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初恋。  作者: 冬鳥
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された屈辱を武器に



俊介は絞り出した勇気によってイジメを捩じ伏せた。きっかけを作ったのは麗奈だった。自分にはまだ味方がいる。そう思えた俊介は奮い立つことができたのだ。麗奈に救われた俊介は中学生になってからも感謝の念を抱いているのか。


麗奈もまた俊介になにかを抱いているのか。



「それはさ、長い人生のなかのね、ほんの小さなほんの一瞬の出来事だったな。瞬く間に過ぎ去ってく時間のなかのほんの傷痕みたいな空間ていうのかな。忘れられないその一瞬の名残っていうかさ」


時が経ち、大人になった麗奈が四六時中自分の右側にいる相棒に話したときがあった。場所は漫才コンテストで準優勝したあとの打ち上げでの居酒屋の席だった。テーブルを挟んで向かい合う相棒に向かって麗奈は唐突に話はじめた。


「瞬きをすれば過ぎ去っていくような出来事。でもそれがあったからこそ私の初恋の人は変わって、私も変わったの。そんな一瞬。もう十数年前の話」


麗奈がそう言うと相棒は一人囃し立てるように無邪気に笑いだした。隣りのテーブルにいるカップルが驚いたような表情のあとに楽しげにこちらに顔を向けてきた。



「それでそれで?恋は実っちゃったとか?」



すかさず麗奈はテーブルの上に置かれた相棒の手の甲をつねってみせた。いつも大勢の人前で自分の額を叩かれることの仕返しをするかのように強く力をくわえた。


「いたたたた」


「いいから聞いてよ。私があんたに突っ込むなんて珍しいじゃない。もうちょっと聞いてほしいの」



「よしわかった。聞こうじゃないか」



麗奈はグラスを手にして再び話し始めた。



「暑い夏の日のそよ風のようにすぐに記憶の片隅に追いやられるその一瞬の出来事をね、私と私の初恋の男の子は二人で拾いあげた。いや、救い上げたってのが正しい言葉かな。割らないように慎重に救い上げた、そんなイメージ。二人はそこから変わったよ。私はね、いまこうしてあんたとやってるように笑いで人を変えたいと思った。男の子はきっと強さで人を変えたいと思った。もちろん私もその人も最初は虚像の変化よ。でも人は惑わされていくものなの。信じる心は自分自身をも惑わしていく。自分が演じる偽りを真実に変えたい願望によって、人はほんとの強さと賢さを身につけていく」



麗奈の相棒は真顔になり大きく何度か頷いた。


「わかったよ麗奈。それすごくいい話しだ。私達。天下取ろ。二人で必ずお笑いの頂点取る。私は自分を信じてるよ。麗奈は?」


「当たり前よ。私は麗奈よ」


二人は手を伸ばしあってハイタッチをする。




「それで?初恋の男の子に告白はしたの?」




その返事に麗奈はくしゃくしゃな顔を作りあげた。笑ってるのか泣いてるのかわからない顔。



「馬鹿ね。私は麗奈よ。相手にされるわけないじゃない。でも」



麗奈は遠い目をした。過去のあの日を思い出す。


「その男の子と中学生になって久しぶりに顔合わせたときにね。虚像が真実に変わっていってる、そんな雰囲気が備わってたな。彼はイジメをされる側であった過去の屈辱をいまは武器にしていた」






麗奈は俊介の笑顔を見つけると顔を赤らめた。


高鳴る何かが麗奈の胸を苦しくした。


目の前にいる俊介。

中学生の俊介。



シュン。あんた強くなったな。



いま麗奈が茶化すように俊介に言えば、なんて返事が来るだろうか。



いまの俊介は麗奈にも予測ができなかった。

こう言えばどう返されるか。



とにかく。俊介は変わった。



麗奈はその変化がうれしかった。とても。




五人の話しが一段落したときに俊介はポケットをまさぐりチョコを取り出した。


「さてとそろそろ行くか。樹里はいまから塾あるんだろ?麗奈は家に帰るのか?」



俊介はチョコを口にほうり込んでから公園に向かい歩き出した。


「俺達はいまから公園でたむろってくからよ。じゃあな」



背中を向けた俊介に麗奈が高い声を届かす。


「風邪引くなよー」





「風邪なんか引くか。麗奈もとっとと帰ってどんぶり飯食え」



麗奈への俊介の態度は、他の女子への態度とは明らかに違う。


樹里はその訳がようやくわかり温かい気持ちになる。



「ああ…そうだ」



一度離れた俊介は何かを思い出したかのように再び麗奈と樹里のほうへと近づいていった。



「なあ。明日にでも例の杉田って女を教えてくれ。この目でしっかりと見てみたい。どんな女か」



「…うん…」



「じゃあなまた明日」


最後まで樹里に視線を向けて未練がましくしていた裕吾も諦めたように俊介に付いていく。真一も後に続く。



「くそ。なんかカッコイイなあいつら」


公園のなかへと歩きだした柄の悪い三人の後ろ姿を見ながら麗奈がいった。


「うん…馬鹿な不良は大嫌いだけどあの三人はちょっとカッコイイかもね」



「お!樹里。なら大橋よりか?」



「え?」


麗奈は知っている。樹里が大橋彰というクラスメートのことが好きなのを。

それは樹里本人からクドイほどに相談されていたことだった。



「うーん…大橋君は…別格だなぁ。私の初恋だし。一生に一度の大恋愛ね」


「なによ。いまからもう一生て言葉使っちまうわけ?」



「あの人は別格よ」



樹里が照れながら言うのを麗奈も嬉しそうに見ていた。



初恋か…。



麗奈は、樹里の大橋彰への想いを想像しながら俊介の背中を追いかけ続けていた。


もし私みたいなブスが初恋を抱いていいならば。


もし私みたいな女が恋い慕う資格があるならば。


もし私が一般的な可愛いさがあったなら。


すぐに俊介に告白して。ダメでも何回もアタックするのにな。


きっとあいつは嫌がるだけ。私みたいなブスが告白をしても。


私は私だ。


片思いのまま見続けてやろう。あいつを。あいつの喜ぶ顔を。

たくさんあいつを笑わせて

たくさん見てやる。


麗奈は暗い影のなか隠されていく俊介の背中を求めるのを諦めて目を逸らした。


「それでさ樹里。メジィーヌの話しなんだけどさ。詳しく教えてよ。俊介の話しで脱線しちゃったし。まだ時間あるなら教えて」


「う…ん…実は…吹奏楽部の先輩で」



「先輩?二年生の人?」



「うん」



樹里が部活の時間に起きている奈緒子への仕打ちを簡潔に話し終えると、麗奈は悔しそうに地面を蹴りあげた。

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