第1話 スタッフ不在の番組
ただ、平凡な生活では享受できない非日常。
人生を変えるような恋。
SNSやテレビ、昨今のメディアで注目されたいという自己顕示欲。
……破格の報酬。
欲に塗れた獣ばかりが『無垢』の皮を被って集まったこの番組は誰もが想定していなかった展開へ転がった。
銀色の金属でできた首輪を装着した八名の男女。
驚愕の顔をする彼らの視線の先では、二人の男女が倒れている。
二人は首輪から飛び出した刃を首に食い込ませ、多量の血を噴き出している。
女の方は虚ろな目のままぴくりとも動かず、男の方は打ち上げられた魚のように痙攣しながら、血走った眼を見開いて残された八人を――正確にはその中の一人を見た。
彼は恨みがましそうに何かを言おうと口を開いたが、そこから溢れるのは赤黒い体液のみ。
詰まった排水溝から湧き出る水のように多量の血液を吐き出した彼はやがて力尽きて動かなくなった。
たった数秒。
だが当事者らにとっては非常に長く感じられたであろう沈黙の後。
誰かが甲高い悲鳴を上げた。
それを合図に混乱は瞬く間に広がり、次々と悲鳴が重なっていく。
そんな中、斎賀悠月は言葉もなく立ち尽くしているのだった。
***
とある海岸沿いの貸し切りコテージ。
広いリビングの中、いくつものカメラが用意された空間の中央に十代後半程度の男女が十人集められる。
男女比率は一対一。丁度五名ずつ。
その一人であった悠月は、長いソファの角に腰を下ろし、肩身狭そうに縮こまっていた。
他の九名は、早速交流を深めたり読書で時間を潰したりと思い思いに過ごしている。
「あの。お隣良いですか?」
そんな中。
周囲の様子を窺っていた悠月へ声を掛ける人物がいた。
黒く艶やかな髪を胸辺りまで伸ばした、十代後半程度の女性。
薄く化粧はしているが派手な印象はなく、寧ろどこか落ち着いた空気を感じる。
化粧を施さずとも華がある、端正な顔立ちの彼女は、ふっくらとした唇で緩く弧を描いた。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
悠月は更にソファの隅へ寄り、隣を空ける。
そこへ腰を下ろした女性は緊張している様子の悠月へ視線を合わせると笑みを深めた。
「私、如月彩っていいます。一応、役者の卵で」
「役者さん……。す、凄いですね」
「いや、そんな事ないですよ。まだ全然、大きな役も頂いた事ないし」
彩が困ったように首を振る。
それから彼女は柔和な笑みを浮かべたまま、悠月の顔を静かに見つめる。
「え、あ、ああ」
自己紹介を促されているのだと悟った悠月は目に見えて焦りながら名乗った。
「斎賀悠月、です。高校二年生」
「悠月くん。えっと」
その先、彩が続けようとしている言葉を悠月はいち早く察知する。
彼は恥ずかしさを紛らわせるように頬を掻き、力なく笑った。
「あ、俺は芸能関係者ではなくって。ただの、高校生です」
「あっ、じゃあ君が例の、一般参加枠から選ばれたっていう」
「はい。恐らくそうだと思います」
「そっかぁ。だからあからさまに緊張してたんだ。一人だけガッチガチの子がいるなぁって思ったんだよね」
「そ、そんなですか?」
「そんなそんな」
清楚で大人しそうな印象からは少し意外な、明るく無邪気な笑いが零れる。
初対面同士で集まる事、またはいくつものカメラの前で振る舞う事に慣れているような、そんな様子だった。
「緊張する事ないよ。確かにここにいる人達は君以外芸能関係者かもしれないけど、『君愛』の影響力を利用したい、無名が大半だから。……あ、私も高二だから、ため口で大丈夫だよ」
「あ、えっと」
「随分好き勝手言うじゃん。無名だとか何だとか」
悠月と彩の背後から男の声がした。
明るい茶髪の、二人と同年代と思しき青年。
メンズメイクを丁寧に施し、比較的落ち着いたデザインではあるが有名ブランドの服に身を包んだ、存在感のある男。
彼は十人の中でも特別目を引く存在だった。
「彰くんの事とは言ってませーん」
「なーんだ、早とちりか」
悠月は彰と呼ばれた青年の顔をまじまじと観察してしまう。
どこかで見覚えがある顔だった。
その視線に気付いた彼は快活な笑みを浮かべる。
「早瀬彰。一応役者で、高三。よろしく」
「見た事ない? 一つ前のシーズンのドラマにも出てたんだけど」
「……あ! 広告とかで、多分」
悠月はテレビを見ない。
配信系サイトも無料で見られるものだけを使っている為、ドラマも殆ど見てはいなかった。
だが動画サイトの広告やSNSでよく目にしていた話題のドラマ。
その広告動画や写真で彼の顔を見た事があるような気がしたのだ。
「す、すごい、本物だ」
「そうなるよねぇ。流石今回の稼ぎ頭」
「勘弁してよ~、恥ずいじゃん。同年代なんだし、ほんと身構えないでね。えっと」
「あ、斎賀悠月です」
「ありがと、悠月くんね」
彰は改めて「よろしく」と告げると、辺りを見回して手を打つ。
「さて、と。皆、集まってー。開始前からグループが偏っちゃうのも良くないし、そろそろ自己紹介しよっか」
知名度以外にも彰の人となりや人脈が絡んでいるのだろう。
彼の声掛けに他の参加者は素直に従う。
その大半が、彩と同様に彼と面識がある様だった。
全員がリビングに集まった所で、彰はローテーブルの上に置かれていた資料を手に取る。
「それじゃ……。まずはこの資料に沿って自己紹介と、改めて今回の番組の詳細――恋愛リアリティショー『君を愛していいですか?』の確認をしていこう」




