精神錯乱シンドローム
自分のことを「姉上様」と呼ぶ少年の赤い目と噂に流れる精神錯乱、その影に潜むものは・・・
…一度だけ、一度だけだけど聞いたことがあった。
「精神錯乱」の話を。
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「しかしなァ…オレの邪魔をしたんだ、どうなるか分かってるよな姉さんよォ?」
「…っ、」
立っているのがやっとの状態の私とは対照に、身の毛がよだつほどの狂気に溢れた笑顔を満面に浮かべる返り血を全身に浴びた少年…私の弟。その姿は正に、少し前ここで耳にした噂そのものだった。
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「私の勝ちです。…お疲れ様でした。」
「…はは、これで俺も終わりってか?笑える冗談だなぁ、おめえさんもそう思わねえかい?…最期に一つ教えてやるよ、こりゃあ絶対に秘密だ。…最近、でっかい都市の方では病気が流行ってんだ。『精神錯乱』っつってな。それまで普通にしていた人間がいきなりぎゃあぎゃあ騒ぎ出すんだ。窓から飛び降りるやつもいりゃあ、そこらの物をみんなぶっこわしちまう輩もいるらしいぜ?怖えよなあ…」
男は重そうな身体を腕でやっと起こした。そして手にナイフを握り、
「…ははははは、もしかするとよぉ、オレも、その一人なのかも、知れねえよなぁ…。」
そう残して、大きな音を立てて倒れた。
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…似ている。あの時聞いた話と、とても似ている。
「…おい姉さんよォ…。なんだ?急に怖じ気付いたとでも言い出す訳はねぇよな?あんたにはもう逃げるなんて選択肢はねぇんだ。分かってるよなァ?」
煌めく赤い目を見開きながら私を問い詰める弟は、楽しくてたまらないとでも言うかのような表情をしていた。
…死ぬか、殺すか。きっとどちらも正解なんかじゃないだろう。…なら、自分で正解を作り上げればいいことなんだ。
「…最後の、一勝負です。やりましょう。私は、勝ってあなたを止める。あなたが勝ったなら、私をどうぞ殺してください。」
これが、私の最期の賭けになるとは思ってもいなかった。