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初恋。  作者: 冬鳥
14/85

君を守るということ 9

「もうこれくらいで許してくれませんか?」


俊介から手を離し立ち上がった彰は均整のとれた身体を相手に向けた。



「お前一人で来たのかよ?」

向かい合う九人(一人は一年生)の頭数を代表するように先頭の背の高い男が闖入者を観察しながら問い質す。


うずくまる沢村俊介をまるで守るかのように間に立ちはだかった一年生の男。背は高くないし体格もいいほうではない。

顔つきからもこの場を打開するような強さは感じられなかった。学校から家に帰れば塾にでも行くだろう優等生特有のべたつきと日光の押し付けがましい香りのような目障りさが窺える。

夜の街を徘徊する不良達の肩先から放たれる独特の闇の香りともいうべき物の反対側にいる男。


もちろん、三年生の男が抱える目録にはない一年生の顔。


一年生で警戒しないといけない男の名前はいますぐにでも幾つかあげることができる。

衣川真一と松田裕吾は一年生のなかでは有名な悪童だ。

そして最近よく耳にするのは遠藤壮太という名前。


残るはいま制裁をくわえる沢村俊介。



次に三年生の男はページをめくり警戒すべき二年生が記載された目録を思い浮かべた。

途端にやれやれと溜め息を漏らしはじめる。


二年生となると山の数ほどの名前があがるのだ。



とんだ学年が下級生になっちまった…。


二年生を束ねる佐野を見れば三年生の誰もが道を譲る。

10年に一度の荒れ学年。

ちまたで流れる囃し立て。

ふざけやがって…。


三年生の男はひどく憤慨する。



二年生にも舐められ、そしてこれから一年生にも舐められでもしたら…

俺達はどれだけのものを失い高校生となる?


闇の香りを漂わす男としての意地があるのだ。

まずは沢村俊介を血祭りにあげる。

徹底的にやらなければ。



「おい。一人で来たならそのまま回れ右して家に帰ってママの垂れたおっぱいでも吸ってろ」


周りがくすくすと笑う。



「いえ。沢村も連れてきます」



「嫌だと言ったら?」



「僕はここから退きません」


「お前もリンチ喰らうぞ?」



「連れてきます」



「友達なのか?このタワシ野郎は」



「はい。友達です。連れてきます。必ず」



生意気だ。どいつもこいつも。

三年生の背の高い男は彰を睨みつけた。



「じゃあお前はたんなる馬鹿の阿呆だ。お前なんかじゃ無理なんだよ、対面するこの人数見てみろよ。俺達はいまそこに寝そべる生意気なクソガキをやれればそれでいいんだ。もう一度だけ言うぞ。友達を救いたい気持ちだけは汲み取ってやるからいますぐに回れ右して行け」


「もう十分ではないですか。沢村は」



話しの途中で前衛にいる三年生の男は突然拳を振り上げていた。


「ガキが!時間切れだ!」



振りかざす大きな拳は怒りを帯びていた。

これが決して脅しではないのが見上げる俊介にはわかっていた。


「大橋!逃げろ!」


俊介の声はただ虚空に響いただけだった。


ダメだ。

もうあいつは逃げることはできない…。


いままさに暴力に支配され興奮状態のままの三年生の男は、口元を歪め目を怒らせ拳を振り上げているのだ。


俺なんかを助けに来るから…。



俊介がどれだけ悔やもうと時は止まらない。


太陽は西に沈んでいく。



男は振り上げる拳の力を増大させるために幾分前屈みになり対面する彰へと向かう。



有無を言わせないままに魔物は時を侵食していく。



俊介はそのすぐ後に広がる光景の絶望を予期した。



なんでお前が来るんだよ…。

こんな場所に。


お前なんかふさわしくないよ。この場所には。



膝がいうことを聞かず立ち上がることを拒否する身体。心とは裏腹に観念的な思考が全身から発せられている。


いったい俺はいま何に縋っているのだろうか?


「大橋を傷付けるな!」



叫んでいた。



教室の風景が脳裏に浮かぶ。

いつもの光景だ。

たわいない時間の流れ。

変化のない生徒たちの表情。行動。言動。

全てが幼稚で脆弱だ。

この教室も校舎も人間たちもいまこの空間にあるもの全てが俺を弾いていく。


それでいい。


俺はお前らとは違うんだから。


天井を見上げる鋭い猛禽の瞳はゆっくりと閉じられる。


「違うよ」


ふと声が聞こえた。


俊介は声が聞こえた方角を意識する。心に宿る目で捉えようとした。


「君はこの場所に溶け込むことが怖いんだよ。もっと力を抜いてもっと素直になってみてよ。きっと楽しくなる」


俊介は目を見開いて声が聞こえた窓際に視線を送った。


そこには彼がいる。





俊介はなにか突拍子もない考えのように彼を注視する。夜半の森の木立の隙間から気配を察知したように半ば強制的に自分の目はそこへと向けられている。日だまりが休息を続ける窓際の一番後ろの席へと。


微風に揺れる前髪。涼しげな目許。彼の視線は校庭に向けられている。


俊介は柔らかい陽射しに同化する彰の横顔を見続けていた。


「わかってるさ。俺は逃げ続けているんだ。真実の俺から。孤独から」


俊介は彰の横顔に向かって呟いた。



さっき俺を友達だと言ってくれた…。


俺が捩じ伏せるべき男。

大橋彰。


柔和な表情からは予測できないほどの芯に秘める強さを垣間見たあの日から。


あの時。

遠藤を殴ろうとしたときに止めに入った彰の鋭い表情を見たときから。


俺は…



魅入ったんだ。



例え一瞬であっても俺は、男である彼に胸を焦がしたのだ。俺のなかで何かが狂い暴れだしたんだ。

あいつにとことん嫌われないと俺は…壊れる。


なのに…友達だと?この俺を…。



大橋を…傷付けるな。



俊介はもう一度叫ぼうとしていた。


だが、その後の光景は彼の予期を大きく裏切ることになる。


真実の彰が見せる出来事によって彼は自身を見失うほどの酩酊の世界に入り込んでいく。




突進する男を間近にして彰の身体の雰囲気が変化した。それは瞬時によって殺気のベールに包まれたのだ。

決められた理論のように両手を顎の位置まで上げる。

たったそれだけで得る、完璧なる構え。



彰から解き放たれた重圧が触手となり相手に突き刺さっていく。


「ぐっ」


男は拳を打ち込むべき場所を見失った。

上げられた両腕は堅固な盾となり攻撃側を逆に搦め捕るかのように切迫してくるのだ。


そんな相手のほんのわずかともいえる躊躇を彰は見逃さない。眼前に迫る相手の右拳は単純なままに顔面に向かってくる。それを構えた左手でいなすように受け流した。


相手の体勢はくるりと反転されて彰の口元に耳を近付ける形になった。

狙いすましたように彰が耳元に囁く。



「もうやめとけ。暴力は好きじゃない」


冷静尚且つ見下すような彰の態度と言葉は相手をますます興奮させることとなった。


「ちっ!やっちまえ!」



怒声に反応して横から入り込んでくるもう一人の男。それに対し彰はなにかを諦めたかのように小さく首を横に曲げた。


「仕方ない」


変わる目付き。

そして身に纏った雰囲気を一切遮断することなく攻撃に転じはじめた。


「生意気な!一年のクソガキが!」


彰の左足は膝を起点にして高々と上げられる。その動作は速い。突進してくる相手からしてみればその予備動作の把握すらできないだろう。



そして、




放たれる。



左足は生きる獰猛な蛇のように弧を描きながら相手の右顎に吸い込まれていく。


「ぐわっ!」


未曾有ともいえる衝撃。顎からの衝撃は瞬時に脳天まで伝い、膝から崩れるように地へと倒れていく。


「な…に…。なんだよいまのは…。彰!後ろだ!」


俊介の張らした声は冷静なままの彰の耳に確実に届く。



振り向き様に横一閃起動の蹴りを相手の腹に放つ。

それはまるで槍を突き刺すように鋭角に腹部に食い込む。


「うげっ!」


悶絶しながら吹っ飛ぶ男。


「こいつ…なんて奴だ…」



俊介は立ち上がる努力を忘れ見とれていた。

彰が見せる強さと技に。


手足を武器と化してそれを縦横無尽に扱う技量。


だが如何せん相手の数は多く、蹴られて倒された男達はのそのそと苦痛に喘ぎながらも立ち上がってくる。


俊介も加勢しようと必死に何度も立ち上がろうとするがその度に足が縺れて倒れ込む。おそらく頭を蹴られたことにより、軽い脳震盪を起こしているようだった。


いくら…いくらなんでも…この多勢に無勢では…。


辺りを見回しても助勢してくれそうな生徒はもちろんいなく、逃げ出した友人二人が戻ってくるわけもなかった。



「…あいつを…助けないと……」


呻くようになんとか立ち上がり拳を握りしめたときだった。



遠くで何かが聞こえた。

俊介の耳に大型犬の吠え声のようなものが聞こえてきたのだ。

その音は徐々にこちらへと近付いてくるのがわかる。

やがて地面を踏み鳴らし突進してくる音と声が明瞭になってくる。



「うぉりゃ〜!うお!うお!うお!てめえらー!」


それは獅子が怒り狂う咆哮のように勇ましく猛々しい。

南門がある方向から走ってきたのは遠藤壮太だった。


壮太は走るそのままの勢いで彰と対峙していた上級生の左側から体当たりをする。


「うわぁ!」


吹っ飛ばされた三年生の男は尻餅をつくだけじゃ物足りないように後転にでんぐり返しをして木の幹に直撃する。


「おい!お前ら俺の友達をやるなんて上等だ!彰!シュン!大丈夫か!」


壮太の太い雄叫びは木霊を生むほどまでに響き渡った。



闘牛のように後ろ足で地面を蹴り続ける壮太に彰は苦笑いをしながら聞いた。


「壮太。とりあえず落ち着け。もう一度謝ってみるかな」



「それは無理だ。すでに封印は解かれてる。彰。二人で戦おう。シュンはそこで休んでろよ!終わったらすぐに医者だからな!」


「だから気安く俺を呼ぶなって言ってんだろうがクソデブが」


座り込んだままの俊介が苦笑いをすると壮太は満面の笑顔を見せた。



「減らず口言うなら安心だ」


彰と壮太は俊介の前に立ち相手を見据えた。


「誰から来るかぁ!おお!この遠藤が相手だ!」


壮太の咆哮によって付近の木立にいたカラス達が一斉に飛び立っていく。


この喧嘩は壮太の介入によって呆気なく終息することになる。


遠藤壮太の名前は有名になりつつあった。

三年生の上級生達にもその名は聞こえてきているのだ。


「げ…っ、あれはもしかして遠藤じゃないか?」


声がしたほうを壮太はきっと睨みつけた。


「次は誰が相手だ?お前か?俺がとことん相手してやるぞ!上級生だからって手加減しないからな!」


その大声に上級生達は圧倒された。


「ち…ちくしょう!覚えとけよ!」


逃げるように南門へと走り去って行く上級生達。


敵が見えなくなってから彰が座り込んだままの俊介をゆっくりと立たせた。


「大丈夫か?」


「大丈夫だ。お前らなんかが助けに来なくても勝てたんだ。邪魔しやがって」


俊介は、自分の肩を持つ彰の手を離して立ち上がり、よたよたと歩いて離れた場所に落ちている自分のカバンを拾った。


「おいシュン何泣いてんだ?」



壮太が俊介に近付いて顔を覗き込んだ。



「うるせえ」


俊介の鼻を啜る音がしんみりと伝わる。


「しっかりとやられたな」


壮太が俊介の頭をぽんぽんと優しく叩きながら笑った。


「ああやられたよ、なんか…いろいろとな…」

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