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初恋。  作者: 冬鳥
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千覚寺三羽烏

俊介がG組まで会いに行った男の名前は松田裕吾。



小学生時代からの友人である。


小学校(千覚寺小学校)のときには仲間内から不良三羽烏と呼ばれていた男のうちの一人だった。


彼は見た目から察すれるようにどれだけ転がっても値踏み変わらずの不良だ。

眉毛は日々せっせと剃刀で手入れをして遠目から見ると平安時代に和歌を愉しむ麻呂のように見えた。髪型は額にソリコミをかなりハードにいれたリーゼントスタイル。


小学生のときは不良三羽烏としてそれなりに名の知れていた松田裕吾。


中学生になれば上級生からは


「お前があのやんちゃなマツか」


などとも言われていた。



だが、同じく三羽烏の一人だった沢村俊介と同様に、自分は番長になる器じゃないのだとある日突然に思い知らされた。それは一人の存在によって。


裕吾もまた

遠藤壮太へ刃向いそしてあっさりと退治されていった。



「お前さ、チサ小出身だろ?名前はなんつうんだ?このウドの大木が!邪魔だ!散れ!」




体育館の出入口付近で肩がぶつかった頭一つ分大きな遠藤壮太に向かって、裕吾は盛り上げた前髪を鳩のように上下へと振りながら歩み寄っていった。


壮太は殺気を散らす裕吾を、ぽかんと口を開けたままじっと見つめていたがやがて口を大きく開けて笑いだした。


「ガハハ。お前の頭はひさしみたいだな。雨宿りできそうだ。ちょっと触ってもいいのか?なんかドキドキするぞ」





「屈辱!」




怒り狂った形相の裕吾は、こちらに手を差し延べてきた壮太に殴りかかった。


だが凄まじい反撃にあう。

裕吾の殴り掛かった右拳を顔手前でガシッと掴まれるとそのままくるっと反転されて背後を取られてしまったのだ。


そこからはどう足掻こうがダメだった。一発殴れば三発げんこつが返ってきた。


「強敵!」



裕吾はあっけなく惨敗を喫して、壮太の大きな手の平でリーゼントをねちっこく撫でられた。




「生きる意味無し!最大なる屈辱!」




喚く裕吾を押さえ込んで、頭を撫でてはわぉと言う壮太に裕吾は涙さえ流した。



「今となれば昔の幻想」




いまの裕吾は壮太に会えばしっかりと愛想を振り撒く。



「なぁシュン。さっきはいったいどうしたんだ?鼻血出してたの二年の佐野だろ?あんなことして安泰か?」


午前の休憩時間にこの教室に血相を変えて走り込んできた須田樹里に呼ばれて急遽、連絡通路に向かった裕吾が見た光景はいまだに信じられないでいた。


俊介は


「ああ佐野だ。あの佐野勝也」



そう言ってから八重歯をだした。



「大丈夫だ。壮太に彰だ。何事にも臆さないのがあいつらの唯一な取り柄だ」


と自分達をまとめるリーダーと恋する人を誇らしげに片眉を上げながら言った。


裕吾を含めたここにいるG組の不良達は俊介の言葉に表情を緩ませ一様に小さく笑いあった。


「ま、まあな。だけど、あの佐野だぜ。ちょっとまずくないのか、お礼参りは絶対ある」


裕吾は自分が不安な顔をしていることに気付いたのか、一本欠けた出っ歯の前歯を見せながら笑ってみせた。


何故立派な前歯を失ったか。

何故こんなに人懐っこい笑みをするのか。


それは壮太に殴られた衝撃により前歯とプライドが一緒に吹き飛ばされた。


裕吾の愛嬌ある顔は、笑うとますますそれが色濃くなる。


「細かく言えば佐野の鼻を潰したのは壮太じゃない」


「なんと?」


裕吾は俊介の言葉に仰け反るかのようにびっくりした様子をみせた。


「大橋がやったのか?」


裕吾の言葉に俊介はにっこり笑った。


「仰天。あいつがやったのかよ」



大橋が。大橋が。と歯の抜けた部分から空気を漏らしながら繰り返して言った。


俊介も裕吾も家族に問題がある者同士だった。

親に何かしら問題がなければ小学生時代からグレるなんてことはないのだろう。

家族で得られない本来の情や馴れ合い、安らぎを友人同士で補おうとするのだ。不良達は一度仲良くなり親友の契りを結ぶと結束は固い。

親友になれば裏切りという行為は皆無に近いものがある。


松田裕吾の左肩から脇腹にかけては大きな火傷の跡があった。とても大きな跡だ。そして彼はよく小さな声で、生きてることに感謝と呟く。


俊介は裕吾に火傷の跡や祈りのようなその言葉の理由は聞かないが、だいたいの憶測はきっと当たっているのだろう。



「裕吾。今日は嬉しかったろ?何せ今日は突然に須田がここまで会いに来た」




俊介が須田の名前を出すと、裕吾は一本抜けた前歯を見せて額のソリコミ部分を照れ隠しのように撫でた。

「ま、まあな」


裕吾は小学校のときから須田樹里に片思いを抱いていた。

いまは中学生になり七ヶ月が経とうとしていたが、G組の裕吾は遠く離れたA組の須田樹里にいまだ淡い恋心を抱き続けていた。


俊介は知っている。

たまに裕吾は一人でA組に遊びに来る。

だがそれは壮太や俊介に会いにくるというのは前提であり、本心を語るその瞳は明らかに須田樹里を見に来ているのだ。



「シュン。須田は相変わらずだったな。久しぶりに隣同士で歩いたぜ。まさしく飛翔気分!」


俊介は裕吾に苦笑いで対応をした。

裕吾は昔から周りに包み隠すことなく好きな物は好きだと言う。彼の魅力だ。



「ああ相変わらずだ。毎日ツンケンして、がり勉で口うるさく、まあそれなりに可愛い。最近、眼鏡を変えてそれがよく似合ってる」


「だよな!眼鏡変えたよな!」



裕吾は喜ぶ。


「そんなに須田を褒めんなよ。照れるだろ。だよな、やっぱ変えた眼鏡似合ってるよな。へぇ。まあ可愛いのは当たり前だが。って」


言いながら頬を真っ赤に染め周りの目線を気にするが、ここにいるみんなは裕吾が昔から須田樹里に恋心を抱いているのは周知のごとくだった。


「おいおいもしかしてシュンも須田を好きだとか?」

裕吾の覗き込む目に俊介は



「仕置き!」




と裕吾が言うように言ってみせた。




「なわけねえだろ」




好きという言葉を聞いた俊介は、一瞬にして頭のなかが彰で埋め尽くされる。


いま俊介は、もし誰かに好きな人は誰?と聞かれたら正直に言うのだろうか?


言うわけがない。


言えるわけがない。


俊介は恋心を消し去るようにいま彰を違うスタンスで考えようと必死になる。


そして俊介は彰から距離を取るように話題を変えた。



「あのさ裕吾」


「なんだ?」


「ちょっと付き合ってくれ」



「どこに?」


「二年生で会いたい奴がいんだよ」



「誰だ?佐野って言うなよ」



「違う。あんな化け物は壮太に任す。俺が会いたいのは吉川って奴だ」


「ふーん。吉川?しらんな。吉川の名前は?シュンはそいつと喧嘩すんのか?なんかあったんか?」



「それは時と場合。向こうの出方次第だ。名前は…吉川サッカー野郎」


途端に裕吾は腹を抱えて笑いだした。



「吉川のサッカー野郎?ギャハハ。トラック野郎みたいだな。ああ笑えた。相変わらずだなシュンは。爆笑!あ、もしかしてサッカー部の吉川のことか?」




「そうだ。二年生のサッカー部の吉川だ。そいつの下の名前などしらんな」


「サッカー部の吉川か。ならわかる。顔も知ってる。ふーん吉川ね。いまさら言っても遅いかもしれないが、二年生と揉めると後々厄介じゃないのかよ?吉川にまで手を出していいのか?さっきの喧嘩は大橋と佐野の個人的なもんなんだろ?」


裕吾が不安がるのも間違いではない。三年生は全体的に穏やかなのだが二年生はこの中学校10年来ほどの荒れ模様だった。



「心配すんな。本音は違う。喧嘩をしに行くわけじゃねえよ。ただ話しをしたいだけだ。吉川の顔がわかるんだな。そいつは話しが早い」



「付き合ってやるよ。どうせ暇だしな。で、加勢は俺だけでいいのか?」




裕吾は周りを一巡して見てから


「みんなこれから部活あるからな。あ、ならD組の真一を誘うか?」



同小、三羽烏のもう一人となる衣川真一。


真一は小学生のときからボクシングをしているので喧嘩は昔からめっぽう強い。そしてとにかく気も短い。だがやはり真一も、裕吾や俊介同様に、遠藤壮太に喧嘩を吹っかけ呆気なく撃沈していた。


「おおシンか。いいねぇ。久しぶりに三人で行くか。さっきはやりそこなったからな三羽烏揃い踏み」


俊介は目を鋭くさせた。


「久しぶりの村田川だな」

沢村俊介、松田裕吾、そして衣川真一。


名字の一字ずつ出して村田川。


小学生のとき、よく叱ってくれた教師がいた。


「またお前らか!いつも悪さするのはお前らだ!よーし。お前らにあだ名付けてやるからな!お前らは松竹梅なんかじゃない、村田川だ!」


といい、並ばせた三人の頬を平手打ちしていった。そして真っ赤に染めあげた三つの頬を見て声を荒げた。


「村田川!痛いだろ!その痛み忘れんなよ!」


それから教師は笑った。

どれだけ怒っても最後は笑って「もうすんなよ」と優しい表情を見せてくれる大人だった。


三人はこの教師が好きだった。全開でぶつかれば全開で反動してくる先生だった。ビンタは痛み以上に大人の手の大きさと硬さと憧れを抱かせてくれた。


中学生になると教師達は三人を煙るように距離を取った。



村田川と誰かが言えばあの教師の顔が思い浮かんだ。


「でもその吉川がどうしたんだよ?」



D組にて合流した衣川真一が真ん中を歩く俊介に聞いた。


左頬にカッターナイフかなにかの切り傷の跡がある真一は背が低く少々小肥りであった。


「吉川ってやつは取っ替え引っ替え女を作ってるらしい。一年の女にもその触手は伸びている。スケベなクソ野郎だ。まあそんなことはどうでもいい。ただ、そういう奴は多くの情報を知っている。おれはその情報を聞きたい」



いま俊介は真ん中を歩いている。両脇に裕吾と真一を従えるように。


ふと思う。これが彰と壮太だったら…。まず有り得ない…

俺が真ん中を歩くことは。


彰は俺と壮太の後ろを必ず一歩、二歩後ろを歩くのだ。だから三人が肩を並べて歩くことは滅多にない。


あいつの吐息。

あいつの気配。


いつも感じながら歩くのがおれは好きなんだ。振り向けばあいつがいる。


おれを真顔で見るときもある。ん?と微笑むときもある。


横顔のときも、物思いにふけてるときも。


彰…。


なにかの限界を迎えたように俊介は実際に振り向いた。


だがそこに彰がいるわけがなかった。


ほんの数十分前まで会っていたのに。

いま俊介は無性に彰に会いたくなっていた。

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