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第1話 キスシーン

「カット!」


その声と同時に、2人の顔がパッと離れた。


見物客から感嘆とも落胆とも取れるため息が漏れる。

我らが駆け出しアイドル・スゥこと白木寿しらきすずも、

その中の1人であることをご承知頂きたい。


ということは、もちろん、その視線の先には・・・


「KAZUさん、お疲れ様でした!」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」


ホッとしたような笑顔のKAZUが、

相手役の寿々菜ではない駆け出しアイドルと握手を交わした。

同じ駆け出しアイドルでも、KAZUの相手役を務めているという点が寿々菜とは大違いだ。



ここはKAZU主演の連続ドラマの屋外撮影場。

最終話の収録とあって、駆けつけたファンで辺りは騒然としていたが、

まさかキスシーンがあるとは誰も思っていなかったので、

「騒然」どころの騒ぎではなくなってしまった。


しかし当のKAZUはそんな騒ぎにも全く動じることなく笑顔を絶やさない。

これは、KAZU十八番の「爽やか二枚目俳優モード」であることに違いはないのだが、

今はそれを増長させているある事由がある。


なんとKAZUは明日から2週間のオフなのである!

こんな長期オフはデビュー以来始めてだ。

2週間に1回仕事があるかないかのスゥとは訳が違う。



遊びまくってやる!!!



中学生の時から芸能界にいて、多少大人びていると言ってもKAZUもまだ21歳。

オフで張り切ってしまうのも無理からぬところだ。


しかし、浮かれ気分のKAZUとは対照的に寿々菜の心は晴れない。


KAZUに対しては一介のファン以上の想いを寄せている寿々菜。

今までも散々テレビでKAZUのキスシーンは見てきたが、生で見るのは初めてである。

加えてそのお相手は寿々菜と歳も芸暦も変わらない駆け出しアイドル。



私、KAZUを追いかけて芸能界に入ったのに・・・



さすがにいつもは能天気な寿々菜も、自分の不甲斐なさにしょんぼりとした。







「ラーメン3つ、チャーハンと餃子2二人前ずつ!」

「はいよ」


KAZUの呪縛(?)から解放された岩城和彦いわきかずひこが、

馴染みの中華料理屋・来来軒で威勢よく注文をする。

断っておくが、「ラーメン3つ、チャーハンと餃子2二人前ずつ!」を1人で食べる訳ではない。

和彦に片思い中の2人

---寿々菜と、和彦のマネージャーの山崎(30歳♂)---

の分も一緒に注文しているのである。


いつもなら火花を撒き散らしている寿々菜と山崎だが、

今日の寿々菜は大人しい。

一方の山崎も、何故か難しい顔をしていて、寿々菜と一戦交えるつもりはないらしい。


ちなみに、女子高生と30歳の男が「一戦を交える」というと、あらぬ方向に想像が行きそうだが、

もちろんそういう意味ではない。


「どーした、2人とも。こんないい日にしけた面しやがって」


もはやKAZUの面影もない和彦が、ラーメンをすすりながら2人の顔を見比べる。


「そうだ、寿々菜。さっきのキスシーン、どうだった?」

「・・・」


和彦はデリカシーがない訳ではない。

わざと意地悪いことを言って、寿々菜をおちょくっているのだ。

しかしそれが分からない寿々菜はバカ正直に落ち込む。


「はい・・・よかった、と、思います・・・」

「だろ?寿々菜も早く俺とドラマでキスシーン演じれるくらいになれよ。

それまでファーストキスは大事に取っとけ」

「わ、私、高校生ですよ!キスくらいしたことあります!」


和彦が、そして寿々菜の言葉で我に返った山崎が、ポカンとする。


「・・・寿々菜」

「はい」

「犬や猫とキスするのは、キスって言わないんだぞ?」

「それくらい分かってます!」


しかし和彦は寿々菜の言葉を本気には取らず、

ニヤニヤしながらラーメンへと意識を戻した。



和彦さんたら!

私だって・・・!



寿々菜が思わず考え込んでいると、

再び渋い顔に戻った山崎が鞄の中から紙を一枚取り出した。


「スゥ。今度の講演会の件だけど、」

「講演会!?」


和彦が咳き込む。


「寿々菜!お前、講演会なんか開くのか!?」

「違います!講演会って言っても、私が通ってた中学校の文化祭の中での話です。

この前、私ドラマに出たから、その時の話をして欲しいって・・・」

「ああ。『御園探偵』か」


「御園探偵」とは、和彦が探偵役で主演している2時間物のサスペンスシリーズで、

年に1、2度不定期に放送される。

その第6弾に寿々菜が脇役で出演したのだ。


「あれ、なかなか好評だったじゃん」

「そうなんですけど・・・そのせいで、講演会をすることになっちゃったんです」

「ノーギャラでね」


山崎が補足する。


「まあ、スゥはボランティアでもなんでも、まずは顔を売らないと」

「おい、山崎。お前、俺のマネージャーだろ。なんで寿々菜の面倒みてんだよ?」


とたんに山崎の態度が変わる。


「そうなんですよ、和彦さん!僕もスゥの面倒なんてみたくないんですけどね。

和彦さんがオフの間は、スゥを見ろって門野社長に言われているんです」


和彦と寿々菜が所属する弱小プロダクションのケチ社長・門野は、

トップアイドルの和彦にはともかく、

駆け出しアイドルの寿々菜にマネージャーを丸々1人はつけてくれない。

手の空いているマネージャーがその時々で寿々菜の仕事の世話をしている。

KAZUがオフなら、マネージャーの山崎もオフ、という訳にはいかないのだ。


再び山崎の態度が変わる。


「スゥ。君が書いた講演内容の案だが、こんなんじゃ全然ダメだ」

「・・・え?」


山崎から紙を受け取り、寿々菜は青ざめた。

以前、寿々菜が山崎に提出した、講演内容の案を書いた紙である。


山崎のことはいけ好かないが、マネージャーとして腕は確かだ。

それは寿々菜も認めざるを得ない。

その山崎からダメ出しされたとなると・・・



一生懸命考えたんだけどな。

何がダメなんだろう。



役決めのオーディションの様子、

撮影現場の様子、

笑えるNG話、等々。


紙に添削した様子はなく、

一体何が「全然ダメ」なのか分からない。


「聞き手は誰なのか、どういうことを聞きたいのか、スゥは何を伝えたいのか。

その辺のことを良く考えて、もう一度書きなさい」

「はい・・・」


学校の先生と生徒みたいである。


「あはは。寿々菜も大変だな。ま、頑張れよ」



しかし和彦の励ましも効果はなく、

寿々菜はますます落ち込んだのだった。




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