1話
「お願いします!」
食堂に突如として響く大声。その場に居合わせた客は目を丸くして一斉に声の出所の方を見る。
そこには赤髪の男と、彼に頭を深々と下げている白髪の女が向かい合って座っていた。
「ちょ、やめてください。みんな見てますから。」
焦りながら男が立ち上がって女をたしなめる。
「お願いします、雇ってください!!」
客が男の正体に気が付くと、ざわめきがさらに大きくなった。
彼の名前はユリウス・ブランフォルト。他の冒険者パーティを追放された奴を拾い、とんでもない薄給で働かせているらしい。
裏では拾い屋ユリウスなんて呼ばれ、どんなはぐれ者でも雇ってはコキ使っているんだとか。
「わかった!わかりました!もうわかったので、いったん、出ましょうよ。正式な加入の話は寮でしましょう、ね?」
「本当ですか!わかりました!行きましょう!」
ユリウスの口から肯定の言葉が出るや否や満面の笑みで顔を上げる。
ため息をつくユリウスを女が押し出すかたちで二人は食堂を後にした。
「ここがうちの寮ね。」
ユリウスに案内されてたどり着いたのは古めかしい建物だった。ドアを開けると、古い木の匂いが鼻に流れ込んでくる。
廊下に出てみると、奥まで両側にずらっとドアが並んでいるのが見えた。
「ここが僕の部屋。」
そう言って一番手前のドアを開ける。
部屋は物が多いながらも整頓はされていた。
「ん-じゃあ適当にベッドとか座ってもらって。」
ユリウスは椅子に腰を下ろし、女にも座るよう促す。
「えーっと、まずは名前を聞こうかな?」
「はい、えっと、リューナ・メルベルドです。よろしくお願いします!」
リューナはハキハキと喋りながら深々と頭を下げる。
満面の笑みのリューナに対して、ユリウスの表情は苦いままだ。
「それで、なんで俺なんかに声かけたの?自分で言うのもなんだけど、結構悪い噂あるよ?」
「でも、でももうここくらいしかないんです!私が冒険者を続けるためには!」
真っ直ぐな目で見つめられて少したじろいでしまう。
「リューナさん、こんなこと言うのもなんだけど、身なり結構きれいだし、冒険者なんかしなくていいでしょ?迷宮探索って結構危ないし。」
「お願いします。雇ってください。夢の為なんです。」
「夢?」
「迷宮は、それ自体が巨大な生態系です。魔物と、それを糧にする魔物。それを殺す冒険者と、更にそれを殺す魔物。それが大きな魔力の流れによって保たれている。その仕組みを解き明かしたいんです。そのために・・・」
「わかった。」
ヒートアップしそうな気配を感じ取り、ユリウスは手を挙げて話を遮る。
「なんで冒険者を続けたいのかは分かった。それで、なんでわざわざうちに?訳アリ、なんでしょ?」
そう聞くと、彼女の雰囲気が暗くなった。
「やっぱり聞いちゃいますよね・・・。血継魔法が原因で。」
血継魔法。読んで字のごとく、その家系で継がれる魔法のことである。
魔法の特性が混ざることもあるが、基本的には同性の方の親から受け継がれることが多い。
「はあ、血継魔法。」
「私、ゾンビを召喚できるんです。体内の魔力量が多いから、沢山。」
「それだけ聞くと強そうだけどな。」
人型生物の召喚術は割と強い。冒険者じゃなくて農業なんかでも活躍するだろう。
「ですよね。ただ、制御が聞かないんです。」
「・・・え?」
「普通に、私にも噛み付こうとするんです。」
「えぇ・・・じゃあ使えないじゃん。でも、普通の魔術は使えるんでしょ?」
「それは、まあ、はい。回復魔法はあまり得意ではないんですが、攻撃魔法は一通り。でも・・・」
「血継魔法が使えるヤツより価値は低い、か。」
「前所属してた所でもそう言われてクビにされました。そうです、あれは一週間ほど前・・・」
「あ、いい、いい。そういうのは、結構聞き飽きてるから。じゃあ、早速だけど、三日後探索行こう。二泊三日!行けるよね?」
悲しそうな過去を止めさせ、探索の話に移行する。
「えっ、あっ、はい。」
思わぬ制止を食らったリューナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で止まってしまった。
「じゃあ、三日後の朝、エルメール広場で集合ね。あ、うち給料は歩合制だから。それじゃ、よろしく!」
呆然としたリューナはと握手を交わし、彼女を部屋から追い出す。
「さて、どう使ったもんかな。」
独り言が部屋に響いた。
三日後、リューナが広場に着くと、ユリウスたちは既に待っていた。
「あ、おはようございます!リューナ・メルベルドです。よろしくお願いします!」
「うん、おはよう。リューナちゃん、今回のメンバーを紹介するね。」
ユリウスの他には、軽装な男に、鎧を着た大柄な男、聖職者のような女がいる。
「彼はロックガルド。鍵師だ。彼女がビシタシオン。回復魔法が上手い。」
笑顔で挨拶するビスタシオンにたいして、ロックガルドは不愛想に会釈をする。
「そしてこのデカいのがクレオン。前衛は俺とこいつが担当する。」
クレオンはリューナを一瞥するとすぐに目を逸らした。
「じゃあ、行こうか。詳しい話は歩きながらしよう。」
一行は迷宮に向かって歩き出した。
「この前も話したけど、うちは完全歩合制。探索で見つけた資源とか、討伐指定の魔物倒して得た金の二割は運営に、残りの八割をその時のメンバーで割り勘ね。」
「ちょっと、そこから話してないの?」
ビスタシオンが驚いた声を出す。
「その時のメンバー?」
「ああ、そっか。うち、構成員が結構多いんだよね。だから、各々で自由にチームを組んで、探索に行って貰うんだ。もちろん、届け出は出してもらうけどね。」
「な、なるほど。」
「まあ、メンバーが多いって言っても浅層止まりがほとんどだけどな。リーダーのユリ―が自ら探索に出なくちゃいけないくらいカツカツなのさ。」
ロックガルドが軽口をたたく。
「ははは、ロックは辛口だな。まあ、そこが彼の魅力でもあるんだけど。」
「リューナちゃん、だったかしら。緊張しなくて大丈夫よ。敬語もいらないし。」
「えっと・・・」
「シオンでいいわ。クレオンも無口だけど、優しい人だから。」
「そうなんですね。ありがとうございます、シオンさん。」
なんとなく全体の雰囲気が和らいだような頃、迷宮の入り口に到着した。
エルメール迷宮。外から見ればただの洞窟のようだが、その中にはレンガ造りの、想像もつかないほどの巨大な空間が広がっている。
内部に巣くう魔物たちは階層を進めるごとに指数関数的に強くなり、現在報告されている七階層以下には人が立ち入ってはいけないと言われている。
迷宮から流れてくる、様々な種類の魔力が混じったよどんだ空気に、リューナはひそかに心を躍らせていた。
「さあ、今回は四階層までの到達を目標に迷宮に潜る。一応目標金額はあるから、討伐指定の魔物は積極的に倒していこう。」
ユリウスたちは迷宮探索を進めながら二階層を突破。三階層の入り口付近で一夜を越し、二日目が終わるころには四階層までたどり着いていた。
「さあ、今日一日は四階層で探索、討伐を行い、ここに帰還。明日地上へ戻ろう。」
ユリウス一行は野営地を出発し歩き出すと、ロックが話し始める。
「なあ、ユリ―、大丈夫だとは思うが、最近、四階層でワイバーンの群れが目撃されたらしい。」
「ふーん。まあ、俺らが会うわけないけどな。あと、そういうことはもうちょっと早く言ってくれ」
「だよな、俺らに限って鉢合わせるわけないからな。」
笑いながら歩いていると、クレオンが立ち止まった。
「ユリウス。なにか音が聞こえる。」
「え?」
皆が一斉に耳を澄ます。
リューナも、『あ、初めてクレオンさんの声聞いた。』と思いながら耳を澄ませていた。
風を切る音に合わせて、かすかに翼が羽ばたく音が聞こえてくる。
「ワイバーンじゃねえか!!」
誰が叫んだのかはわからないが、全員一斉に走り出す。
「ちょっと!どうするの!」
クレオンに抱えられたビスタシオンが声を上げる。
「ワイバーンは賢い生物だ。人間の足じゃとても逃げられない。だから、この先の広場で迎え撃つ!」
通路を抜けた先の広場は、天井が見えないほど高く、いつのものか、瓦礫が散乱している。ユリウスたちはその瓦礫に身を潜める。
「な、なあ、ユリ―、どうするんだ。考えなしってわけじゃないんだろ。」
「ううう、うん、ま、ま、まあね。」
流れる、『ああ、これはだめかもしれない』の雰囲気を感じ取ったユリウスは、声を潜めて話を続ける。
「いいか、作戦はこうだ。名付けてーーー」
ギャオオオオオオオオオオ!!!
鳴き声とともに三匹のワイバーンが広場になだれ込んでくる。ユリウスたちを探して空中を旋回し始めた。
獲物を見つけると、一匹が急降下。極限まで空気抵抗をなくした体は矢のような速度に加速していく。この突撃は来ると分かっていても避けることは不可能だ。
そのするどい爪でとらえたのは、ゾンビ。
地上に降り立ったワイバーンは、ゾンビを引き裂くと同時に、爆散した。
空中を旋回するワイバーンに衝撃が走る。同属の唐突な死に思考が追い付いていないようだ。
「もう一発だ、二人とも!」
「はい!召喚!」
「発射。」
ドカン!!!
空中のワイバーンも飛んできた何かに当たり爆発する。
二匹の死をもって、ワイバーンは爆発する何かを避けることが重要であることを理解していた。
『あの人間たちを見つけるためには、瓦礫を除去する必要がある。』
そう至った彼は、地面すれすれに向かい、大きくはばたく。
風が舞い、その反動で再び空中へ。吹き飛ばされた瓦礫の後には、無防備な人間が六人、固まっているのが見えた。
それを認めたワイバーンは彼等目掛けて爪を立てる。
「今だ!!発射!!」
戦闘のゾンビがまばゆく光りーーー
「いいか、作戦はこうだ、名付けて『死人キャノン作戦』!」
「何言ってんだ、お前さんは。」
「まあ、聞け。これには、この二人の血継魔法が必要なんだ。」
そうして指をさしたのが、リューナと、クレオンだ。
「クレオンの血継魔法は、生き物を高速で発射、さらに爆発までさせることが出来る。こいつより大きい生物は打ち出せないがな。」
「いや、でも、ユリウス。」
クレオンが小さい声で抗議の声を上げる。
「周りには他の魔物なんて。それとも、チームのみんなを撃ち出せっていうの?」
悲しい表情で話すクレオン。
その説明を聞いてリューナはハッとした表情になる。
「あっ、そうか。」
「何?どういうこと?」
「シオンさん、私の血継魔法は、ゾンビを召喚できるんです。制御できなくて味方にも攻撃しちゃうんですけど・・・」
「そういうことか!弾がいっぱいあるってコトね!!」
「わかってくれたか!」
ユリウスは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「羽音が近い、隠れて!」
「すげぇ、三匹全員やっちまった。」
ロックガルドが顔を出す。
「ユリ―、全部予測通りか?意外とやるじゃねえか。」
「いやぁ~まさか本当にうまくいくとは・・・」
「て・・・てめぇ!」
「クレオンさん!ありがとうございました!」
掴みかかられているユリウスを尻目に、リューナが話しかける。
「私の血継魔法、ずっと役立たずだと思っていたんですけど、クレオンさんのおかげで、初めて好きになれそうです!」
「そ、そっか。僕も初めてだよ。血継魔法を使ってこんなに嬉しいと思えたの。」
「え?」
「使うのを躊躇してたんだ。こんな魔法だから。」
クレオンは悲しそうな目でリューナを見つめる。
「だから、ありがとう。これから、よろしく、リューナ。」
手を差し出す。
「・・・はい!!」
強く手を握り返した。
騒ぐ二人、微笑むシオン、握った手から感じる体温。私はここにいてもいいと、初めてリューナは思った。




