ファイル6 瀬戸大輔:後編
「そういえば、どうして咲ちゃんを呼ばれたんです?」俺が尋ねると、大輔さんは、一瞬止まったように見えた。
「そうなんだよ。なんでだったかなぁー」何かを思い出そうと、一点を見つめている。
「何かあったはずなんだけど思い出せなくてね。ごめんね、台詞は覚えてるのにね。初対面の人だけだと、緊張するからかなぁ」大輔さんは、エビを頬張る咲ちゃんを見て微笑んだ。
食事を終え、時計を見ると午後2時を少し過ぎていた。まだ見ていないのは2階の寝室と、一夫さんの書斎だけだ。階段を上がる前に、咲ちゃんが気になると言った絵をもう一度見ることにした。
「やっぱり、もうあかん。って言うてる。」咲ちゃんが腕組みをすると、好子さんが近づき、額縁と壁の隙間を覗いた。
そして、確信を得た様子で「すみません、この絵外して頂けますか?」と、一夫さんに頼んだ。一夫さんが絵を外すと、啓介さんも、納得したと言わんばかりに白い壁を見て声を漏らした。
「異次元とつながる穴があります。」
好子さんがそう言うと、啓介さんと2人並んで壁の前に立った。
「皆さんは、側を離れず、少しだけ下がったところにいてください。」俺はみんなを壁から少し離した。
「これは妖によって開けられた穴ですね。」
好子さんが、そう言った時、ミシミシッと、壁の鳴る音がした。
その時、突然俺の脳裏に巨大なナマズの姿が見えた。
「ナマズですか?」俺が好子さん達に聞くと、そうそうと二人は首を縦に振った。
「元は沼の守護をしていた神のようですが、もうその沼はありません。」
好子さんが読み取った情報を伝えるとすぐ、ブルドーザーが山を削り、大量の土砂を沼に埋めるのが見えた。かなり古い映像だ。40年くらい前か?その後また場面が変わり、最近の河川工事が映し出された。
【悲しみと怒りの感情に囚われた神は妖になる。】
前に好子さんが教えてくれた。
元々は神として祀られていても、人間に住処を奪われ、妖になってしまう神がいる。
妖になってしまうと、読み取りはしない。御守護の神様の力で光の世界に送ることになる。
「ナマズのご存在を光の世界へお送り頂きたくご祈願申し上げます。」
啓介さんがそう声に出し、フーッと息を吐いた時だった。
ガン!ガン!ガン!
と、地面から突き上げるような揺れを感じた。
一夫さん達は壁に手をつき、大輔さんが咲ちゃんの肩を支えた。
その時また、俺の脳裏に映像が映し出された。
巨大なナマズがふわりと、七福神の乗るような大きな光の船に乗った。
キラキラ光る小さな妖精のようなものが、船の周りを囲うように飛んでいる。
これが好子さんが言う「準備ができた。」という状況なのだろう。
「お還りください。」
パン!と啓介さんが柏手を打つと、巨大なドアが開き、光の川をすごいスピードで船が進んで行く。船はドアの向こう側へ消え、ドアはすぐに閉じた。
「今、上がりました。」
好子さんがふぅと息を吐くと同時に、先ほどまで感じていた、重苦しい空気が一掃された。
続けて好子さんが集中し、また話し始めた。
「ナマズのご存在により、異次元と繋がる穴が17個開けられていますね。こちら全て断ち切って頂き、抹消をお願いします。」
好子さんからの情報を頼りに、啓介さんが、また一つ一つ断ち切る祈願をしていった。
二人の斜め後ろに立っていた俺は、この時、無造作に空いている大小の穴が一つ一つ綺麗に消えて行くのが見えた。ブラックホールが無くなるといえば良いのか。最後の穴が消えた時、一瞬ぐにゃりと景色が歪んだが、すぐ元の白い壁にもどった。
「山本さん確認をお願いします。」
好子さんに呼ばれ、壁に一歩近づいた。
フーッと息を吐き、御守護の神様に繋がると、いつもよりハッキリと「もう穴はありません。」と聞こえた。一瞬神様が笑ったようにも見えた。
「もう何もありません。大丈夫です。」
俺が伝えると、緊張の糸が解けたのか、はぁーっと咲ちゃん息を吐くのが聞こえた。
「よかったー。ナマズの神様、成仏しはったー」咲ちゃんが映画でも見たような感想を漏らした。
大輔さん達は、まだ何が起こったのか信じられないと言った様子で、3人とも黙ったまま、しばらく白い壁を見て立ち尽くしていた。
その後2階の部屋を見たが、もう何もなかった。これで全ての浄化が完了した。
その後リビングに戻り、今日はすごい体験をしたとみんなでワイワイ話した。話の途中で、去年の秋、坂の下で暗渠の工事があったと一夫さんが思い出した。
「この辺一帯に異次元と繋がる穴ができていました。おそらく台所にいた妖や女の子の霊体はその影響でしょう。今後はもう入ってくることはありません。」
啓介さんはそう言うと、
「この絵の波動が大変高くて、悪いモノがこれ以上入らないように、結界の役割を担われていました。」
ローテブルに置いた江ノ島の絵を眺め、大したものだと、頷いた。
「そうなんですか?俺が大学時代に描いた学生の絵ですよ」
大輔さんは信じられないと言う顔で、頭を掻いた。
「はい。芸術に大変秀でた才能をお持ちでいらっしゃいますし、現に今も俳優として大変活躍されておられます。何より大変エネルギーの強い方です。そのような方が描くと、絵にもエネルギーが入ります。」
「いやー、なんか恥ずかしいなぁ」
照れ笑いをすると、思い出したかのように大輔さんが呟いた。
「この絵を描いた時、好きな子がいて。その子の事思って描いたんだよな。懐かしいなぁ。」
あははとまた照れ笑いをすると、「いやいや、もう結構」と、顔を赤らめ顔の前で手をひらひらと振った。
「絵は是非また飾ってください。少し疲れているので、浄化します。」
啓介さんは、優しく絵の上に手をかざし、目を閉じて祈願した。
横から、咲ちゃんが「おーっ」と声をあげた。
玄関まで見送ってもらい、俺たちは青木邸を後にした。
大輔さんは、咲ちゃんに手をふると、咲ちゃんは改まってお辞儀をした。
夏至が近づいているせいか、6時を過ぎても外はまだ明るい。
好子さん達とは駐車場で別れ、俺はまた咲ちゃんを車に乗せて送って行く。
坂道を下り、眼下にオレンジ色に染まる海が見えた頃、咲ちゃんが呟いた。
「山本さん、たぶん、私呼ばれたんやと思うねん。」
「ん?」バックミラーごしに咲ちゃんを見る。
「なんで私を呼んだのか覚えてない。って瀬戸さん言うてたやん?たぶん、私の御守護の神様が瀬戸さんの口を使って、そう言わせたんやろな。」
咲ちゃんが、ウィーンと窓を下げると、心地よい風と共に、サーっと潮の匂いが入って来た。
「今日啓介さんが、絵の浄化したの見て凄い感動してん。めっちゃ綺麗やった。澱みがスーッと取れて、ピカピカに白く光ってん。」
「何か聞こえた?」
「お風呂上がりみたいに、「あー気持ちいい」って言うてたわ。」
咲ちゃんは、ぼーっと海の方を見て、また「凄いなぁー」 と、呟いた。
咲ちゃんは最初、俺のご守護の神さまからメッセージを受け取り、俺に水をこまめに飲むように伝えた。今度は自分のご守護の神さまが他人の口を使って咲ちゃん自身を動かした。彼女に経験させ、学ばせるためだったのかもしれない。
いつか頼もしい仲間になってくれればと喜ぶ反面、少し複雑だった。霊能に関わる道を選んだら、普通の人生を歩んではいけない。サラリーマンを辞め、この世界に入ったとき、沢山の人が離れていった。罵倒された事もある。
彼女には女優として成功する夢がある。きっと、これから彼女は活躍するだろう。
彼女の人生が幸せであるよう、俺は祈った。
本来、家の浄霊・浄化をするためには、先にお家の方が、セラピーを受ける事が必須です。
今回の場合、一夫さんか、久子さん、または大輔さんのどなたかが、最初に「たまぴかセラピー」を受けることが必須です。




