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初恋。  作者: 冬鳥
24/85

甘く切ないチョコレート

沢村俊介は甘党です


俊介はチョコレートを舐めながらある一人の男を思い浮かべていた。


佐野勝也。


10年に一度の荒れ学年ともいわれる二年生の多数のワルどもを、見事なまでに統率し君臨する男。


片や、先々一年生の不良達のトップへとのし上がるだろう遠藤壮太。


俊介が思うに、二人は似ても似つかないやり方と人格で斜の輩を束ねているといえた。



片や恐怖で片や敬愛。


驟雨と甘雨。




ところで。



俊介は廊下の白い壁にもたれ白眼のままに通り過ぎていく実直なる行動の影達を追っていた。

舌の上で転がるチョコレートは徐々に溶けていく。

左右に流れる人の動きもそれに合わせるように残滓となり次第に溶けていった。


チョコレートの甘さが口腔から完全に消えたときに、俊介はもう一度同じ言葉を復唱した。



ところで。


俊介は壮太に感謝していることがある。



それは一年A組にはイジメが全く存在しないということだ。


A組の男女すべてが遠藤壮太の実力の片鱗ともいえる超人間的な雰囲気に呑まれているのがわかる。


もし個人への攻撃意欲が芽吹けばすぐに刈り取られる。


絶対的な存在による平穏。

40人を見つめる壮太の観察力と正義感は中学一年生の域を優に逸脱しているといえるだろう。



もしA組でイジメが行われているならば。

それは陰湿なる爪弾きと暴力だ。

もし俊介の目の前で無慈悲な行為が執行されていたならば。


俊介は猛禽のような鋭い瞳で椅子を引き立ち上がるのだろう。



誰よりもイジメを憎む。




―感謝している―。


壮太には。



「ふん…」



内省すれば刃毀れが目に付く刀だ。なんとか切っ先だけを研ぎ澄ましているだけの自分がいまここにいる。


平穏に呑まれるのも悪くない…か。



だが。


いましがた須田樹里から聞いた話しは俊介を久しぶりに苛立たしくさせた。



二年C組。


これから佐野勝也とは嫌でも関わることになるだろう。


クラスメートでもあり友人でもある須田樹里の切なる悩み。

そしてイジメという憎語。


小学校のときから噂を聞く一学年上の佐野勝也には、いままでに何度か上納金を納めてきた。

それは下級生の不良達においては例外なく皆がしていることだった。

俊介もそれはこの街で粋がるには必要なものだと思ってきた。


だがそれはきっと間違いな行為なのだろう。



―俺は真の強さを知りたい―。


そんな気障で正義感臭く平和呆けした考えが頭を占めるのも遠藤壮太と出会い、そしてあいつと出会ったからだ…。




「どうした暗い顔して」



気付いたときには壮太が隣りにいた。 壮太も例外なく部活に行くところらしく荷物を両手にぶら下げていた。


教室の扉の上にあるアルファベットが書かれたプレートがB組からE組まで浮き彫りのように連なっている。黒板の白墨が消され窓を締められ閑散となりつつある教室が並んでいる。そのはけ口となる廊下が右か左かの単純な答えを求めていた。



「なんだよ」



「いいな帰宅部は」


壮太は俊介の隣りに来ると同じように壁にもたれ掛かり俊介が見つめる同じ景色を見た。


中庭から伸びる(えんじゅ)の木の、蝶形の黄白色の花が小さく揺れている。

その向こうでは北校舎が毅然と立ちはだかり視界を妨げていた。



壮太が荷物を床にどんと置くと、音が飛び石を伝うように響いていった。



肩を並べる二人には同じ年齢とは思えない身長差があった。

壮太の鼻の位置に俊介の茶色の頭がある。


俊介は無言のままポケットからビニールに包まれたチョコレートを二つ取り出すと、一つを壮太の目の前に山なりに放った。


「やるよ」


俊介がチョコレートを舌先に乗せてから口の中に入れると、壮太も顔をほころばせながらビニールの先端を噛んで引きはがしてから口のなかに押し込んだ。


背の高い(壮太と同じくらい)痩せた男(B組の担任)が教材を片手に通り過ぎていく。



「お前二年の佐野ってクソデブ知ってるか?」



俊介が口火を切った。


「ん?誰だそれ?強いのか?」



口のなかでねちゃねちゃと音をたてながら俊介の横顔を窺った。



「ふん。お前は相変わらず何も情報無しにのし上がる奴だな」




俊介は頬を緩ませた。

僅かに八重歯が覗く。



「なんだよそれ。俺だって情報ならいろいろ持ってるぞ。例えば明日の給食がカレーライスだとかな。ガハハ」


壮太の笑い声はとにかく煩い。


「うるせえよ。それにもっと静かに舐めろ。ていうか噛め」


俊介はまたポケットからチョコレートを取り出し放り投げた。



「ありがとな、美味いなこれ。おおそうだ。それより須田は彰となんかあったのか?噂で聞いたぞ。猫をどうとかなんとか」



俊介はもう遥か昔に彰と樹里が消えさった廊下の端に目をやった。



「知るか。俺に聞くな」



「おっと、もしかしてシュンは須田のこと気になってんのか?好きなのか?」



「断じて違うな。しかもどうしてそこに行き着く」



またねちゃねちゃと音をたてる壮太に俊介はいたずらっぽく笑い、それを隠すためにそっぽを向く。



「お似合いといえばお似合いかもな。あの二人は」



「ふん。お似合いか…」



「だけどお似合いだけじゃダメなんだよな」


急に壮太の声には覇気が感じられなくなった。

俊介は視線を前に戻して次の言葉を待った。


「須田には悪いが、彰と両想いになるのは学年で一番を取ることよりも遥かに難しいこと…だな」



「なんだよそれ。彰は……好きな女いるのか?」



いま俊介の鼓動が急速に波打ちはじめていることには、壮太はまず気付かないのだろう。




「さあな」



なに…?。


俊介は壮太の横顔を厳しい目線で凝視していた。


はじめて見たと言っていいだろう。


暗く沈む壮太の表情を。


詮索する俊介の鋭い目線に気付いたように、壮太は俊介の肩をぽんぽんと優しく叩いた。



「本人に聞いてみろよ。俺はいまからD組寄ってから部活行くからよ。あんま遅刻すっとうるさいからな。とくに二年が」



壮太はそう言い残し、微笑み、そして歩いていく。



壮太の大きな背中がC組のプレート下に見える。


そして左に曲がり消えた残像。


その間、俊介の鋭い洞察力は何かを指先に感じていた。

人差し指と中指にある感触は確かなものだった。それを掴むために親指を伸ばした。

だがそれは、ぬめりとしたものだった。

親指が滑り、人差し指と中指の二本の指も滑り落ちる。



俊介はしばらくの間右手を見つめ続けていた。

風呂の排水溝に突っ込んだような感触だけが残っていた。



@



誰もいない教室。


俊介は机に腰を下ろして校庭を見下ろしていた。

窓際の最後尾から二番目の席で外を望む。


彰の席の一つ前になる。


広い第一運動場では野球部とサッカー部が場所を幾重にも及ぶ会議及び質疑応答によって決議したように見事に折半しながら練習していた。

隙間をかい潜るようにいるのはソフトボール部。その右奥にはテニスコート場。そして手前の第二運動場にはハンドボール部と陸上部がいた。


俊介は彰を探す。


灰色に浸されつつある空の下、彰がハードルを飛んでいた。

瞬発力と柔軟性。

そして圧倒的なスピードで駆けていく。


「速いな。相変わらず…。」



俊介は独り言を呟いてから彰の机に目をやった。



「残念だったな彰…。野良猫はダメだったんだろ?。お前はたかが猫一匹で自分の命を賭する」



席に座る彰の幻影が白い歯をこぼす。


「俺ならどうしてただろうな…お前と同じことできたかな…」



俊介の手が伸びる。


彰の黒髪へと。


「彰…」


再び校庭を見下ろす。


何かを吹っ切るように全力で走り続ける彰がいる。


俊介は微笑んでいた。



灰色の雲から覗いた残映で彰をなぞってみる。




彰の机を指先で優しく撫でてみる。



「残念だったな…ほんと」




ぽつりぽつりと雨が降り出す。


俊介はポケットから煙草を取り出して火を付ける。

吐き出す煙りは細く長い。


「あいつちょっと近づけやがったな」


俊介はくわえ煙草で苦笑しながら立ち上がると、樹里の机を持ち上げて彰から離した。



@




夏休みまで秒読みとなったある日の午前の授業中。


俊介は彰の横顔を見る。



「なぁ須田。ちょっと近いな…」



樹里は自分のノートを彰に見せながら頬と頬が当たるほどまで近付いていた(しかも授業中に)。



「ちっ!」



樹里の前に座る田中がやけに大きな舌打ちをした。




「あ、ごめん、近いかな。えと、ここの計算はね。ああ残念。大橋君すごい初歩的ミスしてる」




「え?どこ?」




「ここよ。ここを間違えるとは小学生レベルね。結構重症よ」



樹里は机ごとまた彰に寄る。



彰は吹き出すように笑いだした。



「な、なによ」



樹里は途端に頬を赤らめた。


「いや、もし須田を家庭教師にしたら怖いなと思ってさ」



「こんなに綺麗な家庭教師だったら嬉しがる男子はたくさんいるわね」



樹里も眼鏡のブリッジに手をやりながら笑う。




俊介は彰から目を離して大きく背伸びをした。



それからゆっくりと瞳を閉じた。



俺はいったい…。




「ふん」



もしかして妬いているのか?


彰の優しい笑顔に。



―俺の前でも見せてくれ―

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