ファイル7 青木大輔:後編
「どうして、こちらに?」玲子さんは、首から「関係者」の札をぶら下げている。
「出演者の方からご招待いただいたんです。」俺が答えると、そうなんですか!と驚いた顔をした。
玲子さんは、もともと綺麗な人ではあったが、すっかり顔色も良くなり、細身のパンツスーツを着こなしていた。
「私、今は演劇雑誌のライターの仕事してるんです。今日は初日公演のインタビューで。この後取材に入らせて頂くんです。」
「えー!すごいですね。もう体の方は大丈夫なんですか?」好子さんが尋ねると、
「はい。お陰様で。その節は本当にありがとうございました。」
玲子さんは、ポケットからハンカチを出すと顔に当てた。
「お二人はどなたの楽屋に?」
「檜山咲さんのところです。」俺がそう言った時、ちょうど目の前で咲ちゃんが手をふるのが見えた。
「山本さーん、好子さーん」
咲ちゃんは近寄ってくると、突然泣き出して、好子さんにハグをした。
「あーめっちゃ緊張したよー。もう凄かったのー」心の声が漏れっぱなしでメイクが一気に落ちそうだ。
「素敵だったわ。最後のアクション大活躍じゃない?」
「めっちゃ練習したんです。瀬戸さんに迷惑かけられないから、すごい緊張したんですけど、伝わりました?」
「ううん。かっこよかったよ。啓介さんも柴田先生も拍手してたから。」
「嬉しい!ありがとうございます。」
「はい。これ」
俺から薔薇の花束を受け取ると、また咲ちゃんは泣き出した。
「私、こんなことになるとは思ってなかったんです。たまぴか受けて本間によかったです。」
「そう言ってもらえて、嬉しいよ。」
俺も咲ちゃんとハグをすると、とても温かい気持ちになった。
「瀬戸さんの楽屋、案内しますね。待ってはりますから。」
咲ちゃんは、俺と好子さんを連れて、奥の楽屋へと向かった。
玲子さんは、会釈すると「私は最後なので。」とここで別れた。
「こんにちは。」
楽屋に入ると、大輔さんの他に、スタッフや監督がいた。
「来ていただいてありがとうございます。今日は楽しんで頂けましたか?」
「はい、もう大興奮しました。ご招待ありがとうございます。」
好子さんから薔薇の花束と、みなさんでどうぞと、横浜ハーバーの菓子折りを渡した。
「お気遣いありがとうございます。みなさん、こちらセラピストの山本さんと太田さんです。今回お世話になったんですよ。」
大輔さんが俺たちのことをみんなに紹介すると、へーこの方達ですか。と、周りから感嘆の声が上がった。
「大さんから聞いてたんですよ。私もぜひみてもらいていですね。」
監督の遠山さんが、興味津々という顔でこちらを見上げた。
「ありがとうございます。ぜひいつでもご相談ください。」
俺がそう言うと、監督は腕を組み直し呟いた。
「不思議な世界っていうのはありますからね。私ら演劇人は舞台には神が宿ると信じてるんです。いい役者は、舞台の神に好かれる。ここにいる大さんは、一番愛されてると思いますよ。」
「いやー照れますね。監督もう次の作品の事考えてるでしょ?」
大輔さんは、はははと笑うと、鏡台から袋を取り出し、
「これ記念にどうぞ」と出演者がアニメ化されたクリアファイルを俺たちに渡した。
関係者がどんどん集まって来たので、俺と好子さんは挨拶すると、すぐ楽屋を出た。楽屋の外では咲ちゃんが待ってくれていて、出口まで案内してくれた。振り返ると、ちょうど玲子さんが大輔さんの楽屋に入っていくところだった。
「啓介さんと、柴田先生にもよろしくお伝えください。」
咲ちゃんは、ありがとうございます。とお辞儀すると、ゆっくりドアを閉めた。
それから、数週間が経った、7月の蒸し暑い日の朝。
そのニュースは突然やって来た。
テレビのリモコンをつけると芸能ゴシップのニュースになった。
「瀬戸大輔が結婚を発表!お相手は一般女性。」
俺は飲んでた水を吐き出しそうになった。
テレビのニュースを見ながら、好子さんに電話した。
好子さんも、「えー!うそー」と言い、ネットニュースを見たようで、「きゃー本当だー!」と叫んでいる。
セラピーを受けてまだ一ヶ月も経っていないのに、大輔さんはもうお相手を見つけて結婚した。セラピーを受けた時にはそんな相手がいるとは言っていなかったが、スターが「たまぴか」になると、願望実現まで速いんだと、妙に納得した。
テレビのチャンネルを変えても、どこもみんな同じニュースだ。
「私も52歳のいい年です。お相手も落ち着いた方なので、穏やかに過ごせればと思っております」大輔さんのコメントが流れる。
「山本さん、お祝いのメッセージ送った方がいいかしら?」
「そうだね、メールしておこうか?」
好子さんとそんなやり取りをしているとき、メールボックスに大輔さんからメールが入っていたことに気が付いた。
「好子さん、大輔さんからメールきてた。確認するね。」
「あら!うん、また電話して。」
一度電話を切り、「瀬戸です。」というタイトルのメールを開いた。
内容を見て俺は更に腰を抜かしそうになった。
「先日のセラピー大変ありがとうございます。
山本さん、いやーたまピカセラピーって凄いですね。僕ついに結婚することになりましたよ。
本当に凄いご縁でね。
彼女も以前に山本さん達のセラピーを受けたそうなんです。
玲子です。覚えてます?また本人から連絡あると思います。
報道より先にお知らせしようかと思ってたんですが一緒になってしまいましたね。すみません。ぜひ結婚式にきてください。 青木大輔」
俺は、震える声で好子さんに電話をし、メールの内容を伝えた。
嬉しいことは、こうも重なるのだろうか。
朝からこんなに良いニュースが聞けたのはいつ以来だろう。
お子さんを亡くし、失意のどん底にいた玲子さんが幸せになるのを聞いて、涙が出そうだった。
窓を開け、外の空気を部屋に入れる。
夏の日差しが焼けるように強い。
「あー良かった。」
そう口から漏れた時、俺は今、他人の幸せを心から喜べる人間になったのだと、気がついた。




