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第7話 音楽室

「きゃあ!!!」

「なんだ!?」


ベートーベンの「運命」が鳴り響く中、

寿々菜が森田に飛びつき、森田も思わず寿々菜を抱き締めた。


それでもグランドピアノは鳴り止まない。


「で、出ようぜ!」


さすがの森田も肝を冷やしたのか、

寿々菜を抱いたまま音楽室の扉を後ろ手に開こうとした。


「・・・待って」


しかし今度は寿々菜が足を止めた。

暗闇の中、必死に目を凝らす。


「鍵盤が動いてないわ」

「え?」


寿々菜達がいるところからピアノまでは距離があるし、この暗闇だ。

森田の目には鍵盤が動いているのかどうかなど見えない。

しかし唯一の取り得とでも言おうか、寿々菜はモンゴル人並みとまでは行かないまでも、

かなり視力が良い。


何故か蓋が開かれたままのピアノの鍵盤は、間違いなく動いていない。


寿々菜は森田の手を肩から外すと、勇気を振り絞って「運命」を奏でるピアノへ向かった。



やっぱり、鍵盤は動いてないわ。

じゃあどうしてピアノから音がするんだろう?



寿々菜がグランドピアノの中を覗き込もうとすると、

寿々菜についてきた森田が寿々菜の肩を引っ張った。


「やめろよ!危ないだろ!」

「でも・・・ん?何これ?」


寿々菜はピアノ線と板の間に隠すように置いてあるソレをそっと取り出した。

森田も一緒に怪訝な顔つきでソレを見る。


「USB型のウォークマンと小型スピーカー?」

「鳴ってたのはこれだわ。ピアノじゃない」


寿々菜がウォークマンのボタンを押すと、「運命」は唐突に途切れた。


「・・・なんだよ!驚かせんなよ!!」


森田は大きくため息をついて、寿々菜の手からウォークマンとスピーカーを取り上げ、

憎々しげな目でそれを睨んだ。


「なんつーイタズラだ!誰がこんなことしたんだ!」

「ねえ、森田君。もしかしたらベートーベンも・・・」

「あ。そうか」


森田はウォークマンとスピーカーを近くの机の上に放り出すと、

ふわっと身軽に教卓の上に飛び乗った。

更にそこで背伸びをして黒板の上からベートーベンの肖像画を剥がし、

教卓の横で森田を見上げている寿々菜に手渡した。


「目の下が濡れてる。っていうか、何か液体が塗られてるみたい」

「ちょい待て」


教卓からこれまたふわっと音も無く飛び降りた森田が、

学ランのポケットから携帯を取り出して、その光をベートーベンにあてる。


ベートーベンの目の下の液体が赤く光った。


「光があたると赤く見えるような、特種な塗料を塗ってあるな」

「じゃあこれも、ヤラセなの?」

「だろーな。ったく、手の込んだことしやがって。なあ、ハンカチ持ってるか?」

「え?うん」


森田は寿々菜からハンカチを受け取ると、音楽室の外の手洗い場へ向かった。

ハンカチを濡らして、液体を拭き取るつもりなのだろう。

寿々菜と森田はこれがヤラセだと気付けたからよかったが、

他の生徒が見つけたら、大騒ぎになるかもしれない。



ほんと、一体誰がこんなこと・・・

もしかしたら、さっきの骸骨も誰かの仕業かもしれない。



戻ってきた森田も同じことを考えていたらしい。

カラー印刷なのでインクが落ちる心配はないが、

それでもそっとベートーベンの肖像画をハンカチで拭きながら言った。


「どうする?他の七不思議もあたってみるか?」

「うん」

「怖いもの知らずだな」


森田が苦笑する。


「だって気になるじゃない。本当の七不思議か誰かの仕組んだヤラセか。

それにヤラセだとしたら、誰が何のためにやったのか」

「随分ミステリアスなこと言うじゃん。

そーいや、白木センパイが好きなKAZUが『御園探偵』って探偵モノのドラマやってたな。

あれの影響?」


否定はできない。

だが、寿々菜も生来、ミステリアスなことが好きな性格なのかもしれない。



それに・・・さっき生物室で感じた違和感も気になる。



寿々菜は、森田が肖像画を元の位置に貼るのを見ながら、

残りの七不思議を思い返した。


骸骨の謎は解けていないが、七不思議は後4つ。


魚が死ぬ水槽、プールの中の謎の生き物、体育倉庫の死体、白い服の少女の幽霊。


「さて、どれからあたる?」


再び教卓から飛び降りた森田が、不敵な笑みで寿々菜に訊ねた。







「水槽ってこれ?」

「これしかねーだろ」

「そうだけど・・・」


寿々菜は拍子抜けした。

確かに、蒼井中にある水槽と言えば、下足室の脇に置いてあるコレしかない。


しかし・・・


寿々菜は手を膝の上に置き、少しかがんだ姿勢で水槽の中を覗き込んだ。

中では色とりどりの熱帯魚たちが泳ぎ回っている。


「水槽は本物よね」

「水槽はな」


そう。

水槽は本物なのだが、中で泳いでいる魚が本物ではないのだ。

だが、おもちゃという一言で片付けてしまうにはもったいない代物である。

どの魚も実物大で造りも丁寧。

しかも重さを調整してあるのか、水槽の底にいる魚もいれば、水面近くにいる魚もいる。

それらが水槽内に取り付けられたモーターが作り出す水流に乗って水槽の中をグルグルと漂うさまは、一見して本物の魚に見える。


もちろん寿々菜は毎日靴を履き替えるたびにこの水槽を目にはしているが、

こんなにしっかり見たのは入学式の日以来だ。

その精巧な造りに改めて驚かされる。


だが、どんなに精巧な造りでも、偽物は偽物だ。


「死にようがないじゃない」

「そうだけどさ」


寿々菜はかがみ気味のまま、

森田は腕組みをしたまま、

しばらく水槽を眺めていた。


すると。


水槽の底の方にいた魚達が、不意に浮き上がった。

それらはどんどん浮上していき・・・やがて水面に達した。


寿々菜と森田がポカンとしているうちに、次々と魚が水面に浮き上がる。

その光景はまるで・・・


「死んでるみたい」

「だな」


偽物の魚と言えども、気持ちのいい光景ではない。

寿々菜は顔をしかめた。

恐怖より不快感の方が大きい。


「これもトリックか?」

「どうかしら・・・」


寿々菜は水槽の中を凝視した。

魚達は全て、水流に乗って水面を流れている。


そして寿々菜は見つけた。

その水流の中に、何か粒子のような物が混ざっているのを。


寿々菜はパッと立ち上がると水槽の中の水に人差し指を入れ、

それをペロッと舐めた。


「おい、何してんだ!毒でも入ってたらどうするんだよ!」

「平気よ。造り物の魚の水槽に誰が毒なんて・・・しょっぱい」

「え?」

「この水、しょっぱいわ」


森田も寿々菜にならう。


「本当だ。海水、っつーか、食塩水だな」

「誰かが水槽の中のモーターの近くに塩を置いといたんだわ。

それが水流に乗って水槽の水に混ざって、魚が浮いた」

「そうか。食塩水の中じゃ物は浮きやすいからな」


簡単なトリックだ。

しかし、問題は誰がこれをやったかである。


寿々菜と森田が水槽を見ている時に魚が浮くようなタイミングで、

塩を水槽の中に入れる・・・


塩がモーターの作る水流に乗って水と混ざるのなど、

大して時間はかからない。

つまり、寿々菜と森田がここに来る直前に誰かが塩を水槽に入れたのだ。



誰かが私達の行動を見ているって事?



寿々菜は寒気がして、

モーターの音が響く下足室を見渡した。






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