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初恋。  作者: 冬鳥
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佐野勝也


南校舎へと向かう団体がいた。


佐野を先頭に歩く五人の男達。


そのなか宮崎という名の二年生のなかでは長身の部類に入る男が驚くような声を突然あげた。



「ひっ!佐野君。あいつだよ。あいつが俺を殴りやがったんだ!」



「ん?」



宮崎と同じような背丈がありなおかつ巨体でもある佐野は彰を見て一度驚いた表情をしてからすぐに、にたにたと笑ってみせた。

驚愕の表情。

それは一瞬であった。


誰もが拾いあげられない、一瞬の変化。



佐野は薄気味悪い笑顔を浮かべたまま思案した。


いま。ここで。

懲らしめてやるのか…。



佐野は張り出した腹部に触れたかとおもうと、おもむろにシャツのなかに右手を差し入れて掻きはじめた。


自分の配下を傷付けた奴にはそれなりの制裁をくわえないといけない。

自分の立ち位置が危ぶまれる。



佐野は、さていつからだったのか?と考えてみる。


この光景は遥か昔から想像できたものなのだ。

いまはただそれがリアルに目の前に広がるだけのもの。


なにも異常ではない。



「あいつだ!佐野君!」



隣りで騒ぎ立てる宮崎の声がやけに自分をいらつかせる。



佐野は中学生になってから学んだことがあった。言葉にするとこうだ。



決して踏み外したらいけないレール部分がある。踏み外せば全てが台なしになる陸橋部分は誰しもの足元にも存在している。と。



それは大人になっても変わらない。


絶対に。


見極めが大切なのだ。


逃げるか進むか。

降りるか乗るか。



今日の登校時間に、ある一年生の男が杉田奈緒子を助けるがために現れた。


これは陸橋部分に差し掛かったことを意味する。


自分は進むしかない。


後ろには何かが迫ってきている。


降りることも逃げることもできない。


進む。



魔物に見つめられたままのかわいそうな女。



佐野は奈緒子のことを哀れな女だと思わざるを得ない。


これは杉田奈緒子のレールに自分も乗せられた。

あるいはその逆か。


なんて独善的で暴力的なレールなのだろうか。


だが不思議なものだ。


いまも

佐野の頭のなかは杉田奈緒子の魅力が占めているのだから…。




佐野はゲームに出てくるキャラをイメージする。


コントローラーで操作される操り人形みたいなもの。

不思議だな。


操り人形でも心がある。焦がれ想い宿すのだ。


佐野は、ほぼ毎日奈緒子を頭のなかで想像しマスターベーションをする。

日常的に

繰り返す行為だった。


決まって奈緒子を犯す。


奈緒子はいつも泣き叫び逃げようとする。

自分は奈緒子を捩伏せ、無理矢理に唇と唇を重ねる。

先程もトイレでペニスを扱きながら想像した世界は、やはり嫌がる奈緒子を襲っていた。

寂しいものだ。

と佐野は思う。


奈緒子に自分の名前を優しく呼ばれ、自分も優しく奈緒子と呼ぶ。そして見つめ合い抱き合う。

そんなテレビで見るような男女の馴れ合う行為は


すでに想像ですら

浮かべられないこと。


佐野は奈緒子に恋をしていた。何十年経っても思い出せるだろう。

胸を張っていえるだろう。

あれが

おれの初恋だと。




奈緒子が近くにいると極度に緊張した。一言でも話しをすれば

嬉しくてたまらなかった。

だが。

もうそれは過去のことだ。ずっとずっと昔の思い出だ。葉っぱを濡らし滑りだした雫は疾うの昔に落ちて土へと消えていったのだ。


この決められたレールを踏み外すことはできない…絶対に。



賽は投げられたのだ。


奈緒子に告白などできぬまま、いまは自分を柱にして残酷そのもののイジメを指揮している。


かくして奈緒子を崖っぷちまでに追い込むところまで進んでいる。


彼女の容姿を見ればわかるのだ。


彼女はひどく痩せ、たえずなにかにひどく怯えていた。



奈緒子はイジメる側のあらゆる要素を満たす存在だった。

内に溜める毒気の捌け口とする者。もしくは佐野。つまりは自分の指図にただただ生真面目に執行をしていくだけの者。



いまこの現在。

大橋彰と向かい合うほんの数十分まえ。


佐野は、ナオコ…。と小さく声を漏らしトイレの便器に白い液体を放出した。

長く搾り出すような射精だった。


手を洗うこともせず軽い放心状態のまま教室に戻っていく。



いつものように杉田奈緒子は孤独という名のまえに首を垂れて傷だらけの机に視線を落としていた。


もちろん誰も奈緒子の机に近付く者はいない



佐野は弱々しく沈鬱な表情を浮かべる奈緒子を横目で見ていく。


哀れなものだ。


佐野はため息すらつきたくなった。



自分が率先して招いたことなのだがやはり哀れだと思う。


好きな女にあんな表情はさせたくはないもの。



クラスメイトの男女にいたぶられて叩かれて。


それでも奈緒子は学校に来る。



強い。


佐野は奈緒子の強さにますます見惚れたりする。



だがそれは男子生徒が面白半分に毎日脅すからなのか


「学校休んだらおまえの家に皆で乗り込んで親父までボコボコにリンチしちゃうよ?センコーにちくっても同じだからな。な!佐野君」


佐野はまるで奈緒子は檻のなかにいるウサギだと思った。


逃げることすらできない。戦うこともできない。

助けを呼ぶこともできない。

彼女の心と体は薄汚れた人間に全てを制圧されているのだ。




横目で奈緒子を見ながら

自分の席に戻ると、


「あの…佐野君」


宮崎から南門で一年生との揉め事があったのを聞いたのだった。


宮崎の話しを聞き終えたときに佐野のペニスからはどろっとしたものが出てパンツを濡らした。先程の自慰行為で外に放出しきれなかった精子がいま何故?

主をとことん不愉快にさせる無意識なる射精だった。

まるでいまの感情を代弁しているかのように白い液体がパンツを鈍く湿らせていった。



佐野は宮崎から聞いたときについに来たかと思った。


宮崎が言うには、一年生の男はまるで杉田奈緒子を守るように向かってきたらしい。


賽は投げられた。


戦争開始。





四人の舎弟を従わす佐野は突き出るお腹のあせもを掻きながら一年生の三人の前で足を止めた。



沢村俊介はいまここにいる二年生全員の名前を言える。



「おい。お前かよ。朝に俺の友達をやってくれたって奴は。名前言えよ」


佐野はクチャクチャとガムを噛み腹部を掻きながら大橋彰を睨んだ。



遠藤壮太と肩を並べるように立っていた彰が一歩前に足を出した。



「俺の名前は大橋だ。大橋彰だ。お前らがもし。もしまた奈緒ちゃんに何かしたら。俺は許さない」


彰の言葉に、佐野はキョトンとしてからそして笑いだした。

醜い笑顔だった。堪えず人を見下し傷付けるような笑い方だった。



「カッカッカ。ナオちゃんだってよ」


ナオちゃんか。


佐野は笑いながらナオちゃんかと三回言った。



俊介がピンクのスリッパをキュッと鳴らした。


「佐野先輩。奈緒ちゃんはこいつらの幼なじみなんだよ。小さいころから奈緒ちゃんを真剣に守ってきたらしい。だからそんなに笑ってやるな。彰はひどく怒ってるみたいだ。さて、おれはいまからここであんた達と喧嘩になるかとヒヤヒヤドキドキもんなんだ。彰の蹴りがまた飛ぶぞ」


俊介はいかにも楽しげに言葉を並べていった。


「先輩方。いまの俺は仲裁役だ。その奈緒ちゃんて女のイジメをやめてやったらどうだ。少々格好悪いと思わないか。ほら。彰はもう動きだそうとしている。飛ぶぞ」



彰の尋常ではない蹴りのスピードを思い出した宮崎が、ひっと声をだして上体を小さくのけ反らせた。



佐野の左側にいる二年生の山下と呼ばれる男は俊介を見て


おや?と顔を傾げる。



「お前は沢村じゃないか」




「ああ。山下先輩。どーも。なんだよ。今頃気付いたのか。おれの知名度はどれだけ低いものか痛感した」




「お、お前。佐野君に喧嘩売ってどうなるかわかってんだろ?」



俊介は口元を緩ませる。


「そりゃわかってますよ。佐野先輩のバックにはとんでもないOBキラーがたんまりといるとの話しは有名だ」




「おい……あの真ん中にいる奴って遠藤じゃないか?」


二年生の誰かが言った。


彰と俊介の間で仁王立ちする大きな男。


壮太は二年生の中でも

有名な男だった。

噂が噂を虚像化させて、壮太は二年生の不良達の間でも一目置かれる存在となっていた。



俊介の口元が緩む。


一年生ではファルコン壮太と呼ばれ、二年生ではヒグマの遠藤とか言われている。


あらゆるニックネームを持つ男だ。



黙り込んでいた壮太が口を開いた。


「おい。もう奈緒ちゃんに手を出すなよ。もしまたなにかしたら俺も許さねえ。わかったか!」



低く強い声はこの場にいる二年生達を圧倒した。


だがそのなかで佐野だけは違った。腹を掻きながら笑っていた。



「カッカッカ。おい遠藤。それに…大橋だったか。杉田奈緒子は俺の女だ。俺の玩具なんだよ。目障りだ。それ以上突っ掛かると痛い思いをすることになるぞ?杉田はおれの女。やりたい放題。カッカッカ」


佐野が言い終わると同時だった。


その後起きたことはあまりにも一瞬の出来事であり誰にも止めることはできなかった。


彼は大きく右足を踏み込み左膝を高々と上げた。


俊介が歓喜の奇声をだした。


気付けば彰の放った廻し蹴りが佐野の鼻頭にめりこんでいたのだった。

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