090 これは人の物語
「前回、俺がここに来たときのことは、すべて思い出せた」
忘れていた自分に腹が立つが、その原因が超常のウイルスのせいならば、対策の立てようもない。
(なまじ、記憶力に自信があるおかげで、人との会話を録音するということをしないからな)
また、互いに相手を出し抜こうとしたことが徒になってしまった。
前の俺は、かなり自己中心的な考えをしていた。
ギュラルラルゥは、俺との会話でそれを見抜いたのかもしれない。
記憶がすべて戻ったから分かる。
当時俺は、九星会……いや、亜門清秋さえ屈服させられれば、戦争がおきようが構わないスタンスだった。
戦争の責任を押しつければいいとさえ、思っていたのだ。
だからカプセルを飲まず、あの時代でなんとかしようとした。
九星会の野望や、世界のエネルギー問題を勝ち負けの条件としていたのだ。
俺が当時のことを思い出していると、ギュラルラルゥは何やら考え込んでいるようだった。
「どうした?」
悪魔のような外見だが、非常に困っているように見える。
「この未来、エネルギー不足が避けられないのならば、何かした方がいいのかと考えていた」
なるほど、外からやってきたギュラルラルゥだが、数百年も地球にいれば、その行く末は気になるのだろう。
俺は考えた。この先、エネルギー不足は確実にやってくる。
『夢』の中では、地球温暖化が無視できなくなり、気候変動によって天変地異が世界各地を襲ったのがはじまりだ。
専門家の予想はどれも深刻なものばかりだった。
当時流行った言葉に、『地球が悲鳴をあげている』というのがある。もはや、地球は限界なのだと、識者たちは口を揃えた。
日本を含めた西側諸国は、すぐにかなり厳しいエネルギー使用制限を設けた。
すこしでも破滅のときを延ばそうと、一致団結したのだ。
だが東側諸国は、エネルギー制限を掲げた条約に批准せず、好き勝手やりはじめた。
ここぞとばかり、産業を拡大させたのだ。
西側諸国は、製品をひとつ作るにも、莫大なコストをかけた。
代替エネルギーによるコスト高が深刻だった。
エネルギー制限のない東側諸国ならば、同じものが低コストで作成できた。
西側諸国は、自分たちが損をして東側諸国を儲けさせ、東側諸国が地球温暖化を進めるのを助けるという、本末転倒なことをしていた。
いますぐ九星会をどうにかしたところで、いずれやってくる世界規模のエネルギー不足は克服できないだろう。
世界的な動きは止められるはずがない。
「気持ちは分かるが、俺は反対だ。よほどのことをしない限り、この流れは止められない」
それこそ、九星会が考えているよう世界の実権を握るようなインパクトが必要だ。
「ふむ。ならば、人の能力を底上げするウイルスを私が作ってもよい。研究者である私が作れば、よいものができる」
「……二度」
「……?」
「その言葉、二度目なんだ」
ギュラルラルゥからその提案をされるのは、二度目。
一度目は、はじめて会ったとき。
ギュラルラルゥから九星会の野望を聞かされ、対抗するには必要だと言われた。
「超常の能力を持った集団がいれば、現状を変えられる。もっとも現実的な対処方ではないか?」
ギュラルラルゥの言いたいことは分かる。
「ならば俺も、前と同じ言葉を伝えよう。俺は世界を導くなんて大それたことは考えていない。それと、チートに対抗するするためにチートを使うのもだ。そんなものは……クソ食らえだ!」
俺は人間を辞めるつもりはない。
たしかに世界は破滅に向かっているし、清秋は恐ろしい。
俺が全力で立ち向かっても敵わない。
あの幼い双子だって、恐ろしい能力を持っている。
成長すれば、俺は勝てないだろう。
だからといって、ウイルスなんてものにすがるつもりは、毛頭ない。
「俺は俺の力だけで戦う」
努力は惜しまないし、俺はそうすべきだと思う。これは人の問題なのだ。
「そうか……ならば、何も言うまい」
「ついでに言うと、俺はお前にも頼らない。ここを出たらもう、ここに来ることはないと思ってくれ」
エーイェン人の力は強力だ。人の手に余る力を持つ。
付き合い方は、しっかりと考えなければならない。
一番いいのは、これ以上関わらないことだ。
「……それがいいのかもしれない」
ギュラルラルゥは静かに頷いた。
「それと、地上の壁画は破壊した方がいいぞ。すでに同胞はいないのだから」
エーイェン人は寿命が長いのだろう。それでも生き残りがたった一人になるほど、長い年月が経ってしまった。
もはや、あの壁画を見てやってくる者はいない。
いるのは、プログレッシオの円盤が持つエネルギーを手に入れようとする清秋たちだけだ。
「だが、そうだな、ここにたどり着く別の方法を教えておこう。万一、必要があれば訪ねて構わない」
「一人が寂しいというのなら、思い出したときにでも、足を運ぶとしよう」
「たまには様子を見に来てくれ。そしてもし、私が死んでしまったら、ここを破壊してほしい。やり方は残しておく」
「分かった、覚えておく。俺は記憶力がいいんだ」
そうして俺は、ギュラルラルゥと会う方法を教えてもらって、この場をあとにした。
帰りの洞窟でウイルスを散布しないよう、しつこく注意したのは、言うまでもない。
岩に描かれた壁画は、すぐに消すそうだ。
一応、『夢』の中では2029年まで清秋たちに見つからなかったが、念には念を入れておきたい。
夜、ホテルに帰ると、菱前老人がすでに戻っていた。
「機嫌が良さそうですね。何か良いことでもありましたか?」
「うむ。きゃつをうまく乗せて、いろいろと案内させたわ。知り合いのところにもな」
「ほう。詐欺師の知り合いですか?」
「日系人が多く住んでおった」
「とすると、日本人街ですか?」
「いや、普通の街中に溶け込んで、住んでおった」
今日一日で詐欺師をうまく言いくるめて、知っている場所や、知っている人間を紹介してもらったらしい。
老人の方が詐欺師みたいだ。
そのおかげで、現地の知り合いや拠点が分かったのだから、大したものだ。
「それで、どこに行ったのです?」
「すぐそこじゃよ。アナハイムといったかな」
アナハイムは、ロサンゼルスの南にある町だ。ここから十キロメートルも進んだところにある。
「そこに日本人が多く住んでいたのですか……たしかに、西海岸は日本人が多いですけど」
「うむ。日本人というより、日系人じゃな。少し話したが、強制収容所で知り合った者たちの子孫らしい」
「戦時中のあれですか」
戦時中、アメリカ国籍を持つ日本人、いわゆる日系人は差別の対象になっていた。
アメリカ国内で破壊活動をされる恐れがあるという理由で、財産を捨てさせられ、戦争終結まで強制収容所での生活を余儀なくされたのだ。
戦後、解放されても、自分の財産はほとんどなし。
家財道具や商売道具がない状態では、日々の暮らしすらままならない。
彼らは団結して、戦後を生き抜いたのだろう。
「詐欺師がそういう集団と知り合いというのは意外ですね」
「もともとそこの出身なのかもしれんのう。仲間意識が強ければ、何かあっても、匿ってくれるであろう」
「なるほど……」
『夢』の中でおきた巨額銀行詐欺事件。
主犯格はだれ一人捕まらなかったが、そういったところに逃げ込んだ可能性があるかもしれない。
「しかし、案内させるのに苦労したわ。それだけで半日は潰れた。今日は早く寝るとしようかの」
老人は疲れた疲れたと言いながら、満足そうな顔で部屋を出て行った。
やはり戦争を体験した人は強い。
詐欺師もまさか、ねぐらのひとつを案内する羽目になるとは思わなかっただろう。
あまり強く拒絶すれば、不審に思われる。
連れて行かざるを得なかったのかもしれない。
「さて、俺も寝るかな」
今日はいろいろあって、俺も疲れた。
俺はあくびをひとつして、シャワーを浴びるために立ち上がった。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
第二章完結です。
この物語は、中学生時代に戻った主人公が、自分を嵌めた企業と上司に復讐を誓うところからはじまります。
別の高校に通ったところ、『夢』(前の人生)で自分を助けてくれた人物たちと運命的な出会いをし、過去を覚えているがゆえに、次々と過去の因縁が関わってきます。
三章では、主人公が復讐を誓った『荘和コーポレーション』とその上司、未解決のままだった巨額銀行詐欺事件、九星会との対決がメインとなります。
そして次の三章で、本物語は完結となります。
謎は八割方出尽くしました。あとは広げた風呂敷を畳むだけです。
この物語がどう終息するのか知りたい方は、ぜひここまでの感想をお願いします!
一章、二章を読んで、何を感じ、どのように考えたのか、ぜひ作者に教えてくださいませ。
さて、今回は『昔』の話を書きたいと思います。
物語にある1991年、私は大学に通っていました。
当時住んでいた国分寺市貫井北町二丁目のアパート(家賃2万500円、風呂なしトイレ共同)はもう存在しません。サンダルをつっかけて、ぬくい湯(銭湯)に通ったのも、いい思い出です。
そんな私ですが、小さい頃(昭和50年代初頭)は毎日毎晩、家の手伝いをしていました。
学校が終わったあとは祖母と一緒に野良仕事。夜は祖父と手間仕事が多かったです。
祖母と祖父は、手作業の合間、いろんな話を聞かせてくれました。
ほとんどは忘れてしまいましたが、祖父が「祖父から聞いた話」というのがあります。
私の祖父の『祖父』から聞いた話なわけです。
祖父は明治末期の生まれです。
祖父の父は曾祖父ですから、その父は高祖父ですね。
高祖父はちょっと変な人のようで、十代の頃フラッといなくなり、歩いて数日の村で目に付いた一軒の家(それなりに裕福)に住み込みで働いたそうです。(なぜ?)
しばらくそこで働き、給金のかわりに仔牛を一頭もらって家に戻ってきたという逸話があります。
アグレッシブな高祖父だと思います。
家に帰ったら「そろそろ葬式を出そうと思っていた」と家族に言われたとか。
そんな高祖父が小さい頃、兵隊さんが宿場街道を通るという噂を聞きつけて、見に行ったようです。
我が家から宿場街道(現在の国道)から外れていますが、歩いて十分ほど。
当時の私は「へー」と聞いていましたが、中高生になって思い返すと「それって官軍なんじゃ?」と。
京都の鳥羽伏見の戦いから賊軍(旧幕府軍)は函館まで撤退したはずです。
高祖父が見に行ったのがその官軍かは分かりませんが、時代的には合っているように思います。
「もっとちゃんと聞いておけばよかった」と「なぜ祖父の話を覚えていないんだ」という悔しさがつのります。
祖父が亡くなって、30年が経とうとしています。
もっといろんな話を聞いて、もっとしっかりと覚えていれば、自分の子や将来生まれるであろう孫に話して聞かせられたのにと思いました。
お盆を前に少しだけ、亡くなった祖父母のことを思い出しました。
これからの予定ですが、お盆明けに『男女比~』の新章をはじめようと思います。
『一炊の夢』と『男女比~』、応援よろしくお願いします!!




