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初恋。  作者: 冬鳥
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ピエロが奏でるモノトーン

目的地に向かう一歩ずつの足取りが奈緒子を縛る鎖を断ち切ることに繋がっていく。


いままで奈緒子がイジメを受けていたことに気付けなかった後悔を昨日まで重く引きずった。


そして今日の朝には彰は戦うことを決意した。


孤独の連鎖は昨日までのことなんだよ奈緒ちゃん。必ず俺が解放する。


大好きな人が受けた屈辱は許さない。そして。


俺が守る。



いま起こそうとしている動作によってこの先なにをはらむことになるか。


そのことについては大丈夫だという確信があった。


彰は空手の指導をする渡辺を願望の眼差しでずっと見てきた。


いまから彰が実行することをもしあの人がやるならばいとも簡単に完璧にやってのけるのだろう。



渡辺が語るのは大きな説得力と時折混ざる叱咤。深い優しさのなかに時折溶け込むのは強さだった。


道場生の大人も子供も関係なく彼の指導を受ければ振る舞いや言動や強さに心酔していくのだ。


彰は決意した。いまから俺は奈緒ちゃんの目の前に立ちはだかる壁をぶち壊しに行く。と。


北校舎四階まで来る。


吹奏楽部が日々練習をする音楽室がそこにはあった。



彰は空手では息吹と呼ばれる長い深呼吸をしてからその扉を勢いよく開けた。



ドアが壁を叩く激しい音が音楽室のなかに響き渡った。



そこには彰が今日の朝から何度も想像した世界がそのままに広がっていた。




突如大きなく音をたてて開かれたドアに教室はほんのわずかな時間だが制止した。



すでに。


ここから全ては始まっているのだ。



彰は入口に立ち見据えていた。


少しの失敗も許されない緊迫した時間が始まっている。



渡辺指導員なら…


彰は想像する。


あの人ならきっとどこか楽しんでしまうのだろうと思った。


このとてつもないほどの緊張感をあの人は心のどこかで微笑むのだ。


だから俺もいまこうする。


彰は仄かに笑顔を浮かべ、なかへとずかずかと入っていった。



「突然すみません失礼します」


しっかりとした口調と目つきで教壇へと歩いていく。

歩き方は、歩幅は均一に長くも狭くもない距離。

引っ張られるように背筋をピンと伸ばし顎を気持ち上に向ける。


試合はコートに入るときから始まっている。自信に満ち溢れた姿勢で歩け。自分に勇気を与え相手に敬意と威圧を与える。


彰は渡辺がよく言うその言葉をそのまま実行していく。


まだ先生が来ていないこの時間はおのおのが雑談をしていたであろう吹奏楽部の生徒たちだったが、突如教室にずかずかと入ってきた彰にたいして一様に驚き注目をした。



こちらに投げつける視線は突如現れた部外者への警戒のものだった。



さて…。


彰が立てた綿密で緻密な計画が幕を開いた。


まず予想通りに顧問の教師はまだ来ていなかった。



教壇に立った彰は吹奏楽部の生徒たちのすべての鋭い視線を受け止めるように教室をゆっくり右から左へと見渡してから背後を振り返り壁にかかる大きな時計を見た。


15時55分。


あと15分ある。


16時10分から部活は始まる。 この間教師たちは職員室でお茶でも啜っているのだろう。



「誰だおまえ!」


吹奏楽部のなかの数少ない男子生徒、おそらく二年生だろう。彰を指差して声を張り上げた。



その声にはまったく反応もせずに彰は教壇の上からもう一度目を細めながら辺りをゆっくりと見渡していった。



いいか。相手には感情を悟られない目付きをしろ。

痛くても怖くても怯んでも目には出すな。相手は増長していくだけだ


渡辺の教えだ。


恐れも怒りも相手には与えないリセットされた目つき。



渡辺が空手の試合中に見せるその眼差しをいま彰がしていた。


見渡していくなか杉田奈緒子と須田樹里の顔が視界に入っては消えていった。


もちろん二人はとても驚いた表情をしていた。



「えっと俺は」



彰が出した声は少し上擦っていた。


落ち着け…


俺はいま渡辺指導員だ。

あの人は感情を殺したままたとえ試合中にミスをしてもすぐに自分のペースに引き入れていく。



試合だ。これは空手の試合だと思え。


まずはきっかけを作りこちら側を有利にさせる。


相手をいかに自分のペースに引きずり込まるか




「えっと…、今日は俺が代役で先生をやることになりました。実は俺はリコーダーの名手です…て、そんなわけないだろ」


数人がわけがわからないままにクスクスと笑った。


「あんただれ?一年生だろ?なんの用だよ。名前言えよ」



前衛に座る女子おそらく二年生が睨んできた。


その言葉に反応するように彰は首を小さく傾げた。



よし。

行こう。


求めるのはシャープさが走る脅迫だ。


渡辺の会話の特徴は自分の感情をニュートラルにして相手の心を読みながら話す洞察力と鋭敏さだろう。


空手スタイルも同じく鋭い技と相手の心の読みを得意とする。攻撃を予測して強力なカウンターを与えるのだ。



いまここに渡辺指導員がいるならば間違いなくこう言うだろう。


真似る。


「時間がない。簡潔に言う」


彰は背筋を伸ばして教壇に両手を着いた。


自分でも感嘆するほどに、いまここで話す渡辺が想像できた。


似ている。


と彰は思った。



自分と渡辺のタッグの試合が始まったと思った。



話しながら相手がどう動くか予測をしていくことが肝心だ。


渡辺は先手の先手を取る。


「自己紹介する。俺は一年A組の大橋彰。ここにいる杉田奈緒子の幼なじみだ」



「杉田?」


皆が杉田奈緒子に注目をしてまた彰に視線を戻した。


深呼吸をする。彰はあえて奈緒子を見ないようにした。


見た瞬間に渡辺が心から抜けそうな気がした。




「単刀直入に聞きます。杉田奈緒子をイジメてる人は誰ですか?ここにいる二年生全員ですか?そして簡潔に言います。イジメはやめるんだ」



バッカじゃねえ!



一部の女子生徒たちがすぐに笑いだした。


あいつ 杉田の彼氏なの?


うわ! 一年に彼氏いるんだ。


杉田!イジメをやめてほしいって彼氏が土下座しに来たよ!



彰はやれやれと微笑みながら嘲笑う生徒たちがおさまるのを待った。


表情を緩ませながら自分の体内に沸き起こる動揺をなんとか沈めていく。




「俺が杉田奈緒子を助けるだって?それは違うな。まず聞きたいのは一人の人間を寄ってたかってイジメをするということ。いったいどうしてそんな高リスクな遊びをするのか俺は甚だ疑問なんです」



「は?なに?高リスク?」


後ろのほうから声があがった。おそらく奈緒子をイジメる二年生の一人だろう。


彰はがらりと口調を強くする。

声量のめりはりは相手に動揺を生ませる。


「イジメ。イジメ。イジメ。どこにだってきっとイジメはあるよ。俺だってイジメがこの世界から無くなるとは思わない。しかも中学生なんて一番のイジメのメッカだろう。イジメ=残虐性は誰しもが持つものだ。大人だってそうだ。交通事故が起きれば興味本位で観察する対向車線が渋滞をしていくし、近所で火事、殺人、駅や踏切で飛び込み、又は空港で飛行機が落ちて炎上でもすれば野次馬はまるでゾンビのように金網にへばり付いて惨状を見続けるだろう。その場は他人の不幸の惨劇を残虐性という名の快楽を抱きながら観察する人間達であふれ返るわけだ。残虐性は安全性が確かめられるならばなおも増長していく。フェンスの向こう側、立禁テープの向こう側、反対車線の向こう側、そして…歯向かわない弱い人間」



始まった彰の能弁に唖然としながらこちらを見る面々。



渡辺さんの蹴りが相手の右脇腹にヒットしたのと同じだ。


彰は横髪を両手で強く触れた。




「さて、そもそもその残虐性が強い弱いはどこで決まるのだろうか。幼い頃に親の愛を十分に感じられなかったからなのか、生まれ持ってのことなのか。それは俺にはわからない。だけど一つだけ忠告しておきたい。杉田奈緒子は…いつかその残虐に必ず復讐をする。彼女には味方がいる。武器を持ち立ち上がるときは必ずくる。それを思えばイジメはとても高リスクな遊びだ」


彰は奈緒子を見ない。

須田樹里を見ると眼鏡を何度も上げ下げしていた。


「俺は杉田奈緒子の幼なじみだ。ほかにもう一人いる。昔はよく三人で遊んだ。いわゆる信頼しあえる仲間だ。例えば。いまから俺が話すことは例えとして聞いてもらいたい。俺の父親は化学工場で働いているとする。そしてもう一人の幼なじみの父親は鍛冶職人だとしよう」


誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。



「俺はね杉田奈緒子の復讐を手伝うために武器が欲しい。だから父に頼む。実は父さん、俺の仲間が酷くイジメられていてね。そういうことが大嫌いな父親は同じく憤慨する。俺が、父さん何か劇薬手に入らないかな?と聞くと会社に青酸カリがあると簡単に盗めるぞと父はいう。父も昔にイジメをされる側にいたのかイジメる奴らなど殺してしまえという。青酸カリをうまく給食に入れてしまえば犯人なんぞわからんよとアドバイスまでくれる。もう一人の幼なじみは父親に細く鋭い刃物を作ってもらう。幼なじみの父親もまた俺の父親同様にイジメをする人間のクズ達など殺してしまえと言う。それをな人目がないところで背中から心臓目掛けて刺して引き抜けば凶器がどんなのか簡単には予想できないさ。父さんはなそんなものを簡単に作ることができるんだぞと。凶器が見つからなければ犯人もわからないもんだよと」


彰がそこまで話して言葉を切ると誰かが喚くように言った。


「そ、そんなこと杉田やおまえにできるわけない!」


「バッカじゃねえ!やってみろよ」


教室のなかはまた嘲笑に変わっていく。


彰は奈緒子を見た。

そして俯いたままの奈緒子に優しく話しかける。


「奈緒ちゃん」


奈緒子がはっと顔を上げた



「奈緒ちゃん。お母さんと美椙ちゃんは待っているよ。君が立ち上がるのをあちらから見ている。そして俺達はいつでも一緒に立ち上がるよ」



「え…」



「美椙ちゃんが生きていたらきっと…きっと悲しむ。美椙ちゃんはとても苦しみながら死んだんだ。だからお姉ちゃんがいま苦しんでるのは見たくないはずだ」



「……」


立ち上がらせろ

植え付けるんだ。相手に。

爆発させろ!

試合終了30秒前。


渡辺は突然鬼の形相に変わる。試合ラスト30秒のラッシュをする渡辺は鬼神となり相手を圧倒していく。

そのとき相手は心から折れていくのだ。


彰の形相が突然変わった。眉間にしわを寄せて足を床に大きな音をたてて打ち付けた。


「奈緒ちゃん!やれよ!美椙ちゃんは見てるんだ!やれ!やれ!やれ!殺しちまえ!」


彰の形相は険しい。握りしめた拳を胸に何度も当てる。力強い声は教室ごと圧迫していく。


「やれ!やり返せ!やれ!殺してしまえ!」



「やめて…」


「美椙ちゃんは苦しんで死んでいった!とても苦しんで!あの子は強いお姉ちゃんを見たいはずだ。復讐だ!やれ!こんな不条理を叩き壊せ!」



「やめて…お願い…」



「奈緒ちゃん!美椙ちゃんを埋めた土砂は!苦しめて死なせたものは!それはイジメる奴らと同じだ!徹底排除!復讐だ!」



「彰君!もう、やめて!」



奈緒子は涙を流しながら立ち上がり叫んでいた。


彰の表情が変わる。

とろけるような笑顔が奈緒子を待ち受けていた。




「皆さん。いま杉田奈緒子の怒りを見ましたね?立ち上がり身体を震わせました。以上で終わりです。俺はこの教室を出ていきます。イジメをする諸君。今日から覚悟が必要ですよ?彼女は戦いますから。優しく真面目な人ほど怒りを抱いたら怖いですよ。そして。そして彼女には仲間がいる。一緒に殺してさしあげますよ」



彰は話し終わると無表情になりまたゆっくりとした足取りで教室を出ていった。


時計は16時5分を指していた。



な、なによ…とんでもなくカッコイイじゃない…



樹里はしばらく放心状態だった。



その日を境に吹奏楽部内での奈緒子への暴力のイジメは無くなった。

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