ファイル5 檜山咲:後編
相談した結果、今回も好子さんが成り代わりで進めることになった。俺はいつも通り、出てくる未浄化霊と対話をする。
セラピーの説明を終始聞いていた咲ちゃんは、「うん、浄霊は難しいっておばあちゃんが言ってました。」と、相槌を打っていた。
「あの、わたし見える方なんですけど、自分に憑いた未浄化霊はなんで見えないんですか?」
確かにそう思うよね、と好子さんは頷く。
「私の時もそうだったんだけど、巧妙に隠されてわからなかったの。変な声が聞こえても、自分の頭の中で自分自身が言ってるんだ。と思ったら、もうわからないでしょ?」
「そう言われると、思い当たること結構あります。私、陰キャなとこあって、すぐ凹むんです。」
咲ちゃんは、好子さんに促され、よいしょと、ロングスカートの裾が引っかからないように、簡易ベットに横になった。
「寝てたらいいんですか?」
「はい。楽にしてください。そのまま寝てもらって大丈夫です。」
俺が伝えると、わかりました。と呟きそのまま目を閉じた。
好子さんに合図を送る。すると、すぐにそいつは現れた。耳をつんざくような甲高い笑い声がキーンと部屋中に響いた。
霊体:キャハハハハ。もっと苦しめ!あははははは!
山本:あなたは、この方とどのような関係ですか?
霊体:あはははははは。
好子さんが、眉根を寄せて一度成り代わりを解いた。
好子:踊り狂うと言う表現が良いでしょうか?巫女のようなお姿をされています。両手の爪は伸び、頭には、怪しい冠をつけておられます。
山本:話ができる状況でしょうか?
好子:はい、もう一度成り代わります。
咲ちゃんは、奥歯をぐっと噛み締めているようで、体全体が硬直している。
山本:あなたは、この方とどのような関係ですか?
霊体:無様だね。やっと私の力に恐れをなしたか、この女。
好子さんが、またすぐ成り代わりを解いた。
好子:この方の過去世にご縁のある方です。1000年以上前。奈良時代でしょうか?着物がまだ中国の影響を受けている独特なお姿です。えー、この方の過去世は当時の天皇にお仕えする特別な祭祀を執り行う巫女です。そして、今来られているこの霊体は、その当時同じ巫女として関わっておられました。もう一度成り代わります。
霊体:どうしてお前ごときが、お上のお側仕えをする。
山本:この方はあなたに何をしたのですか?
霊体:大した力も無いくせに、師匠である私を差し置いた当然の報いだ。
ゲホ、ゲホッ。好子さんは咳をするとフーッとまた話し出した。
好子:この方の過去世、大変な神通力をお持ちの巫女でした。当時の帝の勅命を受け、祭祀を担う大変特別な役目を担われています。そして、この霊体の方はそれに嫉妬していますね。
すぐに、成り代わりに入ろうとしたが、好子さんは、右手で首の後ろをぽりぽりと掻き出した。
好子:いま、この霊体のすぐ後ろに巨大な黒い影が見えました。人でも妖でもありません。
山本:祟り神でしょうか?
好子:それに近いようですね。先にこちらを優先します。お話が可能か御守護の神様に確認します。
しばらく、沈黙が続いた。ふと、脳裏にとてつもなく大きな化け物が浮かんだ。目は赤黒く光り、口元は耳の端まで裂けている。何本もの手足が、蜘蛛のように動き回り、ニタニタと笑っているように見えた。こんな、恐ろしいものがいるのか。変な汗が額からポタっ、ポタっ、と落ちてくる。唾を飲み込むのもためらわれる。
咲ちゃんを見ると、タオルケットをつかんだ両手が震えている。重苦しい沈黙を好子さんが破った。
好子:いいえ。必要ありません。禁忌を犯した神です。今、御守護の神様の力により、光の世界へ送られます。お願いします。
山本:わかりました。それではお還りください。
パン!
俺は集中力を極限に高めて柏手を打った。もし空気に色があるなら、黒から白へ反転したといえば良いだろうか。一瞬で、世界が変わった。
硬直していた、咲ちゃんと目があう。何かを感じたようで、俺の目をみて「うん、うん」とうなづいた。
好子:それでは、もう一度先ほどの霊体に成り代わります。
またすぐに、巫女の霊体は現れた。
霊体:私の神様が、消えちゃった。ねぇ、どうして。
頭の中に、巫女の姿が見えた。着物がはだけ、呆然と立ち尽くしている。先ほどの勢いはなく、小さな子供のように涙で顔を濡らしているのが見えた。
山本:然るべきところに、送られました。あなたも然るべきところへ向かう時です。
霊体:わたし、どうしよう。もう、何も、なにも出来ない。神様いなくなった!わたしに、凄い力を与えてくれていたのに。ぁあーねぇ、どうしてなの。
山本:あなた様も、お心を決め、然るべき場所へお還りください。
霊体:私だって、努力してきたのに、どうして…この子は、こんなに、光が強くて美しいの?
好子:項垂れています。今は「羨ましかった」「この子のようになりたかった」と、嘆いておられます。今、御守護の神様のお導きにより、光の世界へ還ると決められました。準備が整いました。
山本:お還りください。
パン!
また空気が変わった、重苦しいものが消えた。咲ちゃんの顔色が良くなっている。俺は、ほっとまた息を吐くと、額の汗を拭った。
休憩を挟んで、魂をピカピカにする儀を行う。いつも通り、好子さんが過去世を読み取りしている時だった。突然、俺の脳裏に二人の屈強な山伏が現れた。険しい山の頂で一人が法螺貝を吹き一人は、印を結んでいる。なんだこれは。
好子さんと目があった。
「そういうことなのね。すごいじゃない!」
好子さんは突然笑い出した。
「お二人、過去世で一緒に修行なさってます。山伏ですね。険しい山で修行したお仲間です。」
「えー!」
「へー!」
好子さんは点と点が線で結ばれたというように、うなづいた。
「御守護の神様が本人以外にメッセージを伝えるなんて、無いんです。でも、山本さんに何回言っても聞かなかったのね。だから、かつての仲間である咲さんの口を借りられたんですね。」
面白い。こんなことがあるなんて。と、好子さんは大興奮している。
咲ちゃんは俺の方を見て、「仲間」と呟いた。自分の娘とさほど変わらない年の女の子から、「仲間」と言われると背中がむず痒い。
咲ちゃんの魂は美しい赤色だった。カラカラに干からびていたが、火の鳥というべきか、燃えるように美しい赤い球体に変わった。
「おめでとうございます!」
俺と、好子さんで拍手する。咲ちゃんは照れくさそうに簡易ベッドから降りると、肘掛け椅子に座った。
「気分はどうですか?」
好子さんが温かいほうじ茶を出す。
「あ、大丈夫です。なんか、スッキリしてます。」
「見え方とか、変わった?」
俺が聞くと、キョロキョロと周りを見回し、
「うん、確かに明るくなった!あと、体めっちゃ軽い!」そう言ってぐるぐる腕を回した。
「私、自分のことずっと嫌いやったんです。嫌いになったら、周りが納得してくれる気がして。でもそうやないんですね。ちゃんと自分のこと大事にしてあげようって思いました。」
「今まで抑え込まれていたものが外れたから、これからはもっと良く見えてくるわ。でも焦らないでね。しっかりと御守護の神様に繋がれば道を外れることはないんだから。」
好子さんは、そう念を押した。
「霊的に力があると、色んなものがよってきやすいでしょ?良いものも。悪いものも。」
「はい。」
「だからまず、最初に御守護の神様につながることを覚えて。御守護の神様に確認してからコンタクトをとるの。妖が神様の仮面を被ってやってくるのもわかるでしょ?」
「はい、だからずっと怖かったんです。全部が嘘つきに思えて。」
咲ちゃんは、ふと俺の顔を見た。
「でも、山本さんは信頼できるって思ったんです。」
「えー!なんで。嬉しい。」
「だって、ラーメンのびるかもしらんのに、わざわざ外まで出てきてくれたもん。ええ人やん」
「そこかい!」
俺は笑った。
好子さんは、もし困ったことがあったら遠慮なく相談にくること。と何度も念を押した。
「はい!かつての仲間が見つかったので、これからもすぐ連絡します!」
そう言うと、咲ちゃんは意気揚々とエレベーターを降りて帰っていった。




