ファイル5 檜山咲 :中編
シャケ弁の入った袋をどうぞと、両手で丁寧に差し出され、俺もまた丁寧に受け取った。
女の子は、はははと笑うと、「昨日はありがとうございました。」と、やや早口で喋った。
「関西の方?」
どうもイントネーションが関西よりだ。
「あ、そうなんです。わかりました?私、和歌山なんです。」
自分も関西出身である事を伝えると、あーそーなんですか?と、急に砕けた調子になった。俺はやはり気になったので聞いてみることにした。
「昨日、なんであんなん言うたん?」
一瞬、えっと口を開け固まった。右手で前髪をなで、えーっと。と考えてるようだったが、ドアに掛けてあった「関内ハートの相談室」の看板が目に入ったようで、
「あの、ここってカウンセリングとかしてるんですか?」と、聞いてきた。
「え、あ、うん。」
「カウンセラーさんなんですか?」
「まぁ、はい。そうやね。」
俺がそう答えると、少しの沈黙を破り「後ろの神様が、そない言わはったんです。」と、ぼそっと呟いた。
「変に思われるかもしれないんですけど、私色々見えるんです。昨日鍵もらった時、凄い綺麗な神様みたいなおっきい人が見えて、そない言うたって。って頼まれたんです。」
女の子は、少し上ずった声で、「あ、お化けとか、そんな怖い奴とちゃぃます」と、付け足した。
顔を赤らめてうつむくと、じゃあと帰ろうとした。
「そっか、ありがとう。やっぱりそうやったんやね。」
俺の言葉が信じられなかったようで、振り返り目を見開いた。
「信じてくれはるんですか?」
「うん、わかるよ。朝も同じこと言われたから。」
玄関先でどこまで伝えるべきか迷ったが、自分がセラピストである事と、ここは魂のセラピーを受ける場所だと伝えた。
最初は唖然と聞いていたが、何を思ったか、
「あの、私の話も聞いてくれます?」と、真面目な顔をした。
「うん、今日はもう1人のセラピストさんがいないから、今度また来てもらってもいい?無料相談受付てるから。」
玄関脇の卓上カレンダーから、この日なら空いてるよと、何日か候補をだして、その場で連絡先を聞いた。
檜山咲 (ひやまさき)24歳 女性
5月18日 11時 無料相談
予定表に◯をすると、
じゃあ、よろしくお願いします。と、自分の身体よりはるかに大きく見えるバックパックを揺らし、非常階段を急ぎ足で降りて行った。
ーーー
「初めまして、こんにちは。太田好子と申します」
冷たいほうじ茶を出し、好子さんが笑顔で向かいの席に座った。
大きめのジーンズと、CKとプリントされたTシャツを来てきた咲ちゃんは、小柄でスタイルの良い子だった。
「こんにちは。檜山咲といいます。」
ペコリと、会釈しゴソゴソと座り直した。
好子さんには事前に咲ちゃんの事を話していた。話しを聞くやいなや、「面白すぎる!」と絶叫し、すぐに会いたいと、大喜びしていたのだ。
俺は、咲ちゃんから見て左斜めの先に座った。
「山本さんから話は聞いてます。ご守護の神様の声を聞かれたんですね。」
「あ、アレ御守護の神さまって言うんですか?私なんなのか分からなくて。」
咲ちゃんは、ボソボソと話し出した。
「私、元々見える方なんです。お化けとか、そういうの。でも、お父さんもお母さんも見えへんくて、お婆ちゃんだけが、分かってくれたんです。
お婆ちゃんからは、他所で言うたらアカンって言われてたからずっと黙ってたんですけど、高校2年の時から急に変なんが、見え出したんです。」
「何が見えたの?」
好子さんが身を乗り出す。
「絵が光るんです。」
咲ちゃんは、もう話しても大丈夫だろうと安心したのが、一気に喋り出した。
「私、高校の時美術部やったんです。2年生の時に大阪の国立美術館にモネの展覧会があって、お母さんに連れていってもらったんですけど、その絵が眩しくて、全然見れなかったんです。」
一息つくと、また話し出した。
「なんとなく白っぽい光で。最初ガラスが反射してるんかな?と思ったんですけど、みんな普通に観てたから、自分にしか見えてないって分かったんです。」
「今でもわかるの?」
好子さんの問いに咲ちゃんは答えた。
「はい。集中したら、今は絵が話してくれるようになりました。」
「もしかして最近、自由が丘のマンションで棟方志功の版画見なかった?」
俺はまさかな、と思い聞いてみた。
「え!なんで知ってるんですか?」
咲ちゃんは、驚いて俺の顔を見た。
俺と好子さんは思わず声をあげ笑ってしまった。
「先生が言ってたのは、あなたの事だったのね。」好子さんは、笑った訳を話し出した。
「私バイトでついて行っただけなんです。」
咲ちゃんは、まだ信じられないようで、その時の事を話してくれた。
「優しそうなお婆ちゃんやなーと、思ったから、ほんまの事言うてもええかって思ったんです。そしたらやっぱり、私の言うた通りやったから。」
咲ちゃんは、垂れた髪を耳にかけた。
「でも、凄いわね。鑑定士を目指してるの?」
好子さんが聞くと、咲ちゃんは首を横にふった。
「いいえ。ほんまは女優になりたくて上京してきたんです。レッスン代とか色々かかるから、バイト掛け持ちしてて。」
そう言うと、はぁーっとため息をついた。
「全然上手くいってないんです。オーディションもずっと落ちてるし、彼氏ともうまくいってなくて。」
あの龍のジャンパーを着た男だろうか?
「鑑定のバイトは彼氏に紹介してもらったんです。お前がやったら儲かるって言われて。でも、たまにわからない時もあるんです。」
咲ちゃんはまた下を向いた。
「正直、本物か偽物かを当ててるんじゃないんです。作った人のエネルギーが強いと光るんです。だから偽物でも綺麗やなーと思う事もあります。」
ラーメン屋で言い争っていたのは、きっとその事だったのだろう。
「私、自分が嘘つきになるのが嫌なんです。だから、ホンマはこのバイトあんまりしたくないんです。でも、稼がなあかんから。」
ため息をつくと、またぽつりと呟いた。
「やっと信頼できる人に会えたと思って、拓巳に話したのに。全然分かってくれへんくて。お婆ちゃんから、黙っとけって言われてたのに、話したからバチ当たったんかなー。」
項垂れるような姿勢で、はぁっとため息をついた
「咲さん。きっと今まで色んな事があったと思うの。霊能力者と言っても殆どが偽物だから、誰に聞いても的を得た答えなんてなかったと思うわ。お祖母さんは、咲さんを守りたかっただけで、責めたりはしてないわ。」
好子さんの場合もそうだ。見えない世界の事を誰にも理解されず、長い間ずっと1人で抱えてきたそうだ。うーん。と、少し考えていたが口を開いた。
「私たちは、然るべき修練を積んで、このセラピーを仕事にしてるの。それは天命だと思ってる。たまぴかセラピーは、傷ついた魂をピカピカにして本当の人生が歩めるようにする、一生に一回の神事なの。」
コクンと、咲ちゃんが頷く。
「もし、今の人生が自分のせいではなく、何か他の影響で邪魔をされている場合、それを取り除く事ができるわ。もし、やってみたいと思ったらいつでも連絡して。」
好子さんはそういうと、咲ちゃんにパンフレットを渡した。
咲ちゃんは、うん。と頷き少し考えていた。
その日の夜、咲ちゃんからセラピー受けます。と、連絡があった。俺と好子さんは、咲ちゃんのセラピーに向けて準備を始めた。




