真夏の夜
寝付けない夜は大概独りで、もの想いに耽る。
大きな硝子窓の先にあるテラスで夜風に靡く髪の毛を整えながらグラスを口元へと傾けた。
カラン、と宵の静寂に響く氷の音が耳に心地いい。
月の淡く優しい光が、包み込む様にそっとカルヴァトスのボトルを照らしているのを眺めながら独り、あの夏の思い出に思考をはしらせる――。
「ギルはいつもカッコイイよね」
そうつぶやいたのは確か、あの黒髪の青年だ。淫らに喘ぎ、その漆黒の糸を枕の上で乱しながら媚びる様に見つめていた青年。
「私が、カッコイイ?」
「いつも凛としていて、それにそのお酒」
「これか?」
差し出したブランデーグラスを受け取りながら青年は頷いた。
「僕にはうえって感じだけど、これなんて言うお酒?」
「カルヴァトス」
「かる、ばとす?」
あざとく小首を傾げる青年は、その拙い舌で私の言葉をオウム返しする。くすりと笑いながら私は青年の漆黒の糸を撫でながらその手からグラスを奪った。
「林檎を使ったブランデーの事だ、まあ造られた地域独特の名だがな」
「へええ、りんご!」
「これ以外はアップルブランデーと言われている」
そう教えてやれば青年はご機嫌に笑いながら頷く。
「ねえ、それ一口頂戴?」
「お前はまだ未成年だろう?」
「その未成年に、こんなヤらしいことしてるのは誰?」
あざとく、狡猾で、何より妖艶な青年は挑発的に私の懐へすっと入り込みながら甘える。
「一口で、済めばいいがな」
口にブランデーを含み、私は誘われるままその青年の手を取って寝室へ戻る。
そこで、私のあの真夏の夜の思い出は途切れるのだいつも。
夜風が髪の毛を攫う、氷の音が響いて、再び静寂が訪れる。
ああ、なんと寂しいことか。
「ねえ、それ一口頂戴」
青年の声が聞こえる。
真夏の夜に独り、そして今宵も夜は更ける。
独りの男を思い出の中に取り残して、また一夜。