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初恋。  作者: 冬鳥
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黄金星の煌めき


授業が終わるといっせいに生徒たちが部活動へと動き出していく。それぞれの場所へと慌ただしく動き回るクラスメート達が、席に座り机に足を投げ出したままの俊介の目には未来の世界に蔓延するロボットが人間の世界に入り込んでいるかのように見えた。きっと人間とロボットの違いを見分けるには頭をノックすればいいのだろう、ロボットから感情の音は聞こえないはずだ。


彰はチャイムが鳴ると早々に教室を出ていった。壮太は別人が刷り変わったかのように無口に荷物をまとめていた。


樹里は前の席に座る田中という男子生徒になにか話しかけていた。怒っているようにみえた。


俊介のすぐ近くの席の中島好恵という名の女子生徒は誰かと話している言葉のなかに大橋くんという名称を織り交ぜた。


はたして人間がロボットになるのか、はたまたロボットが人間になっていくのか。


それらを無表情で見つめていた俊介はゆっくりと立ち上がるとスリッパを鳴らしながらトイレへとむかった。


廊下にも溢れる人の群れ。皆がなにかに追い込まれたような顔をしていた。


トイレに入ると小便器の上にある小窓に腕を伸ばして横に開くと、ポケットから煙草を取り出しておもむろに火をつけた。


大きく肺の奥まで煙りを吸い込んでから今度は逆のポケットに手を突っ込んでチョコを掴んだ。


俊介は今日目まぐるしく起きた事柄を一つ一つ整理していく。


「まずは」


俊介は声に出してみた。少し掠れた細い声だった。


早朝の南門で大橋彰が起こした二年生との揉め事から事は始まったことになる。


続いて連絡通路の中央では彰の蹴りが佐野の鼻にめり込んだ。


そして須田樹里が彰に話した杉田という女へのイジメのストーリー。


「杉田奈緒子か」


煙草の煙りと一緒に吐き出されたため息混じりの言葉が窓から上空へと流れていった。



彰のなかでの杉田奈緒子はどんな存在なのだろうか。


そしておれは。

これから何をしようとしているのか。



混沌とした世界が好きなだけ。

ただ楽しみたいだけ。


心は何かを信じ何かを排除する。


「いや…違うか」


何かを隠すために何かを信じる。


俊介はそう思い一人笑みこぼした。


いまはっきりと言えるのだ。

彰に恋をする自分がいるのだと。

自分は紛れも無い恋を彼に抱いている。


そう。


いまも彼に逢いたくてたまらないのだから。



おれは狂ってなんかいない。

俊介は最近そう思う自分がいることに自ら驚いたりもする。


おれが腐ってるんじゃない。のだと。


…あいつがおれの心を引っぱっていくんだ。


圧倒的ななにかで。



吸い殻を中庭のコスモスが生い茂る一画へと腕を強く振って投げ捨てた俊介はゆっくりとした歩調でトイレを出ていった。






沢村俊介は肩を揺らせながらゆっくりと廊下を歩いて行く。足元ではスリッパの床を擦る音が気安な軽音楽のように軽快なリズムを刻んでいた。



大橋彰と遠藤壮太。この二人と出会いおれは変わっていった。


どこかがぴんと張りどこかが萎えどこかが弛んだ。


俊介はとても扱いにくい男だった。

二人と出会うまでの彼は弱い者を見ると無性に嫌悪感が出始め攻撃に転化していた。


肉食動物が食べる気もない獲物を爪と牙でいたぶる。

そんな感じだ。



だが一方的に弱き命を弄ぶ嗜虐性すらも何かしらの理由があるものだと俊介はその感情に達すると常に思ったりした。


何かが弛み何かが張る。


人間は単純な生き物だ。

所詮は動物。


いまの俊介の心のなかは、一人の人間に恋をしてしまったことによって他の欲求を凌駕してしまったのだから。


彼の身体からはバニラの甘い香りが風に乗って緩やかに辺り一面へと流れていく。


―ときにうんざりする。


俊介は喉仏が僅かに出始めた部分を摩りながら思う。


いま彰の香りを嗅ぎたい。

その要求は鼓動を早くさせて訴えてくる。


うんざりだ。


彰の背中の香り。


首筋の香り。


とてもうんざりする。


たまらないほどにいま嗅ぎたい。



俊介は視線を前に歩き続ける。



友人とふざけていたのかD組の教室から男が目の前に飛び出してきた。


俊介は瞬時に邪魔なその無防備な腹を思い切り膝で蹴りもうとする。


その先の光景、

「ヒィッ」と男が喚きながら倒れ込み悶絶するのを想像した。



俊介は床から上げた右足の力を抜くと、両手を幅の広いズボンのポケットに無造作に入れた。

まるで二つのポケットの奥底には精神安定剤までもが敷き詰めてあるかのように俊介の表情は唐突に柔らかくなった。


「邪魔だな。俺の目の前をうろつくな」


「ご…ごめんなさい」


俊介は目の前にいる男の臭いに鼻をつまみたい衝動を抑えながら無理矢理に頬を緩ませた。


「簡単に謝るな。またな」


「あ…はい…また」


俊介は八重歯を出してニコッと笑って、男の肩を叩いてから再び歩きだす。



くそ…



尖んがった部分が自分なりには好きだったんだが。


「おい沢村俊介。お前はすっかりいい子になっちまったな。鉤爪を無くしたら死ぬだけだぞ」



俊介は独り言を呟いてまた八重歯を見せた。



「おっ」



俊介は何かを思い出したかのように勢いよく振り返る。すでに真顔になっていた


「え…?」



びっくりしながら立ちすくむ男にまた近付いていく俊介。


D組から出ていく生徒達がちらちらと俊介を見ていった。


「ちょっと時間あるか?」



「え…ご、ごめんなさい。さっきのは許してください」


「違うって。ちょっとお前に聞きたいことがあるんだ」



俊介は頭を下げて小さくなっている男の肘を持って廊下の隅に誘導する。


「お前さ、チサ小出身だよな?」


正式名は千坂小学校。

いつからか多数の団地と新興住宅を抱え、生徒数が千坂小学校に比べて三倍に膨れ上がった千覚寺小学校との比較はあらゆる場面で起きた。とくに一年生の間では千覚寺出身者が千坂卒業生を馬鹿にしたりすることがあった。


あっちは稚小だと。



「あ…はい。僕は千坂小学校です」



おどおどと話す男子に質問を続ける。



「当時の遠藤壮太や大橋彰は知ってんのか?」



「小学校のときは壮太や彰とよく遊んでたよ…」



「おお!そうかそうか」



俊介は顔を近付けてぽんぽんと肩を叩いた。男は叩かれる度に全身をびくつかせた。



「あいつらは小学校のときからあんな感じなのか?」


「え?あんな感じ?」



「いまじゃ壮太は完全な一年生のリーダーじゃないか。彰も、まあ、ちやほやされている。そんな意味のあんな感じだ。わかるだろ?小学校のときから注目されてたのか?」


男は震えるように頭を上下させた。


「うん。わかる。わかります。えーーと、壮太は変わらないよ。昔から腕っ節すごかったから。…彰は全然違ったかな。いつも壮太の後ろに隠れているような感じだったよ。彰はちょっとだけイジメられてたりもしてたみたいだし。も、もちろん僕はしてないよ仲良かったしね。どんなイジメ?って?えと、給食を勝手に食べられたり、消しゴム隠されたり。彰は女の子にモテたからその腹いせみたいに悪さする奴らはいたよ。でもそんなときは決まって壮太が怒って彰をイジメた奴らにゲンコツしてた」



「なに?なんだよそれ?もうちょっと詳しく教えろよ」



俊介の鋭くなった目を見た男は「ヒィッ」と言った。




その10分後、俊介はD組の廊下でしばらく話し込んだ男を解放させると再度歩きだした。


廊下を突き当ると左を向いて階段を上がっていく。三階にはE組からG組までの三クラスの教室がある。

階段を上がる俊介はスリッパをぺたぺたと鳴らしながらさきほどの男が話した内容を反芻した。


10分前。D組の男子生徒は一人で俊介に睨まれるのが怖くてたまらないのか「ちょ、ちょっと待ってて」と、いそいそと友人と思われる男子生徒を一人、教室から引っ張るように連れてきた。そして同じく千坂小出身の男子生徒だと紹介した。


同じくおどおどとしたその男も一緒に彰のことを俊介に対して話しだした。


「あれって確か…六年のときだっけ?」


男二人が俊介のまえで頷きあった。


「そうそう六年の夏だよ。修学旅行終わってからだったもん。彰はいきなり変わったんだよね。いや、変わったんです」


「敬語じゃなくていいからとっとと話せ」


「は、はい」


二人は俊介を前にして彰の過去を思い出しながら話す。


「突然臆病さが抜けたっていうか…。ある日、いつものように消しゴムを盗まれて必死に探す彰を、また無くしたのかバッカじゃねえの!っていう奴に無言のままお腹を蹴っちゃってさ。それがまたすごい蹴りでさ。突き刺さるというかとにかくスピードが凄くて見えなくて。そいつはあまりの蹴りの痛さでびびっちゃって泣きながら謝ってた。その時は皆すごいびっくりしちゃって、それからは誰も彰をイジメなくなったな。で、彰と一番仲良しの壮太に聞いてみたんだ。彰ってなんか変わったよね?って」


「で、壮太はなんて言ったんだよ」



俊介が思わず口を挟んだ。


「あ…、はい…えと…、壮太は、彰は空手の試合に出たんだって言ってた。道場には彰の師匠がいるんだぞって。お前らも彰にちょっかいだすなら覚悟しろよって言われた」



―空手か…



彰を変えたのは空手と空手で出会った大人。

ってわけか。


おそらく…


その大人に憧れ、真似て追いつこうとしてるんだろうな。


しかし。


あいつがほんの二年前まではイジメられる臭さがあったとはねぇ…



信じられねえな。



イジメ。


須田樹里から聞いた杉田奈緒子へのイジメは常識や普遍やレベルなどから全て大きく逸しているといえる。

佐野など男達が騒いでいるのもなにかきな臭い。


多勢で彼女のすべてを否定し拒絶していたぶるだけいたぶる。

おそらく奴らには彼女の生死すら眼中にはない。


しかし。そこまで

行くものだろうか。


それもロボットだというのか?


俊介も過去にイジメを受けていた時期があった。


だからわかるのだ。


杉田奈緒子へのイジメは少々行き過ぎている。



飄々とした態度で廊下を歩く俊介を、男子だけじゃなく女子も見ていく。

俊介と眼が合って喜ぶ女子もいれば、逆に痛々しい眼差しで見ていく女子もいた。


黄金星から来訪した宇宙人のように金髪に染まる頭。学生服は夏の雨上がりに赤家蚊に寝床を襲われ刺されたほどに数多くの校則違反の箇所がある。履くのはピンク色のスリッパ。左の耳にはシルバーのピアスが二つ。


はみ出し者を貫く俊介を痛々しい眼差しでちらちらと見ていく女子達は、おそらく彼を寄生虫か害虫としか見ていないのだろう。




俊介がG組の教室に行くと目当ての人物はまだなかにいた。


放課後のがらがらになった教室に入っていき、一角に固まる軍団に近付いて声をかけた。


「裕吾!」


裕吾と呼ばれた男はひょいと頭をあげた。


「お?シュンじゃん!どうした!生きてることに感謝」

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