memory
白いキャンパスに広がる水彩の絵の具はどこか儚くそして淡くて、優しげな印象がしていた。有名でもない寧ろ素人の描いた人物画だ、それも何年も前に。それでもその絵から思い出される記憶は、懐かしく同時に少しだけ切ない様な気さえした。
「雅臣 好きなんだ」
記憶の中でリフレインした声は最後に聴いたモノよりもずっと若々しい。あれはまだ僕らが高校と言う狭い檻の中に居た頃だ。協調性や凡庸的でいる事が義務であり個性が認められない世界。
そんな世界で僕らは【芸術】という個性を追い求めていた。殊更彼は、僕なんかより才能溢れる正に【芸術家】に相応しい人で、何度もその才能とやらに嫉妬したのは覚えている。
そんな彼が、才能もない唯の一般的高校生の男を好きだと言った時は気が触れたんじゃないかとさえ思った。
けど、彼は本気で僕が好きだったらしい。白いキャンパスに淡い水彩絵の具で描写された僕の絵。そこには深い愛も彼が僕に向ける想いの丈も全て篭っていて、そんな絵だったから僕は未だにその絵を額縁に入れたまま捨てられずにいる。
青春の一ページを思い出していたら、切なくなってきた。あの頃の彼はもう居ないと言うのに。
三面鏡に写る僕の顔はあの頃の絵と違って物憂げだ、随分と。だらしがない、キッと睨みつけながら僕は演技かかった仕草で呟いた。
「ジーザス、思い出のあの人は志し半ばで死んでしまったのだ……」
「だぁれが死んだって?」
「痛い、痛いですよ孝雄」
振り返ればそこには思い出の中とはすっかり変わってしまった彼が居た。まったく由々しき自体だ、あの頃は白くてほっそりとしていて無名だったと言うのに、今じゃちゃっかり有名になりやがって!
「縁起でもねぇ事いうからだろ」
それに! どういう事なんでしょうかね、彼はもうなんというか日に焼けて小麦色でしかも逞しい。そんな彼も好きですけど、好きには違いませんけれども、それでもあの古い記憶の彼は非常にとても素晴らしかった!
「ずるいです」
僕は全然だめだって言うのに、と口を尖らせれば彼はあの頃と変わらない笑顔を浮かべて、口づける。
「はいはい、スネないの」
何だかんだ言って、惚れてるんでしょうねやっぱり。と僕は笑った。