ファイル7 青木大輔:中編
大輔さんの因縁霊は、すぐに現れた。
山本:30代の若い男性です。石畳が見えます。古い教会も。フランスでしょうか?中世のヨーロッパの景色です。
好子:この方のご先祖さまとの因縁でしょうか?過去世でしょうか?
山本:過去世の因縁です。当時の仕事仲間のようです。何か彫刻をしているのが見えます。これは、教会の飾りですね。教会で飾る、宗教画を描いているのも見えます。当時もこの方は男性でおられたのですが、大変に美しく男性からも非常に魅力的だったようです。
好子:お二人の仲は良かったんでしょうか?
山本:いいえ、この男性の方が一方的にこの方を慕っています。
好子:お話を伺える状況ですか?
山本:そうですね。冷静でおられるので、大丈夫かと。成り代わります。
霊体:あんた達!なに?邪魔しないでよ!
俺は、自分の声が急にお姉言葉になったのに驚いた。好子さんを見ると、「えっ、全然冷静じゃないよ」という顔をしている。すまない。
好子:あなたは今、何をしているのですか?
霊体:アタシは、この方にお仕えしているの。アタシの愛しい人に。
自分で言って吐きそうになった。
好子:お仕えして何をなさっているのです?
霊体:全ての災厄から守っているの。
俺は一度成り代わりを解いた。
山本:この男性の方、ずっと彫刻をしていて、何かを作っています。ロダンの地獄の門のような彫刻です。これは、この方に良い事をもたらす事もあるようですが、周りを不幸にする作用があります。ご本人にしわ寄せが来るので、大変危険です。
好子:そうですね。強力な妖を寄せ集めて作っているように感じます。この男性の方は自分がすでに亡くなっていることに気がついていますか?
山本:はい。気がついています。ただ自分にはこれしかできないから。と、ひたすら手元だけを見て作業を続けています。
好子:わかりました。御守護の神様よりさらに光を送って頂きます。この男性の方に周りをよく見て頂きます。光を強めます。成り代わりをお願いします。
霊体:やだ!眩しい!
好子:周りをよくご覧ください。あなたがお仕えしている方は全くの別人です。転生をされ新しい人生を生きておられます。貴方の知っている方ではありません。そして貴方の知っている時代から数百年が経ち世界はすっかり変わっているのです。
山本:この男性の方、呆然とされています。ようやく周りを見回しました。周りが変わっていることに大変に驚いています。
好子:おわかり頂きましたね。もう貴方の知っている時代ではありません。そしてこの方は貴方のことは何も知りません。貴方が何を言っても全く気がつくこともありません。貴方は、然るべきところに還るのです。それがこの世界の理です。
霊体:ずっと側にいたかった。ねぇ、今から生まれ変わったこの方に仕えてはいけないの?
好子:それはいけません。肉体を失い、魂だけとなった今、然るべき光の世界へ戻らねばなりません。今のままでは、誰に触れることも、声をかけることもなく、永久に闇の中です。
霊体:アタシ、これしかできないの。作ることしか。ねぇ、あんた。その光の世界でも私は同じようにできるの?
好子:それは神様とご相談なさって決めることです。光の世界へ還り新たに生まれ変わるのです。
霊体:生まれ変わったら、アタシまたこの方に会えるの?
好子:わかりません。それは神様がお決めになられることです。
霊体:そう。そうなのね。
山本:この方、少し心変わりをされました。自分1人じゃないのならあちらの世界に行くと言われています。
好子:それでは周りにおられる他の方に声をかけて頂きましょう。
山本:今、聞いていた他の方に声をかけられました。皆さん一緒なら行くと決められました。
好子:わかりました。ではご準備をお願いします。
光のドアが見える。
霊体たちが身を寄せ合い光の船に乗るのが見えた。
あの、怪しい彫刻も抱きかかえて船に乗っている。
山本:準備ができました。
好子:お還りください。
パン!
好子さんがそういうと、船はすごい勢いで光のドアの向こうに吸い込まれドアはすぐに閉まった。
フーッと息を整えた。
今度は、大輔さんの体の仕掛けを全て取り除く。
因縁霊により、肉体に悪影響を及ぼす仕掛けがされることがある。
大輔さんの場合、あの地獄の門の彫刻により集められた妖が多くの仕掛けをしている可能性が高い。
好子:それでは只今より、因縁霊により仕掛けられたマイナスの影響を及ぼす仕掛けを全て断ち切り抹消します。読み取りをお願いします。
集中すると、大輔さんの身体中に奇妙なものが見えてきた。
変なお札が喉に貼られ、変な色の泥が首に塗り込められている。
そして、極め付けは、右肩、腰に矢が突き刺さっている。おそらくこれが痛みの原因だろう。
好子さんに伝えると、一つ一つを抹消して言った。
消える瞬間、全てがチリのように崩壊し跡形もなく消えていった。
喉の仕掛けを抹消した時、大輔さんが大きく咳き込んだ。
そして矢を抹消した時、大輔さんの背中に電流が走ったように見えた。これはかなり痛かったはずだ。
その後の魂の儀で、大輔さんの魂は黄金の光を纏う高貴な紫色に変化した。
スターだけあって、やはり魂の色も滅多に見ないものだと、好子さんが話してくれた。
セラピーが終了し、椅子に腰掛けるなり大輔さんは、
「驚きました。呼吸がこんなに楽になるなんて。」と、感嘆の声を漏らした。
「詰りが取れました?」俺の問いかけに、
「詰りなんてものじゃないですね。丸ごと喉が入れ替わったようです。」と、今度は右肩を上げ下げした。
「こんな事ってあるんですね。今まで整体やトレーナーに何度もマッサージをしてもらったんですが、ずっと原因不明だったんです。もう全然痛くありません。」
「因縁霊の仕掛けというのは厄介で完全に抹消する必要があります。そして、今回生者からのネガティブな繋がり(生き霊)が大変多く、12本もありました。」
好子さんが答えると、大輔さんはふと目を上げた。
「それって多いんですか?」
「はい。普通の人は多くても4本程度です。やはりご活躍をされている事もあり、嫉妬や妬まれることも多いかと思います。」
「まぁそれはこの業界では仕方のない事でしょう。でも応援してくださるファンの方には感謝でいっぱいですね。お陰様で今があると思ってますから。」
「ええ。「愛」のエネルギーは偉大ですから。」
好子さんは、新しくお茶を淹れると大輔さんにどうぞと置いた。
それから数日後、大輔さんから舞台の招待状が届いた。
【7月5日 東京文化会館 19時開演】
「名探偵ポアロ 富豪令嬢予告殺人事件」
咲ちゃんからも連絡があり、絶対大輔さんからの招待の方が良いということで、俺と好子さんだけでなく、なんと啓介さんと柴田先生の4人で観劇に行くことになった。
「公演が終わったら、楽屋までぜひ来てください。マネージャーに言ってるんで。山本さんのお名前言ってもらったら大丈夫です。瀬戸さんもぜひ来てくださいって言ってます!」
咲ちゃんからのLINEを好子さんに見せると、楽屋まで行けるなんて!何着て行きましょうか?と大興奮していた。
会場に着くと、俺たちは2階席の「来賓席」に案内された。
一番見通しがよく、舞台を全て見渡せ、近くには業界関係者か、雑誌記者、報道関係の席がある。
「すごいところに来たもんだ。」と、キョロキョロ見渡していると、見知った顔がある。「あれ?」と思いもう一度見ようとしたが、開演のブザーがなり、会場が暗くなり始めたため、おとなしく席についた。
ーーーーー
劇も終盤に入った。
パーティー参加者とエマとの関係が徐々に明らかになる。
そして、
ガシャーン!
「キャー」
暗闇の中、ガラスが割れる音と女性の悲鳴が聞こえた。
「そこまでだ!」
ポアロの声と共に、パッとスポットライトが2階の舞台中央に当たる。
倒れていたはずのエマが、右手にナイフを持ち階段の上で立ち尽くしている。
そして、エマの足下で執事のウォルターが新聞社社長のオリバーを後ろから取り押さえている。
「エリカ!」
階段下から小説家のダイアナが叫ぶ。
「お母様!」エマはそう呼んでダイアナの胸に倒れ込んだ。
「みなさん、ここまでです。犯人は取り押さえられました。」
ポアロの言葉に、パーティーの招待客がゾロゾロと集まってくる。
「ハワードさん。私は最初から気がついていたんですよ。あなた方の芝居に。」
ポアロは、ハワード郷のすぐ脇に立つと、真相を述べ出した。
「あなたは、エマではありませんね。」
「はい。私は10年前にこの男に殺されたエマの親友のエリカです。」
「今回のパーティーは、10年前の殺人犯を誘き出すための罠ですね。」
ポアロは、舞台の中央に立つと、事件の真相を語りだした。
10年前、まだ11歳だったエマが何者かに強姦され殺害された。
ハワード夫妻は卑劣な犯行から娘の死を世間から隠し、ダイアナの娘エリカをエマの身代わりとして育てた。
「この10年、私はエマの身代わりとして育ちました。いつか必ず犯人を捕まえるために。」
「知っているのは、ご家族と執事のウォルターさんだけですね。」
「はい。死んだはずのエマが一命を取り留め記憶障害になっていると知れば、記憶を取り戻す前に、必ず犯人はやって来ます。」
エリカの独白が始まる。
犯行予告を出したのも、ワインに睡眠薬を入れたのも自分だ。部屋で1人になれば必ず犯人がとどめを刺しにやってくる。
「そして、エリカにとどめを刺そうとやってきたのが、この男、オリバーなんです!」
ウォルターはそう叫ぶと、オリバーを引きずり起こした。
「よくもエマお嬢様を。殺してやる!」
ウォルターがオリバーを階段から突き落とそうとした。
「よせ!君まで殺人犯になっちまう」
横から飛んできた、婚約者のフィリップが慌ててウォルターを捕まえる。
オリバーは見事な階段落ちを決めた後、懐から拳銃を取り出し、メアリーを人質に取った。
急展開だ。
確かに咲ちゃんから、ネタバレするから絶対言えないと言われただけの事はある。
こんな派手なアクションシーンがあるとは思っていなかった。
好子さんを見ると、両手で鼻と口を覆っている。
柴田先生と啓介さんは、アクションシーンが好きなのか、拍手をし声援を送っている。
大輔さん演じるポアロは、派手なアクロバットを決め、オリバーの放った銃弾を避けた。2週間前に、右肩と腰に痛みがあると言っていたとは思えない軽い身のこなしだ。そしてステッキで一撃を喰らわし、メアリーを奪い返した。
おーっと客席から拍手が巻き起こる。
そして、けたたましいサイレンが鳴り響き、突入した警官によってオリバーは逮捕となった。
終盤は、ハワード卿が「娘を2度も失いたくない。」と、エリカを抱きしめたところで、事件解決となった。
亡くなったエマが生きているように振る舞い、敵を取るために闘ってきた家族を描いた作品だ。他の観客の目にどう写ったかわからないが、俺は生きているうちに解決して良かったと思ってしまった。執着してこの家族が因縁霊になってしまう事ほど悲しいことはない。
舞台が明るくなり、カーテンコールが始まった。
メアリー役の咲ちゃんが、執事のウォルターと、同じくメイドのジェーンと一緒に登場する。
割れんばかりの拍手に包まれる。
遠目にも咲ちゃんが嬉しそうなのが良くわかる。
そして、トリを飾るのは主役の大輔さんだ。
会場はスタンディングオベーション。激しいアクションをモノともせず、軽やかなステップを踏んだ大スターの登場に一気にボルテージが上がった。
初日公演は大成功に終わった。俺は好子さんと2人楽屋挨拶に向かう。
振り返るとさっき見た顔はなく、気のせいだったのか?と思い階段を下りた。
花束を持ったたくさんの人でロビーは溢れかえっている。
マネージャーらしき人が、順番に名前を聞き関係者か確認をすると楽屋の方へ案内してくれた。
少し緊張しながら、スタッフ専用通路を進み角を曲がったところで、「あっ!」と思わず声を上げた。
それは相手もほぼ同じタイミングだった。
「玲子さん!」
最初に声を出したのは、好子さんだった。




