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初恋。  作者: 冬鳥
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春日部麗奈

奈緒子は幼かったころから胴着をまとい空手に通う彰を見てきた。

マンションの入口や公園で奈緒子はそんな彰を微笑ましく見てきたのだ。



―強くなれるといいね彰君。




ときに奈緒子は自転車で道場に向かう彰と壮太を四階のベランダで頬杖をつきなから見えなくなるまで見送った。



奈緒子には空手というものがどんなものかはまったくわからなかったが、あくせくと道場に通う真っ白な服を着た彰は、なんともいえない微笑ましい光景だった。

彰は学年が一つ下ということもあって、可愛らしいとさえ思った。


それが今日の朝の南門で突如あらわれた彰の姿と動きは昔の面影をすっかり無くしていた。


空手の技を出した光景はいまでもしっかりとまぶたに焼き付いている。


そのとき奈緒子は彰をまるで救世主のように感じたのだ。



ただ恐ろしいだけの男子生徒を、彰はたった一瞬の攻撃で捩伏せてしまった。


昔の彰はいつも泣いていたイメージがあったのに。


泣きわめく彰を慰めるのが奈緒子であり壮太だったのに。


転んで膝を擦りむいただけで大粒の涙を流していた彰だったのに。



中学生になった彼は大きく変わっていったのだ。



奈緒子にとって彰はイジメられる光景を最も見せたくない人でありまた最も近くにいてほしい人であった。


いま彰は北門にいる。


そして一緒に帰ろうという


奈緒子は彰の胸に飛び込みたくなる。



怖いよ。私もう嫌だ。



もう学校に行きたくないよ。



怖い。怖い。怖い。



嫌だ。嫌だ。嫌だ。


奈緒子は抱える重りをすべて吐き出したくなっていた。


大好きな人に。


大好きな人の胸で泣きじゃくりたい。


でもそんなことはできやしないのだ。




”こんな私を好きなわけがない”




彰君は優しい。


こんな自分を幼なじみの縁で助けてくれたのだ。


奈緒子は

溢れだそうとする涙を必死になって堪えた。






君は僕が守る。


僕には君を守れる手段がある。


僕には空手がある。


君を蝕む者はすべて僕が排除する。



何故いままで気づけなかったのか。


もう君が悲しむ姿は見たくない。



相手が何人でもいい。僕は負けないだろう。


君を傷付ける奴は


僕が打ちのめす。



彼女の闇を光へと解放させる。




彰は奈緒子に大丈夫だよ僕が守るからと手を差し延べようとした。



「よぉ」



そこに大きな影を後ろに引き連れた壮太がゆっくりと背後から現れた。


彰は奈緒子に伸ばした手をぱっと引いた。



壮太はよかった、いたいた。と呟いてから



「えと…な、なおちゃん。今日も…お、お疲れ。」



壮太も緊張しているのか奈緒子を前にして言葉をゆっくりと確かめるようにいった。




だが歩きだすときの言葉は力強かった。




「さて。三人で帰るか」



高速道路の下を走る細い道を三人は歩いていく。

街頭もない暗い道だった。


時折背後から来る車に照らされる三つの身体。



彰は二人の少し後ろを歩く。



壮太と奈緒子。

その後ろに彰。



壮太がガハガハと笑い奈緒子がクスクスと笑う。



彰はその声を聞きながら歩調を合わせて歩いていく。



「な!だろ!奈緒ちゃんだって笑っちまうだろ。だからおれはそいつに言ってやったんだよ。お前いま食べてんの消しゴムだぞってな」




奈緒子は笑いながらも時折振り向く。



振り向いて彰がいることを確認するとすぐにまた前を向いた。


もう夜の帳は下りていた。


やがてマンションが見えてくる。






部活動を終えた須田樹里は、今日起きたことを思い出しながら歩いていた。


部活の時間はいつもと同じだった。二年生の先輩が通りすがりに杉田奈緒子の肩を押した。よろめいた奈緒子を笑う者達がいた。




樹里もまたいつものように見て見ぬふりをした。



教室で彰に話したように杉田奈緒子を助けたいとは思っている。

イジメを行う二年生達はあまりに非道だ。奈緒子の暗く沈んだ表情も樹里を圧迫させた。


だが、対抗することを放棄した人間を一度や二度助けても意味が無いのではないか?

周りがどれだけ騒ぎ立てたとしても、本人に脱却する意思がなければ事は進まないのではないのか?。


杉田奈緒子の幼なじみである遠藤壮太と大橋彰。そして沢村俊介も加わった三人が、杉田奈緒子のイジメをフェードインさせたことになる。


でも樹里は思うのだ。いったいどこでフェードアウトするの?と。


彼女自らの意思で溶暗溶明を意識しなくてはならい。


樹里は校舎の玄関口で同じ吹奏楽部の友人に挨拶をしながら運動靴を下駄箱からだした。

いつもここから

焦りが芽生えはじめていく。

性急が彼女を先導させる。

競争地獄に身を置くいまをここから味わうのだ。



自分に納得できる時間をいかに有効に効率よく得るか。この中学三年間はとても大切な時期なんだと、医師の父親、大学にいく兄から口がすっぱくなるほどに言われた。

樹里にもわかる。そもそも人生は短いものなのだ。快速列車に乗っているようなものだ。駅はどんどん過ぎ去っていく。そのなか、少しでも自分が納得できる道を歩みたい。

今日一日をどう運んでいくか。そして一日の終わりに今日は何を得られたのか整理していく。

後悔しないために日々最善を尽くす。


だから杉田奈緒子のことははっきりいって邪魔な存在なのだ。

終わりがない演劇に興味を持ってはいけない。そこにはなんの成長も経験もなく、あるのはただ時間の無駄なのだ。



樹里は上履きをボックスに入れたときに大橋彰の靴箱にも目をやる。

上履きが置かれていた。



樹里は浮つきそうになった心を沈めて自分の運動靴を取り出し床に置いて履いた。

そのとき後ろに人がピタッと背後に接近した。樹里は思わずビクッと肩を動かした。

誰かがすぐ背後にいる。

荒い息遣いが耳元を刺激してくる。

服が触れ合う距離にいる。


な、なに…。


温かい吐息が樹里の首筋に当たる。

樹里の心臓の動きは早くなる。


「ちょっと、やめて!」


背後の人物は樹里の大声を無視するかのように腰に手を回した。


「キャア!!」


悲鳴をも無視をしてそのまま下へとゆっくりと撫で回していく。



背後の人物がニヒヒと笑い始めた。


「姉ちゃん…いいケツしてるなー。わしは溜まらんなー」



樹里はその聞き慣れた声を聞いてたちまちに安堵した。



「はぁー怖がって損した。なんでいまここにいるのよ」





樹里が背後の人物の手を掴もうとすると



「エイ!」



ぴしっとお尻を叩かれた。


「キャッ!痛い!」



樹里が振り返ると見慣れた顔があった。



「お疲れ樹里。あんた相変わらずいいケツしてますわよ」


「やっぱり麗奈ね。叩いたなぁ。どうしてここに?えい!」


樹里も麗奈の尻を叩こうとするがひょいと逃げられる。


「私のお尻を触るなんてのは10年は早い。教室に忘れ物して取りに行ってたの」



「だよね。麗奈はソフトボール部だもんね。びっくりした」




そう言って笑い合った二人は一緒に歩きだした。


いま笑い合っている女子は須田樹里の親友である。

名前は春日部麗奈。

一年C組の生徒だ。

樹里と麗奈は小学校からの親友で、いまはクラスは別々だが相変わらず仲が良かった。


麗奈は少々変わっている。

まず将来の夢はお笑い芸人になることだった。

人を笑わせることがとにかく大好きで、日々ジョーダンばかり言っている。

髪型はおかっぱ頭で、太い黒ぶち眼鏡が印象的だ。

背は低く体型はぽっちゃりとしていた。

部活はソフトボール部である。


小学生のとき、麗奈は樹里と親しくなってきたときにこう言った。


「もしな。樹里が主人公の小説ができたとするでしょ。で、親友が出てくるわけ。名前は春日部麗奈。そう私。読者は名前を見たその時点から麗奈に釘付けよ。おいおいなんだよこの名前は。きっと可愛い女の子なんだろうなぁって。だって麗奈よ。裏切るわけがない」


だけどそれは残念、わ・た・し。麗奈は二重顎を強調させながら言った。



樹里は思う。もし自分の名前が麗奈と付けられてたら非行に走っていたかもねと。


だが麗奈は違った。喜んでいるのだ。


「だって、まず名前から笑いが取れるんだよ。相手のギャップはね人に小さな幸せを落とすの。ね?だから最高な名前よ。親に感謝ね」



いまも麗奈は楽しそうに樹里と歩いていく。


「A組っていいよね〜。すごく楽しそう。だって悪ガキ金髪坊主の俊介と、番長壮太がいるし。C組なんて逸材皆無だわ。平凡ってほんと残酷なことよ」


「ちょっと待って。悪ガキなんたら俊介だなんて絶対本人の前で言ったらダメよ。麗奈半殺しにされるわよ。あと、遠藤君て一年生の番長なの?」


麗奈は校庭に出たところで立ち止まった。



「うす!俺は遠藤番長だぜい!」


といって相撲の四股を踏む真似をする。


股を大きく開いたのでスカートが膝の上まで淫らに開かれた。



「こらこら。はしたないなぁ。え?遠藤君てほんとに?」



「えー!知らなかったの?知らずに樹里はA組の学級委員長してんだ。はぁ最悪。塩無しでスイカを食べるようなものよ。もっと楽しみなさい。彼はいまじゃ泣く子も黙る一年生の番長よ。樹里も知ってるでしょあのちょー不良の真一や裕吾もガツンとやられていまじゃ遠藤番長の舎弟なんだからね。これは有名な話しよ。明日から遠藤に会ったら言いなさいよ。よ!遠藤番長!御機嫌麗しいかい?ってね」


「そうなんだ番長なんだ。まあ確かに遠藤君はしっかりしてるし身体も大きいからね」



「ノーノー。しっかりしてるだけじゃダメ大木でもダメだよ。なんてったって笑いのセンスがないと番長にはなれないなれない。遠藤はきっと笑いもハンパないわね」


麗奈はうんうんと大きく頷いた。


「笑いね。て、なわけないじゃん。番長は男気」


樹里が麗奈の肩をぽんと叩くと


「ちょっと。なによ最高じゃない!ナイスツッコミ!それよ!私が求めるレベルまで来たわね」


「お褒めのお言葉ありがとうございます」



樹里が自分のスカートの裾を手で引っ張りながら軽く足を前後にして礼をした。


二人は正門を目指す。



「ねぇ麗奈…」


樹里は正門の前まで来たところで立ち止まった。



「ん?どした?」



樹里は言おうとしてためらった。


「どした?なんかあったん?」



麗奈の優しい言葉に釣られるようにまた話し始める。



「あのね…麗奈はさ…イジメってどう思う?」



「イジメ?」


「そう…イジメってさ…どうして起きちゃうんだろ…なんか寂しいよね。そういうのってすごく…寂しい」



麗奈はぼりぼりと頭を掻いてから


「ちょっと待って」


と樹里の会話を止めた。


「A組でイジメがあるってこと?樹里がイジメられてるってこと?どっちよ」

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