第13話 協力者
「協力者?」
寿々菜の表情が曇る。
まさか・・・
「森田は和美のことを前から知ってたんだ。ほら、森田って劇で役がある時は、
いつも遅くまで残って練習してるだろ?」
「え?」
初耳だった。
寿々菜は、森田の演技が上手いのは単に才能だと思っていたが、
どうやらそうではないらしい。
演劇になんて全然興味ないくせに・・・
変なところで責任感強いんだから。
寿々菜はこそっと笑った。
「それで、僕が帰る時に和美をここから出しているのを森田に見られたんだ。
仕方なく正直に説明したら、森田の奴『俺も母子家庭で育ったから和美ちゃんの気持ちは分かる』と言って、内緒にしててくれた。しかも、それ以来、放課後に時間がある時は、この天井裏の部屋で和美と遊んでくれてるんだ」
「今でも?」
「ああ」
寿々菜にとっては意外なことばかりだ。
思わずさっき井ノ口が森田のことを「協力者」と言ったのを忘れてしまいそうになる。
だが、さすがに寿々菜もそこまでとぼけていない。
「・・・もしかして・・・」
寿々菜が井ノ口を睨むと、井ノ口は頭をかいた。
「いや、申し訳ない。『七不思議の噂をもう一度広めたい』と森田に相談したら、
『誰かに実際に恐怖体験をさせて、噂を広めてもらうのがいい』って言われたんだ」
「・・・」
「で、細工は僕が考えたんだが、誰に見せるか悩んでたら、森田が『うってつけの奴がいる』って・・・」
「・・・」
光栄にも「うってつけ」に選ばれた寿々菜は、一気に脱力した。
井ノ口がフォローする。
「でも、森田は『白木センパイだけじゃかわいそうだから』と言って、自ら白木と一緒に学校に忍び込むよう仕向けてくれたんだ」
「台本を忘れたって言うのは・・・」
「嘘だ。わざと台本と漫画を置いて帰ったんだよ」
「・・・」
「君達が入れるように、僕が生物室の窓の鍵を開けておいた。骸骨のポーズを変えたのも僕だ。
白木が机の下に隠れてる間にね」
「音楽室のピアノとベートーベンと、下足室の水槽も先生が?」
「ああ。でも、白木はそれで逃げ出すと僕も森田も思い込んでたけど、
白木は全部見破ってしまった。焦ったよ」
肩をすくめる井ノ口の後ろで和美が「うんうん」と頷いている。
どうやら和美も全て知っているらしい。
「そこで森田は、急遽プールで一芝居うったんだ」
「じゃあ、プールの中で何かが足に触れたっていうのは、演技だったんですか!?」
「そうだ。大した演技力だよな。僕もこっそり見てて、思わず本当にプールに何かいるのかと思った。
白木の後ろに石を投げて、何かが跳ねたように見せかけたのは僕だ」
演技・・・!
全部演技だったの!?
生物室と音楽室で怯えてたのも、
プールから慌てて飛び出して、足を怪我しながら走ったのも!?
寿々菜は愕然とした。
森田の演技力にも驚いたが、それを見抜けなかった自分も情けない。
「大橋先生の件は後から森田に聞いたよ。あれは全くの想定外だった。
白木には、怖い思いをさせて、悪かった」
「いえ・・・もういいです」
もはや怒る気力も出ない。
ちょうどその時、校内アナウンスで井ノ口が職員室へ呼び出され、
井ノ口はもう一度寿々菜に詫びを言って、急いで生物室から出て行った。
寿々菜と和美の2人がポツンと生物室に残った。
先に口を開いたのは和美だった。
「あの・・・白木さん?お父さんのこと、怒らないでね?お父さんは私のためにやってくれたの」
「うん。分かってる。怒ってないよ」
ちょっと怖かったけどね、と心の中で付け加える。
すると和美はとたんに寿々菜に打ち解けて・・・は、くれなかった。
それどころか敵意をむき出しにした目で寿々菜を見ている。
「お父さんは知らないけど、森田君と白木さん、あの日キスしてたよね」
「あ・・・」
そうだ。和美には見られているのだ。
「あ、あれは森田君が、幽霊が現れるかどうか試すために・・・」
「でも森田君は、幽霊の正体が私だって知ってるのよ?」
あ、そっか。
じゃあ、どうして森田君は「幽霊が現れるか試してみようぜ」なんて言って、
私にキスしたんだろう。
試したって出てくるわけないし、出てきたところでそれは和美ちゃんなのに。
その答えを知るには、寿々菜は少々お子ちゃま過ぎる。
寿々菜より年下なのに寿々菜より「お子ちゃま」ではない和美がため息をついた。
「もういいわ。白木さんて、森田君と付き合ってるの?」
「付き合ってるわけないでしょ!卒業式以来、会ってもないし!」
「本当?」
「本当よ!」
ようやく和美の目が和らぐ。
「よかった。森田君は絶対誰にも渡さないんだから」
「・・・和美ちゃんて、何歳?」
「12歳。小6よ」
12歳・・・小6・・・
寿々菜は、「女」を感じさせる小学6年生に舌を巻いた。
が、ここは一応年上の「女」として威厳を見せなくてはいけない。
・・・「お子ちゃま」に無理は禁物だと思うのだが。
「か、和美ちゃん。森田君はきっと、明るくて元気な女の子が好きだと思うな。
今日は文化祭だし、誰だって学校に入っていいんだから、こんなとこに閉じこもってないで、
遊ぼうよ」
「・・・」
「ついでにこの天井裏も卒業したらどうかな?
きっと森田君なら、外でも和美ちゃんに会ってくれるよ」
寿々菜としては、我ながらいい話をしていると思う。
が。
「何言ってるのよ。来年には私、ここの生徒になるのよ?そしたら天井裏じゃなくて、
堂々と教室でお父さんを待ってられるわ」
「そ、そうね」
「この天井裏は小学校の間だけって決めてるんだから。
それに、今でもたまに森田君とは外でデートしてるもん」
「・・・」
「でも、いくら『付き合って』って言っても『和美が高校生になった時に俺に彼女がいなかったらな』とか言うのよ!私が高校生になった時って、森田君は大学生よ!?彼女がいない訳ないよね!!」
憤然とする和美。
誰が、寂しがり屋で引っ込み思案だって?
寿々菜が心の中でそう突っ込んだのは、無理からぬことだ。
「今日も、森田君がいるなら一緒に文化祭を見学したいけど、一人じゃつまんないし」
「あ、だったら、私と一緒に回らない?今から講演会に出なきゃいけないけど、
その後は暇だから」
「講演会?」
「うん。私、芸能人だから、それで、」
「芸能人?白木さんが?テレビで見たことないけど」
「・・・」
子供は正直である。
「こ、この前、『御園探偵』にちょこっと出たんだけど」
「え!?それってKAZUが出てるやつ!?」
「うん」
「私、全話見てるけど、白木さん出てたっけ?」
「・・・」
和美がピョンピョン飛び跳ねながら寿々菜の手を握った。
「ねえねえ、サインちょうだい!」
「え、サイン!?」
サインなんて!
・・・普通に「白木寿々菜」って書けばいいのかな。
あ、でも芸名は「スゥ」だっけ。
なんとも情けない悩みである。
しかし、悩みは不要だった。
「KAZUのサイン!10枚ちょうだい!」
「・・・なんだ、KAZUのか・・・でも、どうして10枚も?頼んでみるけど」
「友達にあげるの!あ、やっぱり11枚!
私は特にKAZUのファンってわけじゃないんだけど、自分でも一応持っておきたい!
プレミア付くかもしれないもん」
ちゃっかりした小学6年生である。
だが、寿々菜は和美と話しながら、あることを思い出していた。
山崎の言葉である。
『君が書いた講演内容の案だが、こんなんじゃ全然ダメだ』
『聞き手は誰なのか、どういうことを聞きたいのか、スゥは何を伝えたいのか。
その辺のことを良く考えて、もう一度書きなさい』
寿々菜は腕時計を見て、
「後、30分か」と呟いた。