019 社長の不安
話は終わったのだが、社長が「いいこと聞いたけど、とても覚えきれない」と言いだした。
この場限りの話にしてもらったら困る。
社長にはがんばってもらって、ぜひとも荘和コーポレーションの躍進を阻んでもらいたいのだ。
「学がないのはツライなぁ、谷よ」
「はいっす!」
なんかいい話になっているが、それだとわざわざここに来た意味がなくなってしまう。
しかたないので後日、内容をレポートにまとめて、俺が社長に渡すことになった。
そうしたら、「また来てくれるのか」と、社長はとても喜んでいた。
「娘と結婚して、会社を継いでくれるんだろ?」と聞いてきたので、営業で培ったアルカイックスマイルを浮かべながら「時が満ちたときに考えましょう」と誤魔化しておいた。
たしかに名出家は、娘が一人きり。
だれかが家業を継がねばならない。
そして女性が土建業を継ぐというのは現実的ではない。
やればできるだろうが、相当な苦労があるはずだ。
2030年当時、なぜ彼女がああも年齢以上に老けて見えたのか。
きっと仕事で苦労し、社員の掌握でも苦労したのだろう。
従業員の意識改革ができなければ、現場は谷のような若者ばかりになる。
そんなときに社長が亡くなったとしよう。
血縁だからという理由で、新社長に女性が就任。
果たして、そんな状態で彼らに舐められないでやっていけるだろうか。
社長職が板に付くには、五年や十年はゆうにかかるのだと思う。
そしていま、俺の目の前にいるのは、谷のような下積みから成り上がってきた叩き上げの社長だ。
将来に不安を感じているのかもしれない。
「名出さんの将来が不安なのですね。分かりました。しっかりと目を光らせておきます!」
「お……おう」
社長は「ウチの娘って、そんなに移り気だったのか?」と首を捻っていた。
何度思い返しても、2030年におきた俺の裁判は酷かった。
公判がはじまると、俺に不利な証拠と証人がぞろぞろ出てきた。
まるで初めから仕組まれていたかのような手際の良さだった。
マスコミは騒ぎ、だれも俺の言うことなんか、聞いてくれなかった。
ボロボロと出てくる証拠に、俺は有罪を覚悟したほどだった。
だが、そうはならなかった。
リミスが提出した証拠。
どうやら俺が欧州から北米に出向となったとき、リミスはかなり焦ったらしい。
俺が北米で何をするのか。
リミスは探偵を雇い、俺の立ち回り先を事細かに調べあげていた。
しかも半年に亘ってである。
俺の弱点を探っていたのだ。恐ろしいほどの執念だと思う。
合衆国では浮気調査より、債権を回収するために、債務者の居場所を探すことが多いらしい。
探偵の調査能力は、日本と比べものにならない。
ちなみに欧州やアメリカの弁護士は、この時代、日本と違って営業をかけることができるので、救急車を追っかけるのが流行っていた。
アパートの住人が転んで怪我をすれば、管理会社かアパートのオーナーを訴えられるし、公園で滑って転べば、市や国を訴えられる。
怪我人の先には金が転がっているというのが、彼らの合い言葉だった。
それはいいとして、リミスが雇った探偵は、俺がいつどこで、だれと会っていたのか、しっかりと調べ上げていた。
そのため、俺がいないはずの都市で交わされた契約書が問題となってくる。
裁判で、会社が提出した証拠と照らし合わせていくうちに、矛盾点が浮き彫りになっていく。
まさかリミスも、ライバルの動向を調べていたら、それが無実の罪を晴らす材料となるとは思わなかっただろう。
俺もまさかと思った。
結果、証拠を付き合わせてみた結果、俺の無実が確定してしまったわけだ。
荘和コーポレーション側があまりに多くの証拠を揃えすぎたことで、自らの首を絞めたといえる。
策士策に溺れるというやつだ。
それを行ったのがリミスの名出琴衣社長なのだが……。
「にゃにゃにゃの、にゃ」
週明けの月曜日、名出さんが上機嫌で教室に入ってきた。
軽くスキップしている。
よほど嬉しいことがあったのだろう。
俺と目が合うと、名出さんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまう。
「なにぃ!? その態度、ちょっとアヤシイんですけどぉ」
神宮司さんが、めざとく見つけ、名出さんに詰め寄っている。
「ねえ、琴衣さん。何かあったわよね。詳しく聞かせて!」
「な、な、何もないわよ!」
そう答えた名出さんは、チラチラと俺の方を見る。
もちろん、神宮司さんがそれを見逃すはずがない。
「絶対に何かあったわね!」
「にゃ、にゃにも……」
「うそおっしゃい! 騙されないわよ!」
「――にゃぁああああああ!」
神宮司さんがおいかけ、名出さんが逃げる。
一年一組は今日も平和だ。
授業が始まる前に二人とも戻ってきたが、四月だというのに、湯気が出るほど汗を掻いていた。
まったく二人して、何やっているのだか。
社長が不安に思うのも、分からないでもないな。
というわけで、荘和コーポレーションに対して早期にくさびを打ち込むことができました。
話が一区切りつきましたが、にゃにゃにゃの名出さんは、このあともちゃんと出てきます。
さて、次話の表題は「未解決事件」です。
いまはまだふろしきを広げる段階ですが、物語は完結までの筋道がちゃんとありますので、引き続きよろしくお願いします。
それと、本作品を読んだ感想を募集しています(常時)。
書き手と読み手の着眼点の違い、作品の印象、伝わった部分や伝わらなかった箇所など、ダイレクトに知れることは作品を続ける上でとても重要です。
「おもしろかった」だけでも構いません。読者の反応を見ながら、物語を紡いでいきたいと思っています。よろしくお願いします。
それともうすぐ発売の『男女比がぶっ壊れた世界の人と人生を交換しました』もどうか。