047 神子島親子
吉兆院家にお邪魔した翌日曜日。
今日は、神子島華さんの家族が、わが家にやってくる日だ。
彼女は『夢』の中で四人目の被害者だった。
通り魔に殺されたため、本来ならば、この世に存在していないはずだった。
だが、この世界では元気いっぱいだ。
俺が『夢』と違う人生を歩んだことで、多くの人が影響を受けたと思う。
中でも彼女は、もっとも影響を受けたといえる。
本来ならば荼毘に付され、墓の下に眠っているはずの彼女が、この先、社会にどのような影響を与えるのか……。
先日、強引に電話番号を聞き出された。
そうしたらなぜか、週に二回も電話をかけてくる。
PHSが発売されるのはまだ先で、この時代は固定電話でしか連絡がとれない。
一本の電話回線を家族全員で共用していたのだ。
電話が鳴ると、家族が「ああ、またか」という顔をする。
彼女の影響を一番受けたのは俺ではないだろうか?
「愁一さーん、こんにちはー!」
約束の時間ぴったりに、玄関からそんな声が聞こえた。
ちなみにインターフォンは鳴っていない。
昔は子どもが遊びに誘うとき、こんな風に叫んだものだが、まさかそれを聞かされるとは思わなかった。
「インターフォンがあるんだが」
「ごめんなさい、待ちきれなくって! これ、パパとママです」
これって……。
「はじめまして、華の父で、神子島昭といいます。先日は娘の危ないところを助けていただき、ありがとうございます。娘は歳をとってから授かった子で……」
「ここでは何ですから、中へどうぞ」
父娘そろってせっかちなのか。
場所をリビングに移して、改めて自己紹介を受けた。
ちなみにわが家に客間はない。
俺の前に座るのは戸山開発にお勤めの昭さんと、その妻の絵里さん。
華さんは俺の隣に腰を下ろしている。ソファが二人用なので仕方ないのだ。
「大賀愁一です。父は休日出勤で、母はパートに出ていまして」
妹は部活に行ってしまったため、家にはいない。
「そうですか。仕事が忙しいのは結構なことですね」
昭氏は、休日出勤を肯定的に捉えているようだ。
この時代の年次有給休暇の消化率はかなり低く、どこの会社でも、有給未消化自慢が頻繁にあったらしい。
中には週七日も働いていて、前に休んだのは半年前という猛者もいたりした。
それが普通の時代だったのだ。
この先、会社から強制的に休むよう言われる時代がくるとは、だれも思わないだろう。
「先日は、結構な物を送っていただいて、ありがとうございました。家族一同、大変喜んでおります」
昭氏は、どうしてもカナダでの仕事が抜けられず、代わりにと大量の冷凍のイクラやカニ、キャビアなどを空輸してくれた。
発送はカナダの日本料理店に頼んだらしい。
たしかにビジネスマンが、向こうの市場で購入するのは難しいだろう。
だがいきなり、外国の日本料理店から冷凍便が届いて驚いたのだ。
両親はしきりに首を捻っていた。
「喜んでいただけたら幸いです。あそこは我が社が懇意にしているレストランで、私も向こうにいたときはたびたび使っていたのです」
おいしいですよねと、娘より年下の俺に対してさえ、昭氏は敬語で話してくる。
話していて分かったが、昭氏はとても腰が低い――嫌な気分にならないタイプの人だ。
昭氏のような「人たらし」は、『夢』でも会ったことがある。
大抵は出世していて、部下にも信頼されている。周囲の人間が「この人のために頑張ろう」となるのだ。
「警察の方に伺ったのですけど、犯人は若い女性が憎かったと供述しているとか。大賀さんが来てくれなければ、本当に大変なことになるところでした」
母親の絵里さんがおっとりした調子で言う。
絵里さんはいいとこのお嬢様だったのかもしれない。
なんというか、話し方が上品だ。
俺は「まったく、とんでもない動機ですね」と相づちを打っておいた。
すでに過去の殺人の詳細についても供述しているらしい。
そのうち起訴されて裁判も始まるだろう。
テレビでやっていたが、犯人は小学生の頃からずっといい子だったようだ。
十代の頃もずっと親の言いつけを守るような模範的な学生。
青春と呼べるような経験をしないまま大人になってしまったらしい。
視野狭窄というのだろうか。
唯一無二の目標が、母親の言うことを聞くことだった。
だが成人し、それなりにいい年になると、母親が娘にかける言葉が変化する。
「そろそろ結婚したらどうなの?」「友だちの一人くらい、たまには家に呼びなさいよ」「あんたは本当に昔から面白みのない子だったわよねえ」「趣味のひとつくらい持てばいいのに」などなど……。
まるでこれまでの自分を否定されたかのような言葉。
ふと外に目をやれば、いままさに青春を謳歌しつつある女子高生や女子大生たちがいた。
自分にはなかったものを持っている彼女たちは、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
一方自分は、どうだろう。ずっと母の言うことを聞いて、いい子だったはずだ。
すべて母の言う通りにしてきた。だが、それでどうなった?
そう考えたとき、少女たちへの憎しみが、己の内からフツフツと殺意が湧き出てくるのが分かったそうだ。
彼女の犯行動機を聞いて、俺は少しだけ瞑目した。
一歩間違えば、俺も似たような人生を歩んでいたかもしれない。
親に言われてか、自分で進んでかの違いはあるが、『夢』の中の俺は、「青春など気の迷い」と本気で思っていたのだから。
「犯人に同情できる部分も多少あるかもしれませんが、だからといって、うら若い女性の未来を奪ったことは償わねばなりません」
「ええ、そうですね。娘がその魔手から逃れることができたことが、心底嬉しいのです」
犯人は殺意を抑え続けたが、それでも三月に一度は我慢しきれなくなったようだ。
出会い頭に殺してすぐに逃げる。
顔を見られたら、目撃者は絶対に殺すとも思っていたらしい。俺が狙われたのもそのせいだった。
『夢』では、四人目の被害者が出たあと、犯行はぷっつりと途切れる。
悔い改めたのか、殺意が薄くなったのか、それとも罪の意識で自ら命を絶ったのかは分からない。
ただこの世界では、彼女が犯した殺人と殺人未遂について、これから裁かれることになる。
おそらくそれが一番いい結末なのだ。
とにかく、地図片手に何度も駅前を歩き回った甲斐があったと思う。




