反骨する家畜達
前も後ろもただ真っすぐに伸びる廊下のこの辺りで。
俊介は振り向いて八重歯を覗かせた。
俺達は出会ったんだよ彰。
パースペクティブは。
あるきっかけによって変わっていく。
おれはお前とここで出会った。
中学一年生の春。
おれはお前に出会ったんだ。
「シュン後ろばかり見てどうした?」
隣を歩く裕吾は俊介の動作に気を留めた
「いや。なんでもない」
「亡霊か?」
裕吾の言葉に真一もピクリと眉を動かした。
俊介が思うに不良と呼ばれる奴らは一様に幽霊などを怖がったりする。
「女の亡霊ならば裕吾に任せるか」
俊介がいうと裕吾は「上等!」と握りしめた拳を前に突き出して上唇をめくり上げた。
そして三人は笑いあった。
「それで吉川にはサッカー部の部室に行けば会えるのか?」
俊介の右側にいる裕吾は、高く盛り上げた前髪のエッジをますます際立たせるように両手でゆっくりと根本から先まで圧縮していく。
それを二度繰り返してから
「うし。のった」
と言った。
気持ちが乗ったのか。何か違うものがのったのか。
もちろん俊介にはわからなかった。返答の続きを待つ。
「いやいや。吉川は名ばかりのサッカー部だ。ほとんど帰宅部の俺達と変わらない生活だ。違うのはあいつはデートで忙しい。俺達はたまり場に行くから忙しい。シュン。正門で待ってたらすぐに来ると思う。ようは。待ち伏せ」
語尾を強く話す裕吾の癖に微笑むのは俊介の左側にいる衣川真一だった。
「シュン。ほんとに喧嘩じゃないんだよな?それはクールに決め込むことか?」
その真一が、抱える小さな悩みを払拭するように聞いてきた。
真一もまた二年生とのいざこざはできれば避けたいことだった。
佐野勝也を筆頭にした二年生の吹き溜まりとは関わりは避けたい。
釣り上がる鋭い目をした真一もまた世の中には相手にしてはいけない人がいることはわきまえていた。
背が低く小太りである真一の左頬には切り傷の跡がある。
俊介はその傷を見る度に何かふわふわとした気分になった。
「クールねぇ。まあそれなりにクールに決めようかと思ってる。おれは吉川から情報が聞きたいだけだからな。情報が聞きたいだけ。シン。秘密警察みたいにクールだろ?」
「いいねシュン。それはクールに決め込むってことだよ」
真一と話すと5分に一回はクールという単語が出てくる。どこで覚えたか最近はとくに”クールに決め込む”というセリフが大のお気に入りなのだ。
裕吾は「生きていることに感謝」と「硬派にいく」という言葉が一日に数回は出てくる。
俊介が見るに、大橋彰の涼しくさわやかで冷静で感情にまったくおぼれない偽りないクール男を見ていると、真一が決め込むクールさは如何せん滑稽に見えた。
それに裕吾が念仏のごとく発する硬派というのは壮太に似合うものだ。
「それとも三人で橋を渡るか?景色が変わる」
俊介が微笑みながら正面を向きながら呟くと二人は同じように首を傾げた。
「橋?橋って庄内川の橋を渡るって意味か?そうすりゃ名古屋の都会に出ちまうぞ」
裕吾が、隣町!と語尾にいうのを聞いてから俊介はポケットから煙草を取り出し火を付けると肺の奥まで吸い込んだ。
誰もいない下駄箱を前にして三人は足を止めた。
「違う。ドラクエだよドラクエ」
「ドラクエ?ファミコンのか?」
真一も煙草を取り出した。
「ああ。橋を渡れば敵は滅法強くなる。だがいつかは勇気を出して渡らなければエンディングにはいけないわけだ。さて、その橋をいつ渡ろうか。いまからおれが大勢の女を取っ替え引っ替えまるで道具扱いで泣かしまくっている吉川という腐り男を絞めて橋を渡ってやる。もちろんボコボコにする。付いてくるか?そこからは二年とクールに硬派に戦争だ。生きてることに感謝しまくりだ。どうだ?お二人さん」
裕吾と真一は、「お、おれはまだ装備する武器が弱いしなぁ」
「お、おれまだ低レベル。スライム強し」
といって苦笑いをするだけだった。
裕吾も煙草に火を付けたときに若い教師がこちらをちらっと見てから足早に通り過ぎていく。
「ふん」
俊介は唾を吐きたい衝動を必死に抑える。
反抗心ある家畜には相手にしないのが利口な人間か。
それとも無抵抗な家畜を殴る蹴る快感を知る生活指導の教師を筆頭に数人の大人を引き連れてくるか。
俊介はピンク色のスリッパからスニーカーに履き変えた。
「橋を渡るのはなかなかの危険度だ。もうちょっとレベルアップして武器を買い替えてから行くか。ただ…そのうち日は暮れちまうだろうな」
俊介が外に向けて歩きだすと裕吾と真一は顔を見合ってやれやれとポーズをしてから付いて行った。
@
三人が正門の隅で屯しながら待っていると吉川がこちらに歩いて来るのが裕吾に見えた。
「お、来た来た。あの色男だ。シュン。あれが吉川だ」
「ふん。あいつか」
俊介の目つきは猛禽となっていた。
吉川は友人と二人で正門を出たところで俊介達に呼びとめられた。
「お前が吉川?ああすいません。あなたが吉川先輩ですか?」
「な、なんだよお前は」
吉川は俊介の切るような鋭い目付きを見て尻込みをした。
「吉川先輩。一年の沢村といいます。あんたにちょっと聞きたいことあるんだ。どうだろう。いまから二人で話せないだろうか?そんなに時間はかからないよ」
俊介は一年の女子達にもちやほやされる吉川の顔をまじまじと見た。確かにツルッとして整った顔立ちだった。
だが。
俊介は大橋彰を思い浮かべる。
思わず小さな笑みがこぼれた。
「吉川、ほ…ほっとけよ。やべえよこいつら。行こうぜ」
吉川の友人がそう言うと裕吾と真一がさっと二人を囲んだ。
「先輩。ちょっとくらいいいんじゃないの?べつにいまここで喧嘩しようと言ってるわけじゃないよ」
裕吾が話し、その横で真一はふてぶてしい表情で指をポキポキと鳴らした。
「い、一年がこんなことしていいのかよ…さ、佐野さんに言うぞ」
吉川の友人の言葉は一瞬にして二人を怯ませる力があった。
「く…」
裕吾のリーゼントが下を向いた。
俊介は二人のこういうところが好きだった。
二年生に喧嘩を売るということはつまりは佐野が陰にちらつくということだ。
だが、いまその場に呑まれるように高揚とした二人には佐野の恐怖はまったく消えうせていたのだ。
あくまでも佐野の名前が出るまでの話しであるが。
硬派もクールも
佐野には通用しないか。
俊介は一歩前に進み出た。
睨みつけながら顔を寄せていき吉川とその友人をみるみるうちに畏縮させる。
「佐野は関係ないよ。出すなら出せばいい。あんたらの好きにすればいい。とにかく吉川先輩。少しばかりこちらに」
俊介が狭い道のほうへ誘導させるように吉川だけを手招きして連れて行く。
吉川は無言のまま俊介に付いていくことしかできなくなっていた。有無を言わさない鋭い瞳は完全なまでに猛禽に睨まれ固まる獲物だった。
二人は門の外に出てすぐ横の路地に入り、人目がない場所なのを確認すると俊介はくるっと振り返って吉川をまじまじと見た。
「先輩。そんなに怖がらなくていい。あんたと喧嘩がしたいわけじゃない。ただちょっと聞きたいことがある。吉川先輩、二年C組の杉田奈緒子という女を知ってるか?」
「…杉田?」
吉川は思考を巡らすように俊介から目を逸らした。
「知ってるんだな。どんな女だ?」
俊介が一歩前に出ると吉川は一歩下がった。
「…杉田は…まあ二年生のあいだではそれなりに有名だから…」
「有名か。それは何故だ。イジメでか?」
吉川は金髪頭にピアスに鋭い目付きをする一年生に何をされるのか大きな不安があったが、いまは話しを聞きたいだけの俊介の態度に安堵したように上がった心拍数を抑えるように深呼吸をした。
「君も知ってるんだね。ああそうだよ。C組の杉田は確かにイジメられてるみたい。まあ…僕には関係ないけどね。でもなんで知りたいの?さては君は杉田を見て気に入っちゃったとか?うん、まあかわいいほうだからね杉田は。気持ちはわからなくもないよ」
俊介は話しの後半を耳にしたときに殴り掛かりたい衝動に駆られたが必死に押さえ込んだ。
これだから…彰。
鉤爪を失うおれはとてもみっともないのだよ。
わかるだろ?
「先輩。俺に質問はしてほしくはない。いまの先輩は俺に聞かれたことを話せばいいんだと思う」
込み上げる怒りを押さえ込むのは大変だと言わんばかりの俊介は何かを喉に詰まらせるようにして話していった。
吉川は俊介の震え出した声を聞いてまた後退りした。
「それで、そのイジメに男達も絡んでるのはどうしてだと思う?すまないがおれは杉田を見たことはない。あんたが思うにかわいい女をいたぶる男達。しかも二年のリーダーが先頭で指揮をとっている。なにか…」
また喉を詰まらせるように会話を止めた俊介に吉川は困惑したような顔をしながらもわずかに口元を歪ませた。
「僕はなにも知らないよ。クラスも違うし杉田にもそんなに興味はないよ」
小さく咳ばらいをしたあとに俊介が再び口を開いた。
「吉川先輩。あんたみたいな軟派野郎ならわかると思うんだが、杉田は佐野らに近くやられると思うか?」
「え?やられる?」
上擦った拍子を見せながら頬を上げる吉川を見て俊介は眉間にしわを寄せた。
「男達がつまらないイジメに参加する。それは野蛮な下心があるはずだ。佐野は…杉田をやるつもりなのか?わかるだろその意味」
吉川はつい鼻で笑いそうになるのを寸前で堪えた。
こいつから野蛮という言葉かよ。
しかもやるのやらないだのなんてどうでもいいことだ。
女の体を知らない幼稚さが目の前の男から急激に漂い始めてきた。
お前はお家で毎日センズリでもこいてろ。
一年坊主が。
吉川はまた口元を歪ませた。
「僕に聞かないでよ。わからないよ。ところで君は杉田のことが好きなのかい?それとも女の子とやりたいのかい?あ、佐野君の仲間に加わりたいとか。なんなら聞いといてあげようか。君の名前は沢村何?佐野君とは面識あるの?」
俊介は煙草に火を付けた。
「杉田の話しはもういい。吉川先輩。ところであんたは一年生の女は誰を泣かしてきた?」
煙草の煙りを鼻先に吹き掛けられた吉川は顔をしかめながらコホンと咳をした。
「一年生の女子を泣かしただなんて失礼だな。確かに僕のファンは数人はいるようだけど」
そんなに羨むなよ一年。
いまどき不良なんてモテないんだよ。
吉川はまたほくそ笑む。
「一年のユキという女を知ってるか。確かあんたと付き合っていたらしいのだが…由紀子。浅田由紀子という名前だが」
ユキは俊介が最初に付き合った女だった。
はじめてキスをした。
絡み合う粘液のなか彼女を愛おしいとさえ思った。
女を好きになる。
それはおれにとって最初で最後なことかもしれないが…。
吉川とユキが付き合っていたという噂は俊介の耳にも入っていた。
「先輩。ユキとやっちまったか?」
俊介がニタニタ笑いながら聞くと吉川も笑いながら言った。
「ま、まあな。いまフリーなんじゃない?あの子」
「どうして別れた?飽きたのか」
「ユキちゃんも僕の一人のファンだよ。だから飽きたとかは違うな。付き合ってはいないよ」
「そうか…。フリーか。次狙ってみるかなぁ。それでユキは痛がったか?」
にたにたと笑う俊介には敵意を消し去る力のようなものがあった。吉川も気を緩ませていく。
「え?痛がった?」
「あんたに抱かれたときユキは痛そうにしたのか?」
「アハハ。そんなこと聞くなよ。まあ確かにあの子は凄く痛がってたな。でもなかなかよかったよ。君はユキちゃんのことが好きなのかい?あ、僕に妬かれても困るよもう過去のはな―」
自慢げに話す吉川の頬に突然俊介の拳が減り込んでいった。




