081 FAXの普及とパーティ会場
『夢』での出来事を合わせれば、ほぼ一年ぶりのアメリカだ。何もかもが懐かしい。
2030年の頃とは町並みがかなり違うが、それでも俺にとってはふたたび帰ってきたと思える場所に思えた。
菱前老人が言った通り、数人の社員が空港で待っていた。
「パーティは明日じゃ。今日はゆっくり休んでもよいし、観光に出かけてもよいぞ」
老人は仕事があるので、明日のパーティの時間まで、ホテルに篭もるという。
「ここから日本へ指示を出すのですか?」
「そうじゃ。FAXは便利じゃぞ」
老人は呵々と笑った。
かなり昔からFAXはあったが、日本で普及しはじめたのは1980年代に入ってから。
家庭用のFAXも同じ頃だ。
我が家もダイアル式の黒電話からプッシュボタン式の電話機に変わり、五年前にFAX付き電話機を購入した。
利用頻度は少ないが、あると何かと便利らしい。
「そういえば最近は、FAXで資料を送る企業が増えましたね。海外記者も現地で原稿を書くようですよ」
「そうか。昔は書類は郵送と決まっていたのじゃが、そういう時代になったのじゃな」
国内や海外問わず、現地の最新情報はFAXでやりとりするケースが多くなっていた。
テレビで「緊急ニュースが入ってきました」と差し込まれたFAXをそのまま読み上げることが増えたように思う。
新聞や雑誌記者は、現地で原稿を書き、FAXで新聞社などへ流す。
海外の場合、「帰国してから原稿を書く」なんてことをやっていられない。
かといって、電話で伝えるのも無理がある。
写真は載せられないが、速報を伝えるだけならFAXですべて事が足りてしまうのだ。
「ただ先年、そのFAXで送られてきた記事が原因で、ちょっとした勘違いが発生したようですよ」
「ふむ?」
「ロックの本場イギリスのロンドンでコンサートを開催した日本のバンドがあったんですが、取材に行った記者の記事がそのまま音楽雑誌に掲載されたんです。それがどうやら、かなり誇張された記事だったらしくて」
そのときはまだ、バブル絶頂期である。
日本からのファンを当て込んで、現地でコンサートを開いた日本のロックバンドがあった。
海外コンサートが初めてだったとか、宣伝がまずかったとか、いろいろ原因があるようだが、コンサート会場はガラガラ。
当て込んだ日本からのファンも思ったほど伸びず、わざわざロンドンまでやってきた記者は「半数は日本人のファンで会場は埋め尽くされた」と記事をかなり盛って書いてしまった。
写真はないし、悪い事ではないだろうと軽い気持ちだったようである。
たしかにガラガラの会場の半分は日本人だったため、前半部分は正しいことになる。
これを読んで勘違いしたのが、他のロックグループである。
「これならオレたちも行けるんじゃね? ハク付けにもなるし」と、次々と海外ツアーを組むことになる。
だが結果はお察しの通り。
何かおかしいと確認してみたところ、完全な提灯記事であることが分かった。
狭い音楽業界である。
そのことがすぐ知れ渡ったのだが、海外ツアーを組んでしまったバンドは他にもいる。
発表してしまっているので、今さら中止にもできない。
「玉砕してまいります」と空港で別れの挨拶をして、現地に向かったメンバーがいたとか。
そんな話を老人にすると「情報の伝達が楽になるのも善し悪しじゃな」と変な顔をしていた。
このあと、海外のコンサートで日本からの客を当て込むのは不可能だということが分かった。
現地でのCD売上や、現地ファンの要望が大きくないと、コンサートを開催しても、観客が集まらないらしい。
たしかに来日する海外アーティストを見れば、それは明らか。
それぞれの事務所は、冷静にCDの売上や現地ファンの状況を確認するようになる。
もうすぐバンドブームが終焉し、数年の時を経てJ-POPが脚光を浴びる。
日本のアーティストたちはかつての教訓を活かし、活動の場をアジアに広げていくのである。
翌日、用意された礼服に袖を通すと、急に気持ちが切り替わった。
パーティ会場はビジネスマンの戦場だ。
小さなミスも命取り。
決められた時間内に結果を出すためには、十字砲火をくぐり抜けて、相手陣地まで攻め込まねばならない。
「雰囲気が変わったのう」
着物姿の老人は、俺を上から下まで眺めて、そんな感想を漏らした。
「どうやらこれは、俺の戦闘服らしいです」
「ほう、頼もしい限りじゃ。……ではいくかの」
パーティは近くのホテルで行われる。
会場まで歩いて十五分程度らしいが、迎えの車が来ていた。リンカーンのコンチネンタルだ。
俺と老人はそれに乗り込み、互いに目配せをする。
戦いはもう始まっている。
「どうやら上客と思われているようですね」
「ああ、そのようじゃな」
営業をしていたサラリーマン時代、多くのパーティに出席したが、送迎車が来ることは希だった。
来ても黒いというだけのただの普通車で、アメリカに数多くある配車サービスを利用したものだったのだろう。
今回の対応を見ても、相手は老人に気を遣っているのが分かる。
絶対に逃したくない客として、かなり上位に位置づけているのだ。
ホテルまで五分少々。高級車を使う意味はない。
「気を遣っています」とアピールするだけのために、大金を投じたことになる。
「ではおじさん、行きましょう」
「ああ、そうじゃな。愁坊が先導してくれるかな」
「分かりました。それでは手を引きますね」
俺たちはここより、親戚になったフリをする。
会場は広すぎず狭すぎず。
中には八十人くらいの男女がいた。
会場にいる人を勘でグループ分けする。
ホスト側の人間は三十人ほど。これは服装や動き、目線、会話している相手から推測できる。
招待客は俺たちを含めて十数人。
年齢はやや上の人が多い。平均は五十代か。女性を同伴している人もいるが、多くは一人で来ている。
給仕している人もまた十数人。
男女とも揃いの服を着ているのですぐに分かる。
(問題は残りの人たちだが……)
放っておかれていることから、招待客ではない。
かといって、ホスト側の人間とも思えない。
服装や行動が自由過ぎて、統制が取れているとは思えない。
(サクラか?)
ただの賑やかし要員ならば問題ないが、何かの使命を帯びていたりするとやっかいだったりする。
突然喧嘩をはじめて、ホストがそれをなだめるなど、仕込み要員程度ならばまだいい。
融資を渋っている相手に横から危機感を煽る発言をするなど、よろしくない手合いが紛れていることもあったりする。
とくにこの時代、金を持っている日本人は狙われやすい。
人種差別もあいまって、気をつけていきたいところだ。
「……ん? あれは? どこかで見たことある顔だが」
アジア系の人がいると思ったら、日本人らしい。
恰幅のよい三十代くらいの男性で、豪快に笑うため、周囲の注目を集めていた。
どこかで見たことがある……のだが、会ったことはない。
しかもここ最近ではなく、かなり前……つまり『夢』の中で見た顔だ。
どこで見たのか。企業パンフレットやテレビだろうかと考えていると……。
「……………………あっ!」
「どうしたんじゃ?」
思わず声を出た。
「少々思い出したことがありまして」
「ふむ、そうか」
俺は陽気に笑う男から目が離せなかった。
そう、たしかに見たことがあった。
いまより二十年後、2010年の秋に全国指名手配されることになる地面師だ。
ニュースで写真だけだが、見たことがあった。
あの陽気な顔を二十歳ばかり老けさせれば、間違いない。
「地面師がなぜ、こんなところに……?」
俺のつぶやきは、パーティ会場の喧噪にかき消され、だれの耳にも届かなかった。
私の小さい頃は、子供の数がやたら多く、近所の安い幼稚園はかなり激戦だったらしいです。
入園面接のとき、ひらがなカタカナが書けると言ったら、「知っているカタカナをいくつか教えてくれるかな?」と問われて、野菜や果物の名前が挙がるかと思っていたら……
「リンカーン・コンチネンタル、キャデラック・エルドラド、フォード・マスタング……」とアメ車の名前をスラスラと読み上げて、周囲をドン引きさせたそうです。
昔から、リンカーン・コンチネンタルは私の憧れの車でした。
さて今回は、みなさんご存じ、アメリカの懲罰的賠償についてです。
つい最近、チキンナゲットで火傷した子供の裁判で、一億円の賠償が出たとニュースになりましたが、あれも懲罰的賠償のひとつです。
日本の場合は、「実際の被害額」が目安とされますが、アメリカの場合、加害者に制裁を加える意味で、かなりの加算金が計上されます。
また、集団訴訟の一環として「他に同じような被害者がいるだろうから、それも加算」みたいなことも考慮されます。
有名なのが1992年におきたマクドナルドのコーヒー事件だと思います。
マクドナルドは訴訟の被告側によく立たされていて、中には「マクドナルドのせいで肥満になった」と訴えた人もいます。
全米の肥満の人を代表して戦うとかやっていましたが、さすがに負けました。
ただしこれ、原告を変えて何度がおこっているんですよね。そのうち勝つかもしれません。
スタバの場合は、アイスコーヒーの氷が多すぎると、5億円超の裁判を起こされました。
訴訟だけはニュースになりますが、結果はあまり報道しないので分かりません。和解かな?
日本だと作り直しか、返金対応になると思うので、さすがアメリカと思うわけです。
1990年代より少し前から、このような訴訟はニュースにならないだけで、結構ありました。
みなさんが知っているトンデモ裁判はこの頃のものが多いのではないでしょうか。
ちょうどこの頃の「救急車の追っかけ」を題材にした海外小説が結構出ました。
パーネル・ホールならば、翻訳されたものもあったはずです。小説としてもそれなりに面白いのでおすすめです。
マンガだと『オフィス北極星』がオススメです。連載開始は1993年ですが、物語としてはちょうど菱前老人と愁一くんがアメリカに来た頃が題材になっていると思います。
マンガでは、ダンサーの占い師が登場したあたりから人気が急落し、打ち切りになったのが残念です。
懲罰的賠償は「企業の故意や悪意に対する罰」であり、「類似事件の排除」を目的としていますが、マクドナルドやスタバのような大企業が狙われるのが特徴的です。
零細企業だと多額の賠償金は支払えないからでしょう。
電子レンジの猫温め事件はブラックジョークですが、ユニバーサル・スタジオのお化け屋敷が怖すぎて訴訟を起こした女性の話は本当です。
ポップコーンを食べ過ぎて肺病になったと裁判をおこし、五億円以上のお金をゲットした人もいます。たばこ訴訟は聞きますが、ポップコーン……。
ちなみにアメリカの訴訟で多いのが「使い方が分からない。説明書に書いてない」「類似品を作ったのが悪い。本物と間違えた」「CMと実際の商品が違う」などらしいです。
責任は本人に帰するべき、もしくは親の教育を疑えと思うのですが……そういえばレッドブル訴訟なんてものもありましたね。(レッドブルを飲んでも、背中に翼は生えません。本当に背中に翼が生えると思ったんですか?)
そしてこの懲罰的賠償が増えたのは、製造者責任が取り出されるようになった20世紀後半のことで、転換となったのが、後ろから追突された車が、ガソリンタンクに引火して炎上、ドライバーが死亡した事件からではないかと思っています。(1980年頃?)
フォード社は追突の衝撃でガソリンタンクの中身が飛び出すことが予見できたのにその対策を取らなかったのがいけないとされました。
この頃から、懲罰的賠償は「企業の故意や悪意に対する罰」や「類似事件の排除」だけでなく、『社会的制裁』を含むようになりました。
そしてこの『社会的制裁』を避けようと、裁判で白黒つけるのではなく和解金で解決するケースが増えたのだと思います。
最後に、トヨタの急加速のあれ。
あれは裁判で完全にトヨタの無実が証明されましたが、結局1200億円の和解金を支払いました。
トヨタも『オフィス北極星』読んでおけばよかったのにと思った次第です。




