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初恋。  作者: 冬鳥
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西の空に浮かぶ虚しい恋心

―杉田奈緒子はあらゆる欲望によって殺されるのか


「ん?」


俊介の呟いた独り言は囁きとなって真一の耳に届いていった。


「シュン。いまなんか言ったか?」


こちらに顔を向けた真一に八重歯を覗かせた笑顔を見せる。


「いや、なんでもない。しかし眩しいな」



グランドの遥か奥の奥の西の地平線で、赤い夕陽がこの世界一面に色をつけていた。


「今日はまたやけに眩しい」



タバコを地面に揉み消して立ち上がった俊介は右腕を夕焼けに向けて掲げてみる。それは空想の世界にいる俊介から見る夕陽だった。

赤く染まる陽を掴むほどに精一杯に伸ばし掲げてみる。


現実ではポケットに隠されたままの右腕を、俊介は想像の世界へとほうり出していた。


翳す細い腕は頭上から縦に小さな影を作りあげていく。

それはひどく薄っぺらく不安定な影だ。

だがこれだけは言える。

腕を掲げればそこに闇は出来上がる。


降り注ぐ陽光から身体半分を隠す。


俊介は西日を睨みつけた。


ポケットのなかうずくまったままの手はいま強く握りしめられていた。


空想の掲げる腕もまた拳を握っている。吉川を怒りに任せて殴った跡が残る手の甲。中指の付け根辺りの赤い模様がほんのりと荒々しく見せていた。


教室でふと目が行く彰の拳よりはいささか弱々しく見えるこの拳。げんこつを


右目の上に。



朱く染まる左目の先と灰色に染まる右目の先。まるでそれは自分が抱く光と闇のように二つに分かれていた。

表側と裏側の境目にいま俊介は身を置いているのだ。


自分には恋しい人がいる。


グランドを想像する。


いま彼は走っているのか。

全力で汗を光らせ夕焼けに身を染めているのか。


誰かにむけて笑っているのか。



闇の心の部分に、彰はいつも存在しているのだ。


俊介は胸の痛みを覚える。

表側の自分が必死になって隠蔽しようとする恋心は、大きな粘り気のままに裏側の灰色の奥へと入りこんでいる。


高く


高く。



俊介は拳を翳す。



このままずっとこの想いを隠しあげていくのか。

この細い腕で。

この細い心で。



―おれは大橋彰が悲しむのを見たくはない。




俊介は拳をゆっくりと下ろした。みるみる顔全体、身体全体が橙色に染めあげられていく。


眩しさが両目の視界を遮った。


彰…。



杉田奈緒子はどん底には落とさせない。

この俺が

必ず助けてやる。


お前と一緒に助けるんだ。


正門には部活動を終えた生徒達がぽつぽつと出始めた。皆一様に影を長くしながら歩いている。





俊介はため息混じりにまた空を見上げた。朱く染まる雲の連なりが、迷宮の入口へと手招きしているように見えた。





「単刀直入に聞いていいか?」



突っ立ったままの俊介は地面にあぐらをかく二人の顔を交互に見た。



「ん?なんだ?」




真一が裕吾よりも先に口を開いた。



「佐野を…やるかな」



俊介の言葉に、二人は顔を見合わせた。


「ん?やるかなってなんだよ。どういう意味だ?」


裕吾が聞いた。


「そろそろボコボコにしないとな。生意気だよあいつ」



「佐野ってあの??」



裕吾はタバコを下唇にくっつけたままぽかんとしている。



「ああ。佐野は一年を馬鹿にしすぎだ。ここら辺りでやるか。どうだろ」



裕吾と真一はもう一度顔を見合わせた。


「お、おいシュン。な、何言ってんだよ。佐野と喧嘩はするべきじゃないだろ。シュンも知らないわけないよな。小学生のころから聞いていたあの噂はいまいっそうひどくなっているって話しだぞ」



真一が声を潜めながら話す。俊介はそれがなにか気に入らない。

何をそんなに怖がる。



「ふん。ブタの後ろ盾か?」



真一は火がついたままのタバコを投げつけて立ち上がった。



「佐野はあの体型だからな。決して喧嘩が強いわけじゃない。だがなんせバックがハンパない。ってシュンも知ってんだろ」



真一の言葉に裕吾もうんうんと頷いてから二人と同じように立ち上がり目線の高さを一緒にした。



「確か…あいつのバックはラストエンペラーだよな」


俊介はこの辺りでは有名な暴走族のグループ名を出した。


真一が頷く。


「そうだ。幹部連中が佐野を気に入ってるからな。佐野と喧嘩したらまず報復があると思ったほうがいい。後輩思いな先輩らがたくさん来るらしい。そういうのは俊介も詳しいだろ?どうした?おいおい、本気かよその目は…。止めとけ。佐野だけは止めとけって。俺もあいつは大嫌いだよ、見るだけで虫ずが走る。でもほっとけよ。これは仕方ないことなんだよ」



「ふん。仕方ないか。シンの口からそんな臆病風が吹くとはな」



俊介が吐き捨てるようにいうと真一の目つきがすぐに変わった。



「シュン。お前なにが言いたいんだ?」


睨み合う二人に裕吾がおいおいやめろよと間に分け入っていく。


お互いに鋭い視線を向けあっていたが俊介が先に逸らした。


「だよなぁ。めんどくせえよな。佐野は見て見ぬふりだな。すまない。変なこと言った。シン、すまない」


笑顔を見せ呑気な声で謝る俊介に真一は頬にある傷跡を指で摩った。


「下手すればこの街に住めなくなるんだぞ。シュン。お前吉川を殴ったな?二年とは揉め起こさないほうがいいんだ。せめて脅すだけにしろよ。こちらから手を出したらダメだ弁解できないだろ。吉川なら後ろに誰もいねえから大丈夫とかの話しじゃねえだぜ。二年を一方的に殴ったら敵と見なされ佐野が出てくるんだ。そういうのは情報通なお前のがよく知ってるだろ?それともお前は俺達をけしかけて楽しんでるだけか?」



「ふん。けしかけるか…。俺達三人ならなんでもできそうな気がしただけだ」


「俺達三人プラス遠藤壮太がいたらベストメンバー」


裕吾が頭を撫で付けながらいった。



「おい裕吾。なにあおってんだよ。そんなこと言ったらまたシュンが佐野をどうとか言うだろ。おっ、そういや遠藤といえば」



真一は何かを思いだしたのか細い目を大きく開かせた。



「シュン。白鬼(びゃっき)って聞いたことあるか?」


「白鬼か。ちらほらと聞く。新手の族だろ?」



「最近急激に勢力伸ばしてる白鬼なんだけどな。それがさ、すげえ情報を聞いたんだよ」



「先週、ラスペラと白鬼がコンビニ駐車場で一発触発だったらしいぜ」



「裕吾、口挟むなよ。裕吾もびっくりするぞ。おれは聞いて唖然としたよ。あのな。その白鬼のメンバーを束ねるリーダーだよ、誰か知ってるか?」



「え?誰?俺知ってる人?」




「シュンは知ってるか?」

「いや。知らないぜ」



真一が得意げににんまりする。


「びっくりすんなよ、リーダーの名前は遠藤賢治って人だ」



「遠藤賢治?…遠藤…ってまさか」



「ああそうだよシュン。名前は遠藤賢治。壮太の兄貴だよ」



「壮太の…間違いないのか?」




「間違いない。確かな筋の情報だ。シュンは壮太から聞いてないのか?強い兄ちゃんがいること」



「いや…壮太に兄貴がいることすら聞いたことがない」




俊介はそれ以上は二人の話しには加わらずに煙草に火を付けながら長い思案をはじめた。



壮太に兄貴がいたのか…


しかも族のリーダーだ



彰も壮太の兄貴の存在は知っているはず…




遠藤賢治か。



俊介にはなんだか不吉めいた名前のように感じた。

いま心の奥底までその名前は刷り込まれていった。

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