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022 英語クラブ

 海陵(かいりょう)学院には、英語系の部活が二つある。

 一つは、いまから行く『英語クラブ』。


 ここは英会話を中心とした語学学習が、メインの活動らしい。

 もう一つは、『English Academy Arts』という英語劇をメインとした、EAAと呼ばれる部活だ。


 そこでは、中学生レベルの語彙(ごい)や文法を用いて、英語劇をしているらしい。

 文化祭や外部の祭りに呼ばれたり、他校と合同で講演を開いたりしているとか。


『英語クラブ』は地味な活動のせいか、常時部員不足らしく、新入部員は大歓迎だと神宮司さんが力説していた。

 まだ入るとは言っていないのだが。


 活動場所は、職員室と同じフロアの小会議室となっていて、部員は四名と少ない。

 三年生と二年生が一人ずつで、一年生が名出さんと神宮司さん。


 三学年合わせて四人というのはさすがに……部存続が危ぶまれるレベルではなかろうか。


「ハーイ!」

 陽気な挨拶とともに出迎えてくれたのは、顧問の早乙女(さおとめ)マリ先生。


 西洋人的な外見をしていて、日本人の夫を持つ三十歳だとか。

 名前も元はマリーやメアリーだったのかもしれない。もちろん英語教師。


「よく来たね、コトイとアヤメ……それから、ユーはだれ?」

 早乙女先生の日本語のイントネーションが、少しおかしい。


『一年一組の大賀愁一です。今日は見学に来ました。まだ入部するかは決めていません』

 そう英語で答えると、早乙女先生は満面の笑みを浮かべた。


『完璧な発音ね。これだけ正しいクイーンズ・イングリッシュは珍しいわ。まるで上流階級の紳士か、詩人と話しているみたい』

『先生はややウェールズ(なま)りがありますね。一応、アメリカ訛りとオーストラリア訛りの英語も話せますよ』


『ワオ、それはすばらしい。ぜひ入部してもらいたいものね』

 俺と早乙女先生が英語で会話していると、他の部員たちが目を白黒させた。


 とくに早乙女先生は、興奮した女性特有の早口だったので、聞き取れなかっただろう。


「相変わらず大賀くんは謎だわ。外国の傭兵部隊にでもいたのかしら」

 神宮司さんがそんなことを呟いている。


「大賀くん……すごい」

 名出さんは素直に感心している。


「オーケー、みんな彼の発音をマネしてね。とっても、理想的だから」


「「はいっ!」」

 一年生はおろか、二年生と三年生まで返事をしている。いいのか、それで。


「先生。もしかして、ドイツ語もできますか?」

「ええ、話せるわ。どうして分かったの?」


「発音の濁りですね。ややドイツ語に引っ張られている感があります」

「しばらくドイツにいたし、ずっと国に帰ってないからね。……ってことは、シューイチはドイツ語も話せるの?」


『ええ、日常会話から専門的な会話まで、問題なく話せます』

 俺がドイツ語で答えると、早乙女先生は目を大きく開いて驚いていた。


 そしてすかさず、ドイツ語で返してくる。

『ねえ、どうして話せるの? ドイツに行ったことあるの?』


『言語の習得が趣味なんです。フランス語も同じくらい話せますよ』

『それは天才ね。少なくともワタシは無理だし、よほど努力しないと、その年で数カ国語をマスターなんてできないわ』


『先生の発音もなかなかですよ。基本に忠実です』

『生徒に褒められるとは思わなかったわ。ねえドイツ語、フランス語……他に何が話せるの?』


『あとはイタリア語とスペイン語ですね。トルコ語とロシア語、ポーランド語はたどたどしい状態でしたら、なんとか話すことができます。この辺は、現在勉強中だと思ってください』


「ワタシが教えを()いたいくらい。ねえみんな、シューイチは九カ国語を話せるそうよ」

 みなが尊敬の眼差しを俺に注いでくる。


 その中で神宮司さんだけが「きっと世界の裏で暗躍(あんやく)するスパイなのよ。みんなに言わなきゃ」と呟いていた。

 彼女は一度、()らしめておいた方がいいだろうか。




 英語クラブの活動は、週に二回。月曜日と木曜日だ。

 月曜日は、千から二千字程度の英文を読んできて、それに対するディスカッションをして、読解力と会話力を鍛えているらしい。


 木曜日の活動はその時々。

 いまは部長が提案した「海外の著名人に手紙を書こう」というのをやっている。


 作家や俳優、歌手などへファンレターを出すのだ。

 インターネットが発達すれば、SNSを通していくらでも連絡がつくのだが、いまの時代では、国際郵便しか方法がない。


 部長は、早乙女先生の出身国であるイギリスのロックスターへ、せっせとファンレターを書いているそうな。

「おもしろい試みですね」


「ステキでしょ。去年もやったけど、結構返事がもらえるのよ」

 歌手や俳優は事務所へ、作家へは出版社へ送るらしいが、わざわざ日本から手紙が届いたのが嬉しいのか、返信率が高いという。


 三年生の外田(そとだ)夏美(なつみ)さんが英語クラブの部長で、二年生の秋田(あきた)浩子(ひろこ)さんが副部長。

 部員四人とも女子生徒というのが、この時代を表しているかもしれない。


 中学生のときもそうだが、男子生徒はあまり文化部に入っていなかったと思う。

「部長、去年までせっせと投票ハガキを書いて送ってましたよね」


「番組、終わっちゃったもんね」

「ひろちゃん! アイドルは死んだのよ!」


「分かりますぅ!」

 部長と副部長がなぜか盛り上がっているが、これは昨年と今年の三月に相次いで、歌謡曲のランキング番組が終了してしまったことを嘆いているのだ。


 歌番組でランキング十位から降順に歌ってもらうことになっていたため、ファンの動員力が試されていたという。


 部長は大のアイドルファンで、中学生のころから小遣いをハガキ代につぎ込んでおり、お気に入りのアイドルが上位にくるよう、毎週ハガキを送っていたという。


 同じファンの友人数人とお金を出し合って、三百枚ものハガキを購入。

 学校に持っていって、みんなに投票ハガキを書いてもらったこともあったそうだ。


 時代は変わるが、これはアイドル総選挙に向けてCDを買いまくるファンと同じ心境なのかもしれない。


 しかしハガキ一枚を一票として、歌番組に投票していたなんて、時代を感じる。

 たしかにそんな番組はあったが、実際に投票している人を見たのは初めてだ。


 この英語クラブ、趣味に生きる人たちが集まっている気がする。

 それで肝心の部活動だが、千字程度の文章なため、すぐに読むことができたが、内容は思ったより高度だった。


 バイオテクノロジーの発展と今後の展望。

 そしてどの分野で使われていくようになるのかという問題だった。


 なかなか興味深いテーマだったので、ディスカッションのとき、少しだけ自重を外した。

 みんなドン引きしていた。


 なぜか最近、引かれることが多い気がする。

 雌伏しているはずなのに……。



本文に出てくる歌番組は、ベストテンとかトップテンとかですね。

実は小学生のとき、クラスメイトがハガキを出していたと聞いたことがあります。


あの頃は娯楽といえばテレビくらいしかなかったので、お小遣いをハガキ代に費やしていた小学生は結構いたんじゃないでしょうか。よく分かりませんが。


さて、別作品の発売日が近づいてまいりました。

下もよろしくお願いします。

   ↓↓↓

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雌伏とは
[一言] かつて香川県では「タウン情報かがわ」誌で「笑いの文化人講座」というのがありました。そこにはウッチャンナンチャンの南原清隆氏がハガキ職人として投稿を重ねていたそうです。 時代ですねぇ。
[一言] 完璧なクイーンズイングリッシュを操る中学生一年生…気味が悪い…
2023/04/17 22:36 退会済み
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