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初恋。  作者: 冬鳥
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君を守るということ 6

「我がA組にいい女っていると思う?」


「君。それは難しい質問だ。ま、僕的な判断で言いますと強いていうならばまず浮かぶのは須田樹里ってとこかな」


「おいおい勘弁してくれ。あいつはきぃきぃうるせぇよ」


窓から見上げる俊介の視線は一羽の鳥を捉えていた。その鳥は一心不乱に羽を動かしながら灰色に染まる上空を掠めていく。




君も僕と同じく孤独を抱きながら飛んでいるのか?



それとも孤独と戦うために羽ばたいているのか?



羽ばたけ。


もっともっと。羽ばたいていけ



隣りにいる男二人はどちらも小学校からの友人だった。中学生でも伸し上がろうとする俊介を讃え従う仲間。

だがその俊介の強い意思と仲間との繋がりは共倒れのごとく鈍足になった。


原因は遠藤壮太の存在だった。


中学生になってから二ヶ月あまりが経過したのだが、俊介にとっては大きな誤算が繰り返し襲ってきた二ヶ月間だった。


壮太とクラスメートになった俊介は予想外なる転車台に乗ることとなった。

そしてその行き先を決めるのは大橋彰になる。


もちろんいまトイレの小窓から上空を睨んでいる俊介は気付いていない。これから自分が巻き込まれ進むことになるレールが出来上がりつつあることを。



男二人は狭いトイレに反響するほどの大笑いしてふざけあう。



入学早々、遠藤壮太に腹を殴られて倒された男はその屈辱はとうに忘れたがごとくにいまは女の話で盛り上がっている。俊介もそれを攻める気はない。

壮太の懐の深さは男達を魅了していくのだ。


自分にはないものがあいつにはある。



自分の仲間が壮太になびいていくことに対して抵抗を示すことはしない。


だが。俺は壮太を敵視する。


簡単に認めてしまったら俺の刃には錆が侵蝕する。



俊介は小さな吐息をはきだした。



「我がA組ならやっぱ須田樹里か中島順子くらいじゃないかなぁ。隣りのB組は皆無だけどな」



「わかる。B組はひどいな。ちなみに俺は中島だな。あいつの清純さは小学生から引き継がれる伝統だよ。須田は気が強すぎだよ。なんか最近は勘違いもしてるし。学級委員だからってウダウダうるせえ」



「わかってないな。それが良いんだよ。キャンキャン吠える小煩い犬を飼い馴らす喜びとでも言うかなぁ。でも君、須田とキスするかってなったらどうします?」



「もちろんします」




楽しそうに話す二人とは対照的に、窓の外の雨雲に覆われる灰色の世界のなかに足を踏み入れたままの俊介は、彼だけが見えるなにかを鋭利に睨み続けた。



「シュンはどっち?」


仲間に名前を呼ばれ瞳だけを向ける。



「なんだよ?」



「須田樹里か中島順子。どっちがいい?」



「興味無し。どっちもガキだろ」



「アハハだよね。シュンはユキちゃんがいるしね」




二人の話題は次第に女から男へと変わっていく。


そして最終的には遠藤壮太の話題になっていた。


クラスのなかで壮太の悪口を言う者は俊介を除けば誰一人いなくなっていた。


本音を言えば俊介も壮太への敵対心は失いつつあるのだ。

俊介が睨めば壮太はおどけて怖がる。

二人は一定の距離を保ちながらもうまく均衡している状態だった。


いままでに何度も喧嘩を売りそしてそのたびに壮太からは肩透かしを食らい続けてきた。実際には壮太の絶対的な強さがわかっている。喧嘩になったらまず勝てなのも熟知している。

いままでの相手とは違う。それは雰囲気でわかるものなのだ。

壮太の全身から滲み出る本来目指すべき男の強さというものが俊介を圧倒してくるのだ。


最近はその威圧感の向こう側にあるものが垣間見えたりする。

それは魅力。

俊介は彼への親近感が徐々に湧きだしていくのを否めない。


壮太の輪郭を雨空に思い描いてみた。二つの校舎の隙間を縫うように灰色の画用紙に壮太が縁取られていく。

無骨な輪郭が出来上がったときその後ろにもう一つの輪郭も浮かび上がった。


いつも壮太と一緒にいる男。

俊介は上唇を少しめくりあげた。口元からは八重歯が覗く。



「あいつのさ」



「え?だれ?」



俊介は睨んだ目つきのまま友人を見た。

彼の目はよく充血をする。いまもまるで冷酷な眼差しの凄まじさによって内部が破壊されているように赤い筋が白眼を走っていた。


そしていつものように友人はたじろいだ。



「遠藤だ。あいつの尻に纏わり付く金魚の糞がいるだろ。確か名前は大橋だよな?」


そう言うと、俊介はまた煙草に火を付けようとポケットをまさぐった。授業の合間の休憩時間はあと少しで終わろうとしている。


その時、足音を引き連れて違うクラスの男子二人が入ってきた。



「おいコラ。お取りこみ中だ。消えろ」


俊介の隣りにいる男が声を荒げると二人の男子はそそくさとトイレから逃げて行った。




「シュン。大橋がどうしたの?」



「あいつ…。目障りだな」



「フルネームは大橋彰だよね。よく遠藤が彰、彰って呼んでる。席は窓際の須田の隣りだよね。そういえばあいつよくぼけっと外を見てるよな。まぁ悪い奴じゃないと思うよ。俺、話したことあるし。シュン。あいつのこともしかして嫌いなの?やっちまうの?」


「お前は大丈夫でも俺にしてみれば目障りなんだよ。あいつをボコりてえ。それだけだ」



そう言うと俊介は煙草を手に火を付けた。

そのとき突然大きな身体がぐいっとトイレに入りこんできた。


その男は坊主頭の巨体だった。


遠藤壮太。


「なんだ〜お前ら、ションベンしたいんだろ?」


壮太の後ろにはさっきトイレから逃げていった二人の男子がいた。


「行け行け。気にすんなって。あいつらはたんなるあれだ。たんなる不良だ。ちょっと悪戯好きな頭が弱い奴らだ。お前らのがよっぽど優秀だ。だろ?」



二人の背中をぽんと叩いてトイレ内部へと押し出してから笑いだす壮太。



「てめえ……」


俊介が窓を勢いよく閉めて壮太を睨んだまま近付いていく。



「まあこいつら不良ってもんは、度胸だけはあふれるばかりにあるけどな」


壮太はまた豪快に笑いながら、びくびくする男子生徒ら二人と一緒に白く煙るトイレのなか便器の前に立った。


俊介は握りしめた手の行き先を見失う。


まただ。


壮太の行動と言動は、いつものように俊介を苦笑させる。


「シュン。あんま吸うなよ」

壮太は一物を手にしたまま振り向いた。羞恥が感じられないままに便器から離れて用を足しているので太い陰茎が嫌でも皆の視界に入り込んでくる。

陶器を鳴らせるほどに勢いよく飛んでいく小便と鼻唄を混じらせる壮太の嗄れ声。



「うるせぇ。気安く呼ぶな。くそデブが」



「ガハハ。シュン。俺は煙草なんていらねえよ。気持ちだけ受け取っておくとする。そんなもん良いことなんにもねえだろ。それに美味くもねぇ」



誰もお前なんかに進めてねえよ。




俊介はそう言おうとしたが止めた。


「いらね いらね 」



壮太は手を洗いそしてトイレを出て行く。


壮太が引き連れてきた二人の男子も尻込みをしながら足早に壮太の後ろを付いて去っていった。




そして遠くで壮太の声が聞こえてくる。


「なぁ、彰〜。一緒に体育館行こうぜ〜。ちょっと待ってくれよ〜」


次は体育の授業だった。


俊介がなにかを決意したときにまた壮太がひょいっとトイレの入口から顔を出した。



「シュン。行こうぜ。次は体育だぞ」



「うるせぇ消えろ」


俊介は加えていたタバコを中庭の紫陽花に向け投げ捨てた。


俊介が膨らまそうとしている残虐さを遠藤が萎ませていく。


―遠藤の剥き出す牙を見てやる―。



―大橋彰をやる―。




―遠藤ともっと話しをしてみたい―。



俊介の内部では二つの反するものが格闘を続けていた。

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