始めた。のだと。

あらゆる物が駆動力となり車輪を回していくのだ。


”おれは楽しんでいる”


いま俊介はなにか得体の知れない生き物に触れるような、言いようのない不気味な感触を感じながらもその気持ちだけを信じようとした。


その日の午後の一つ目の授業が終わったときに樹里が近付いてくるのが見えた。


「ねぇ。沢村君」


「なんだ」



教室の一番後ろに一人でいた俊介に樹里は近づいて足を止めると廊下に目を移した。



「いま、吉川先輩が来てて、沢村君を呼んでほしいって」



「吉川?誰だ?」


俊介はその名前がいったい誰だったか思い出せない。


「えと、確か二年生のサッカー部になるのかな。吉川先輩」




樹里の言葉に俊介は合点するように


「ああ、あいつか。ところでおまえがなんであいつを知ってる?」


といった。

俊介も顔を廊下に向けるとバニラの香りが風に乗った。


「だってこの学校の女子全般にはそれなりに有名な人だもん。サッカーは高校生レベルでルックスもね。私にはなにも魅力感じないけど」


樹里は窓際にいる彰に視線を送った。




「ほんとにあんなのがモテるのか?」



俊介の問いに樹里は腰に手を当てて眼鏡のブリッジを触った。



「私の友達にもファンはいるよ。だってあの容姿だもん。ジャニーズにいそうな人って感じなのかな。何度も言いますけど、私はまったく興味ないですけどね」


そういってまた彰を見る樹里に俊介は苦笑いを浮かべた。



「わかった。そのモテ男とやらがおれを呼んでるんだな」





「うん。沢村君を呼んで欲しいって。先輩と友達なの?もしかして杉田先輩となにか関係あるの?は!沢村君、いまから喧嘩するとかじゃないでしょうね」



「うるせえ」


睨む俊介の猛禽の瞳におもわず樹里は小さな悲鳴をあげた。



「ツレになるんかな。大丈夫だ須田。喧嘩じゃねえよ。あいつは弱いし。まあツレっていうか、俺に情報をくれるネットワークだ」



俊介は樹里の肩を軽く叩いて



「ありがとな」


と、囁くように言ってから廊下に向かっていった。


吉川がおれに会いに何故ここまで来る?

俊介は廊下へと向かう短い時間のなか思案を繰り返していた。



「沢村君」



廊下に出るとすぐに名前を呼ばれた。俊介は睨むように声がしたほうを見つめた。



吉川が髪を掻き上げると整髪料の香りが俊介の鼻と喉を刺激してくる。


「なんの用だ」



吉川は離れた場所から目を輝かせこちらを見てくる女子生徒に軽く手を挙げた。

「やっぱり麗らかな一年生の女子っていいけど、一年生の男子にもカッコイイ人はいるんだよなぁ。沢村君はすごくカッコイイし。でも…やっぱり先輩って+αでモテるんだよ。後輩は先輩って響きにも憧れ恋をするんだよね。大人になっても胸張って言える。初恋はサッカー部の憧れの先輩でしたって。中学生のときは一途にサッカー部の先輩を追いかけ続けてましたってね。先輩ってのは甘くせつないセレナーデだよっ沢村君。はっ!ダメだ。来年には沢村君も二年生になって先輩になるわけだ。一年生にモテそうだね沢村君。でさ、ンギャッ!」



俊介は履いていたピンク色のスリッパを手にして、吉川がぐだぐだと話している途中で頭をパコンと叩いた。

乾いた音が直線の廊下に響き渡った。

それを見ていたB組の前にいた数人の女子が押し殺すような小さな悲鳴をあげた。



俊介はそんな女子達を見て苦笑いをしてから吉川の頭をもう一度小突いた。


「お前の頭のなかは、女しかないんだな。そんなにいいもんか?」


俊介はA組の内部を猛禽の眼差しで見渡した。

日が当たる窓際の一番後ろのところで、席に座る樹里と、樹里の横顔を見つめる彰がいた。



樹里はこちらを伺いながら彰と話していた。

彰がこちらに気付かないようにしているのだろう。



俊介は吉川の袖を引っ張り廊下の突き当たりまで連れていく。これで彰から見られることも女子達の悲鳴を聞くこともないだろう。



「ご、ごめん。殴らないで。もうやめるから。ぼ、僕は沢村君と出会って気付いたんだ。女の子で遊んだらダメだって。沢村君みたいな硬派にいこうかなって」


硬派か…。


真一が喜ぶ言葉だな。


小肥りで頬に火傷の跡を残す衣川真一が思い浮んだ。


「うるせえな。俺は硬派じゃねえしもう殴らねえよ。あんた調子いいよほんと。それにこんにゃくみたいな意志だな。そろそろ聞かせろ。何しに来た」


廊下の突き当たりまで来るとここはまったく人気はなかった。こちらを見続ける数人の吉川ファンの女子達の視線がわずかに感じられるほどに離れた場所だった。


「沢村君。杉田がやばい」



「なにがあった」



「今日の朝からC組の男子の杉田へのイジメかたが変わったって僕の彼女が伝えてきたんだ」



「変わった?」



「僕はクラスが違うからさ、C組にいる彼女になにかあったら教えてよと言ってあったんだよ。彼女も日々の杉田にはひどく同情してるみたいで。だから一年生で杉田を救おうて人達がいるんだって話しをしたら、わかったなにかあったら話すって」



吉川は周りに誰もいないのを確かめてから声をよりひそめた。



「イジメが性的になってきてるらしい」


俊介はなにもいわずに吉川の胸倉を掴んだ。


「ふん。おまえの言い方が気にいらん」



吉川は両手を激しく振って首を横に千切れんばかりに振った。



「ひぃ!ご、ごめんなさい。性的というかなんていうか」



「あるがままに聞いたことを話せ」


「えと、今日の朝に奈緒子の席を数人で囲んで周りから見えなくさせて」



俊介は胸倉を掴んだままだった。



「ぐっ、え、えと、佐野が無理矢理キスしたらしいんだ。囲みが取れたときに杉田は唇を何度も手で拭いて泣きながらトイレに駆け込んで。さ、佐野は仲間に唇を指差して大笑いしていたらしい、ぐっくるじい」

吉川は苦しそうに咳をした。


「くっくっく」



俊介は口を閉じながら籠もる笑い声をだした。



「ついにリミットを超えたな」


俊介は溢れ出そうな怒りを笑いで必死に抑えていた。

…佐野。それはもう行き過ぎだ。



胸倉から手を離して吉川の肩を軽く叩いた。



「あんたはほんと調子いいスケベ野郎だ。楽しい奴だな。あんたがモテる意味が少しはわかるよ」



「え?、ま、まあね」



テヘヘと頭を掻く吉川。



「褒めてないよバカ。で、本題に入ろうか。キスをされたそれはわかった。おまえはこれからどうなっていくと思う」



「あ、はい」



吉川は俊介に顔を寄せた。うっとうしい整髪料の匂いが鼻に纏わり付く。



「杉田奈緒子はやばい。男子達のイジメかたが明らかに変わったんだ。それを見てたC組の女子はちょっと引いてきているってのが現状だよ。杉田に同情してる男女は多いよ。だけど誰も言えないよ。だってあの佐野君だ。知ってるよね?暴走族がバックにいるってのは。佐野君が命令をしてるんだから皆見て見ぬふりだよ。得点稼ぐために杉田をイジメる男も多いのは確か。同情しながらもイジメに加担しているんだ。要は杉田をイジメることは佐野君からの信用を得られるってことなんだ。ひどい話しだよ。僕が同じクラスなら…僕が…優しく杉田を。あ、いや…いまのは忘れて。それで、ほんの数時間前に佐野が仲間と話してたらしい。近くXデーだって」



「Xデー?」



「うん。それは杉田奈緒子を簡単に言えば学校に来なくさせるってことじゃないかな。佐野君グループが犯すとか…そんな類いとかじゃないかって」


「ちょっと待て」


俊介が話しを止める


「お前。前もそれ言ったよな?吐き気がするようなことを軽々しく言うな。お前のスケベ心が勝手に妄想してるだけだろうが」


「僕はバカでスケベだけど、そんな可哀相なことは想像しないよ、信じて。サッカーのオフサイドといけない妄想だけは日頃気をつけてるんだ」


「ほざけ。話し進めろよ。ほんとか?杉田を寄って集って犯すだと?正気か?」



吉川は深刻そうな顔をする。その顔は確かに甘いマスクといえた。


「有り得ることだよ…」



俊介はこの話しをいま壮太と彰が聞いていたら、吉川は怒りの矛先を向けられ瞬殺されるのになと思った。

あの二人には杉田に対して幼なじみ以上の気持ちがあるのは間違いない。


吉川は自分の才能に酔いしれた能弁腐った塾の講師のように話しを続けた。


「僕達はまだ中学生だから踏み止まる場所があるよね。杉田奈緒子ははっきりいって魅力あるよ可愛いと思うよ大きな瞳はとても印象的だよ。だからもったいない。いや違うな。なんせ佐野君だからさ。計り知れないよ。ほんとに実行するかもしれない。これからも簡単に杉田の唇やらを奪っていく奴らが考える他のXデーって意味があるなら教えてほしい」



「うるさい。だけどな吉川。お前の見立てでは佐野は杉田を好きなんだろ?どうしてそんなことをする?」


吉川は髪を掻き上げた


「きっと好きだから痛めつけたくなるってやつだよ。好きな相手だからこそ、彼女が抱えれる恐怖のすべてを埋め込みたいとかね。人を好くってことは自分の物差じゃはかりきれないものがあると思う」



「てめえ。さっきから俺に語るな」



「ごめん。沢村君はいま好きな人は?あ、彼女いるよね?絶対いるよね。だってカッコイイもん」


無視。


中学生でレイプだと?

有り得ない話しだ。



やられたら杉田は必ず自ら命を断つだろう。


そうしたら俺は彰の笑顔を見られなくなる。


あいつの苦しむ姿は見たくない。


佐野め…。


助けてやるよ杉田。

感謝しろよ。


彰の笑顔を見続けるがために戦ってやる。



「そのXデーとやらの情報が来たらすぐにおれに伝えろ。わかったな」


俊介の目は常道を大きく外れていた。凄まじい視線が何かを捉えていた。

吉川はその眼を見て、ヒィッと言った。


「はい!調査員に逐一報告をもらいます。わかったらすぐに沢村君に伝えます」



調査員じゃなくて彼女だろ?


俊介が吉川の太ももを軽く蹴ると、吉川はまたテヘヘと笑った。



「情報流せよ。わかりしだいにすぐだ。いいな?」


そう言うと、俊介は吉川に背中を見せた。



「あ、沢村君」


俊介は無視をして立ち去っていく。



「沢村君!ありがとう!ほんとありがとう!」



なんであいつが感謝の言葉を言うんだよ。


調子いいな。ほんと。



俊介はスリッパで床を鳴らしながらA組の教室に戻っていく。


学校でやるつもりか…

登下校のときか…


そうなら場所は…

プールか…体育館裏か…理学室、技術室、音楽室…。田畑が広がる北門側から下校すれば暗闇が支配する場所は多いだろう。

部活が終わったあとの学校、または北門から家までの間ならば潜める場所は山ほどある。そして…杉田を呼び出すことなどたわいないことだろう。



杉田の味方の名前を佐野は知っている。



佐野はきっとこう言うだろう



「杉田。指定した場所に来なければ、お前の唯一の友人を殺すからな。名前は大橋彰だよな」




とか言えば杉田はのこのことその悪魔が宿る場所に行くだろう。

強引に連れ込む必要はないわけだ。



彰。


おまえが吹奏楽部に乗り込んだ代償が表れたよ。



サブを叩いても増殖するだけ。


メインである佐野をやらねば意味がないのだよ。



イジメか…。


イジメね。


何度も耳にする言葉。


俊介にはどうしても”イジメ”が軽々しい言葉にしか聞こえなかった。それは経験者だからなのだろうか。脱却者だからなのだろうか。


そしてイジメと聞くと思い出す女がいる。

いまも俊介の友人の女だ。

A組の前まで来て振り返ると吉川はちょうど階段を上っていくとこだった。

連絡通路を渡って二年生の教室に戻っていくのだろう。

そして顔をもとに戻したときに目の前には壮太がいた。

俊介は柄にもなく驚愕した。

でかい図体がいきなり目の前にいれば誰でもビビるかもしれない。だがそれだけではない。でかいだけじゃなく重圧感が半端ないのだ。空気を通して精神的に圧迫する力がひしひしと伝わってくるがわかった。壮太は怒っていた。

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