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弟ばかりひいきする両親。でも、そのたびに私の口座に10万円入るんですけど!?

作者: 熾星
掲載日:2026/10/25



 十二月三十一日、大晦日の夜。


 家族四人ですき焼きを囲んでいた。鍋に残っていた最後の黒毛和牛を取ろうと箸を伸ばすと、母が先に肉をつまみ、弟の翔太の器に入れた。私の器には、代わりに白菜が盛られた。


「翔太は仕事で疲れてるんだから、しっかり食べなさい。紗季は野菜でいいでしょ。ダイエット中なんだから」


 伸ばしかけた箸を引っ込め、白菜を口に運んだ。


 昔から、家で何かいいものを買うと、真っ先に翔太のものになった。父も、祖父から受け継いだ家は将来翔太に継がせるつもりで、家のお金は跡取りのために使うべきだと言っていた。


 翔太は得意げに肉をつまみ上げた。


「ありがと、母さん。やっぱ俺には甘いよな」


 テーブルに置いていたスマホが震えた。


【家族によるえこひいき行為を検知しました】


【報酬:100,000円】


 銀行アプリを開くと、口座に十万円が振り込まれていた。何かの間違いかと画面を見直していると、頭の中に機械的な声が響いた。


【えこひいき報酬システムとの接続が完了しました】


【家族による新たなえこひいき行為が発生するたび、報酬が支払われます。同一の行為は重複して計上されません】


 母は私に食卓の片づけを急かし、翔太はさっさと箸を置いて部屋に戻ろうとしていた。


 口座の残高を見ているうちに、思わず笑みがこぼれた。


 そこまで翔太をひいきしたいなら、好きなだけすればいい。その分、こっちはしっかり貯金させてもらおう。



1



「紗季、今年のボーナス、もう出たんでしょ? 明日までに三十万円、翔太に振り込んでおいて」


 母の美代子は箸を置き、当然のように言った。ボーナスは税金などを引かれているから、母が思っているほど手元には残っていないと答えると、翔太がうんざりした顔でスマホを置いた。


「姉ちゃん、貧乏なふりすんなよ。そっちの会社、今年は業績いいんだろ? ボーナスだって結構もらってるはずじゃん。百万円か二百万円くらい貯金あるだろ? 年が明けたら真帆と車を見に行くんだ。頭金が足りないんだよ」


 父の修一も湯飲みを置いた。


「実家暮らしで大して金もかからないだろ。翔太はこれから結婚するんだぞ。この家だって継いでもらうんだ。お前も姉なら、少しは力になってやれ」


 またその話かと思いながら、父の顔を見た。


「お父さん、この家って、将来誰のものになるの?」


 父は眉をひそめた。


「翔太に決まってるだろ。じいさんが残してくれた家だぞ。翔太に継いでもらわなくてどうする。お前は結婚したら家を出るんだから、関係ないだろうが」


【報酬:100,000円】


 ポケットの中でスマホが震えた。


「じゃあ、今まで貯めてきたお金は?」


 母がすかさず答えた。


「翔太の結婚資金よ。結婚式に引っ越し、家具だって買わなきゃいけないんだから。あの子は転職したばかりなのよ。親が用意してあげなくてどうするの?」


【報酬:100,000円】


「二人が年を取って、介護が必要になったら?」


 父は迷いもせずに答えた。


「そのときはお前に頼む。翔太には嫁さんも子供もできるし、家のことだってある。お前は仕事も安定してるし、昔からしっかりしてるだろ」


【報酬:100,000円】


 三件続けて入金通知が届いた。


 増えた金額を確認している間に、父は翔太と車の話を始めていた。私が食器を片づけようと立ち上がると、母は切っておいた果物を翔太の前へ運んだ。


「そうそう、素直にしてればいいのよ。明日は早く起きて掃除をお願いね。もうすぐ真帆ちゃんが来るんだから、ちゃんとしておいてよ」


 台所で食器をシンクに置き、手を拭いて口座を確認した。大晦日の十万円に、今の三十万円を合わせて四十万円になっている。


 これまで私は、給料が入るたびに母へ五万円ずつ振り込んできた。実家に住む生活費だと言われていたけれど、光熱費や日用品、食材まで私が払うことも多い。翔太が免許を取るときも、スマホを買い替えるときも、母は私にお金を出させた。


 銀行アプリを開き、翌月からの自動振込を停止した。家族で使っていた決済サービスとの連携も解除し、パスワードを変更する。


 それから会社の社内システムにログインし、異動通知を開いた。


 先月、汐原市にある支社の営業企画チーム主任に応募し、社内選考を通過していた。年末年始休暇明けの初出勤日に、新しい職場へ出社することになっている。


 汐原市は海沿いの街で、ここ桐浜市からはかなり離れていた。


 台所のドアが開き、翔太が顔を出した。


「姉ちゃん、三十万じゃ足りないかも。欲しい中古のクラウン、納車前の整備とか保険もあるしさ。あと三十万、なんとかしてよ」


「三十万でも足りないの? いったいいくら出させるつもり?」


「六十万くらいかな。足りなきゃローンでも組めば? 姉ちゃんの給料なら返せるだろ」


 スマホの画面を消した。


「店が開いたら、一緒に車を見に行くよ」


 翔太はにやりと笑った。


「最初からそう言えばいいんだよ」


 リビングへ戻ると、さっそく両親と車の色や、納車されたらどこへドライブに行くかを話し始めた。


 洗い物を終え、六畳にも満たない自室へ戻った。ベッドの下から書類箱を引っ張り出し、マイナンバーカード、パスポート、卒業証明書、資格証明書をリュックに詰める。


 廊下から、母が床掃除をするよう怒鳴ってきた。


 リュックをクローゼットの奥へ押し込み、フローリングワイパーを持って部屋を出る。父はソファでテレビを見ていて、私の足音が聞こえても顔を上げなかった。


「今度、翔太のローンの手続きについていってやれ。転職したばかりで審査が通るかわからんからな。お前なら収入も安定してるし、連帯保証人になれるだろ」


「契約書はちゃんと見るよ」


 父はうなずくと、またテレビに目を戻した。


 床を拭いていると、翔太が母に、新しい車を買ったらスマホも買い替えたいと言い出したのが聞こえてきた。



2



 一月四日。中古車販売店が年明けの営業を始めた。


 翔太に連れられて、桐浜市郊外の中古車販売店へ向かった。目当ての黒いクラウンを見つけると、翔太は迷わず運転席に乗り込んだ。営業担当者とは、すでに価格の話まで済ませているらしい。


「これこれ。姉ちゃん、あとは頼んだぜ」


 営業担当者が見積書とローンの申込書類を持ってきた。母はすかさず、頭金は娘が払い、連帯保証人にもなるが、車の名義は翔太にすると説明した。


 連帯保証人の欄を指さし、担当者に確かめた。


「翔太がローンを払えなくなったら、私が返すことになるんですよね?」


 父が面倒くさそうに口を挟んだ。


「家族なのに、いちいち誰が払うとか言うな。翔太は転職したばかりで収入が安定してないんだ。保証人になるくらいいいだろ」


「だから、翔太が払えなくなったら?」


 母が私をにらんだ。


「そのときは紗季が立て替えてあげればいいでしょ! 翔太はお給料だって少ないし、真帆ちゃんとの交際費も結婚資金も必要なんだから」


【報酬:100,000円】


「じゃあ、車は誰のもの?」


 翔太が見積書をひったくった。


「俺に決まってんじゃん! 姉ちゃんは電車通勤だろ。車なんか使わねえくせに、ちょっと金出したくらいで乗るつもり?」


【報酬:100,000円】


 今度は父に聞いた。


「事故を起こして、保険で払いきれなかったら?」


「翔太は運転がうまいんだ。そう簡単に事故なんか起こさん。万が一のときは、稼いでるお前が少し出してやれば済む話だろ」


【報酬:100,000円】


 私は書類を営業担当者へ返した。


「すみません。私はお金を出すつもりも、保証人になるつもりもありません」


 担当者は少し困った顔をしたが、書類を引き取り、ローンの申請には本人の同意と金融機関の審査が必要だと説明した。


 翔太が運転席から勢いよく立ち上がった。


「姉ちゃん! ふざけてんのかよ!」


 母が私の服をつかもうとしたので、一歩下がってかわした。


「車を買うなとは言ってないでしょ。自分でお金を用意して、自分でローンを返せばいいじゃない」


 父は険しい顔で、今日は帰るぞと言った。翔太を連れて改めてローンの相談をするつもりらしく、私には、弟が彼女の前で恥をかかないようによく考えろと言い残した。


 店を出たあと、会社に用事があると告げ、一人で電車に乗って市の中心部へ向かった。


 カフェに入り、ノートパソコンを開いて汐原市のマンスリーマンションへ連絡した。支社の近くにあり、家具つきでセキュリティーもしっかりしている。システムから受け取ったお金で三か月分の家賃と初期費用を支払い、引っ越し業者の集荷も予約した。


 続いて、ここ数年で母に送金した記録をすべてダウンロードした。


 毎月の生活費、家の臨時の出費、翔太の免許取得費用や電子機器の購入代金。確認できるものだけでも、合計三百万円を超えていた。日々の食材や光熱費は、まだ全部含まれていない。


 明細を印刷し、書類袋にしまった。


 夜、帰宅すると、母がリビングで涙を拭っていた。


「娘なんて育てても、肝心なときには何の役にも立たないのね。翔太はまだ仕事が安定してないのに、姉のくせに自分のことばっかり」


 翔太も、私のせいで車を買えなかったと文句を言い、結婚したら早く家から出ていけと言い出した。


 父はしかめっ面で言った。


「明日また翔太とローンの相談に行く。お前も、今日のことで話が終わったと思うなよ」


 三人の横を通り過ぎ、そのまま自室へ戻った。


 ドアを閉めたところで、人事部からメールが届いた。


【高瀬紗季様。異動手続きが完了しました。年末年始休暇明けの初出勤日に、汐原支社へ出社してください】


 承諾のボタンを押し、パソコンを閉じてクローゼットの整理を始めた。



3



 翌朝、部屋のドアを開けると、母が廊下で待ち構えていた。なるべく早く部屋を空けるようにと言う。


 翔太の彼女の真帆が、結婚後は書斎が欲しいと言い出したらしい。母は私の部屋がちょうどいいと考え、ベッドと机を運び出して模様替えをするつもりだった。


「このベッドもタンスも、私が自分のお金で買ったんだけど」


 母はタンスに手を当てた。


「この家で使ってるんだから、家のものと同じでしょ。翔太がここで家庭を持つんだから、いつまでも部屋を占領されたら困るのよ」


【報酬:100,000円】


「じゃあ、私はどこで寝るの?」


 一階から父の声がした。


「和室が空いてるだろ。折り畳みベッドを置いて、しばらくそこで寝ればいい。結婚したら家を出るんだから、どうせこの部屋も使わなくなる」


 服を畳んでいた手が止まった。


「私、いつ結婚するなんて言った?」


 母はエプロンのポケットから写真を取り出し、机の上に置いた。


「そうそう、あんたにいい話があるの。森下さんの息子さん、三十八歳なんだけど、実家のお肉屋さんを継いでるのよ。向こうも会ってみたいって言ってるし、明後日、食事に行ってきなさい」


 写真の男性は私より十一歳年上だった。会ったことはもちろん、名前も初めて聞いた。


「行かないよ」


 母の顔が険しくなった。


「あんた、もう二十七でしょ。いつまで選り好みするつもり? 森下さんのところなら、結婚したあとも生活には困らないわ。お店を手伝うことだってできるし。家を出たいって、いつも言ってたじゃない」


母はさらに、相手の家族とはすでに結婚を前提とした話を進めていると明かした。向こうは結婚の準備に三百万円ほど出すつもりらしい。母はその話を聞いて、早くも翔太にいくら回せるか計算していた。


「そのお金、どうするつもりなの?」


「結婚式はそんなにお金をかけなくてもいいでしょ。支度金に余裕ができたら、翔太に少し貸してあげたっていいじゃない。今、車のお金が足りないんだから」


【報酬:100,000円】


「私の結婚のためのお金でしょ?」


「森下さんのお宅はお店もあるし、暮らしには困らないわよ。それより翔太のほうが大変なの。あんた、姉なんだから少しは考えてあげなさい」


【報酬:100,000円】


 母が食事会にはどんな服を着ていけと話している間に、クローゼットを開けて仕事着を取り出した。


 片づけを始めた私を見て、母の声が少し柔らかくなる。


「そうそう、それでいいの。早く部屋を空けてね。真帆ちゃんも、どう模様替えするか見に来たいって言ってるんだから」


 段ボール箱をいくつか用意し、古い服と本を詰めた。大事な書類、パソコン、仕事着はリュックに入れる。


 午後には引っ越し業者が荷物を取りに来た。


 服や本の入った箱を二つ、汐原市の新居へ送った。送り先や集荷の手続きはネットですべて済ませてあったので、作業員は箱を確認して運び出すだけだった。母は私が部屋の不用品を片づけていると思い込み、廊下から作業を急かしていた。


 夕食のとき、部屋が半分ほど空になっているのを見て、翔太は上機嫌になった。


「姉ちゃん、パソコンも置いてってよ。ちょうどゲーム用のが欲しかったんだ」


「あの古いパソコン、もう壊れてるよ。まともに起動もしないし」


「なんだよ、つまんねえな。古いやつくらいくれたっていいのに」


 父が箸を置いた。


「車のローンは、まだ金融機関と話してるところだ。お前のお見合いも先延ばしにはできん。両方片づいてから引っ越しの話をしろ」


「うん」


 深夜、一階の和室に敷いた折り畳みベッドに横になり、二階から聞こえる翔太と真帆の電話の声を聞いていた。


 スマホで銀行口座を確認する。ここまでのシステム報酬は百万円。新居の家賃はすでに支払ってあるし、元から貯めていた給料も合わせれば、汐原市で暮らし始めるには十分だった。


 車の販売店からの着信を拒否する設定にし、異動通知と新居の住所をもう一度確かめた。


 あと二日で、この家を出られる。



4



 一月六日の夜、父が珍しく缶ビールを何本か買ってきて、家族全員をリビングに集めた。私の結婚について、先に話をまとめておきたいらしい。


 三人はソファに並んで座り、私はローテーブルの前の小さな椅子に腰かけた。父がビールをひと口飲み、母に話を始めるよう目で促した。


「森下さんが用意してくださる支度金、三百万円もあるんですって。結婚式は質素にすればいいし、余った分は翔太に少し貸してあげられるわよね」


 私はうなずいた。


「ほかにもある?」


 翔太がビールを飲みながら口を挟んだ。


「姉ちゃん、結婚しても毎月五万は入れてくれるよな? 俺だって車のローンとか、いろいろ金かかるんだよ。今までどおりでいいからさ」


「結婚してからも、五万円?」


 父が缶ビールをテーブルに置いた。


「結婚したら実家と縁を切るつもりか? 翔太はこの家を守っていくし、嫁さんや子供も養わなきゃならん。姉のお前が少しくらい助けてやってもいいだろ」


【報酬:100,000円】


 スマホのメモに「毎月五万円」と入力した。


 それを見た母が、二階を指さして付け加えた。


「あんたの部屋のエアコンも、残ってる家具も持っていかないでね。翔太が使うんだから。それと、紗季が買った洗濯機も置いていきなさいよ。あれは家族みんなで使ってるんだから」


【報酬:100,000円】


 その条件もメモに加えた。


「お父さんたちが年を取ったら、誰が面倒を見るの?」


 父は軽く咳払いをした。


「それはお前に頼みたい。翔太にも自分の家庭ができるんだ。何もかも背負わせるわけにはいかん。お前は小さいころからしっかりしてるし、仕事も安定してるからな」


【報酬:100,000円】


 メモには、いくつもの条件が並んでいた。


 家と貯金は翔太に残す。車や結婚の費用は私が助ける。父母が年を取ったら、介護も私が中心になって引き受ける。


 スマホが再び震えた。


【経済的自立に必要な目標額に到達しました】


【累計報酬:1,300,000円】


 メモを保存して、スマホをしまった。


「これで全部?」


 母は満足そうにうなずいた。


「ええ。森下さんとの食事には、ちゃんとした格好で行きなさいよ。変な印象を持たれたら困るんだから」


 話が終わると、三人はそれぞれの部屋へ戻っていった。


 私は和室で午前二時まで待ち、銀行口座をもう一度確認した。母への自動振込は停止済みで、家族共用の決済サービスとの連携も解除してある。


 汐原市の新居の電子錠の暗証番号を確かめ、雇用契約書や異動通知、賃貸契約の書類も保存した。


 最後に、これまで家に振り込んだ三百万円以上の明細をリビングのテーブルに置き、その横に実家の予備の鍵を添えた。


 午前五時半。外はまだ暗い。


 リュックを背負い、用意しておいたスーツケースを引く。予約したタクシーの運転手からは、近くまで来たというメッセージが届いていた。


 玄関に立ち、そっとドアノブを押した。


 小さく鍵の音がした。


 背後から母の声が飛んできた。


「紗季、こんな朝早くにどこへ行くの?」



5



 母はカーディガンを羽織って廊下に立っていた。私のスーツケースを見た途端、顔色が変わった。


「その荷物、何なの? まさか引っ越すつもり? 森下さんとの話はどうするのよ!」


 その声で父と翔太まで起きてきた。


 階段を駆け下りてきた翔太が、スーツケースの持ち手を押さえた。


「姉ちゃん、逃げる気かよ! 俺の車、まだ買えてないんだぞ! 姉ちゃんが出ていったら、金は誰が出すんだよ!」


 父が玄関の前に立ちはだかった。


「荷物を置け。話が済むまで、どこにも行かせんぞ」


 スーツケースから手を離した。


「お見合いは断る。翔太の保証人にもならない。今日、家を出るから」


 母が声を張り上げた。


「あんた、正気なの? 森下さんにはもう話をつけてあるのよ! 今さら断ったら、私が何て説明すればいいの? 翔太の車も結婚の準備もあるのに!」


「約束した人が説明すれば?」


 テーブルの上に置いた明細を指さした。


「私の結婚のことは、もう勝手に決めないで」


 翔太がリュックを奪おうと手を伸ばしてきた。


「じゃあ俺の車はどうすんだよ! 出ていくなら、せめて頭金を置いてけよ!」


 一歩下がって、その手をかわした。


「自分で稼いで買いなよ」


 父が手を振り上げ、怒りで声を震わせた。


「いい加減にしろ! この家に住んで、飯を食わせてもらって、仕事ができるようになった途端、親にそんな口を利くのか! じいさんがこの家を残したのは、家族で支え合うためだぞ!」


 私はテーブルから送金明細を取り、父に差し出した。


「ここ数年、私が家に入れたお金、三百万円を超えてるよ。毎月五万円の生活費に、食費も光熱費も、翔太の買い物代まで入ってる」


 父は何枚かめくり、次第に険しい顔になった。


「食べさせてもらってるって言うけど、この家の支払いをどれだけ私がしてきたか、全部そこに書いてあるから」


 母が明細を奪い取った。


「誰が産んで育ててやったと思ってるの! 親にお金を入れるのは当たり前でしょ! 翔太はあんたみたいに稼げないんだから、私が面倒を見てやらなきゃどうするのよ! いいからキャッシュカードを出しなさい!」


 私はスマホで、これまで生活費を振り込んでいた口座を開いた。


「この口座はもう使ってないし、自動振込も止めた。これからの給料も貯金も、自分で管理する。もう当てにしないで」


 翔太が目をむいた。


「は? 金は? どこに移したんだよ!」


「翔太には関係ないでしょ」


 スーツケースを引き寄せた。


「会社の異動も決まってる。今日、汐原市へ行くから。もうここには住まない」


 父の肩が怒りで震えた。


「出ていくなら、もう二度と帰ってくるな! お前なんか娘じゃない!」


 玄関まで歩いていった。


「わかった。お父さんがそう言ったんだからね」


 ドアを開け、外へ出た。


 背後から母の泣き叫ぶ声と翔太の罵声が聞こえてきた。スーツケースを引いて路肩のタクシーへ向かうと、運転手が車を降り、トランクを開けてくれた。


「桐浜駅まででよろしいですね?」


「はい、お願いします」


 車が走り出すと、翔太から電話がかかってきた。


 車の頭金をいつ振り込むのかと問い詰め、父が改めてローンを申し込んでくれることになったから、あとは私が金を出せば済むと言ってきた。


 電話に出て、短く告げた。


「翔太、これからは欲しいものくらい、自分で働いて買いなよ」


 通話を切り、その番号を着信拒否にした。



6



 桐浜市を離れた列車の窓から、建物の並ぶ景色が少しずつ山や田畑に変わっていくのが見えた。


 数時間後、海沿いの街、汐原市に到着した。駅を出ると、潮の匂いを含んだ風が吹いてきた。


 タクシーで、あらかじめ借りておいたマンションへ向かった。


 部屋は広くなかったけれど、きれいに掃除されていて、窓から差し込む日差しがフローリングを明るく照らしていた。服をクローゼットに掛け、パソコンを机に置き、先に届いていた段ボールを開けた。


 休暇明けの初出勤日、予定どおり支社へ出社した。


 人事担当者がオフィスを案内し、同僚たちに紹介してくれた。


「高瀬さん、お待ちしていました。本社でのご活躍は伺っています。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。早くこちらの仕事に慣れるよう頑張ります」


 新しい仕事はかなり忙しかった。


 業務の流れを覚え直し、チーム内の調整も任され、帰宅が夜九時になる日も珍しくなかった。スーパーの営業時間に間に合わないときは、駅で弁当を買い、翌日の資料を確認しながら食べた。


 半月後、母から支社の受付に電話がかかってきた。


 受付の女性によると、私の母親だと名乗る人が、家で大変なことが起きたからどうしても話したいと言っているらしい。


 電話に出ると、母の怒鳴り声が耳に飛び込んできた。


「紗季! いつまで逃げ回ってるつもりなの! 翔太の車のローンが滞納になったのよ! ローン会社から毎日のように電話が来てるんだから、早くお金を振り込みなさい!」


 私が家を出たあとも、翔太はあの車を買うことを諦めなかった。


 父が頭金の一部を出し、連帯保証人にもなったという。ところが翔太は初回の支払いから遅れ、金融機関から督促が届いていた。


「契約したのは誰? 保証人になったのは?」


「お父さんが保証人になったから何だっていうのよ! 家族なんだから同じでしょ! 翔太のローンも払わないうえに、毎月の生活費まで止めて。私たちにどうやって暮らせっていうの!」


 母はさらに声を荒らげ、会社に乗り込んで、私が親の面倒を見ようとしないことを同僚全員に知らせてやると言い出した。


 ひとしきり言い終わるのを待ってから、口を開いた。


「翔太の車のローンまで、どうして私が払うの? お母さんたちの生活のことは、必要なら弁護士を通して話すよ。でも、翔太の借金は別でしょ」


「何が弁護士よ! 私はあんたの母親なのよ! 親が困ってるんだから、助けるのが当たり前でしょ!」


「会社まで来て騒ぐなら、会社にも対応してもらう。それでもやめなかったら警察に相談するから」


 母は一瞬黙ったあと、恩知らずだの、罰が当たるだのと罵り始めた。


「それでも、翔太の借金を払い続けるよりはましだよ」


 電話を切り、受付には今後同じような電話を直接取り次がなくていいと伝えた。


 その日の帰り道、花屋でひまわりを一束買った。


 マンションに戻り、ガラスの花瓶に生けて窓際へ置く。夕食の支度をしようとしたところで、またスマホが光った。


 父からのメッセージだった。


「そこまで金の話を持ち出すなら、一度帰ってきて、きっちり話をつけようじゃないか」


 読み終えたスマホを伏せてテーブルに置き、先に弁当を温めることにした。



7



 週末、弁護士事務所を予約し、親子関係や個人の財産、扶養義務について相談した。


 弁護士によると、成人した子供は親元を離れて生活できるし、親が本人の給料を勝手に管理する権利もない。兄弟姉妹だからといって、借金を肩代わりさせられるわけでもなかった。


 ただし、親子関係は絶縁を宣言するだけで法的に消えるものではない。将来、両親が本当に生活に困った場合の扶養については、双方の収入や資産、生活状況を踏まえて考える必要があるという。


 翔太の自動車ローンについても、私自身が保証契約を結んでいなければ、姉というだけで返済義務を負うことはないと説明された。


 事務所を出るとき、弁護士の名刺を財布にしまった。


 それから一か月後、両親が汐原市までやってきた。


 仕事を終えてマンションのエントランスへ向かうと、物陰から母が飛び出してきて、私の腕をつかんだ。


「本当にうまく逃げたわね! こんな遠くまで引っ越せば、私たちが見つけられないとでも思った?」


 母の手を振りほどいた。


「どうやってここがわかったの?」


 父はスマホを取り出し、引っ越し業者の書類を撮った写真を見せてきた。


 見覚えのある書類だった。引っ越し前に見積もりを取ったときのもので、汐原市の送り先住所が書かれている。古い机の引き出しに置き忘れていたのだ。


 騒ぎを聞きつけた管理人が、様子を見に来た。


 父は家族の問題だから口を出すなと言った。


 エントランスで言い争いを続けたくなかった私は、二人を道路の向かいにあるカフェへ連れていった。


 席に着くなり、父はたばこを取り出した。火をつけようとしたところで店員に禁煙だと注意され、不機嫌そうにポケットへしまった。


「翔太の車はもう売った。頭金だってほとんど戻ってこなかったし、真帆ちゃんにも振られた。お前、どう責任を取るつもりだ?」


 アイスコーヒーを持ち上げた。


「保証人になったの、お父さんでしょ? なんで私が責任取るの?」


 翔太はローンを滞納したあとも、なかなか支払いを立て直せなかった。父が何度か肩代わりしたものの、これ以上払っていくのは無理だと判断し、翔太を説得して車を売らせたらしい。売却代金を残債の返済に充てても足りず、頭金も無駄になった。


 真帆も、翔太がこれから先ずっと姉の収入を当てにするつもりだと知り、別れを切り出したという。


 母がテーブルをたたいた。


「あんたが最初から保証人になっていれば、こんなことにはならなかったのよ! 今すぐ百万円出して、残った借金を返させてあげなさい!」


「翔太のローンなのに、どうして毎回私が払う話になるの?」


 父が鼻で笑った。


「主任なんだろ? 給料だって悪くないはずだ。百万円くらい、何とかなるだろ」


「自分で保証人になっておいて、払えなくなったら私に回すの?」


 父は眉間にしわを寄せた。


「それに翔太は今、住むところにも困ってるんだ。しばらくお前のところに置いてやれないか」


「私が家賃を払ってる部屋だよ。翔太が来たら、家賃も生活費も私持ちってこと?」


 母が私を指さした。


「本当に冷たい子ね! 翔太はこれからも高瀬の家を守っていくのよ。ちょっとつまずいたくらいで、姉のあんたが見捨てるなんて信じられない!」


「家も貯金も翔太に残すんでしょ? だったら、困ったときまで私に頼らないでよ」


 父が立ち上がった。


「最後に聞く。百万円、出すのか、出さないのか?」


「出さない」


 母の顔が怒りでゆがんだ。


「あんたなんか産むんじゃなかった! うちの家も貯金も、全部翔太のものよ! あんたには一円だって渡さないから!」


【報酬:100,000円】


【今回のえこひいき行為に対する報酬の支払いが完了しました】


【累計報酬:1,400,000円】


 テーブルの下でスマホが震えた。


 母はまだ真っ赤な顔で怒っていた。父も立ったまま、じっとこちらを見下ろしている。私は自分の飲み物代をテーブルに置いた。


「財産を誰に残すかは、二人で決めればいいよ。その代わり、私の給料や住む場所まで勝手に決めないで」


 バッグから実家の鍵を取り出し、テーブルに置いた。


 カフェを出ると、家族のLINEグループを退会し、両親が使っていた新しい電話番号も着信拒否にした。



8



 汐原市には、少し早めに春がやってきた。


 通りの桜が散り、木々に若葉が芽吹き始めたころ、本社で培った経験を生かして、支社の大きな案件を一つ獲得することができた。


 会社からまとまったボーナスが支給され、上司からは、さらに規模の大きな仕事も任されるようになった。


 ボーナスとこれまでの貯金、システムから受け取った報酬を合わせ、自分の住まいを購入することにした。


 最終的に選んだのは、会社の近くにある四十平方メートルほどの中古マンションだった。築年数はそれなりに経っていたけれど、交通の便がよく、管理状態もしっかりしている。住宅ローンの審査が通ると、頭金を支払い、引き渡しの手続きを済ませた。


 引っ越した最初の日は、ご飯を炊いて卵焼きを作り、味噌汁を温めた。冷蔵庫に前日買っておいた鶏肉があったので、フライパンで焼いて皿に盛った。


 一人分の夕食は豪華とは言えなかったけれど、十分おいしかった。


 携帯電話の番号も変え、会社と親しい友人にだけ知らせた。


 ただ、引っ越して間もないころ、マンションの近くで桐浜市に住んでいたころの知人と偶然再会したことがあった。母が親しくしていた人で、今は汐原市に暮らしているという。新しくこのあたりに引っ越してきたとだけ話したが、どこで誰に伝わるかわからないので、住所までは教えなかった。


 両親と翔太の近況は、時折、父方の遠い親戚のおばさんからLINEで届いた。


 ある晩、そのおばさんから、翔太が高い利息で金を借りて投資を始め、すべて失ってしまったと連絡があった。


 取り立てをする人間が実家まで押しかけていて、両親が貯金の大半を出しても返済には足りないという。


「紗季ちゃん、気をつけたほうがいいわよ。またそっちに行くかもしれないから」


「教えてくれてありがとうございます。もし私の連絡先を聞かれても、教えないでくださいね」


 おばさんから、ため息をつくスタンプが送られてきた。


「紗季ちゃんも頑固ねえ。でもまあ、あそこまで翔太ばっかり甘やかしてたら、嫌にもなるわよね」


 スマホをテーブルに置き、翌日の仕事で使う資料の整理に戻った。


 おばさんの話では、翔太は金を借りるとき、投資が成功すれば車で損した分も全部取り返せると両親に豪語していたそうだ。ところが金を失うと、また父と母に何とかしてくれと泣きついているらしい。


 週末、自宅のベランダでノートパソコンを開き、これからの仕事について計画を立てた。


 プロジェクト管理に関する資格試験を受けるつもりだった。受験料や講座、教材にはお金もかかるし、勉強時間も必要になる。土曜の午前中は図書館へ行き、午後は家事を片づけ、日曜日は友人と会ったり休んだりできるよう、予定を組んだ。


 午後、参考書を読んでいると、LINEに友だち追加の申請が届いた。


 アイコンは翔太だった。添えられていたメッセージには、こう書かれていた。


「姉ちゃん、助けてくれ。金を返さなかったら、腕をへし折るって脅されてるんだ」


 しばらくその文字を見つめてから、申請を拒否した。


 本当に脅されているなら、警察に相談すればいい。両親はもう貯金の大半を翔太のために使ったというのに、それでも私を頼ってくる。


 翔太のアカウントをブロックし、参考書の次の章を開いた。



9



 それからしばらく経ったある日、仕事を終えて帰宅し、エレベーターを降りると、部屋の前に二人の人影が見えた。


 父と母だった。


 二人とも髪に白いものが増え、服もしわだらけだった。私に気づいた母が駆け寄り、足にしがみついてきた。


「紗季! お願い、翔太を助けて! あの子、本当に殺されちゃうかもしれないの!」


 一歩後ろへ下がった。


「どうしてここがわかったの?」


目を赤くした父の話では、何度も会社を訪ねたものの、受付も人事部も私の住所を教えてくれなかったという。


その後、母の古い知人から、私が汐原市のどのあたりに住んでいるかを聞き出したらしい。二人は何日も近所をうろつき、私がマンションに出入りするところを見かけて、ようやくこの建物を突き止めたという。


「翔太の借金は三百万円だ。実家を売って、どうにか半分は返した。だが、まだ百五十万円残ってる。取り立ての連中が毎日押しかけてくるんだ」


 二人の顔を見た。


「家を売ったって……これからどこに住むの?」


 父は目元を拭った。


「家賃の安いところを借りればいい。翔太さえ無事なら、俺たちが少し苦労するくらい構わん」


 母は廊下に膝をつき、私の足を抱きしめた。


「ごめんなさい、紗季! 今まで私が悪かったわ。翔太ばかり甘やかしてた。あの子、昔から頼りなくて……放っておけなかったのよ。紗季なら一人でもやっていけるって、つい甘えて……」


 母は涙で言葉を詰まらせ、それでも私の足を離そうとしなかった。


「今回だけ、もう一度助けてあげて。これからはあんたの給料にも口を出さないし、結婚だって無理に勧めたりしないから!」


 母はそのまま頭を下げ、額を廊下の床にぶつけた。


 慌てて腕をつかんだ。


「やめてよ。近所の人が出てくるでしょ」


 母は涙で濡れた顔を上げた。


「だったらお願い、助けてちょうだい! あと百五十万円あれば、翔太を助けられるのよ!」


「翔太のために、おじいちゃんが残した家まで売ったの?」


 父がうなずいた。


「息子を見殺しにはできんだろ。家のことは、あとでどうにかする。だが翔太に何かあったら、取り返しがつかないんだ」


「もし三百万円の借金を作ったのが私だったら、二人は家を売って助けてくれた?」


 父も母も固まった。


 母はうつむき、父は何か言いかけたまま口を閉じた。


 少しして、父がまた話し始めた。


「今さらそんなことを言って、何になるんだ。翔太は本当に危ないんだぞ。最後に一度だけ、父さんを助けると思って頼む。な?」


 母の手を足から外した。


「その百五十万円は出さない」


 父が勢いよく立ち上がった。


「紗季! 本当に弟を見殺しにする気か! ここまで頭を下げてるのに、まだ足りないっていうのか!」


「翔太が脅されてるなら警察に行けばいい。借金だって弁護士に相談できるでしょ。どうして私が代わりに返さなきゃいけないの?」


 母は床に座り込んだまま、なんて薄情な娘なのかと泣き続けた。父まで、そんなことをしていたら罰が当たるぞと責めてきた。


 私はスマホを取り出し、警察に電話をかけた。自宅の前に訪ねてきた家族が帰ってくれず、何度断っても金銭を要求してくると説明した。


 本当に電話したとわかった父は、母を立ち上がらせた。


 エレベーターに向かう間も、母は泣いていた。


「ここまでして頼んでるのに……なんでわかってくれないのよ……」


 エレベーターのドアが閉まってから、自宅の鍵を開けた。


 リビングは静かだった。テーブルには昨日読みかけた本が置かれ、ベランダには洗濯物が干してある。上着を脱ぎ、コップに水を注いだ。


 廊下に膝をついていた母の姿が、まだ頭から離れなかった。


 翔太に継がせるんだと何度も聞かされた、あの家まで売ってしまった。そのうえ母は、私に土下座までした。私が給料を家に入れていたころも、自分の部屋を明け渡すよう言われたときも、二人は私がどう暮らしていくつもりなのか、一度も尋ねてこなかった。


 コップが空になっても、しばらく玄関のそばに座ったままだった。


 やがて立ち上がり、コップを台所へ運ぶと、机に向かって翌日の会議資料の整理を再開した。



10



 それから、両親が私を訪ねてくることはなくなった。


 父方の親戚のおばさんの話では、翔太は結局、借金を期限までに返せなかったらしい。取り立てに来た人間と口論になった際、足を殴られて骨折し、長いこと入院していたという。


 実家を売った両親は、家賃の安い古いアパートへ引っ越した。母はスーパーでパートを始め、父も時々アルバイトをしているらしい。家賃と生活費を払うだけでも大変なのに、仕事に戻れない翔太の面倒まで見ているそうだ。


 どれもおばさんから聞いた話で、詳しい事情まではわからない。


 電話がかかってくるたびにお礼を言い、もうわざわざ近況を調べなくてもいいと伝えた。


 将来、両親が本当に生活できなくなり、扶養について話し合う必要が生じたら、そのときは弁護士の助言に従って対応するつもりだ。ただし、翔太のローンや投資の損失、普段の出費まで引き受けるつもりはない。


 私の仕事は順調だった。


 プロジェクト管理の資格試験に合格し、会社では担当する業務の範囲が広がった。給料もボーナスも以前より増えた。


 貯金に余裕ができたころ、自分用の小さな車を購入した。


 営業担当者から契約書を渡され、費用や保険について一つずつ説明を受けた。車は私の名義で登録され、支払いも自分の口座から行うことにした。


 契約を終えると、営業担当者が車の鍵を手渡してくれた。


 天気のいい週末には、その車で海まで出かける。友人と食事をしながら仕事や映画の話をしたり、最近読んだ本について語り合ったりすることもあった。先日はずっと欲しかったコートを試着して、気に入ったのでその場で買った。


 ある夜、残業を終えて帰宅し、風呂から上がってベッドに横になったとき、久しぶりにあの機械的な声が聞こえてきた。


【ピコン】


【経済的自立の目標達成を確認しました】


【システム報酬はすべて精算済みです。受け取った資金は引き続きご自身で管理・使用できます】


【えこひいき報酬システムとの接続を継続しますか?】


 天井を見上げながら、大晦日のすき焼きを思い出した。


 母が最後の牛肉を翔太にあげたとき、システムは私に十万円をくれた。あのお金があったから、実家を離れるための部屋を借りられたし、引っ越しの費用も用意できた。


 食卓に座って、家や貯金、親の介護について何度も質問したことも思い出す。質問するたびに父と母は翔太に何を残すつもりなのかを話し、そのたびに報酬が振り込まれた。


 今は安定した仕事も、自分の家もある。来月には新しいプロジェクトが始まるし、週末には友人と出かける約束もしていた。


【接続を継続するか、確認してください】


 ベッド脇の水をひと口飲んだ。


「解除する」


【接続解除の処理を開始します……】


【接続の解除が完了しました】


【これからの毎日が、幸せなものでありますように】


 機械的な声が消えると、部屋はまた静かになった。


 銀行アプリを開き、預金がそのまま残っていることを確かめた。それからスマホを置いて布団をかぶると、すぐに眠りについた。


 翌朝、カーテンの隙間から朝日が差し込んできた。


 起きて顔を洗い、トーストと目玉焼き、温かいコーヒーを用意する。朝食を食べていると、友人から週末の海へのドライブで途中まで迎えに来てもらえないかとメッセージが届いた。


 もちろん大丈夫だと返信し、待ち合わせの時間を決めた。


 朝食のあと片づけを済ませ、車の鍵を持って玄関を出た。


 朝日が車のボディーを照らし、遠くから海鳥の声が聞こえる。


 運転席に乗り込み、エンジンをかけて会社へ向かった。


 午前中はプロジェクトの会議、午後には取引先との打ち合わせが入っている。


 信号待ちの間、助手席に置いた仕事の資料にちらりと目をやった。青信号に変わると、ブレーキから足を離し、前の車に続いて交差点を渡った。







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― 新着の感想 ―
不思議なお話。 このお金はどこから来ていたのだろう?
父親の元々の職業は何だったんだろうか? 実家を売って引っ越した後で仕事に就いた話は有ったけど、まだ推定50代だから定年にはなっていないはず。 それと、家を売っても300万円の借金を150万円しか返せ…
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