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初恋。  作者: 冬鳥
38/85

戦端

@


壮太が連絡通路を右に曲がり見えなくなると彰は走り出しながら大声を発した。



「壮太!待てよ!」


彰の声に反応したように、壮太は曲がったところで背中を見せて立ち止まっていた。

そして彰が追い付いたところで振り向きざまに言う。


「しつこいぞ彰。お前は戻れ。佐野の噂はお前でも少しは聞いたことあるだろ?俺一人でやる」



「馬鹿言うなよ」



彰は吐き捨てるように言った。



佐野勝也。


彰も何度か耳にした名前だった。


その名を初めて聞いたのは数ヶ月前、部活動が終わり部室で着替えているときだった。一年生数人を相手に三年生の先輩らが余談の続きに忠告を加えてきた。


「いいか?二年生の佐野君には絶対逆らうなよ。お前らが何か仕出かしたら俺達にもとばっちりが来るんだからな」


三年生男子は一様に二年生を怖がっている。それはこの学校での当然な規則のようになっていた。もちろん陸上部もそのルールに逸れてはいない。

威張り散らす二年生を三年生は見て見ぬ振りをした。

この学校のどの部でもあるように、この部でも二年生に目を付けられた一年生の何人かが意味もなく土下座され拳で殴られた。

(彰も一度殴られそうになったが、向かってきた拳を捌き、逆に相手の腕の関節を固めてしまった。それからはただ睨まれる日々となった)



「あの〜先輩」


一年生の陸上部の男子がこわごわと聞いた。


「佐野先輩は喧嘩が強いんですか?」



「馬鹿だな。そういう哺乳類が子孫繁栄のために頑張っちゃうレベルじゃないんだよ。喧嘩が強いだけじゃ利幅なんてもんは限られてんだ。例えば、雄のイタチがライバルの雄から雌を奪うために用心棒のオオカミ連れてくるか?そんなことはありえないだろ。もしそれが出来たならそのイタチはどれだけでも自分の遺伝子を植え付けれる。他のライバルの雄イタチはオオカミが食ってくれるからな。な?わかるだろ?何が言いたいか。絶対に手を出すなよ。佐野君のバックはとんでもないのがいるらしいからな」



着替えながらその会話を聞いていた彰は何とも見苦しい話しだなと思った。


人が人と同じ規則に従って戦うとき、どれほどの奥深さと鮮やかさがあることか。

それは動物でも同じことだ。


詰まらない話しだ。


彰は着替えを済ませて鞄を手にした。

そのときその会話を締めくくるように三年生の一人が言った。


「噂では逆らった奴の家族もリンチに合うらしいからな。とにかく暴走族の先輩らが佐野君の後ろにいる。まさしく獰猛で血に飢えたオオカミの群れがな。一年坊主達、わかったな。佐野君には近付くなよ。何か言われたら素直に金出すか土下座しろ」


最後のその会話は、彰に家族の顔を思い浮かばせ、多少動揺させた。




「戻れ!」



壮太のがなる一言は彰が次に話すことを断固拒否する言い方だった。

有無を言わさないその口調は壮太の揺るがない決意に見えた。


彰は間を置いてから小刻みに首を横に振る。

佐野だろうと関係ない。


相手のこめかみ目掛けて振り抜きたい衝動にかられた左足。人を壊したいと思った感情はもう芽吹いている。

奈緒子を傷付ける者は許さない。


顎を上げた彰の上目が壮太へと注がれる。


「行くよ一緒に。壮太。俺達は奈緒ちゃんを守るために…」


彰はいつの間にか落涙していた。


「この世に生まれたんだ」



なんでだろう?

なんで俺はいま泣いているのだろう?

きっといま泣いているのは奈緒ちゃんのことが好きだからだ。たまらなく好きだから。


朝の南門で男二人に、奈緒子が何度も叩かれたのを目撃したとき言いようのない怒りに包まれた。


男二人を粉砕したいと思う気持ちとその殺意を食い止めようとする気持ち。


いまその迷いの情けなさを壮太が映させているのだ。対面鏡として。




「なーに泣いてんだ」


壮太は突然にっこり笑いだし、泣き出した彰の肩を叩いてから頭に手を載せて髪をグシャグシャとした。


「ガハハ。ずっと昔にもう泣かないって決めたのになぁ。なぁ…彰」


頭に乗っかる壮太の手は分厚くて固い。


その手をゆっくり彰の胸元まで下ろしていく。


そしてハートがある部分を小突く。



「わかったよ。俺達は奈緒ちゃんを守るために生きている。だろ?」


「ああ…そうだよ壮太。俺達は奈緒ちゃんを守るために生まれてきたんだ…」


壮太はにっこりと微笑む。

「俺達は許すわけにはいかねえ。奈緒ちゃんに悪さをする奴らには俺達が鉄槌を下すんだ。しょうがねえな。なら行くか彰。お前と俺が揃えばこの世に怖いものなどなんにもない。そうだろ?だがな。いまは喧嘩をやりに行くわけじゃねえからな。その佐野って奴に話を聞きにいくだけだ」



「行こう」


彰が涙を拭うと壮太はカラカラ笑いながら


「相変わらず泣き虫だな、渡辺先輩が見たら絶対げらげら笑うぞ」


と、彰の頬を流れる透明の雫を太い人差し指で優しく掬った。


「ったく。うるさいな。これは涙じゃない」


彰が眉を寄せてそう言うとまた壮太は笑った。



二人は腕を軽くぶつけ合ってから肩を並べて歩きだした。



そのとき後ろから誰かが名前を呼びながら近づいてくる。

二人が振り向くと、茶髪を陽光で光らせた俊介がスリッパを滑らせながらこちらに走ってくるのが見えた。



「ぜーぜー」



俊介は二人の前まで来ると膝に手をついて激しく息をする。



「くそ。きっとこれは煙草の吸いすぎだ。だがやめねえ」


ゼハゼハと肩を揺らす俊介を見て、彰と壮太は顔を見合わせ笑いながら


「シュンは帰れよ」


声を揃えて言った。


俊介は息を整えながら胸を大きく張った。



「馬鹿いうな。止める奴が必要だろうが。幼なじみのイジメに遅きに失する二人が無謀な喧嘩を仕掛けようとしてんだ。いいか?よく聞けよ。お前ら一年を代表する二人が佐野に手を出せば、そのあとは一年の多くが泣くことになるぞ。おい、この意味わかってんのか?」



「関係ねえよそんなもん。自分の尻は自分で拭けばいいんだ」


壮太の言葉に俊介は失笑するしかなかった。


そして切れ長の瞳を向かいあう二人と同じく二年生の教室のほうへと向けた。

中庭の奥に目指す二年C組がある。



「何言っても無駄だな。わかったよ。お前らの馬鹿さ加減にはもう慣れてきてるとこだ。だがな壮太。直情径行するのはいいが、佐野らに喧嘩を売ることによって間違いなく杉田へのイジメもエスカレートさせることになる。いまからすることは百害あって一利なしだ。お前に最後までけじめ取れる覚悟あるのか?え?」


「俺らは殴りたいから殴りにいく。だがまずは話し合いをするつもりだ。何故奈緒ちゃをイジメるのか。理由が知りたい。そのあとは…お前が考えろ。シュン。頼むぞ」



「糞くらえ」



阿呆かこいつは。

あの佐野がおいそれと話し合いに応じるかよ。


俊介はまだ見ぬ杉田奈緒子という女を想像してみる。

どんな外見でどんな声を発するのか。


彰が杉田を想う心はどの程度なのか。


おそらく佐野は杉田を好きなのだろう。だからイジメる。所詮は幼稚な理由だ。


俊介の瞳はあらゆる方向へと目まぐるしく移動してから口を尖らしたままの壮太を見上げた。



「どうしても行くのか?これから一年の仲間達が二年にぼこられ続けることになるぞ。いいんだな?」



「ああ。知ったことか」


なんだよ即答かよ。

彰もコクリと頷いてやがる。

現状は一年はなんとか二年との均衡が取れている。

対して三年は最悪だ。

三年生のほとんどの不良達が二年に丸め込められた。

三年のトップ二人はいまじゃ登校拒否だ。


(俊介はそんな三年生に入学当初に締め上げられそうになり彰に助けられた。あまりにも忘れたい過去の一つ)


俊介は口を閉ざし彰に視線を移した。

相変わらず独特の雰囲気を醸し出す彰の容姿を三白眼で見届ける。



なぁ彰。面白いな。


こうした緊迫感が俺を興奮させていく。



一年生の間で、いつからか遠藤壮太はファルコンというあだ名が付いていた。

それは有名テレビアニメのキャラクターの名前だった。

スキンヘッドの腕が立つ殺し屋のニックネームだ。


そのあだ名はいまじゃ学園全体に広まっている。

ファルコン壮太。


そう呼んでクスクスと笑う奴もいればびびる奴もいる。


比べ大橋彰のあだ名は聞いたことがない。


まぁ…難しいとこだよな…


俊介は思う。



いったいこんな独特な雰囲気を持つ男をなんて呼べばいい?



俊介は彰と壮太を交互に見つめながら口を開いた。


「おい馬鹿二人。もう一度言うからよく聞け。壮太。あんたは正真正銘、一年のリーダーだ。そして彰。お前は最近は一年の不良達からNo.2とか言われてる。そんな二人が二年の佐野に喧嘩を吹っかけるってのはどんな意味を持つかわかるか?全面的な争いになるってことだ。二年に理不尽な恐喝や暴力をされる一年がわんさと増える。…って…おい……」


俊介の目線が壮太の広い肩先に移った。


彰もその視線を追いかけた。

連絡通路の向こう側から数人の男子生徒がこちら(一年生の教室がある南校舎)に向かってくるのが確認できたのだ。


その内の二人の顔を見て彰の片方の眉がピクッと動いた。


俊介が凄まじい眼飛ばしをしながら指を指した。



「やべえな…あれは…佐野…。部下を痛めつけられた報復ってわけか。これは行く手間が省けたな。面白いじゃねえか。向こうから戦争を仕掛けてくるとはな。逃げられないな。もう」



五人の男達は幅を利かせながらこちらに歩いてくる。


「向こうから来やがったか」



壮太が奥歯を鳴らした。





四人の舎弟を従わす佐野は突き出るお腹のあせもを掻きながら壮太ら三人の前で足を止めた。



ちなみに俊介はいまここにいる二年生全員の名前を言える。いままでできる限り避けてきた奴らが揃いも揃っていた。



「おい。お前さ。俺の友達をやってくれたみたいだな。名前言えよ」



佐野はクチャクチャとガムを噛みながら彰を睨んだ。腹が痒いのが腹に置かれる右手が小刻みに動いていた。

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