ファイル1 高木義夫:後編
好子さんが瞑想に入る間、俺は傍らで見守る。
「これから、高木さんの魂を元のピカピカな状態に戻します。今の形を伝えると、ヒビが入り、所々に穴が空いています。これは何度も転生を繰り返す内に傷ついてしまったことが原因です。
過去世の話を申しますと、高木さんの魂は過去何度も責任ある立場としての役割がありました。村長や、部族の長、武士だった頃もあるようですね。土地や村、家を守る責任ある立場というものを何度も経験されています。
そのような繰り返しの中で、先ほどの過去世のお話で登場したように「村を守れなかった」という(絶望)(自己非難)などの感情が更に魂に傷をつけてることになっています。おそらく過去に何度もあの呪術師から妨害をされていたのでしょう。」
好子さんはそこまで言うと、ゴクリと唾を飲み、もう一度瞑想に入った。高木さんは、過去世の話を聞きながら、ぼーっと天井を見つめている。
「それでは今から魂を元のピカピカな状態に戻します。」
好子さんに見えるものが、自分にも見えれば良いと思うのだが、こればかりはそうはいかない。信じるも、信じないも、その人が決めることだが、これは選ばれた者だけが天に与えられた「ギフト」というやつなのだろう。
好子さんの顔色がとても美しいものを見るかのように、うっとりと悦に入る。
「今、魂は元の形に戻りました。とても美しい、青色の魂です。所々に白い輝きが見られます。穏やかで優しい海のような、素晴らしい魂です。高木さんは今本当の人生を生きられるように生まれ変わったのです!おめでとうございます。」
嬉しそうに、好子さんは拍手を送る。俺は高木さんの体をゆっくりと起こし、そのまま腰掛けてもらった。
「これでセラピーは終了になります。高木さん、おめでとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」
高木さんは、少し顔を赤らめているが、表情は明るく顔がほころんでいる。魂が元の輝きを取り戻すと、本人でもわからない喜びが筋肉を動かし、自然と笑顔になるのだ。
「さ、どうぞ。少し休んでください。」
好子さんは、肘掛け椅子に高木さんを案内し、お茶を入れた。高木さんは、お茶を一口飲むと、しばらく天を仰いでいた。
「お疲れ様でした。今どんな気分ですか?」
俺が向かいに座り尋ねると、高木さんは、左手で顎を撫で、ゆっくりと呟いた。
「とても、とても素晴らしい体験をさせて頂いたな。と」
「驚かれますよね。」
「えぇ。まさか祖母がいたなんて、思いもしませんでした。」
そう言うと、はぁと長い息を吐き、俯いた。
「小さい頃、祖母の家に預けられてたんです。母も父の仕事の手伝いで忙しかったんでしょう。その頃、父方の母の腰が悪くて、家では誰も私の面倒をみることができなかったんです。」
「そうだったんですか。」
俺が相槌を打つと、高木さんは堰を切ったように話し出した。
「子供の頃、私は喘息持ちで、よく咳き込んでいたんです。夜中に何度も咳で目が覚めることもあったんですが、祖母はよく飴を舐めさせてくれましたね。今でも覚えてるんです。カリンの飴を舐めたなって。幼稚園の頃、祖母は亡くなりました。お盆には墓参りをするようにしてたんですが、まさかこんな形で側にいるとは思ってもみませんでした。」
寂しそうに笑うと、高木さんは、少し目を潤ませた。
「亡くなった方が、この世に未練や執念があると光の世界へ行くことをやめて、このまま残ってしまうことがあるんです。お祖母様も高木さんのことが心配で残られたようですが、それは本来の姿ではないんです。「守護」をするには、正式に天から役割を与えられることが必要なので、正式な手順を踏んでいないお祖母様は、守護をすることはできなかったんです。」
好子さんは、高木さんの気持ちを察したのか、優しく続ける。
「今回、お祖母様はようやく魂の世界に還り、天からの祝福を受けることができました。お迎えに来られた、お祖母様のお母様とお父様は、お祖母様と大変にご縁が深い魂のようです。光の世界へ行った後に、現世で心配な方がおられる場合、例えばお子さんや、奥さんです。神様にお願いして、生まれ変わりの世界へ行く前に、(お見守りの席)に着かれることがあります。今回来られたお二方は、(お見守りの席)でお祖母様の還りをずっと待っておられたようです。みなさん大変喜んでおられますよ。」
「そうなんですか?」
「はい。今日このセラピーを受けて頂いたことで、たくさんの未浄化霊が還りを待つ、光の世界の魂の家族に会うことができました。これは大変尊いことです。高木さんが今日このセラピーを受けて頂いたからこそこのような奇跡は起こったのです。」
「へぇー」
好子さんの話を聞き高木さんは、少し顔をほころばせた。
「高木さん。これから、とても大事な話をします。よく聞いてください。」
俺は、改めて高木さんに向き直った。
「魂が元の輝きを取り戻すと、次元が大きく上昇します。本当の姿を取り戻した魂は、本来の目的を果たすために「軌道修正」をします。そのため、強制的に「終わる」ということが起こります。今まで仲良くしていた方と急に疎遠になることもあります。でも、それは決して悪いことではなく、次元上昇したためなんです。一時的にショックなことがあるかもしれませんが、それは素晴らしい未来の前触れです。天からの祝福が必ずあるので、決して卑屈にならずに信じてください。」
俺がそこまで言うと、高木さんは、右手で頰を撫で少し考え込んだそぶりをしたが、
「まぁ。それは仕方ないでしょう。元々人付き合いはあまり得意な方ではないので。」
呟くように返事をすると、不意に顔を上げた。
「それよりも家族が元気になってくれれば、私はもう十分です。」
何かを決心したかのような力強い声だった。
「帰ったら、ご家族に今日のこと話してください。きっと大丈夫ですから。」
好子さんはニコニコと、微笑むと最後に「御守護の神様」の話をした。
「最初にお話ししましが、私たちには一人につき一柱「御守護の神様」がおられます。今回魂が元の姿に戻ったことで、高木さんは、御守護の神様と一段と強い繋がりを得られることができました。これから、この御守護の神様からしっかりとお導きがあります。」
「それは、何かに祈るとかが必要なんですか?うちには神棚があるんですが、それは今まで通りで良いんでしょうか?」
「はい。お家の神棚に関しては、今まで通りお祀りして頂いて構いません。この御守護の神様は、高木さんだけを守り導く神様です。これから何か選択で迷った時、質問すると答えてくださいます。それは、心の中から湧き上がることもあれば、偶然にその答えとなるものを見かけることもあります」
「そうなんですね。」
「はい。ただし、しっかりと御守護の神様につながると意図をしてから質問してください。今回体験いただいた通り、見えない世界の中には悪さをするものがいて、神様のふりをして誑かそうとするものもいます。」
「そう言うものですか。」
「はい。そう言うものです。ですが、何も恐れる事はありません。心強い天の加護があると自信を持ってください。」
それから好子さんは、高木さんに御守護の神様との繋がり方、質問の仕方を教えた。信じられないかもしれないが、皆この場ですぐ出来るようになる。高木さんの場合も例外ではなく、すんなりと覚えてくれた。
「今日はありがとうございました。」
好子さんと一緒に玄関口まで見送ると、外はすっかり雨も上がり、ほんのり暗くなっていた。
「はい、お気をつけて。」
まだ乾ききらない靴を履き、高木さんはオフィスを後にした。後ろ姿を目で追いながら、これからの人生が素晴らしいものになるよう祈った。
セラピーの後は、毎回好子さんと振り返りを行うことになっている。良かった点や、気をつける点、説明の仕方や話し方で改善できるところはなかったか。また、守護して頂いた見えない存在達へ感謝をすることも忘れない。
オフィスを後にし、帰路に着く頃、あたりはすっかり日も暮れていた。今日はベイスターズの試合が無いが、相変わらず駅周辺は雑踏でごった返している。
JR関内駅手前の横断歩道を渡ろうとしたとき、電話が鳴った。
「もしもし、ひろくん?あんた昨日電話くれた?」
母からだ。やっと気がついたらしい。
「もしもし、もーやっと気がついたんかいな。」
「なんかな、ピコピコ鳴ってたんやけど、その時お茶沸かしてたから、でられへんかってん。すっかり忘れてたんよ。ごめんやで」
周りの雑音で、母の声が聞き取りずらいが、声の調子からすると変わりないようだ。
「はー。冷蔵庫開けっ放しの通知が来たから、電話してん。多分閉め忘れとちゃうか?思ったんやけど電話しても繋がらへんかったから心配したで。」
「いやーごめんな。」
「もう大丈夫か?」
「うん、何もないで。大丈夫や、大丈夫。」
母は、同じことを何度も繰り返す。
関西弁の癖なのだろうか。歳のせいなのだろうか。
「ほなまた来週帰るとき電話するから。」
「うん、はいはい、待ってるわね。」
「じゃぁまたね。」
「はいはい、はいー」
ブチっと電話が切れた。
80歳を過ぎた母は大阪で今でも一人で住んでいる。何度も一緒に住もうと言ったが、頑として自分は一人で大丈夫だと首を縦に降らない。かろうじてデイサービスを受けてくれるようにはなったものの、やはり一人で暮らすことに生きがいを感じている。自分がこの仕事をしていることを母は未だによく思っていない。見えない世界を生業とするとき、元々そういった家系でない限り、家族の理解や協力を得るのが一番難しい。
スマホをポケットにしまい、駅へ向かう。帰ったらゆっくり休もう。今日は長い一日だった。
それから、程なくして高木さんからメールがあった。
セラピーの翌日、父親の病状がみるみる回復し、来週退院できることになったようだ。
息子さんのアトピーも、新しい薬が効いたようで、元気になったという。
仕事はまだ順調とはいかないが、父親が退院したら色々と話してみようと思うと、前向きな気持ちを伝えてくれた。
先日不思議なことがあったそうだ。
夜中に枕元に祖母の気配を感じ、「ありがとう」と聞こえた気がすると。