ファイル7 青木大輔:前編
「19世紀ロンドン。大富豪ハワード氏の娘エマの婚約発表パーティーに殺人予告が届いた。 【エマの婚約を即刻中止せよ。さもなくば、娘の命はない。】予告状を受けてハワード氏はパーティーに名探偵ポアロを招待する。」
男性のアナウンスが流れると、舞台がぼわっと明るくなった。
イギリスの屋敷の中を再現したセットだ。
中央に大階段があり、2階建になっている。
洒落た帽子を被った男が、ステッキを軽く回しながら、舞台の左側から軽快に登場した。
それと同時に客席からわーっと拍手と歓声が巻き起こる。
大輔さん、いや、今は名探偵ポアロだ。
「お待ちしておりました。名探偵ポアロさん。」
執事の男が挨拶すると、屋敷の中へ促した。
「メアリー、コートをお預かりして。」
「はい。さぁどうぞこちらへ」
メアリーと呼ばれた、咲ちゃんがコートを預かり、また舞台奥へと消えていった。
観劇なんて、娘を劇団四季のライオンキングのミュージカルに連れて行って以来だから何年ぶりだろう?もう10年以上見ていないのではないか?
舞台は、その後有名な役者が登場する度に拍手が起こった。
ハワード卿役の吉田承太郎、妻ソフィア役の大竹ゆみ、娘のエマ役の豊田マリカ。
テレビドラマでよく見る俳優陣に舞台が華やいだ。
咲ちゃんからはネタバレするから、ストーリーは秘密と言われていたが、ミステリーなんておきまりの展開だろうと高を括っていた。
案の定、パーティーの宴席でエマのグラスに毒が盛られ、エマが倒れた。医者の応急処置で一命を取り留めたものの、気を失っているという展開で、犯人探しが始まった。
「あなたが、グラスにワインを注いだんですね。」
「はい。皆様のグラスにワインを注いだのは私です。ですが、グラスを運んだのは私ではありません。」
「待ってよ!私が犯人だとでも言うの?」
「そんなことは言ってないわ」
「まぁまぁ、落ち着いて。」
メアリー、ポアロ、そしてもう一人のメイド ジェーンの3人が罵り合った後、ポアロ1人にパッとスポットライトが当たった。
「さぁー客席からご覧の皆様。そう貴方ですよ。あなた。え?今僕と目が会っている貴方です。あ、目をそらしましたね、ダメですよ。覚えましたからね。
容疑者はここにいる全員です。ご家族、執事やメイドの他に、婚約者のフィリップ。弁護士のルイス。新聞社社長のオリバー、そして陸軍大佐のジョージ。小説家のダイアナ。この10人の中に犯人がいます。犯人がわかったら、私にこっそり教えてくださいね。」
舞台の大輔さんは、ほんの数週間前に会った人と同じとは到底思えない。こうも輝きを増すのかと、関心してしまった。
「エマお嬢様は、それはお優しい方です。昔からお身体が弱く、ご病気がちでした。お世話をする私達をいつも気遣っておいででしたわ。」
「エマお嬢様は、10年前の事故で幼い頃の記憶を失っておられますが、いつも穏やかですの。」
「私はお小さい時からお世話しておりますから、よく知っています。愛らしく、それは素晴らしい方です。」
メイドや執事たちの意見は、誰もがエマを愛しており、毒を盛る理由がないと一貫していた。
次に、ポアロは順に招待客を尋問し始めた。
「私はエマの婚約者ですよ。私がエマに毒を盛るわけがない!今も側で付き添ってやりたいくらいだ。」
「私は、この家の顧問弁護士です。もう何十年も付き合いがあるんですがね。一体なぜ私が彼女を殺さなければならないのです?」
「私はハワード卿の古い友人だ。エマのことは彼女が小さい時からよく知っている。忙しい私が、わざわざここまで彼女のために来たんだ。私が犯人なわけないだろ。」
「ワシは、陸軍の大佐だ。名誉にかけて誓うが私は犯人ではない。」
「私が、毒を盛るわけございませんわ。ハワードご夫妻とは古い友人ですの。他に外から侵入した誰かがいるかもしれませんわよ。探偵さん」
全員が自身の潔白を主張すると、ポアロは顎を摩りながらウンウン考え、
「こうなると、犯人は君しか考えられない。そう君だメアリー」と、メアリーを指差した。
「ワイングラスを置いた君以外に誰もエマのワイングラスには触れていないんだ。」
「待ってください!私は犯人じゃありません。」
「いや、君以外に考えられない。君がグラスに毒を入れていないという証明ができない以上、君が犯人だ。」
「そんな。」膝をつき、うな垂れたメアリーの腕をポアロは掴むと、
「警察が来るまでおとなしくしているように。ウォルター君、彼女を部屋に。」
ポアロは執事のウォルターに指示を出し、そして、メアリーに耳打ちをするシーンで暗転した。
ー2週間前ー
「お陰様で、父も母も喜んでいます。」
大輔さんは、あれから両親とも顔色が良くなった事や、観葉植物が元気になった事など、家の浄化をした後に起こった変化を話してくれた。
「それは何よりです。私達も、セラピーを受けた方のその後を聞くと、本当によかったと思うんです。」
冷たいほうじ茶の入ったカップを好子さんがテーブルに置くと、「ありがとうございます。」と大輔さんは会釈し、手に取った。
「今思えば、出会ってすぐの彼女に、なんでこんな相談をしたのか不思議ですが、これもご縁だったんでしょうね。」
「はい。お導きを感じます。」
大輔さんの向かいに座った好子さんは頷くと、俺にも座るよう促した。
ご実家の浄化を終えてすぐ、大輔さんから自分も「たまぴか」セラピーを受けたいと申し出があった。
公演が始まるとしばらく時間が取れないので、家の浄化をした翌週に受けてもらう事になった。
「セラピーのことは、大体咲ちゃんから聞きました。未浄化霊が出てくるとか、色々。自分には関係ないと思っていたんですが、家の浄化でこんな不思議なことがあってから、これは自分もちゃんと見てもらった方が良いと思いまして。」
大輔さん自身、特に困った事は無いそうだが、本人が自覚していないだけと言うことが往往にして良くある。
「体の面で気になっていることはありませんか?」
俺の質問に、大輔さんは少し考えていたが、
「健康に問題はないんですが、実は昔から喉が弱いんです。役者なのに、致命的でしょ?喉のケアが大変なんです。」
「いつ頃からです?」
「もう何十年も前ですね。役者になってからは、毎日ケアしないと落ち着きません。」
俺は手元のメモに「喉が弱い」と書き込んだ。
「他にはありませんか?」
「そうですね。もう50を過ぎてますから、疲労が取れにくいことはあるんですが、最近右肩と腰に痛みが出ることがあります。トレーナーにも相談してケアするようにはしてるんですが、舞台に立つとやはり応えますね。」
「どんな痛みです?」
「うーん。何かが突き刺さるような、変な痛みですね。今も少し感じています。」
「そうですか。」
うんうんと相槌を打ちメモをとる。
好子さんをチラリと見ると、少し目を閉じて、軽く頷き
「そうですね。これも合わせて確認していきましょう。」と、軽く咳払いした。
「その他はどうです?」
また大輔さんは少し考えていたようだが、軽く咳をすると、これは関係あるのかわからないんですが、と前置きをして、
「自分は、役者という仕事をしているせいか、結婚ができないんです。昔は週刊誌に追われたこともあったんですが、もういい年ですからね。そろそろ、身を固めたいんです。」なんとかなりませんかね?と、笑った。
「確かに、ご縁を邪魔されている場合もありますからね。」
俺はそう言うと、メモに「結婚」と追記した。
いよいよセラピーを始めようと、大輔さんに奥のベッドで横になってもらう。
「それでは、私山本博が本日成り代わりをさせて頂きます。」
挨拶すると、俺はいつも好子さんが座る丸椅子へと移動した。
好子さんがニコッと微笑むと、いつもは俺が座る丸椅子へ腰掛けた。




