麗奈と俊介
樹里と麗奈は歩調を合わせながら歩いていく。
二人とも誰かに後ろ指をさされているかのように神経質な足取りにみえた。
幾つ目かの角を左に曲がったときに麗奈が樹里に塾の時間大丈夫なの?腹も減ったよね。と聞いた。
樹里は、それより沢村君のことを聞かせてと街灯に照らされた麗奈を真顔で見つめた。
麗奈は樹里の強い視線から目を逸らしてもう一度、塾遅刻しちゃうよ?
と
いった。
樹里は塾なんていまはどうでもいいとすぐに返した。強い口調だった。
麗奈は小さなため息をついて眼鏡に触れてから夜空を見上げた。風が冷たく星がよく見える空だった。
一分ほど見上げていただろうか。麗奈は肩を揉みながら樹里に視線を戻すとわかったよじゃあ話すよ。といった。
ただし、と麗奈はすぐに付け加える。
いまから話すことは当時の五年二組全員が封印したこと。
それをいまになって樹里に話すのは樹里がイジメのことで悩んでると思ったから。
と、決して長くはない人差し指を樹里の目の前で伸ばした。
この話しを聞いたことによって
明日から俊介に対しての見方を変えるのも俊介に直にイジメられてたの?と聞くのも樹里の自由よ。
心配しないで。あいつはいまは弱い人間ではない。たぶん、ふんて笑って終わり。
麗奈の人差し指がしまわれて親指が出された。土の香りがした。
私はあなたのいまの悩みを解放したいから五年二組が封印した昔の話しを掘り起こす。
樹里は小さくコクりと頷いた。
「真一ね。衣川真一。あいつは五年二組のリーダーだった。あいつがまず最初に俊介に怒りだして男子が追随。そして女子も付き従っていった…。うん。いま思うと暴発だったな。慈悲の心なんてみんなが持ってたはずなのに。子猫を見たらかわいいって思って、小鳥が死んでいたら可哀相て悲しく思った。みんな普通の五年生よ。強いていうなら真一くらい。異分子だったのはね。そこにもう一つの異分子が紛れ込んだ。それが沢村俊介。異分子同士は溶け合わないままだった。そしてはじまったかと思うと止まらなくなった…。多勢に無勢。40人対1人。まるで虫けらを踏ん付けて何匹殺せるかっていうのと同じようなゲームだった。俊介の睨みなんてすぐに無効になった。きっかけはね、たくさんあった。俊介が転校してきてから二組を覆う空気はガラッと変わったから。それは確かだった。第一印象での沢村俊介は女の子にキャアキャアといわれる容姿が目立っていた。でも次第に男女関わらず二組の皆が俊介への印象を変えていったの。ときに異様に鋭くする目付き、そして自ら口を開くことをしない無愛想さ。とにかくクラスの全員が彼が何を考えているのかわからなかった。しかも秀才ときた。近寄り難い男だった」
樹里の知る俊介は、六年生の夏からになる。
そのときの印象は切っ先のような人。心も身体もすべてが鋭く尖んがっていた。
「最初に真一がなんで怒ったかは私にはよくわからない。俊介が、うるさいな。とか騒いでた真一に向けて吐き捨てるように言った言葉で怒ったってのは後から聞いた。きっかけはなんでもよかったかもしれない。待っていた。クラスのみんなが誰かの引き金を引く音をまっていたのかもしれない。予想通りまずは真一が動いた。それ覿面に男子達は一斉にメジィーヌの口づけを俊介とかわしていった。そしてゆっくりと、でも確実に日々、度は増していった。私がね酷くなってきたなと思ったときには男子が授業中に俊介の頭に消しゴム投げたり靴隠したり給食になんか入れたり。俊介はその都度睨みつけて抵抗をした。そしてボソッというの『無能のくせに』とか『馬鹿が』とかね。真一は俊介が泣くまでやろうといった。みんなそうだそうだって。俊介が泣くまで。でも彼はね、泣かなかったの…」
「沢村君…そんな…」
思わず樹里は足を止めた。力が抜けたように歩けなくなった。
麗奈も足を止める。
「女子達も男子に付き合った。私の友達がね、キザお君早くいなくなってと書いた紙を俊介の机の中に入れたわって喜んでいた。靴箱の中には毎日何かしら入れられてた。…実は…私もね…参加したの…悪口を書いた紙を靴箱に入れた…」
麗奈は涙を樹里に見せた。
「麗奈…」
「参加しないといけない雰囲気だった。イジメに参加しない人はキザおの友達とみなす!って。それにね、とにかくあいつが泣いたら止めようぜって真一の言葉はみんなが軽く受け止めていた。まさしくゲームよ。でも俊介は泣かない。絶対に泣かないの。なにをされても。身体を震わせながら涙をこらえていた。そして睨むの。鋭く恨みを込めるように。俊介はね一人ぼっちで戦っていた。でも、もうこっちは暴発。クラスのほとんどの子達がだんだんと俊介を憎くらしく思えてきた。何故泣かない、何故謝らない。あいつは私達を馬鹿にしているのだと。俊介は抵抗を繰り返した。でもいつしか心は折れていた。俊介はクラスの全員が敵なのだと悟ったとき戦意を喪失したように戦うのを止めた。イジメが始まって二ヶ月くらいかな。もうされるがままになった。なんの抵抗も反抗もしなくなった。ただ悲しい目でなにかを睨むだけだった…」
樹里も話しを聞きながら泣き出していた。
いまの沢村俊介からはあまりに想像できないことだっった。
「ある日…。真一が俊介の胸倉を掴んでベランダに無理矢理連れて行った。そして笑いながら言った。お前落ちてみるか?って」
「え………」
麗奈が先に歩きだした。樹里は後をついていく。二人は住宅街にある暗闇が広がる公園の横を歩いていく。




