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第10話 犯人

森田が言っていた通り、台本と漫画は演劇部の部室の机の上にあった。


「おお!お前に会うために、どれだけ苦労したと思ってるんだよ!」


森田は冗談ではなく感激して、台本(と、漫画)を抱き締めた。

しかし寿々菜は森田のことを気にもせず、ある一点をじっと見つめている。


森田が寿々菜に振り返った。


「どーした、白木センパイ?」

「ねえ、ちょっと手伝ってくれる?」

「何を?」

「これを動かしたいの。一人じゃ重くて大変だから」


寿々菜は教壇を指差した。


「はあ?こんなもん動かしてどうするんだよ?」

「いいから!ほら、そっちから押して」

「へえへえ」


森田は仕方なく、愛しの台本と漫画を再び机の上に置くと、

床にしゃがみ込むようにして教壇をグッと押した。


女の子の寿々菜1人ではなかなか動かすことのできない教壇だが、

男の子の森田にかかれば、スーッと、とまではいかないにしても、いとも簡単に動く。


教壇の下から、寿々菜には見慣れた扉が現れた。


「なんだよ、この扉?」


立ち上がった森田が、両手を腰にあてて訊ねる。


「この下にね、小さな部屋があるの」

「部屋?」

「うん。私達の秘密の小部屋」

「私達?」


寿々菜は無言で力を込めて扉を引き上げた。

扉自体は大した重さではないのだが、今日は岩のように重く感じる。


そして中を覗かないまま、声をかける。


「夏帆。いるんでしょ」

「・・・寿々菜?」


聞いている方がかわいそうになってくるような、か細い声がした。

しばらく待ってみたが、夏帆が出てくる気配はない。


寿々菜は思い切って、小部屋の中へ入った。

森田は黙ったまま、小部屋の入り口から少し離れたところに立っている。


何故だか分からないが、寿々菜は森田がそうしてくれているのが嬉しかった。


「夏帆・・・」


いつも通りの中腰で部屋の中を見回すと、

制服姿の夏帆が、小窓から入ってくる月明かりを避けるようにして、部屋の隅で小さくなっていた。


だが、どんなに月明かりから逃げても、その制服が裂かれているのは隠し様がない。


寿々菜は息を飲んだ。


「・・・大橋先生が?」

「・・・うん・・・途中で逃げてきたけど・・・」


夏帆が胸の前でクロスしている腕に力を入れる。


寿々菜は目の前の光景が信じられなかった。

もしかしたら、と覚悟はしていたが、

やはりいつも一緒にいる夏帆のこんな姿はショックが大き過ぎる。


怒りとも失望とも恐怖とも取れる感情が小部屋の中に渦巻く。


「私と大橋先生・・・付き合ってるってほどじゃないんだけど、

大橋先生は、私が大橋先生のこと好きなのを知ってるし、

学校の外じゃ会ってくれなかったけど、学校では他の生徒とはちょっと違った目で見てくれてたの・・・それに、キスくらいは・・・」

「・・・」


ところが今日の昼、その大橋が中村とキスしているのを見てしまったのだ。

寿々菜があの時感じた違和感は、2人を見る夏帆の嫉妬の目に対してだったのかもしれない。


「私、学校に残って他の生徒や先生が帰るのを待って、運動場の小屋の前に大橋先生を呼び出したの。

どうしてここで中村先生とキスしてたんですか、って責めたら、いきなり先生が・・・

だから、私、思わず小屋にあったモップで・・・」


言葉にならないのか、夏帆は声を詰まらせた。







小部屋から部室に上がると森田はおらず、学ランが机の上に置かれていた。

寿々菜はそれを夏帆に着せてやり、抱き締めるようにして摩り続けた。


「どうしよう、私・・・」


夏帆が真っ青になって震える。


「気にすることないよ!正当防衛だもん!」


しかし寿々菜がどんなに励ましても、夏帆は首を横に振るばかり。


「私も大橋先生とそうなってもいいって、ずっと思ってたから・・・」

「でも、嫌がったんでしょう?それでも止めてくれなかったんだから立派に正当防衛よ!」


幾度となくこんなやり取りが繰り返されたが、夏帆の様子は変わらない。


寿々菜としては、このまま黙って夏帆を逃がしてやりたい。

夏帆は何も悪くない。

だがそうすると、大橋を殺したのが夏帆だと警察が気付いた時に、

「正当防衛なのに何故逃げた?」と言われかねない。



そんなの、決まってるじゃない!

恋人だった先生に襲われたから殴ったら死んじゃいました、なんて言える訳ないでしょう!?



寿々菜はまだ見ぬ鬼刑事に、心の中で猛然と抗議した。

だが、さすがは頭の良い夏帆。

気分は沈んだままでも、状況を判断する冷静さは持ち合わせていた。


「あのまま大橋先生の死体を置いといて、朝誰かが見つけたら大騒ぎになるよね・・・

ちゃんと、他の先生と警察に話さなきゃ」

「夏帆・・・」

「心配かけてごめんね、寿々菜。ありがとう。でも、私がここに居るってよく分かったわね」

「うん、なんとなく。夏帆ならここに居ると思ったの」

「ふふふ。私、逃亡犯にはなれないなあ。寿々菜にすぐに見つかっちゃう」


少し笑顔になった夏帆を見て、寿々菜の方が泣きたくなった。

ところが。


「おい。誰の死体だって?」


突然カッターシャツ姿の森田が戻ってきて、口を挟んだ。

走ってきたのか髪は乱れ、息も上がっている。


「誰って・・・大橋先生よ、もちろん」

「は?大橋は死んでないぞ?死んでもいいけど」

「・・・へ」

「まあ、風邪くらいは引いてるかもな」


森田が携帯を取り出し、写真が入っているデーターボックスを開いて寿々菜と夏帆に渡した。

そこには、小屋の中で倒れている大橋が映っている。


寿々菜と夏帆は目を逸らそうとしたが・・・

思わず写真を凝視して、それから真っ赤になって慌てて携帯を閉じた。


「・・・ちょっと!どういうこと?どうして大橋先生の下半身が裸なの?」

「今、ちゃちゃっと脱がして写真撮ってきた。

この写真さえあれば、大橋も大人しくせざるを得ないだろ。

別に脅迫しなくても、目が覚めて自分の格好見たら、何をされたか想像つくだろうし」

「目が覚めたらって・・・大橋先生、死んでないの?」

「誰が死んでるなんて言った?思いっきり生きてるって。たんこぶ作って気絶してるだけだ」

「・・・」


寿々菜と夏帆は手を取り合って、その場にヘナヘナと座り込んだのだった。






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