ファイル6 瀬戸大輔:中編
「家の浄霊・浄化」は、正式な修練を積んだ専門家によってのみ行われます。
例えご自身のお家であっても、ご自身だけで浄化をすることは大変に危険です。
(この場合の浄化とは霊的な浄化であって、盛り塩や、掃除などではありません。)
模倣防止のため、所作等は全て割愛させて頂きます。
全体に真似をしないでください。
「今日はありがとうございます。」
白髪混じりの背の高い男性と、長い髪を束ねた、ロングスカートの女性が玄関まで出て来た。
「父の一夫と、母の久子です。」
「初めまして。関内ハートの相談室より参りました、セラピストの太田好子と申します。」
俺たちは順に挨拶すると、リビングへ案内された。モダンな和室へ改装されたのか、トレンドの低いローテーブルの周りに和柄の洒落た座布団が並ぶ。
「違和感に気づいたのは、去年の暮れなんです。壁から誰かが蹴るような音がしたり、天井からもパキッと弾けるような音がして。最初は動物が入り込んだのかと思ったんですが、屋根裏を見ても全く何もなく。家が傷んできたのかとも思ったんですが、まだリフォームして2年なのでそんなわけないなと。」
一夫さんがそこまで話した所で、久子さんがお茶を持って入ってきた。
「お父さん、台所も。」
「あ、そうなんです。特に台所が一番酷くて。夜の10時を過ぎると、何度も音がなるんです。」
「食器棚を置いているあたりからよく聞こえるんです。」
久子さんはそう言うと、夜は気味が悪くてなかなか台所に立てないと言った。
「承知しました。一度家の中を全部見させて頂きます。タンスやクローゼット、机の引き出しの中も全て拝見させて頂きます。奥様の衣類ダンスはここにいる太田が確認致します。」
啓介さんはそういうと、今日の流れを一通り説明した。
仮に地縛霊がいた場合、浄霊し更に場を清める必要がある。もし、霊道が複数あった場合は、全ての霊道を抹消しなくてはならない。一つでも残してしまうと、悪いものがやってきてしまう可能性がある。
そのため、1日がかりの作業になることを伝えた。
最初に、地縛霊がいないかを確認するため、久子さんの案内で、台所に向かった。ダイニングルームから独立している、細長い4畳程のスペースで、ガスコンロの奥に小窓が付いている。台所の暖簾をくぐってすぐのところに、古い木製の食器棚が置いてあった。一見なんの変哲もないが、好子さんが一歩台所に入った瞬間から「パキッ」と音がし始めた。
「確認しますね。」
好子さんは、フゥッと息を吐き目を凝らした。後ろから、咲ちゃんが見ているがほぼ二人同時に「あー」と声を出した。
「小さい子供がいます。着物を着た6歳くらいの女の子です。」
好子さんは少し屈んで、子供と目線を合わせるような体勢になった。
「この家にご関係のある方ではありません。ついて来てしまった方です。食器棚の上の人形で遊ぼうとしていました。」
見ると、一番上の段に、木でできた可愛らしい人形が飾ってある。
「あら、それ。娘からお土産にもらったものなのよ」
「お嬢さんから?」
「ええ。北海道旅行のお土産でコロポックルって言ってたかしら?」久子さんは去年の夏からそこに飾ってあると話した。
啓介さんが、「少し話を聞いてみましょうか。」と、好子さんに成り代わりを依頼すると、二人は食器棚から少し離れ、何かを囲むように立った。俺はみんなから少し台所から出てもらい、廊下から見守るように促した。
啓介:あなたは、ここで何をしているの?
霊体:遊んでたの。
好子さんの声が、急に可愛らしい子供の声に変わった。
啓介:そう。でもね、ここは、あなたのお家じゃないでしょ?ここのお家の人が困っているからここにいては行けないよ。
霊体:うーん。でも私のお家もうないの。おじさん、私どこに行ったらいいの?
啓介:君はね、然るべき「光の世界」に還らないと行けないよ。君を送ってあげられるから、今から向かうんだよ。
霊体:うん。
好子さんが、成り代わりを解いた。
好子:この方すぐ、準備に入られました。他所のお家で遊んでいたことを反省されているようです。ごめんなさい。と言われています。
啓介:わかりました。それでは御守護の神様のご指導により、然るべきところにお送りいたします。
啓介さんが、ふっと息を吐き、パンと柏手を打った。
その瞬間、少し台所が明るくなった。
好子:はい。上げていただきました。
「もう大丈夫ですか?」久子さんが尋ねる。
「この方は上がられましたが、他にもいるようなので、確認しますね。山本さんお願いします。」啓介さんにそう言われ、台所に入ろうとしたとき、咲ちゃんが、俺の服の裾を引っ張った。
「何?」
ちらっと見ると、「なんかおる。」と、小声で呟き、シンクの下の収納棚を指差した。
確かに、変な気配を感じる。これは妖だ。
「棚の前におられた方は上げて頂きましたが、シンク下に妖の気配があります。」
俺がそう言うと、啓介さんが、皆さんは少し下がってくださいと、咲ちゃん達を遠ざけた。そして好子さんが収納扉を開けようとした時、「ガシャーン」と扉の中から音がした。
「確かに妖ですね。イタチのような姿です。私たちが来たことにイライラしています。」
好子さんはそういうと、啓介さんに目配せした。
「今、御守護の神様の力により然るべきところへ送られます。」
啓介さんが、またフーッと息を吐き「お還りください。」と柏手を打った。
パン!
空気が一気に軽くなった。換気扇をつけていなかったが、風が吹いた。
皆んなにもそれが伝わったようで、「おーっ」と、大輔さん、一夫さんが感嘆の声を漏らした。
「上がりました。」
啓介さんが扉を開けると、ただ鍋や釜が置いてあるだけで別段変わったものはない。
「霊道を抹消し、浄化をします。」
啓介さんと好子さんはそう言うと、開けっ放しの収納棚に向かって祈願をした。
「山本さん、確認をお願いします。」啓介さんに言われ、台所に入る。
御守護の神様に繋がり、確認するが、収納棚、台所からはもう何の気配もなかった。
「はい。もう大丈夫です。」
俺がそう伝えると久子さんがほっと安心したようで、「ありがとうございます。」と、呟いた。
その後も玄関、トイレ、お風呂場、ダイニングルーム、納戸と順に見ていく。
確かに一夫さんが「音がする。」と言ったあたりに霊道や異次元に繋がる穴があり、その都度抹消して浄化した。
1階の浄化を終え、階段の前の廊下を通った時、咲ちゃんが立ち止まり、壁の絵を凝視した。
美しい江ノ島の油絵だ。海岸から見た夕方の江ノ島が赤とオレンジと黄色に染まり、暮れていく様が波と共に描かれている。
「なんか聞こえるの?」
「うん。「あかん。もう限界や」って言うてるねん。」
「大阪弁なん?」
「私にはそう聞こえるねん。」
「それ、僕が描いたんだよ。」振り返ると、恥ずかしそうに照れ笑いする大輔さんがいる。
「えっ、そうなんですか!」
咲ちゃんが、さも驚いたようで、甲高い声を上げた。
「そんなに上手じゃないけど、大学の頃、演劇サークルの他に美術も勉強してて。その時描いたものなんだ。未だに実家に飾ってもらってる。」
照れ臭そうに笑うと、「一旦お昼にしましょう。母が出前を取ったので休んでください」と、リビングへ向かった。
ローテーブルには、「福すし」と書かれ箸袋が丁寧に並び、特大の寿司桶が3つ置いてあった。ボタン海老から、雲丹、大トロ、地元産の生しらすまで大変豪勢だ。久子さんが、醤油の入った小皿を置き、「みなさんどうぞ。」と座布団を揃えてくれていた。
「奥様そんな、気を遣われなくても」
好子さんが狼狽え、まぁどうしましょうと、困惑していると、
「わざわざお越し頂いたんです。どうぞ遠慮なくたくさん召し上がってください。」
久子さんに続き、大輔さんからも「せっかく可愛い後輩も来たんだ。遠慮しないで食べてください。」と、促され俺たちは、お言葉に甘えてご馳走になった。
透明なしらすが入っている。江ノ島近辺でしか取れない生のしらすだ。釜揚げもうまいが、これはここでしか食べられない。ぁあビールが欲しくなる。
「んー美味しいです!」咲ちゃんは目を閉じ、幸せそうに大トロを頬張る。
「君はなんでも美味そうに食うな。」咲ちゃんを見て大輔さんは笑う。
「私、好き嫌いはありません。なんでも好きです。」
「それは、いいな。皆さんは好き嫌いはありませんでしたか?」
俺と好子さんは特に好き嫌いはなかったが、啓介さんは卵アレルギーなので、いくらと卵は俺と咲ちゃんで多めに頂いた。
「ここは海が近いから、お魚が美味しいの。」久子さんがお茶のおかわりを入れて回る。
「ここにはずっとお住まいなんですか?」俺が聞くと、一夫さんが答えた。
「いいや、昔はもう少し山の方に住んでいたんです。この辺一帯はバブル開発でできた住宅街でね。」
「40年ほど前でしょうか?」
「そうなるね。早いね時間が経つのは。」一夫さんはずずっとお茶を飲みまた呟いた。
「しかし、今まで何もなかったんですが、どうして急にこんな事が起こったんでしょう?」
「何か思い当たることはありますか?」啓介さんが聞く。
「いや。特に何もないね。ねぇ、母さん。」
「はい。子供達2人とも独立してますし、私たち夫婦だけですから。特に変わったことは。」
そうですか。と啓介さんは頷いたが、何か引っかかっているようだ。
俺と好子さんも何か得体の知れない違和感を感じていた。




