第5章 チームの存続危機を乗り越えて
⚪︎野球をやめようと思った三か月
練習に行かなくなった僕たち
選抜大会の予選で敗れた翌日、僕たちは練習に行かなくなった。
毎日通っていたグラウンド。手になじんだバット。仲間と追いかけていた白球。それまで当たり前だった日常から、僕たちは離れていった。
誰かが「野球をやめよう」と宣言したわけではない。ただ、みんなの中に「もう野球はいいんじゃないか」という気持ちがあったのだと思う。
僕自身も、野球から離れたかった。
怪我を乗り越えて復帰し、仲間と必死に練習してきた。それでも、望んだ結果は得られなかった。
「これだけやっているのに、なぜ勝てないんだ」
悔しさは試合の結果だけに向けられたものではなかった。練習への取り組み方や野球に対する考え方について、指導者の方々と意見が食い違うこともあった。
指導者には指導者の考えがあり、僕たち選手にもそれぞれの思いがあった。チームを強くしたいという願いは同じでも、その進み方をうまく共有できなくなっていた。
当時の僕たちには、自分たちの気持ちを伝え、相手の考えを理解する余裕がなかった。悔しさや不満が重なり、グラウンドへ向かう気力さえ失っていった。
少し休めば、気持ちも落ち着く。
最初はそう考えていた。だが、その休みは三か月にも及ぶことになった。
一週間、そして一か月
練習に行かなくなった当初は、どこか解放された気分だった。
放課後に走り込む必要も、厳しい練習に耐える必要もない。毎日野球を中心に過ごしていた僕たちにとって、それは慣れない時間だった。
だが、数日が過ぎると、何かが足りないと感じ始めた。
放課後になっても、仲間とグラウンドへ向かうことはない。バットを振ることも、試合について話すこともなくなった。
「俺たち、このままでいいのかな」
そう思っても、行動には移せなかった。
一週間、二週間と時間が過ぎ、気づけば一か月が経っていた。
野球をしない生活に慣れ始める一方で、不安も膨らんでいった。
「本当に、このチームはなくなってしまうんじゃないか」
夏の甲子園を目指していたはずなのに、僕たちは自分たちの手で、その可能性を閉ざそうとしていた。
二か月目
二か月目に入っても、練習は再開されなかった。
チームとしての活動そのものが止まっていた。
力のある選手も、勝ちたいと願う仲間もいた。それでも、個人の思いを一つにまとめられず、前へ進めなくなっていた。
「このまま終わっていいのか」
そう思っても、誰も簡単に答えを出せなかった。
指導者との考え方の違い、試合に勝てない悔しさ、仲間の気持ちが分からない不安。さまざまな思いが絡み合い、何から解決すればいいのかさえ見えなかった。
それでも、仲間と野球をしていた日々は、ふと記憶によみがえった。
苦しい練習も、悔しかった敗戦も、仲間と過ごした時間も、高校野球の一部だった。
離れて初めて、僕たちは自分たちが何を失おうとしているのかを考え始めていた。
三か月目
三か月が近づいた頃、僕は自分に問いかけた。
「俺は、本当に野球をやめるのか」
練習のない生活は、いつしか日常になっていた。それでも、野球を中心に過ごしてきた僕にとって、何かが欠けたままの毎日だった。
仲間と汗を流すこと。厳しい練習を乗り越えること。試合に勝って喜び、負けて悔しがること。
それらは、いつの間にか僕の生活そのものになっていた。
一方で、復帰には迷いがあった。
また同じ問題が起きるのではないか。思うように勝てず、再び不満を抱えるのではないか。
「もう、野球をやめてもいいんじゃないか」
そう考えることもあった。
僕たちは、野球そのものが嫌いになったわけではない。勝てない苦しさや、気持ちがすれ違う状況に疲れ、どうすれば前に進めるのか分からなくなっていたのだ。
それでも、心の奥には、まだやり残したことがあった。
親と先生方が動いてくれた
三か月が経とうとする頃、親と先生方が、練習再開に向けて話し合ってくれた。
僕たち選手は、悔しさや不満を抱えたまま、自分たちだけでは前に進めずにいた。野球を続けたいという気持ちが残っていても、どうすれば再びチームとして動き出せるのか分からなかった。
そんな僕たちのために、親と先生方が動いてくれたのだ。
その話し合いを経て、僕たちは再び練習できることになった。
自分たちだけでは解決できなかった状況の中で、周囲の大人たちが道をつくってくれた。その支えがあったからこそ、僕たちはもう一度、野球を続ける機会を得ることができた。
当時の僕たちは、自分たちの思いで精いっぱいだった。けれど、僕たちのことを考え、再出発のために動いてくれる人たちがいた。
そのことの大きさを、今になって改めて感じている。
三か月ぶりのグラウンド
久しぶりの練習日、仲間たちは全員そろってグラウンドに戻ってきた。
三か月前まで当たり前だった光景が、再び目の前にあった。
同じ仲間がいる。同じグラウンドがある。そして、もう一度野球ができる。
三か月という空白は、決して短くなかった。体力も技術も落ちているはずだった。以前のように動けるかどうかも分からない。
それでも、僕たちはここで終わるつもりはなかった。
目指すのは、最後の夏。
もう一度やるからには、今度こそやり切りたい。そんな思いを胸に、僕たちは練習を始めた。
バットを握り、ボールに触れる。
その瞬間、改めて感じた。
「やっぱり、俺は野球が好きなんだ」
野球から離れた時間があったからこそ、自分の気持ちを確かめることができた。
失った時間は戻らない。体力も感覚も取り戻さなければならない。それでも、僕たちは再びグラウンドに立っていた。
止まっていた時間が、ようやく動き出した。
もう一度、チームになる
練習を再開しても、すぐに以前のようなチームに戻れたわけではなかった。
それまでに積み重なった思いや、指導者との考え方の違いが、簡単に消えることはない。
それでも、僕たちは同じ場所で汗を流し始めた。
チームとして前に進むには、技術を磨くだけでは足りない。仲間の考えに耳を傾け、自分の思いを伝え、意見が違っても同じ目標に向かう方法を探す必要がある。
当時の僕たちは、まだその答えを見つけられていたわけではなかった。
ただ、一度離れた経験は、チームについて考え直すきっかけになった。
仲間がいて、練習できる場所があり、支えてくれる人たちがいる。そうした環境があって、僕たちは野球を続けられる。
そのことを胸に、僕たちは再出発した。
三か月が教えてくれたこと
今振り返ると、あの三か月は、高校野球の中でも忘れられない時間だった。
チームが止まり、野球をやめようと考えた。それでも、僕たちは再びグラウンドに立つことができた。
当時は、なぜ勝てないのか、なぜ気持ちがすれ違うのか、その答えが見つからなかった。
けれど、チームとは、ただ同じユニフォームを着て練習するだけの集まりではない。
負けたときにどう向き合うのか。意見が食い違ったときに、どう歩み寄るのか。苦しい状況から、どうやって前に進むのか。
それも、チームにとって大切なことなのだと思う。
そして、僕たちが野球を続けられたのは、自分たちの力だけではなかった。親と先生方が話し合い、練習を再開できるように動いてくれた。
自分たちでは動けなかったとき、手を差し伸べてくれる人たちがいた。そのことは、今も忘れてはいけないと思っている。
僕たちは一度、野球から離れた。そして、もう一度続けることを選んだ。
三か月の空白を経て、再び最後の夏を目指すことになった。
失った時間を取り戻すために、体力も技術も、チームとしての自信も、一から積み重ねていかなければならない。
僕たちの高校野球は、ここから再び動き始めた。




