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初恋。  作者: 冬鳥
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くだらない魔物

公園の敷地内へと足を踏み入れた三人の身体に、秋のひんやりとした空気が包み込んでいった。


俊介は右腕に視線を落として自らの白い肌を見た。そして降り積もる鬱積をその場所に訴えてみる。


何かとても無性なまでに。訴えてみた。


白い肌から赤い血管へと。

血管から白い骨へと。


骨からその先。


突き抜けていこうとする心が急激な勢いで止まる。


大橋彰がそこにいる。


その場所に。


どこにでも。



俊介は小さく舌打ちをしてから無我に戻そうとする。


誰しもが歯止めを効かせることができない、この流れゆく時のなか、俊介は脚を止めて爪痕を残す仕種を心のなかでする。



すぐ後ろには衣川真一と松田裕吾がいる。



彰。おれはいまこの場所にいるよ。


この立ち位置にいるんだよ。

彰。



不思議な感覚が秋の空気を織り交ぜ付き纏ってくる。

そう。


これは秋のせいだ。



俊介はふっと小さく笑った。


彰。

あいつがいまは自分の友人なんだよ。



そんな関係。


軽く

消えゆくような関係。



衣川真一。


俊介は前を向く。



先はわからないものだ。



正確に刻んでいく時のなかで、誰にも予測できない結果が生まれる。


時と共に刻むのは結果のみ。


そこに行き着くには少なからず自分の示した行動が関わる。



俊介は秋の空気に身を差しこむようにしながら公園の内部へと入り込んでいった。


平然と建ち並ぶ住宅地のなかにおいてアクセントのように突起している大きな公園。

高台にあるここからは彼らの世界となる小さな街が一望できた。西の方角には中学校が見え、去年まで通っていた小学校の校舎がその奥にみえた。南に目を向ければゴミ焼却場の巨大な煙突や俊介が住む市営住宅の錆びた灰色の固まりが視界の片隅で留まった。

彼らは公園に足を踏み入れそれぞれの方角に顔を向けながら公園の最上部となる丘を目指した。


真っ直ぐと伸びる階段を三人はゆっくりと上がっていった。


公園にはグラウンドを囲むように一周500Mほどの遊歩道コースがあり、階段を上がっていけば桜並木やハーブ園があり季節になればチューリップやコスモスも咲いた。

いま三人が上っていく階段の最下部に当たるグラウンドでは、まばゆい明かりに照らされた大人達が声をあげながら少年の心のままにボールを追いかけ蹴っていた。


「お!今日は空席!」


階段を上りきった裕吾は両手を頭に添えてリーゼントスタイルのエッジ部分を直しながら丘の頂上にあるベンチを指差した。


「珍しいな。今日はアベックがイチャイチャしてねえ」


真一が俊介にいうと、俊介は鼻で小さく笑った。


この公園に多数あるベンチのなかで、彼ら一番のお気に入りのベンチに俊介と真一が座り、裕吾はその前で向かい合い腰を落とした。

きつい傾斜があるこの公園のなかで一番高所にあるこのベンチは無言のまま三人を迎え入れた。

ここまで来れば名駅方面の高層ビルの明かりや名港西大橋の赤い光まで見ることができた。


空には、やけに薄っぺらい月が浮かび、心地好い秋の風が北から南へと吹き抜けていった。


このベンチでは日々若い男女が肌を寄せ合って将来の甘い夢想を語りあう。頬を照らす月光、煌めく星、なびく草花、グランドを駆け巡る人の音。ベンチに座り語り合う男女を取り巻くすべてが愁い顔で見届けるなか、若い男女は時の限られた恋慕によって肌を寄せ合い温もりを確かめあい幸福の意味を単純化させようとした。


いまこの場所には、金髪にリーゼントに角刈り頭の中学生不良グループがベンチに仲良く座っている。

たむろする中学生のところへ若い男女の二人が近づいてくることはまずなかった。



三人が小学生のときからたまり場にしているこの公園。

それぞれに帰る家も近い。だが俊介は早く帰る気には到底なれなかった。

殺風景でカビ臭い部屋に一人でいるのは苦痛以外の何物でもなかった。

幼いときから母親が帰ってくるのはいつも深夜だった。



「なぁシュン。さっき須田に聞いてたよな。誰かがどうのって。なんかあったのか?」




ベンチの前で尻を浮かしながら座る裕吾は俊介を見上げながらタバコを手にした。

俊介と真一は肩を揃えて木製のベンチに座っていた。俊介は片足を曲げて膝を立てから裕吾に顔を向けた。


「名前は杉田。女だ。二年生のな」


「二年生?」


真一も話に加わった。



「杉田って女は須田の先輩だ。同じ吹奏楽部。それで遠藤壮太、大橋彰の幼なじみでもある。で、あとは…」


俊介の口は途中でブレーキをかけたように止まった。


「なんだよその女。すげえな。あの二人と幼なじみか。一年生の最強コンビと幼なじみね。なんかアニメのストーリーになりそうな感じだ。二人がその女を賭けて死闘を繰り広げるんだ。その女の子はキャーッやめて!とか言うんだ。まあ実際には遠藤のが強い。あいつはハンパない。まさに合掌。しかし、わからないな。大橋には不気味な雰囲気もある。これは硬派なアニメになる。な?」



手振りを付けて話す裕吾は目を輝かせていた。



「アニメか…クックック。うまいこと言う」


俊介が渇いた笑いを交えると裕吾と真一は満足したように見合った。

二人は厳しい表情を崩して笑う俊介を見るとなんだか嬉しい気持ちになる。


隣りに座る真一が両足を大きく広げてから口を開いた。


「裕吾の妄想は良しとして、その杉田って二年生がどうかしたのか?」



「杉田って奴はな」


それからまた言い渋る俊介をみて二人は訝しがった。


「どうした?なんかあるのか?」



いま俊介の頭のなかには、窓際で白い肌を多少紅潮させて前髪を揺らしながら微笑む彰の横顔が思い浮かんでいた。



「なんだよ、何ニヤッて笑ってんだよ」



隣りにいる真一が笑いながら俊介の頬を人差し指で軽く押した。


「俺いま笑ってたか?」


「すげえ、にやけてたぜ」


真一がまた頬を押す。


「シュン。言ってくれよ!須田に好きな人がいても俺は諦めねえからよ。な!言ってくれ!どんな奴だ?え?喧嘩はつええかよ?頭はええんかよ?俺は対峙!」


裕吾が鼻息を鳴らし大声を出した。


「裕吾どうした?杉田は女だ。まったく関係ない」


「あ、いや。なんか須田が頭から離れなくてな。やっぱ俺、好き。須田樹里が好き」



三人はサッカーをする大人達に視線を落とした。



「イジメだ」



「イジメ?」


俊介は裕吾に笑顔を見せてから、昼間はこのベンチに座る人の日差し避けの役目をするであろう、斜め後ろから根を張り空高く伸びる桜の木を見上げた。


僅かな街灯の明かりに照らされた赤い葉が数枚ヒラヒラと舞い落ちてくる。


それは三人の周りを囲むようにゆっくりと落ちてくる。

その瞬間、強い秋の風が吹いて周りは一転した。葉は風に乗って流れはじめた。一瞬のうちに多くの枯れ葉がレールを作りだした。小さな川となりキラキラと輝きながら南へと流れを作っていく。


最後に見せた造形表現…


俊介は心のなかでそう呟いた。


枯れ葉はベンチの遥か向こうまで意思表示を示しながら流れていったのだ。

君臨不動する木から離れたそれらは最初で最後の自由を得た。

だがもう彼らはこの世に堪えうる力を失っている。




空は、大地は、冬に変わろうとしていた。


多くの若い男女がこのベンチで愛を語り合う。


始まりの終わりをどこかに抱きながら。

悲しみを風が知らせる。

月が、星が、騒音が囁く。

その声の意味を知ったとき人は愛を真剣に見つめるのだ。


出会いと別れは一対だということを見つめる。


俊介はベンチに落ちてきた一枚の枯れ葉をゆっくり拾い上げて摘まむと目の前でヒラヒラと振ってみせた。



「杉田に対する二年生のイジメは度を過ぎている」



「イジメか。それはどうしようもないだろ。弱い奴はやられる」



裕吾は手に持っていたタバコを指でもてあそびながら言った。火はついていなかった。



「シュンも」


裕吾は笑った。

一本欠けて隙間がある大きな前歯がやけに目立って見えた。


「他人のイジメに関わるなんてシュンも丸くなったな。カミソリみたいな男が他人のイジメに関わると刃毀れするぜ。ほっとけよそんなの」


真一も拍子抜けをしたようにため息を一つ漏らしてから話しを変えようとまずはタバコを取り出した。


俊介の言葉の始まりはいつもの無造作な話しかたではなかった。

それによって二人は興味津々となったのだが、そのあと俊介の口から出てきた言葉はイジメだった。

つまらない。

鼻でもほじりたくなるような話しに感じられた。


真一は取り出したタバコに火を付けながら、いかにもつまらなさげに聞いた。


「杉田って女がイジメを受けてるってことはほっとけよ。二年生だし俺達には関係ねえよ」


俊介は摘まむ赤い葉を指でもてあそびながら、立てていた膝を下ろして足を組んだ。痩せた体型で背は低いが足は長い。俊介が足を組むと実によく似合った。



左足を右足の上に乗せて首を傾げながら右手の先にある落葉だけがヒラヒラと俊介の前で動いていた。



「まあな。俺も放っときたいとこだが、そのイジメには男が絡んでる。しかも壮太がその延長で二年生を一人殴りつけた。そいつが」


「もしかして…あんときの佐野か?」


真一の鼻息を聞きながら俊介は組む足を解放させて両足を大きく開いた。



「遠藤は本気で佐野とやり合うつもりか」


裕吾と真一のタバコを吸う動きが止まった。あまりにも俊介から意外な言葉が出たと二人は思った。



「ちょ、ちょっと待てよ。遠藤はまだ佐野をボコるつもりかよ?」



「そうだ。あのとき壮太の剛拳がぱこーんと佐野の醜い鼻頭に入った。俺達が聞く噂通りに行けば壮太はいまの時点でやばいだろうな、近く怖い先輩方のお出ましになるかもしれん。しかも佐野への怒りに任せて動いた壮太はマイナスの行動をしたことになる。逆上した佐野は杉田に対するイジメを強化させた。いまは一層、男達からひどいイジメにあっている。しかも噂では近々襲うらしい。男達が集団でな。行き着くところまでやるつもりだ。さて…。二人はどう思う?」



すべてはまだ想像の話し、吉川というバカの情報だ。


だが。実際そうなったとして。杉田は飛び降りか首吊りか。とにかく自殺して壮太と彰が復讐する。


そんなシナリオ。


あいつらは好きだろうからな。杉田って女を。

必ずやり返すだろう。



相手は佐野。


「とてもくだらない話だが。くだらない魔物は退治しないといけない」




「佐野か…」


真一と裕吾は一様に頭を抱えた。

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