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066 天才を理解するのは難しい

 ~神宮司あやめ視点~


「た、たとえばだよ。も、もしも、頭のいい人と話を合わせるとしたら、ど、どうしたらいいかにゃ?」

 オドオドしながら、琴衣がそんなことを言いだした。


 知り合ってまだ数ヶ月だが、彼女を見ていると分かることがある。

 頭の中がテンパると、語尾が怪しくなるのだ。


 一部の男子から「にゃいでさん」と呼ばれていたりする。

 そして多くの場合、あの大賀くんがらみでそうなっている。


「つまり琴衣は、大賀くんと話を合わせたい。それだけ気になっていると」

「にゃーっ!! にゃ、にゃんでっ!」


 図星を指されたからか、全身の毛を逆立てた琴衣が幻視できた。

 いや、普通に気づくから。


 入学初日から「結構タイプかも」と呟いていたので、いまさらだと思う。

 ただあの、剃刀(かみそり)の刃のようなアレとお近づきになりたい思考が理解できないわけだが。


「『好奇心は猫を殺す』って言うしね……」


 猫の命は九つあると思われていて、そんな死ににくい猫でさえ好奇心で命を落とすことがあることから、身分不相応な好奇心は身を滅ぼす。

 私なら絶対に近づきたいとは思わない。


「よく分からないけどいま、あやめに馬鹿にされた?」


「馬鹿にはしていないけど、諦めかな? まあでも、琴衣の言いたいことは分かるよ。大賀くんと私たちでは、元となる知識量が違いすぎて、会話が成立しなさそうだし」


 私も気になって、彼の中学時代の噂を集めてみた。

 幸い、他校の友人に彼と同じクラスだった人がいたので、結構簡単に情報を集めることができた。


 案の定、ヤバげなエピソードがいくつも出てきたが、それでも『いまほど』ぶっ飛んではいなかった。

 エピソードのほとんどは、勉強に関するものだったのだ。


 彼がクラスメイトとの交流を避けていたことで、そのヤバさが周囲に伝わらなかったのだと思う。

 もしくは、彼が醸し出す不気味な雰囲気を感じ取れなかったとか。


「ねえ、あやめ。どうしたらいいと思う?」

「そうねえ。方法は……ないわけじゃないわ」


「ほんと!? どうしたらいいの?」

 なんでこう、琴衣はこうも素直なんだろう。中学時代はそれなりに荒れていたと聞いたが、いまの琴衣を見る限り、そんな雰囲気はほとんどない。


「自尊心をくすぐるって言えばいいのかな。頭のいい人は、私たちが見ていないところで努力しているのよ」

「うん、うん」


「でもそれは陰の努力であって、自分から自慢したりしないのが頭のいい人。それに気づいていることをしっかりと伝えればいいの。無理に話を合わせる必要はないわ。話を聞いて、分からなければ分からないと素直に言うの。そうしたら説明してくれるから、今度はそれを褒めてあげるだけ」


 水商売のお姉さんたちのテクだ。

 その人が陰で努力したこと、公にしていないところを見つけて褒めてあげる。


 それだけで相手は「この人は、自分のことを理解してくれている」と感じて、好意を抱くらしい。

「そういえば大賀くんって、自慢話ってしないよね」


「そうね。けど、何も努力していないわけではないでしょ」

 おそらくは努力の塊のはず。


 中学生のときは、コミュニケーション不足で、それが知れ渡っていなかった。

『天才』と呼ばれていたが、なぜ『天才』なのか。どのくらい凄いのかは、だれも理解していない。


 高校に上がってもそれは同じ。

 周囲に自分の努力を見せつけることは一切していない。


 だからクラスメイトのほとんどは「アイツは凄い」と思っていても、それがどの程度なのか、判断できずにいる。

 琴衣が彼と張り合えるくらいになるのは不可能なのだから、それを認めてあげる方向へシフトすれば、まだ振り向いてもらえる可能性があると私は思っている。


「分かった! さっそくやってみる!」

「ちょっ、琴衣っ!!」


 琴衣は大賀くんのもとへ直行して、撃沈していた。

 スゴスゴと引き上げてくる琴衣の後ろ姿を彼は不思議そうな顔で眺めていた。


 おそらくだが、琴衣は空回りし、気持ちは何も伝わっていないと思う。

 それがまた琴衣らしく、愛しかった。よしよしと、慰めてあげようと思う。




 先日、新宿の書店でバイオテクノロジーに関する書籍をいくつか購入した。

 数年前からテレビで話題になり、にわかに活気づいた分野だ。


 昨年あたりから、耐熱性の細菌を発見しようと、研究機関や大学が動き出している。

 たとえば日本酒の酵母(こうぼ)は熱に弱く、長期間かけて低温の6~15度で糖化と発酵を行う。


 ところが耐熱性の酵母が発見されると、高温醸造が可能になって、ひと月ほどかけていた醸造が半日強で終わったりする。

 味については知るところではないが、耐熱性の酵母の発見は他にも応用が利く。


 たとえば、バイオ燃料の生成だ。

 これまである温度以上になると活動できなくなっていた酵母だが、高温で活動可能となれば、発酵によって上昇した温度を冷やす作業が必要なくなってエコロジーだ。


 バイオ燃料は食糧生産と競合するが、石油、天然ガス、風力・地力・水力発電とともにエネルギー生成の一体を担うことができる。

『夢』だと、日本は石油に頼りきったのちに原子力に依存したが、原子力発電の反対運動で身動きがとれなくなってしまった。


 世界的な動きも似たようなもので、環境を考えたよりクリーンなエネルギーを求めて右往左往したあげく、『エネルギー消費を減らすことが地球温暖化対策への残された道だ』と言い始めて、大変なことになった。


 段階的に使用するエネルギーを減らしていくなど、途上国ができるはずもない。

 世界のシンクタンクは、本気でそんなことを考えたのだ。頭が悪いことこの上ない。


 日本もエネルギー削減政策をいくつも打ち出した。

 東京都は独自に、『電気削減(DS)五箇条(ファイブ)』という条令を施行し、店舗やオフィスは多大な努力を強いられ、町中では自動販売機が激減した。


 夏の暑い最中にそんなことをされたらたまったものではない。

 あの日、俺は自動販売機を探している最中に倒れ、この時代に……いやよそう。


 とにかく2030年当時、世界はエネルギー問題によって、まともな思考ができなくなっていた。

 もしバイオ燃料があと十五年早く誕生し、実用化されていてば、世界はあれほど狂うこともなかったのだと思う。


 そんな内容をぼかして名出さんに語ったのだが、目を白黒させて「ご、ごはんは大好きだよ、す、すごいね~」と言って去っていった。


 一体何がしたかったのだろうか。



昨日田植えが終了しました。

家に帰ってきたら爆眠して、時間と空間の感覚が分からなくなって、知らない天井状態でした。

風呂で泥を洗い流した後、部屋に戻る気力もなくて一番近い客室で寝たようです。(しかもまったく覚えていない)


さて、1990年代は、バイオテクノロジーがもてはやされた時代とも言えます。


ヒトゲノムの解析がはじまったりと、バイオテクノロジーは最先端の技術という触れ込みで、これから未来テクノロジーの多くに関わってくるなどと言われました。


そのせいか、『生物学』を志した学生がそれなりに増えたように思います。

ただ、ブームはすぐに沈静化しました。あといくら『生物学』を志しても、バイオテクノロジーとは関係なかったりします。


そして物語の2030年には地球温暖化対策が本格化してきて、各国がピリピリという状況になったと設定しています。本文に出てくる『DSファイブ』については、第一話『2030年から1990年へ』で簡単に説明してあります。


そしてバイオ燃料。

燃焼効率が悪いことと、本文に書いた通り、穀物を燃料にする関係上、食糧不足とバッティングしてしまいます。

それでも、一つのエネルギーに頼ることなく、多くのものを使用していってほしいなと思っています。


本作品を考えた当時、10年より先の時代はどうなっているかを本気で予想し、もっとも深刻な問題としてエネルギー問題、とくに地球温暖化と絡めた問題が一番深刻だろうと考えました。

その予想が合っているかは分かりませんが、そういう未来もあるかもということで。

それでは引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] >新宿の書店でバイオテクノロジーに関する書籍をいくつか購入した 菱前老人から酒を土産に貰ったり、勧められたりしていますが「専門書を購入したいので図書券を下さい」の方が高校生らしいですかね。…
[良い点] いつも更新を楽しみにしています。日本が辿ってきた経済の知識を持つ主人公がこれからどのように活躍していくのか、毎日の活力源になる作品です。 [一言] 感想でお礼を言いたくて、なろう登録しまし…
[一言] にゃいでさんじゃなぁ……基本的な部分の性格の相性は悪くないとは思うけれど会話のレベルがなぁ……合わなそうよな。
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