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放課後は何する?

作者: シャチ―

 五月に入り、新緑を迎えた。

 教室の窓から、新緑で染まる街の様子を眺めていると、授業もあっという間に終わった。

 十五分ほど教室を掃除して、帰りのホームルームも終了した。その後は、もう放課後となる。

 放課後は部活や委員会に行く生徒が大多数だが、私みたいな部活に入っていない少数の人は、即下校する。

 いつものように、私はIちゃんを誘って下校する。

 Iちゃんとは、私のクラスの友人。高校一年生の頃、クラスが一緒で席も近かったため、偶然仲良くなった。最初、ちょっとミステリアスな子だと感じたが、それが個性的で、友人として好きになった。

 クラスが分かれた二年生の今でも、お互い下校のタイミングは合うため、ほぼ毎日一緒に帰れる。

 今日も私がIちゃんのクラスに行って、「一緒に帰ろう」と言って、一緒に学校を出た。

 学校から駅まで、普通に歩けば二〇分程度で行ける。それほど遠くはない。しかし、私とIちゃんは、駅までの道でついつい寄り道をしてしまうため、駅に着くのが、気が付けば夜九時くらいということが慣例だ。

「放課後は何する?」

 私はIちゃんに訊ねた。これに対して、Iちゃんはこう答えた。

「何でも」

 少し適当に言っている感じはあったが、確かにそうだよね。特に、これと言ってすることを決める必要はない。ノリと成り行きで行動するというのが、私とIちゃんとの下校において自然と成立したルールなのだ。

 今日もその例から外れず、まずコンビニがあったので、そこに立ち入ってパンを選んだ。

「Iちゃんだったら何が好き?」

 私は商品棚に並んでいるパンを見ながら、Iちゃんに訊ねた。すると、Iちゃんの答えは、

「私は、カレーパンが好き」

 実にミステリアスな子である。好みがちょっと変わっている。私や他の友人は、いちごジャムパンとか、チョコパンとか、ドーナツとか、甘い系が好きである。しかし、Iちゃんはなぜか、そういった油っこい系が好きなのか……。「蓼食う虫も好き好き」とは言うけど、正直その趣味嗜好は個性的だと思う。

 お互い好きなパンを選んで買ってコンビニを出た。その後は、暫く歩いて、そのパンを食べ、食べ終わって近くのゴミ箱に捨てた。そして、次の寄り道場所――本屋に入った。

「Iちゃんは何の本が好きなの?」

 私は訊ねた。するとIちゃん、これもまた不思議な答えをくれた。

「私が好きな本は、歴史小説と推理小説。歴史小説は、榊蔵之介(さかきくらのすけ)の『業火の鎌倉』が一番好きで、推理小説は東川啓吾のシリーズが一番好き」

「ん?」

 私は、その印象を思わず口に出してしまった。

「何か、変?」

 Iちゃんも不思議そうに返してきた。

「いや、別に変ってわけじゃないよ。ただ、私や周りの人は、みんな恋愛漫画が好きだから、そう考えると、ちょっと変わってるかなーって……」

 私は狼狽えながらも、Iちゃんを傷付けないように取り繕った。しかし、これがIちゃんの「傷口」をますます広げてしまうことになるなんて……。

「周りの人が恋愛漫画好きだから何だって言うの? そういう人と比べて、私の好みが普通じゃないって言いたいの? 私の好みをネタにして他の人に言い触らしたいとか思ってんの?」

 Iちゃんは怖い顔で私に言った。この反応には、私もどう返せばいいのか分からなかった。それでも、何とかIちゃんの怒りを鎮めようと試みる。

「それだけIちゃんが周りの人より先を行く、隠れ優等生みたいな存在だってことだよ。よく考えてみて。私や周りの人は、漫画が好きだから活字には興味ない。だけどIちゃんは、活字の方を重視して読んでる。これって将来的に勝つのはIちゃんの方じゃないかな? 知性とか読解力とか、そういう面で」

 思い付いた言葉を、ただ喋った。それを聞いたIちゃんは、

「そうなんだ。それだけ私がずば抜けて優秀ってことなんだ。そうだよね、普通に考えてそうだよね。活字を読んでる人が、漫画しか読んでない人に負けるわけないもんね」

と、自画自賛して怒りを鎮めてくれた。本当にIちゃんはミステリアスだ。怒るタイミング、笑うタイミング、ひいては性格が読めない。

 こういう面があるから、Iちゃんは学校では敬遠されがちだ。私も正直、付き合いづらい部分もある。

 お互い好きな本を立ち読みして店を出て、次は服屋に移動した。

「Iちゃんは、この中だったらどれがいいと思う?」

 私はIちゃんに訊ねた。無論、Iちゃんの答えはミステリアスなものだった。

「これかな?」

 それは、全身が黒一色で染まったワンピースである。ワンピースに対して、その根暗な色合いは、服として不自然だと思う。それを選ぶIちゃんも何なのだろうか。

「それってさ、お葬式の時に着ていきそうな服じゃん? 普通の人が選ぶような服でもないじゃん」

 私は思わず失笑しながら言った。続けて、

「そんな服を選ぶなんて、やっぱりIちゃんは変だね。おかしいよね。そんなんだから、学校では私以外の人から嫌われるんだよ。それ、ちゃんと分かってる?」

 気が付けば、私はIちゃんをストレートに否定していた。本屋での取り繕いとは裏腹に、今度は正直に言ってしまった。しかも、Iちゃんが学校で「嫌われ者」扱いを受けている事実も、口に出してしまった。

 その言葉を聞いたIちゃんは、よく分からないけど表情が凍り付いた。どんな感情を抱いているのか分からないほどの無表情を数秒間見せ、その後、意識が回復したかのような反応を見せた。

「そろそろ行こう」

 Iちゃんは一方的に私の手を引いて、すぐさま服屋を出てしまった。まだ見たい服があったのに、そんな私の心情を考慮していないかのような勝手な振る舞いには、親友の私でも呆れる。

 Iちゃんは、そのまま私の手を引いて歩き続ける。

 もしかして、私はIちゃんを怒らせてしまったのか。かつてない怒りをIちゃんは感じているのか。私の中で、そういった憶測が飛び交うが、Iちゃんの様子からは、その憶測が正しいのか間違っているのかも分からない。

「Iちゃん、どうしたの?」

 私はIちゃんに訊ねた。しかし、Iちゃんは何も答えず、無言でそのまま歩き続けた。

 暫くして、信号待ちの横断歩道の前まで来た。信号が青になるまで止まった。

 信号待ちの最中に、Iちゃんは私の手を「離さないぞ」と言わんばかりに握ったまま、もう片方の手でバッグからスマートフォンを取り出した。そして、誰かにLINEをし始めた。

 その内容が無性に気になり、IちゃんのLINE画面を横から覗いてみた。すると、Iちゃんは突然左腕で私の目を隠した。そして、私が何も見えなくなると、Iちゃんは再び右手でLINEを打ち続けた。

「なになに? どうしたの?」

 戸惑う私を差し置いて、Iちゃんは私の目を隠しつつ、LINEを続ける。そして、暫くするとLINEは終わったのか、Iちゃんは私の視界を解放して、スマートフォンもバッグに仕舞い込んだ。

「何なの? 何してたの?」

 訊ねても、Iちゃんは何も答えてくれない。そして、信号が青になった。Iちゃんは引き続き、私の手を引いて歩いた。

「ちょっと、どこ行くの?」

 Iちゃんは何も言わない。ただ、私の手を引いて歩き続けるのみ。手は強固に握られているので、逃げようにも離れようにも抵抗できず。私もIちゃんに従って歩き続けるのみ。

 気が付けば、駅を通り過ぎていた。駅の反対側には何も無い。急激に車や人通りが少なくなり、五・六階建てのホテルが立ち並ぶのみで、私たち高校生が遊びに寄ったりできる所は無い。しかも、ホテルとホテルの合間にある細い路地に入り込んだため、日もほぼ当たらず薄暗い。

「Iちゃん、どうしたの?」

 この場所は、地元でも滅多に通らない道だ。しかも、尋常ではない雰囲気が漂い、不安が募る。

 暫く歩き進めると、行き止まりに遭遇した。これ以上、進むことはできない。

 薄暗くて見えづらかったが、そこに五・六人もの男たちが座り込んでいた。そして、私たちを見ていた。男たちは、まるでいかにも私たちを待っていたと言わんばかりの様子だ。全員、恐らく三・四十代だと思われるオジサンである。無論、私は見たこともないし会ったこともない。

「Iちゃん……これは?」

 恐る恐る私はIちゃんに訊いた。すると、

「あんたをこれから公開処刑にするんだよ。おい、みんな、こいつをやっちまいな!」

「ああ!」

 Iちゃんの指示を受けた男たちが、一斉に立ち上がった。そして、何の予告も無く、私を取り囲んだ。

「キャーッ!」

 周囲から私の身体に伸びる男たちの手を見て、思わず悲鳴を上げてしまった。しかし、人通りの多い場所とは完全に隔離されているため、周囲には誰もいない。そのため、私の悲鳴も公衆の場には届かない。

 暫く身体を触られたと思いきや、私の身体は地面に倒された。そして、仰向けの状態で倒れたまま、私の手足は持ち上げられ、そのままどこかへ運ばれた。

 運ばれた先は、ホテル街の一角にあるホテルである。フロントでチェックインも経ず、そのまま個室に私は連れ込まれた。

 どんなに悲鳴を上げても、誰も助けてくれず、自ら抵抗することもできずに、そのまま部屋の中に投げ込まれた。そして、手足に手錠を掛けられ、身動きが取れない状態になった。

 ひと通り拘束を終えると、男たちは私を、まるで獲物を狙うかのような目で見た。そして、再び襲い掛かった。

「キャーーーーッ!」

 最大限の悲鳴を上げた後、私の身体は、男たちの好きなように弄ばれた。


*******


 数日後、「私」を襲った男たちは皆、強制わいせつと暴行の罪で逮捕された。「I」も高校を退学処分となった。

 そして、「私」も学校にはもう来なくなった。いや、学校どころではない。もう、どこにも行く場所がない。逆に、ずっと留まる場所も無い。

 行く場所も留まる場所も失った「私」はどうなったのか。訊かないで欲しい。訊かなくても分かって欲しい。

 私はもう、この世にいない……。



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