「種まき桜」の残像
植物の生態上、花が咲くのは1年の中で、そんなに長い間ではない。中でもことに桜という花は、1年が365日あってせいぜい1週間かそこらで散ってしまう。花見をするのは、花のピークが短いがゆえにそれを存分に楽しみたい心があるから……ということにしておくと、いかにも奥ゆかしいのでそういう事にしておいたほうがよい。
ところで、暇庭の暮らす場所だけではないと思うのだが、「種まき桜」という単語がある。
その花が咲いたら、稲作をはじめる、すなわち種籾をまいて苗作りを開始するというタイミングの指標として機能する桜の木のことだ。おおむね各集落ごとに1本あり、農業の機械化前は大いにそれらの桜は頼りにされていた。(あれっ?全国区だよね種まき桜?ローカルだったらすごく恥ずかしい)
今年の5月、その話は急に始まった。
「すみませんお忙しい所。この地区で【種まき桜】として扱われてる桜の木のことを聞きたくて」
町の生涯学習課に所属しているというその男性は、コロッと太った身体に、実地の仕事に携わる公務員らしい作業着と、大きなレンズの眼鏡をかけて、田んぼ仕事にむけて土嚢つくりをしている私と父にそう訊いてきた。父は心当たりがあるようで、ああ。と声を上げる。
「うちの村の?あります、安来堀の土手んとこに……」
「こちらにもあるんですね!あの、この辺にもう1本、枯れちゃいそうな種まき桜があるって聞いてきましてですね……」
「それ、戸ヶ沢のでしょう。戸ヶ沢集落のは……枯れてはないけど、もう、何年もボロボロで。今年こそだめか、今年こそ枯れるかって、毎年そんな感じですよ。」
「戸ヶ沢は、はい。今見てきたとこでして。もう一箇所あるというふうに聞いたんですが」
種まき桜が頼りにされなくなってから随分経つ。私が小学生のころにはもう、桜の花がどうとかで農作業を始めるなどということはほとんど無かった。種まき桜はその言葉が形式的に残っているものの、その本分はもはや失われていて、所によっては車を停めるスペースを設けて観光地にしたりする。有名どころを挙げるなら、福島県は三春町の滝桜なんかも、かつてはあの巨木がそのまま種まき桜の役目を担っていたのだとか。
先の話題に出ていた戸ヶ沢の種まき桜は、ベニヒガンザクラらしいのだが、樹齢150年、もう幹が内側から腐り、ボロボロのヨボヨボで、いつ枯死してもおかしくないと長らく言われていた。実際、花を咲かせる枝はほんの一枝、二枝程度であり、戦後間もない頃の艶やかな満開の姿はもう過去のことになっている。先ほど父の言った安来堀の種まき桜は、品種としてはオオシマザクラで、ひこばえを出す力が強く、メインの幹が枯れても次の代の幹が出てきて、花は白っぽいが大輪で華やかだ。その木が私の住む村では長く種まき桜としての立場を守ってきた。
「ここの近くにあるっていうと……藤江のヤマザクラでないですか。おととしの雪で枝折れしたとか言ってたけども」
父がいうと、生涯学習課のメガネさんはあっ!それです!と小さく叫んだ。
「そう、ヤマザクラですよね。どのあたりにあるかご存じですか?」
「藤江は……いや、聞いたことはあるけどわかんねえな、宅男。お前知ってっか?」
「あー、知ってる。藤江だとあれだ。高台公園の真東の道路側だな。ぶどう園ある方。……調査かなんか行くんですか?」
友達の家が近いので、藤江の種まき桜は私が小学生だったころからなじみがある。失礼を承知で言えば、どんなに頑張ったとて所詮ヤマザクラなので、そんなに見ごたえのある桜ではない。花も大きくはないし、花の咲き始めとともに葉っぱが一緒に出るタイプでソメイヨシノのような満開時のボリュームには欠ける。
ただ、さすがにそこはヤマザクラ。普通のソメイヨシノよりもずっと背の高い木で、樹冠は抜群に大きく、藤江集落の田畑から見ればおおよそどこからでも、あれが藤江の種まき桜だとわかるような存在感がある。去年の野菜の残渣を燃やしながら、あれが咲いたら種をまいて……と見て指標にするには、よいポジションなのは確かだった。
「町の方でですね、地区ごとの種まき桜のマップを作ろうかという話がありまして」
「それはつまり、観光……みたいな?」
「観光とまで呼べるかは分からないんですが、地域の文化として取り上げようという感じなんですね」
「文化……文化ですかぁ」
よく分かんねーなぁ……。と内心、首をひねった。桜の名所は数あれど、百姓の春のカレンダー代わりだった桜の木をピックアップして、その先に何があるのかよくわからない。保全事業でもするのだろうか?
それともやっぱ観光……もしそうなら、なかなか賛同しきれないなと思った。観光客を乗せた車がどっと来るようになったら、駐車場でも整備しない限り、広域農道に車を停める人が増えてしまって、春の急ぎの農作業に差し支える。種まき桜とは、外から来る客のために植えた桜では断じてないわけで……
だが、いや、まて。ちょっと私の考えが排他的ではないか?せっかく美しく咲く桜なのに、よその人間に見せるためにあるんじゃねーよ!と頭ごなしに言ってしまうのは、いかにも閉鎖的な農村の人間の思考っぽくてすごく陰険な感じがする。自分の中で理屈が互いにおいかけっこを始めてしまい、メガネさんになんと返答をすればいいか分からなくなってしまった。
「▲▲神社の桜の木、あれは有名ですよね。あの桜を町の代表にして、各地区の桜の木を地区ごとのランドマークにしたいんですね」
神社にある有名な桜のことは、私も知っている。あそこは敷地内を訪れるのが容易なため、毎年満開のころにはにぎわう。丁寧に手入れされた桜の姿は扇のように広く開いた枝に、すき間なく満開に花をつけて素晴らしい見応えだ。メガネさんは、その神社をトップバッターに、各地区の桜を楽しんでみませんかという提案をしたいというのだ。
「あー、この地区にはこんな桜があります。みたいな、地区の桜の代表としてということですね?」
「はい。地域の色を出して、▲▲神社をみたついでに色んなところに寄っていけますよ。という春のおでかけの提案をしたいんです」
「おー……花見観光……というか、花見旅行」
ここはド田舎であるから、町の観光名所はそんなに多くはない。特色ある桜を各地区見て回ろうということであれば、もしかしたら日帰りだった旅行を1泊2日にできるかもしれないし。理屈としては分かる話だった。しかし、どうしても疑問が収められずに私はメガネさんに問うた。
「そんなに他の町って、種まき桜なくしちゃったんですか」
邪魔だから切ったり、手入れできなくて枯れたり、ということは、あり得なくはない。桜の木というのはでかすぎてどうしてもスペースを食うから、皆の邪魔になるとなれば結構あっさり切られてしまう。しかし、繰り返しになるが桜の名所など他にいくらでもある。わざわざ役場の人間が動くような重大事には思えなかった。
「種まき桜はー、ですね、古坂と青津のものはもう、1本ものこってません。長床の春待ち桜も、状態が悪いらしくて。多分そんなにしないうちに、この町の種まき桜だけになっちゃうと思うんですよ」
「ああ……古坂の桜、枯れちゃったんですか」
古坂の桜も大変な老木だった。自転車でないと行けない隣町にあった桜の木で、私の記憶の中では見上げるような巨木だった。しめ縄で囲ってあったりしたから、一種の御神木として崇められているところもあったのだろう。今、それはもう枯れて無くなっているという事実に、なんとなく寂寥の心持ちがした。
種まき桜は、いずれ滅ぶ文化だ。科学の力が世に染み渡った現在、毎日畑から桜を眺めながら「そろそろ種まくか〜」と考える人は多くはない。みんなカレンダーと天気予報とにらめっこしてタイミングを決めるのだから。
ただ、もしももう、文化として滅ぶというのなら。最後に死に花を咲かせるくらいはしてやってもいい気がした。誰にも顧みられることなくひっそり枯れていくよりも、たくさんの観光客に看取ってもらえたほうが意義はあるだろうと。
「スマホってもってます?だいたいの場所説明できるんで」
私がそういうと、メガネさんは快くスマートフォンの地図を開いて見せてくれた。
「今俺らがいるのはここなんですよ。一ノ谷道下。で、この道路を南へ走って、突き当たったら右に曲がるんです。そうするとぶどう園の看板がありますんで、その看板をさらに右です。あとはでかい木なんですぐわかると思います。」
メガネさんはよく通る声で「お手数かけましたー!」とお礼を言って車に乗って藤江のヤマザクラへ向けて出発していった。
「……今更種まき桜なんて、流行らねーと思うけどなあ」
メガネさんの車を見送った後、父がそういう。まあ、文化としての種まき桜はもはや流行るまい。それは私も全く同じ意見だった。
「いや、なんつうかもう、種まき桜ってさ、遺跡みたいなもんだよ」
自分でも変なことを言ったなと思うのだが、他にうまい言い方が思いつかない。
いずれにせよ、種まき桜に今を生きる人の血は通っていない。昔々の人々の、暮らしぶり、息づかい。そういうものがその桜を通して淡く残像を残すだけだ。やはりそれは、遺跡や遺構などというものに近しいと思う。
ゴールデンウィークも終わった5月の半ば、忘れられゆく種まき桜に思いを馳せつつ、土嚢つくりはゆっくり進んでいった。
書いて少し寝かせる。秋ころ投稿か?
種まき桜などという単語そのものが死語になってきつつある現代、失われるものを見送るのはやはりどこかうら寂しいものだ。
いずれ無くなって、きっと忘れられてしまうものだから。ちゃんと記憶に残るうちに、考える心があるうちに、生前葬のように種まき桜について書いておく。




