愛されない正妃としてスタートしました
気がつけば、愛されない正妃になっていた。
「お前を愛することはない」と言われることすらなく、完・全・放・置!
自身は瀕死で王妃宮の奥から出られない状況。しかも、その原因が第一子の死産……って、未婚だった私の転生先としてはハードモードすぎない!? 責任者出て来〜い!
気がつけば異世界のお城のお姫様になっていてびっくり……というのは、コミックなどの"転生もの"と呼ばれるジャンルでよくある展開だとは知っていたけれど、これはあんまりだ。
幼少期スタートにして、とまでは言わないにしても、せめて未婚のうちに記憶を取り戻したかった。
いや、贅沢は言わないからギリ結婚式当日とかさ……一式全部終わりきったあとというのは流石にどうかと思う。
なによりも、全く実感がないので、我が子を失った悲しみをどう受け止めていいのかわからないのがつらい。悲しみの重さだけが体に残っていて、涙は出ないのだ。これはキツい。
最初に気がついたときには、石畳の上に横たわっていた。
頬にあたる石はひんやりとしているようで、奥にほんのり温かみがあった。なんだか湿っている感触があるな、雨上がりだろうか、などと考えているうちに視野が暗くなって意識が薄れた。
次に気がついたときには、天蓋のある寝台にいた。
私がした"好ましからざる過失"を咎めた侍従と侍医の説明によれば、私は奇跡的にかろうじて一命をとりとめた状態なのだそうだ。
……うん。たぶんそれ、一命は失われているよ。おそらくこの体の元の持ち主は目的を達している。彼女はきっと本当に我が子を失ったのがつらかったのだ。だから彼女は産後の肥立ちが悪く歩くことすらおぼつかなかったのに部屋を抜け出してバルコニーに出た。胸に抱くことすら叶わずに、逝ってしまった我が子の後を追うために。
なぜそこで自分がこの体に入る羽目になったのかはわからないが、もしそれが何者かの意図だとしたら、その存在はこの"王妃"という存在を、中身はどうあれ生かしておきたかったのだと思う。だって私は子供なんて身ごもったことがないから、それを失った痛みは想像でしかわからない。だから、そのために儚くなる選択はしないだろう。こう言ってはなんだが、私はバッドエンド耐性が結構高い方なのだ。
「お薬をお持ちしました」
「ねぇ、少し窓を開けて」
「いけません。お体に障ります」
「そう……痛みはもう感じないのよ」
私は、死なないように生かされて、死なない程度に生きる日々をゆるゆると過ごした。
自分は王妃だという自覚や、この国はどういう国で、夫である王はどのような人であるかという知識はあったので、転生が原因で奇行に走る不都合はなかった。多少、人となりは変わっただろうが、人間、死にかけたら人となりぐらい変わってもおかしくないので、中身が別人だと疑われることはなかった。
ひょっとしたら、人となりの変化を気にするほど、皆、私に興味がないのかもしれない、とはしばしば思った。高貴な身分というのはなかなか孤独なものらしい。
もうちょっとなんとかならないものだろうか。メンタルヘルスに関する理解度が低すぎるぞ。お前ら、もっと寄り添え! こちとらかなりヤバイ状況な人だぞ。
「静かね。空が見たいわ」
「どうぞ今しばらくご安静に」
「休みます……見張りは減らして」
「承知いたしました」
そんなこちらの様子を知ってか知らずか。我が夫である王は、一度も私を訪ねて来ようとはしなかった。
ガン無視。放置。居なかったこととする?
元々、夫婦仲が良好だったわけではなさそうだが、現代日本の一般家庭の感覚で考えたらあまりに酷い仕打ちだろう。
「あの方はいらっしゃいますか」
「本日、来客のご予定はありません」
「そう……いつもね」
「ご静養ください」
とはいえ異世界の王様のやることなので、私はある程度、そんなものかと許容した。元が家柄マッチングの政略結婚だからなー。しょうがないっちゃしょうがない。
それに相手の事情も考慮が必要だ。
陛下は国の中で私よりも高貴な身分なのだから私よりも孤独……というのは戯言だが、我が王レオニダスはなかなかに大変な状況におられた。
§§§
我が国はかつてこの辺り一帯を治めた伝統ある古い王国だった。が、その繁栄は過去のものとなり、威光は薄れ、領土は縮小し、さらに新興の周辺国からは虎視眈々と狙われていた。
先王が急逝したとき、第一王子と第二王子が王位継承で揉め、国は乱れた。建国神話的お伽噺とセットになった宗教が王政の根拠にがっちり組み込まれているため、王位は基本的に血統主義だ。だが長子相続のルールはなく、どちらの王子も母親の地位が低かったので決め手にかけた。両者とも国内での支持基盤が今一つだったため、互いにあまり褒められたものではない手段を取ったらしい。挙句、第一王子は事故死、第二王子は戦死とだけ記録には書かれる形で共倒れした。
この危機に際し、一時的に国を預かることになった宰相は、先王のまだ年若い末子を擁立することにし、先王の異母弟レオニダスと組んだ。
王弟とはいえレオニダスは先々代の公妾の子で、しかも先々代の没後に生まれていた。当然、彼は王位継承権は持たなかった。しかし当時、彼は第一王子が始めた南方への領土拡大戦争を、その総指揮官だった第二王子が戦死したあとに引き継いで勝利したことで、英雄として称えられていた。獅子を思わせるやや赤みを帯びた金髪で、均整の取れたたくましい体躯のレオニダスの凱旋に、民衆は熱狂した。
彼の武勇は国内外に鳴り響いていたので、表看板としては通りが良かったのだ。
英雄レオニダスは宰相の一族から妻を迎え、摂政のような役回りで暫定的に王の代行をすることになった。
彼の結婚相手として、宰相家の親族の中では、年齢的に一番釣り合いが良く未婚だったカサンドラ……"私"に白羽の矢が立った。
聖殿との関係も深い宰相家の支援を得て、レオニダスは一度は割れかけた国内をまとめる任にあたった。彼は国をまとめ周辺諸国に立ち向かうために、国内の旧態然とした悪習や慣習を改め、第一王子や第二王子をそそのかしていた貴族の権力を削ぎ、国王の権限と力をどんどん強化した。宰相家は次代の王の治世を見据えてレオニダスの改革を支援した。
だがレオニダスは、宰相の都合のいい傀儡で終わるような男ではなかった。彼には野心と、それを実現するだけの才覚があったのだ。
彼は伝統的権威を過去のものとして切り捨て、宰相家と聖殿の既得権益を削いで、自分個人を支持する者達に与えた。彼が語る"新しい国の姿"は"新世代"の者達を魅了した。
彼は王位に就いた。
宰相と聖殿は黙認を強いられた。レオニダスは事実上の王であったので、即位は多くの人にとっては現状の追認でしかなかったからだ。強く反発すれば、やっとまとまりかけていた国を再び乱すことになりかねなかった。そして、その頃には王宮内でのレオニダスの権力が強くなっていたため、先王の末子を人質に取られたも同然の状況だった。
レオニダスは獅子と太陽をあしらった紋章を王としての己の家紋とした。
真紅の旗に描かれたそれは、まるで獅子であるレオニダスが日輪すらも呑み込もうとしているように見えた。
悪役の栄光と破滅をちょっと変わった視点で書いてみることにしました。
しばしお付き合いください。
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