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初恋。  作者: 冬鳥
13/85

君を守るということ 8

俊介を中心に挟撃の形を作りあげる四人の男達。


(三年生か?)



足を止めた俊介は正面に立ち塞がる男に鋭い視線を向けた。彼の血走る二つの目は瞬時に臨戦態勢をとった証だった。


喧嘩をする相手が二年生だと厄介なことになる。


それにより二年生を束ねる佐野という男が出てきたりしたら阿鼻叫喚が待ち受けているのは明白だ。相手にしてはいけない人間はどの世界にもどの年代にもいるものだ。



奴らが三年なら。


やる。


だがもし二年ならば。

頭を下げるしかない。



俊介の外面はマグマが滾るほどに熱く、内面は穏やかな湖畔のように沈着に相手を分析する。


「なんすか?邪魔なんですけど道開けてくれませんか?。ちなみに先輩らは三年?」


この中学校では二年生が圧倒的なまでに危険分子の雁首を揃えている。


一学年下の突き上げに怖じけづく三年。


この学校の勢力図は二年生の不良達が大半を占めているのだ。




南門の周りは突発的に沸き起こる張り詰めた空気によって支配されはじめ、その場にいた生徒たちによって辺りは伝播していくようにざわめいていく。




「おまえら粋がってるらしいなぁ。三年の先輩達が相手してやるよ」




三年生の男達四人は薄気味悪い笑みを浮かべながら俊介ら三人のそれぞれ前後左右に立ちはだかった。



「三年の先輩方。俺達をどうする気?」





「一年のクソが。うるせえよ。だいたいなんだよその金髪は?てめぇ…先輩らを舐めてんじゃねえぞ」




「ふん。それで?どうする?喧嘩するのか?この俺達と」





俊介が鋭く睨むと前の男は明らかに狼狽の色を見せた。


瞬時に石に変えるほどの眼力は人の心の内部の奥底まで浸透するように威圧する。




「な、なに睨んでんだよ。ここじゃ邪魔になるからこっち来いよ」



「ふん」



腕を持たれて門の脇へと誘導されるのを俊介は勢いよく振り払い自ら歩いていく。



「シュ、シュン…やめとこうぜ。いまならまだ…逃げられる。逃げようよ」




仲間の一人が耳元で囁いた


俊介は歩きながら考えた。彼がいままでに経験してきた喧嘩からいえば、いま自分がどういう状況下に置かれていくのかを瞬時に察知できた。


どうせ行き着く場所にはまた数人の仲間がいるのだろう。

逃げられない状態にしてから集団で私的制裁を加える。

ちんけな奴らだ。


だが。これは粋がる者にとってありきたりな突然沸き起こる災難だともいえる。


しかも強さを演じる俺にとってはそこから逃げることは許されないのだ。



後ろをついて来る仲間二人は自分の強さを信じている。沢村俊介ならどうにかしてくれる。と。

その気持ちを決して裏切ることはできない。



俺は…孤独と再び向き合うことが何よりの恐怖なのだから。



「大丈夫だ。俺がいる。三人でやるぞ」



これから味わうであろう痛み。若しくは痛みから逃げることにより再び襲ってくる孤独という魔物。いま二つを天秤に掛けることすら俺は出来ない。

その時点で自分は自分に負けるのだから。

それに相手は二年生じゃない。弱者の三年だ。


これは自分が偽りから脱皮して真実になれるチャンスでもあるのだ。



怖がるな。




前を向け。





俊介は門の外に広がる世界を振り返るようにして見た。車が行き交う道路が見えた。学校から離れていく生徒たちが見えた。


大丈夫だ。



こちらは三人いるのだ。


たとえ相手の数が倍に膨れ上がり八対三になったとしてもなんとかなる。




一人ではない。




採算はある。

俺には仲間がいるのだから。仲間と一緒なら怖くはない。




俺はもう孤独によって腐らない。

腐りたくない。




「来たぞ」




南門から壁伝いに鬱蒼とする場所まで連れて来られた俊介達三人を待ち受けていたのは四人の男。


想像通り。

八対三。



上空では鴉が鳴きながら西へと飛んでいく。

夕刻のオレンジ色の情景は辺りをまやかしの世界へと導く。現実も幻想も仲間がいれば色濃いものだ。


途中にあった野球のバックネットが死角を作りあげ南門付近からこちらを窺うことはできない。


俊介の隣りにいる仲間二人は迫りくる危険を予測し、顔を強張らせているのが如実にわかった。


「大丈夫だ」



俊介は似合わない笑顔を二人に向けた。



「なぁ。こいつらか?」


三年生の一人が顔を向けた方向には、数時間前に俊介の仲間が懲らしめた一年生がいた。


「はい先輩。こいつらです」


瞬時に俊介は怒りに包まれた。

こいつ…。

上級生出してきやがった…。


部外者に垂れ込みやがって。



そんななか俊介達三人を囲む八人の三年生は優越感に浸るように薄笑いを浮かべていた。


南門で上級生に半ば無理矢理に連れていかれる俊介達を何人の生徒たちが目撃していたのだろうか。


あの茂みの向こうでこれから何が行われようとしているのか。


多くの生徒たちは関わりを避けるようにその方向から目を背けた。


大人達に通報したことによって報復をされる。

畜類に関わるのは御免だ。

皆は離れていく。

いつものこの時刻の南門は、生徒達は帰るのが億劫なように留まり話し込んでいくのだが、今日に限っては多くの生徒たちが小走りに門を潜って家路へと向かっていった。


梅雨晴れの夕焼けに染まる運動場の片隅の鬱蒼とする場所では長くなった影を従えた男達が睨み合っている。片や南門では流れるがままに学校の枠組みの世界から出ていく生徒たち。同じ時を生きる同年齢の者達はどこかで分かれていくのだ。まるでそれは分汲機の濁る水面に留まる浮遊物と排出される砂利のように明確に分離されていくのだ。



顔を近づけて俊介と睨みあう目付きの悪い男がいっそうに顔を近付けた。

俊介はその目を逸らすことなく顎をしゃくりあげる。


「お前。名前は沢村だっけ。金髪をした一年生はお前くらいだ。度胸あるじゃないか。お前はちょっとは有名になってる。嬉しいか?だがな、なまじっか粋がると鉄槌は下されるもんなんだ。これからの自分の教訓にすることだな」


目の前で凝視しながら話す男は言い終わると俊介の胸倉を掴んだ。


「汚ねえよ。先輩の手」


俊介は胸倉を掴まれたままの状態から相手の顎を目指して飛び上がった。右膝が相手の顎に勢いよく当たる。


「やったな!」


三年生の男達は一斉に俊介の身体へと殺到した。


獲物を鋭利に切り付けるような俊介の瞳はまるで咆哮をするように血走っていた。


背後から掴みかかる男に向かって振り向きざまに飛び蹴りを放つ。俊介の右足のつま先が頬に突き刺さるように当たると男は悲鳴を上げた


俊介は叫んでいた



「やってやる!八対三!」



すぐに返事はなかった。

俊介は横から頬を殴られてよろめく。

きっと無我夢中のなかだからだ。俊介は必死に態勢を整えて状況を判断するために周りを見渡した。


嘘だろ…?


仲間の姿が俊介の視界から消えうせていた。



「殴れ殴れ!」



足をすくわれ地面に転がった俊介は覆いかぶさる男達の隙間を縫うように猛禽の瞳を外部に向けた。


唖然とした。


視界には逃げていく仲間が映像として入りこんできた。



小さくなっていく二つの背中。

その背中は小さく頼りなく真夏の糸遊のようにゆらゆらと揺らいでいた。



振り返ることもなく一目散に逃げていく仲間。



偽りは偽りを生むだけなのか…。


俊介の瞳からは一滴の赤い涙が流れ落ちた。




「やれやれ!」


襲う痛み。腹を蹴られ顔を殴られる。



代わる代わる男達はいたぶるように俊介を制裁していく。



「友達は逃げちゃったな。かわいそうな奴」


殴りながら誰かが笑うと辺りは途端に嘲笑に包まれた。



@



「もういい。謝れ」



殴り疲れたように男はそう言うと地面に這い蹲う俊介の頭を思い切り蹴りあげた。


「……」



無言のまま顔を上げて睨みつける俊介は口元を流れる血を袖で拭いて立ち上がろうとするが膝がいうことをきかない。



「土下座しろよ。許してやる」


俊介の髪を掴み立たせようとする男。嘲笑したまま唾を吐きつける男。拳に付いた血を見て汚らわしい何かが付着しているように顔を歪ませる男。



「かわいそうにな。親友にも裏切られて。なぁ沢村。もう土下座して終わりにしようや。ああちょっと待て。やっぱ土下座だけじゃダメだよな。よし。俺の靴を舐めろ」


アハハそれは傑作だ。



馬鹿笑いが風に流されていく。



「なに…?」


俊介は我に返ったように瞬きをした。


俺が土下座だと?



屈辱だ…


「おいこら早く土下座しろよ。それから俺達の靴を順番にぺろぺろと舐めていけ。早くしないとまたボコるぞ」


戦意喪失したように消沈の表情をする俊介は頭を何度も叩かれてゆっくりと座ろうとするが、すぐに再びジャンプするように飛び跳ねていた。


「上等だ!殺す!」


俊介が大声をだしながら先頭にいた三年生にタックルをする。


「こいつ!」



八対一。


絶望的な喧嘩だ。


いや喧嘩ではない。

たんなるリンチだ。


すぐに形勢は逆転する。


太った男に頭を殴られた衝撃によってよろけたところをほかの男に大腿部を蹴られて転ぶように地面に倒れこむ。


無理矢理に俊介を土下座の形にさせて一人が頭を踏ん付ける。


一斉に笑い出す。



「おい、みんな!。見てみろよ。こんな所にタワシが落ちてるぞ。汚ねえタワシがよ」



俊介の両腕は二人に押さえ込まれており身動きができない状態のまま頭を何度もタワシだタワシだと踏まれ続ける。


俊介の額には土の冷たさと固さが伝わった。


そんななか身体の震えは止まらない。


俺はきっと。また孤独になることが怖いのだろう。


俺はきっと。


きっと。



「許さねえ…」



「うるせえよ!タワシが!。いま自分がどんな状態なのかわかんねえのかよ」


鈍い衝撃が走った。

こめかみを蹴られて耳から血が滴る。


「ほら、謝れ!ほら!ほら!」



「ほざけ……誰がお前らごときに謝るか」


「こいつ!」


襟首を持たれて上体を起こされると思い切り後頭部を蹴られた。痛みはほとんど感じなかった。

防衛本能を示すように身体は痛みからの麻痺を来しはじめていた。



また…戻るのか…


俺はまた臆病に制圧されるのか…


孤独の悪魔に吸い取られていくのか。



俊介の頭はガクッと垂れた。


戦う意味がもう見つからない。


「す…いま…」


謝ろうとした。


記憶は蘇る。

小学生のときイジメられていた記憶が。


その時だった、誰かが俊介の名前を呼びながらこちらに走ってくる音が聞こえてきた。


俊介は入り始めた闇のなかでその先にある何かを必死に手探りする。


誰だよ…俺の名前を呼ぶ奴は…いったい…誰だ



「沢村。大丈夫か!」



誰かが自分を抱き起こす。

俊介はその男の柔らかい息を頬に感じた。


その温かみに反応するかのように薄目を開ける。

そしてその男を捉えた。



闇から連れだしたのは…。


「お前…どうして…」



抱き寄せるように俊介の上体を起こしたのは大橋彰だった。



「おい!大丈夫か!」



なんだよ。

闇から連れ出したのはお前かよ…


クソ…。

俺の希望はよりによってお前なのか。



「先輩。俺の友達だから、もうこれくらいで勘弁してくれませんか?」


彰の声は俊介の耳のずっとずっと奥まで響いてくる。

と、ともだち?


その言葉はすとんと俊介の心を落とした。俊介はとめどなく溢れだした涙を止める術がわからなかった。


「ちょっと待ってて」


彰はそう言うと俊介の血が滲む額を優しく指先で撫でた。

まるで、


―もう大丈夫だから―



そう伝わる触りかただった。



彰は立ち上がった。

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